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虫喰南蛮

作者: あっちゃん大王

過去作は歴史小説多めなんですが、これはその中でも一番の自信作です。

ほのかに恋愛要素も入れた作品です。

 慎重に歩いている。絶対に落とすわけにはいかない。

 

 今、孫四郎は皿を運んでいる。孫四郎は伊予の加藤家に仕える小姓である。運んでいるのは加藤家が所有する名物「虫喰南蛮」。南蛮渡来の焼き物で、小皿十枚で一組である。城中で宴会があるというので、孫四郎は殿様にそれを持ってくるように命じられた。


 十枚の皿は鮮やかな光沢があり、とても美しかった。孫四郎は運びながら皿に見とれていた。


「美しいといえば、あの方も……。」

 孫四郎はふとあらぬ方向に考えを巡らした。


「孫四郎殿。」

 脇から可愛げな女の声が聞こえた。


「あっ、こ…これはお悠殿。」

 色白で整った顔立ちのお悠はとても美しくみえた。お悠は孫四郎と同じ加藤家に仕える女中である。孫四郎は以前からお悠に惚れている。


「あら、何かお役目があるご様子。邪魔をしてしまいましたね。」

 お悠にそのつぶらな瞳で見つめられてしまった孫四郎は気が動転した。胸が高鳴り、頭が熱くなった。


 孫四郎は不意に大事な皿を運んでいる手の力を緩めてしまった。


 パリーン


 孫四郎は嫌な予感がして手元を見た。皿が一枚割れていた。残りの九皿は無事である。だが、殿様の大切な皿を割ってしまったのは間違いない。

 孫四郎の頭は瞬時に真っ白になった。お悠も呆然と立ち尽くしている。


「お……お殿様の大切なお皿が……割れてしまった……。」

 孫四郎は力ない声で言った。

 直ぐに足音が聞こえてきた。


「何事じゃ。」

「何か音がしたぞ。」

 城内にいた者達が集まってきたのである。いわば野次馬である。


「何があったか。」

 一人の男が野次馬の間から出て来た。


「こ……これはお殿様。」

 その場にいた者全員が恭しく頭を下げた。

 殿様の加藤嘉明である。


「状況を教えてくれ。」

 殿様の問いかけはいつも端的である。殿様にそう聞かれて、孫四郎は絶望の淵に立たされたような気持ちになった。だが、ここで嘘をつくわけにもいかないので、正直に話すことにした。


「お殿様が大切になされていた虫喰南蛮のお皿を、割ってしまいました。」

 孫四郎は深々と頭を下げた。


「貴様、殿様の大事な皿を割るとは何事だ。この佃次郎兵衛が手討ちにしてくれる。」

 孫四郎の胸倉を掴んだ男は、佃次郎兵衛十成である。次郎兵衛は家中きっての猛将で、加藤家の家老を務めていた。


「どうか、孫四郎殿を責めないで下さいませ。悪いのはわたくしでございます。わたくしが孫四郎殿を驚かしたばかりに……。」

 傍らにいたお悠が涙ながらに頭を下げた。


「何じゃと。ならば二人とも成敗してくれる。」

 次郎兵衛は今にも刀を抜きそうな剣幕で二人を睨みつけた。


「まあまあ、次郎兵衛よ落ち着くのだ。」

 殿様がなだめに入った。

「されど……。」

 次郎兵衛が言葉を濁した。


「よいか、孫四郎よ。わしに良き考えがある。残りの皿をかしてくれ。」

 殿様が次郎兵衛の言葉を遮った。

「かしこまりました。」

 孫四郎は言われたとおりに殿様に皿を手渡した。


 次の瞬間、殿様が何を思ったか皿を床に思いっきり叩きつけた。


 パリーン


 当然の事だが皿は音を立てて割れた。更に殿様は残りの皿も割り始めた。誰もが呆然と殿様を見ている。


「これは如何なる事でござりますか。」

 孫四郎が恐る恐る訊ねた。


「良いか、孫四郎。もし、残りの皿がそのままだったら、いつまでもそなたは家中の者から白い目で見られる。なれば、最初から全部無かった事にすれば良いのだ。」

 そう言うと殿様は、口を大きく開けて笑った。


「殿、何故にこの者に温情を掛けられるのでござるか。」

 次郎兵衛が割り込んだ。


「我が家臣はわしの四肢であり、いかなる宝物にも代えがたい。宝物を大切に扱う者はかえって家来を失うものじゃ。主君たる者はその事を心得ねばならぬ。」

 殿様がきっぱりと言い切った。


「ありがたきお言葉。この御恩は生涯忘れませぬ。」

 孫四郎が土下座して言った。


「うむ。これからもわしの為に働いてくれ。それから孫四郎、これからもお悠と仲良くするのだ。」

 殿様が冗談めかしていった。


「孫四郎殿、これからもよろしくお願いしますね。」

 お悠の言葉に孫四郎は顔を赤らめるしかなかった。


「はっは、羨ましいかぎりじゃ。」

 殿様はそう言って去っていった。

 他の野次馬たちも少しずつ去り、しばらくすると廊下にはお悠と孫四郎の二人きりとなった。

 

 お悠は申し訳なさそうにこちらを見つめている。

 

 孫四郎は、また頭が熱くなった。


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