最終話 ~気持ちの伝え方・俺は藤崎朱里を世界で一番愛している~ 前編
最終話 前編
「なかなかのイケメンじゃないか。桐崎悠斗」
俺は鏡に向かってそう呟いた。
朝四時半。俺は死んだような目で洗面台の前に立っていた。
一分たりとも、寝ることなんて出来なかった。
彼女が居るのにほかの女に現を抜かして、いい身分だな。
俺が歯を磨いていると、この時間に起きてくるのか、雫が声をかけてきた。
「……おにぃ、早いならひとこと言ってよぉ」
恨めしそうなその声に俺は笑う。
「ごめんごめん……」
振り向いた俺の顔を見た雫が、ギョッとしたような表情をする。
「おにぃ……何その顔……何があったの?」
眠気が吹っ飛んだような顔で、雫が聞いてきた。
俺は、雫に全ての事情を話した。
黒瀬さんのこと。昨日のこと。呼び出されたこと。
全部、全部、全部……
そして、
「そういう訳だからさ。ごめんな、雫……俺、振られるかも知らな……」
「このくそバカやろうがあああああああああぁぁぁ!!!!!!!」
バチーン!!
本気で放たれた雫のビンタが、俺の顔を叩いた。
「……っ!!??」
「ばか!!ばかばか!!なんでそんな事言うの!!」
「雫……」
雫は、泣いていた。
「自分の気持ちも伝えないで!!勝手に別れるとか決めつけて!!そんなのただの逃げだよ!!なにやってんだよあんたは!!全然かっこよくない!!あんたなんかおにぃって呼んであげない!!だれよあんた!!知らない人だよ!!」
「雫……」
「私の知ってるおにぃは!!優しくて!!かっこよくて!!誰よりも誠実で!!自分の気持ちに正直で!!そして何よりも!!」
本気で好きになった人に!!どこまでも頑張れる人だろ!!
「……っ!!」
「あんたは何を頑張った!!??まだ何も頑張ってない!!何も伝えてない!!それなのに!!勝手に朱里ちゃんの気持ちを決めつけて!!勝手に逃げてる!!そんな弱虫!!おにぃじゃない!!」
「逃げるな!!自分の気持ちをしっかり相手に伝えてこい!!
今一番辛いのはだれ!!??
朱里ちゃんだよ!!
だって、あんたの気持ちがわからないから!!
信じられてないから!!
その不安な気持ちを取り除いてあげられるのは!!」
あんたしか居ないでしょ!!
「……!!!!」
「それなのに!!こんなところで!!ウジウジウジウジ!!なにしてんのよ!!この馬鹿野郎!!」
雫はそこまで言うと、肩で息をしていた。
「ごめん……雫」
「……あなたは誰ですか?知らない人ですか?勝手に他人の家にあがりこんで、人を名前で呼ばないでください」
雫にこんなことを言われるまで、俺は何をしていたんだ……
「俺は桐崎悠斗。君のお兄さんで、藤崎朱里さんを世界で一番愛している……一人の大馬鹿野郎だよ」
雫は俺のその言葉を聞いて、笑う。
「少しはまともな顔になったじゃん」
「あぁ、ありがとう。雫」
「あ、お兄さんを自称する人。勝手に名前で呼ばないでください」
「……え?」
キョトンとする俺に、雫が告げる。
「私の兄には、藤崎朱里さんっていうとても素敵な女性が彼女で居るんです。その人と一緒にこの家に来るまで、あなたを私の兄とは認めません」
「……はは、そうか」
「ええ、ですから」
ちゃんと仲直りして、家に連れて来てくれたら、お兄さんって認めてあげる。
雫はそう言った。
「そうか」
「そうだよ。自称お兄さん」
時計を見る。五時少し前。今から行けば六時には向こうにつける。
鏡を見る。俺の頬には真っ赤な紅葉が咲いていた。
その姿を鏡で見た俺は呟く。
「なかなかのイケメンじゃないか。桐崎悠斗」
雫に入れられた気合いが、身体を満たしている。
そうだ。俺はまだ何も、彼女に伝えてない。
俺の気持ちを、謝罪と愛を、何も伝えてない。
それなのに、何を勝手にわかって気でいて、諦めているんだ、桐崎悠斗!!
お前は、高嶺の花過ぎる藤崎朱里と釣り合うために、半年以上努力してきたんだろ!!
だったらその想いを!!この一日に!!全て込めろ!!
俺はカバンを掴み、玄関へも向かう。
その後ろを雫がついてくる。
そして、革靴を履いて、扉を開ける。
外は快晴。良い天気だ。
「いってきます」
そう言って外に出る。
閉まった扉の向こうから、
頑張ってね、おにぃ
と聞こえてきた気がした。
あぁ、頑張るよ。
努力する。
好きな人のためにどこまでも頑張れる。
それが、俺!!
桐崎悠斗の唯一!!俺が!!俺自身が!!
認めてる長所なんだから!!