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26「外堀⑤」


 紙のバリケードで見えないが、クレメントも睨み返しているに違いない。

 技術課の部屋の室温が下がる。



(ど、どうしてこんなに仲が悪いのよ? 昔からの顔馴染みで、先日も一緒に遠征に行って、スムーズに任務を終わらせたほど信頼関係があるんじゃないの!?)



 ヴィエラがオロオロしていると、クレメントが机から手を離し姿勢を正した。ルカーシュより少し高い位置から、笑みを返す。



「教えてくださりありがとうございます。神獣騎士団長、扉までお見送りいたしましょう」

「いつになく礼儀正しいじゃないか。なら部下である副団長の見送りをしてくれるかな? 俺はヴィエラと一緒に帰るから、彼女の仕事のキリが良くなるまでここで待たせてもらう。見送り後は、気にせず室長と話し合いを始めてくれ」

「ルカーシュさんの仕事は終わったと?」

「あぁ、今回も次期団長に指名した副団長を見守るために同行したに過ぎない。今日はもう仕事上がりだ」

「ふーん、羨ましいですね」



 ふたりの間で火花が散る。そこにドレッセル室長が声をあげた。



「ヴィエラさん! もう仕事は終わりで良いよ。結界石も無事に解決したから残業もなさそうだし、ヘリング卿を待たせてはいけないからね。帰りなさい」



 言葉に出していないが「険悪なふたりを引き離すために、ヘリング卿を連れて離脱しなさい」と訴えているように聞こえる。

 ヴィエラはしっかりと頷きを返し、パパッと帰る支度を整え立ち上がるとルカーシュの手を握った。



「ルカ様、許可が出たので帰りましょう」



 すると一瞬にしてルカーシュの纏う重々しい空気が霧散した。しっかりとヴィエラの手を握り返し、穏やかな笑みを浮かべた。



「そうだな。一緒に屋敷に帰ろう。では技術課の皆さん、お邪魔しました」



 そうして背中にクレメントの鋭い視線と、動揺する同僚の気配を感じながら技術課の部屋を出た。



「ヴィエラ、今日は早く上がれたから時間に余裕がある。すぐに屋敷に帰らず、街に寄らないか?」



 廊下を歩いてすぐ、ルカーシュがヴィエラに尋ねた。



「街ですか? それはどうして?」

「買いたいものがあるから、付き合ってくれる? ヴィエラがいた方がすぐに決まるかと思うんだ」

「わかりました」



 魔道具か何か買うのかしら――そう思って馬車に乗り、制服を隠すようにローブを羽織って連れて行かれた場所は、有名な宝石店だった。

 入店するなり二階のVIPルームに案内された。


 アンブロッシュ公爵邸の豪華さに負けない……いや本職であるため、さらに煌びやかな部屋に、ヴィエラは完全に腰が引けている。

 ルカーシュが従業員に何やら耳打ちすると、支配人と思われる立派なスーツを着た老齢の男性が現れた。


 そしてテーブルの前にはキラキラと輝くアクセサリーが並べられた。イヤリングに、指輪にネックレス、ブレスレットなど種類がたくさんあるだけではなく、どれも素人が見ても高額なものばかり。



「ルカ様、こ、これは?」

「欲しいのがあったら言って。買うから」

「ひぇっ、そそそそんな恐れ多い。こんな高価なもの自分で選べませんし、買ってなんて言えませんよ」

「そう言うと思った。だから俺が勝手に選ぶことにするよ」

「はい!?」



 ヴィエラの動揺を無視し、ルカーシュは真剣な眼差しで宝石を眺める。



「仕事に一番邪魔にならないアクセサリーって何? 遠慮して答えないのは駄目だから」

「うっ……イヤリングかネックレスかと。魔法を使うので手の周りには何もない方が好ましいです」

「なるほど。なら、イヤリングが良いだろうな」



 ルカーシュは他のアクセサリーの箱を外させ、イヤリングを眺める。見た目の相性を確認するようにいくつかヴィエラの耳に寄せて、六個目で納得したように頷いた。


 涙のような――ドロップ型にカットされたピンクダイヤモンドが揺れる、可愛らしいイヤリングだ。

 しかし値段は可愛くないのをヴィエラは知っている。



(ピングダイヤモンドなんて、魔力との相性がとても良い最高素材だけど、値段が高すぎて絶対に使えない宝石じゃないの!)



 技術課の素材カタログで一度見てから、無縁だとそのページを再び開いたことはない。

 高価な宝石に慄いていると、ルカーシュが再確認のためヴィエラの耳に軽くイヤリングを重ねた。



「君の瞳と同じ色だし、俺は似合うと思うんだけど……どう?」



 さっと支配人が鏡を差し出してくれるが、混乱しているヴィエラのセンスではよく分からない。

 ただ物理的にも精神的にも、耳が重そうだなと思うだけ。



「あの、もっと安いものはありませんかね?」



 こう聞くので彼女は精一杯だ。貧乏人は施しを断らないという精神を持っていても、さすがに簡単には受け取れない。



「気に入らないというわけではないな?」

「デザインはさすがというべきか、素敵なのですが……値段が高すぎて目眩が」

「なら問題ないな。これにしよう」

「ひぇっ、本気ですか? 高額なものなのでもっと考えてから買っては?」

「俺の勘はよく当たる。その勘が買えと言っているから、きっと後々良かったと思えるはずだ」



 ひとり納得しながらルカーシュは、値段の書かれていない小切手にサインしてしまった。そして書き終えると彼はヴィエラの耳に手を伸ばし、親指の腹で彼女の耳たぶに優しく触れた。

 ヴィエラの耳は発火したかのように熱くなる。



「ルカ様?」

「この場から着けていこう。動かないで」



 ルカーシュはそう言ってピンクダイヤモンドのイヤリングをヴィエラの耳に飾った。



「どう? 痛かったらネジを調整するけど」

「痛みは、ありません」



 痛くはないが、重い。精神的にものすごく耳が重い。



(屋敷に帰ったら箱に入れ、丁寧にしまっておくべきね。箱を用意してもらわないと)



 だが、ヴィエラの考えはルカーシュにはお見通しなようで……彼は真剣な表情で彼女にお願いを口にした。



「ヴィエラ、これから屋敷の外では絶対にそのイヤリングを着けて欲しい」

「絶対……ですか!?」

「目利きのある人間が見れば本物のピンクダイヤモンドだと分かり、俺がヴィエラに贈ったものだと気付く。高価な物を贈るほど婚約者を大切にしてると周囲に知らしめておきたいんだ。そして君が毎日着けていれば、俺が望んでのことだと推察してくれるだろう。変な虫も自重してくれるはず」

「変な虫……」



 ルカーシュは多くの令嬢が狙っていた国一番の最優良物件。令嬢たちがヴィエラに嫉妬し、嫌がらせを企てているのかもしれない。自分は気が付けなかったが、彼は何か察知し、事前に対策を立ててくれたのだと納得した。


 それに値段が高すぎることを除けば、異性からアクセサリーをもらうのは初めてだ。その上、ヴィエラに似合うものを彼自ら選んだもの。嬉しくないはずがない。

 そっと指先でイヤリングに触れながら、顔を緩ませた。



「長く大切にします。ルカ様、ありがとうございます」

「あ、あぁ、納得してくれたのなら良かった」



 軽く口元を手で隠したルカーシュの顔色が、少し赤く見えるのは気のせいだろうか。

 照れているとも捉えられるような仕草に、ヴィエラの胸の奥からドキンという音が聞こえた。



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