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06「打ち合わせ③」


「ここが比較的安全な城下エリアであり、ルカーシュ様が騎士とはいえ、こんな深夜にお一人で歩くのは危険です」



 騎士という職業柄たいていの相手には負けないだろうが、狙われることすら避けたい。自分の為にアパートを訪ねてきてくれた夜に、大切な婿様に万が一何かあればやるせない。



「心配なのは分かるが……男女ふたりで一晩というのは」



 ルカーシュは苦言を口にしながら、戸惑いの表情を浮かべた。

 ふたりは結婚が確定した仲なので、お泊り愛を他人から指図される筋合いはない。この国は貴族でも恋愛に寛容なのだ。気にするのは王族くらい。


 つまり彼は素直に恋愛感情のない女性と同衾することに抵抗があるのだろう。もちろんヴィエラもそれは望んでいない。



「ご安心ください。私はリビングで寝るので、ルカーシュ様は私のベッドをお使いください」

「リビングで? ソファもないじゃないか。床に直で寝ようというのか? 女性にそんなことはさせられない」

「大丈夫ですよ。秘密兵器があるんです」



 紳士すぎるルカーシュに感動しながら、ヴィエラは床下収納から折りたたまれた布を取り出した。

 それを広げると、一か所だけ鉄でできた薄い箱が布に埋め込まれた部分が出てくる。蓋を開け、ヴィエラは魔力を流した。箱の内部に仕込まれたプロペラが回りだし、袋状になっていた布が立体長方形になるように膨らみだす。

 そうしてあっという間に風船ベッドが完成した。



「これは驚いた。こんなものを隠し持っていたなんて」



 ルカーシュは少年のように目を輝かせて、風船ベッドをツンツンと指で突いた。ボヨヨンと揺れる。



「学園が長期休校のときには、領地に帰る旅費が勿体ないからと妹が泊まるんです。ベッドをもう一台ずっと置いておくほど部屋は広くないですし、床にラグを敷いて寝るのも数日が限界だったので作ってみました。反発力が強いので寝返りの度に揺れますが、床よりは寝られるかと。だからご安心して、ルカーシュ様はベッドで寝てください」



 ベッドが別だけでなく、部屋まで別だ。お互いに気兼ねなく寝られるだろう。



「ヴィエラ殿、これはどれぐらいの重さまで耐えられる? これで寝てみたいのだが」



 ルカーシュはしゃがみ込んで、まじまじとベッドを観察し始める。



「こんなお粗末なベッドに、ルカーシュ様がですか?」

「遠征では地べたに敷物一枚で寝ることだってあるんだ。それに比べればずっと快適そうだし、使い心地が気になって仕方ない」



 やや上目遣いでブルーグレーの瞳を輝かせ、おねだりされてしまったら断る理由などない。



「今すぐに整えましょう!」



 専用のボックスシーツを被せ、先日買ったばかりの真新しいブランケットを用意した。

 出来上がった風船ベッドにルカーシュは恐る恐る寝そべり、壊れないことが分かるとまた目を輝かせた。



「想像よりも快適だ。これは良い。地方遠征に持っていきたい」

「でも遠征より先に引退になるのでは?」

「そうだった。まだ実感が湧かないな」



 ルカーシュは苦笑した。

 ヴィエラはそんな彼にブランケットを優しくかけた。

 

「あなた様が私の前に現れて、婿になってくれると頷いてくれて本当に助かりました。贅沢はさせてあげられないけれど、のんびり暮らせる環境が作れるよう妻として頑張ります」

「俺こそ自由になれるチャンスをくれてありがとう。友人のように気軽に過ごせる君と出会えて良かった。君は最高の同僚で相棒になりそうだ」

「それは嬉しいですね。おやすみなさい、ルカーシュ様」

「おやすみ、ヴィエラ殿」



 こうしてふたりは平和的に夜を越すことになった。



 翌早朝、ヴィエラが起きると既にルカーシュも起きていた。別々で寝たとはいえ、少し気恥ずかしい気持ちで朝の挨拶をして、昨夜の残りのサンドイッチで朝食を摂った。

 そしてルカーシュは、朝食後早々にアパートを出た。



「旦那様を見送るってこんな感じなのかしら」



 昨夜が楽しかった分、少し離れる時間に寂しさを感じる。同時にまた今夜会えることも楽しみで、長期休校後の妹を見送る気分に似ているなとも思った。



「さて、私もそろそろ出勤して、今日もノルマ達成最短記録を狙って頑張るわよ!」



 ヴィエラは今日も誰一人いない仕事場で魔法付与の作業を始めた。

 本日の作業は木札に着火の魔法を付与する作業だ。これがあると、遠征の野営時に簡単に火が起こせるようになる。

 昨日とは違い、始めから直接付与法で仕上げていく。


 直接付与法の良いところは、こういった小さいものなら一度に複数仕上げることができることだ。今日は定時に仕事を終わらせるだけでなく、もう一つのミッションのために時間を作る必要があった。



「ドレッセル室長、突然ですが私ヴィエラ・ユーベルトは婚約し、一か月後に籍を入れることになりました」

「――え?」



 魔法局技術課の室長ドレッセルは、部下の報告を聞いて目を丸くした。驚きの表情になったせいで眼鏡がずり落ちる。

 婿が決まり、帰郷するためには上司に退職の申請をする必要があり、相談のために時間を捻出したのだ。



「ヴィエラさん、それ本当なのかな?」

「はい。急な話ですが、結婚に伴い仕事について相談があるのですが――」

「わぁ! ついに結婚かぁ~私はこの報告が聞ける日をずっと待っていたんだよ」



 ドレッセル室長は眼鏡の隙間にハンカチを滑り込ませ、感動の涙を拭いた。

 彼のあまりの喜びように、ヴィエラは顔を引き攣らせた。こんなにも嫁ぎ遅れを心配されていたとは思ってもいなかった。



「室長……それで今後の仕事についてなんですが」

「あぁ! 大丈夫だよ。これまでのように多くの仕事が君一人にいかないようするよ。まぁ結婚するなら、その必要もなくなるんだけどね」



 さっさと寿退社したくなるように、故意に仕事量を増やしていたのだろうか。それなら話が早い。

 そう思いながらヴィエラは再び退職願を切り出そうとするが……



「こうしてはいられない! 私は各方面に根回ししに行くから、出かけてくるよ!」



 なんだか上機嫌でドレッセル室長は職場から飛び出してしまった。



「根回しって……結界課かしら?」



 特にクレメント率いる第二班の装備の魔法付与は、ヴィエラがほぼ専属で行なっていた。



(何も、言われないといいけれど)



 辞めることで、迷惑をかける可能性が高い。

 クレメントの反応が少し不安になるが、室長の様子は明るかった。任せれば大丈夫だろうと、ヴィエラは机に戻った。


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