第九話 ⑮ ~波乱の一日・夜~ 前編 朱里視点
第九話 ⑮
朱里視点
お母さんがゆーこちゃんを学校へと送ってから帰ってくると、ちょうどお父さんも帰ってきた。
「ただいま、朱里」
「おかえり、お父さん」
「足は平気か?」
「ただの捻挫だよ。まぁ一週間は安静かな」
「そうか、ならしばらくは私たちのどちらかが車で送ろう。そして学校では桐崎くんに甘えるといい」
何気なく言ったお父さんのその言葉。
学校では悠斗くんに甘える。と言うのが少し難しいかもしれない。
と、少し顔に出ていたのか、お父さんが首を傾げる。
「学校で何かあったのか?」
私はその問いに首を縦に振る。
「そうか。なら夕飯を食べたらお父さんとお母さんで話を聞こう。どうやらそれは悠斗くん絡みだろ?」
ははは……バレてる。
私はまた、首を縦に振った。
お母さんが作ってくれた夕飯をみんなで食べ、食器を洗い終わったお母さんが椅子に座る。
既に待っていた、私とお父さん。お母さんが座ったので話をしようと思った。
「それで、学校で何があったんだ?」
お父さんが切り出してくれた。
私は、こう切り出した。
「悠斗くんってさ。モテるんだよね」
私の言葉に、二人が頷く。
「あんないい子なかなかいないわよ?」
「まあ、彼自身はそうと思って無さそうだが、周りから見たらかなりの良物件だろう」
二人のその評価に私は笑う。
「そうなんだよね。悠斗くん、モテるのに自分ではそう思ってないからさ、自分の行動が他人にどう見られるかってのが、全くわかってないみたいなんだ」
私は続ける。
「悠斗くんが全部悪いって話じゃないよ?」
と前置きをして、私は今日知ったことを二人に話した。
良く泣かなかった。自分を褒めてあげたい。
全部を聞いた二人は少し考えてるようだった。
私は、お母さんに聞いてみた。
「ねぇ、お母さん」
「なに、朱里」
私は息を一つ吐いて、言う。
「好きになった男の子に彼女が居たら諦めるんじゃないの?それが、普通じゃないのかなぁ……」
お母さんはそれを聞いて、私が少し耳を疑うことを言った。
「確かに、彼女が居るのに他の女と仲良くしてた彼にも問題はあるわ。でもね、朱里。付き合ったらそれで安心って訳でもないのよ?」
「え?」
「うちのお父さんも若い頃……ううん。今でもモテるわ」
「母さん!!??」
驚いて声を荒らげるお父さん。
なんか、悠斗くんに似てた……
「モテる男を彼氏にしたら、そりゃあ寄ってくる女も居るわよ。結婚しててもそうなんだから、付き合ってる程度の関係性ならぶっちゃけ色んな女が気にせずやってくるわね」
「そ、そんな……」
「たくさんの女の子に言い寄られるのは、モテる男の宿命だし、そういうのでヤキモキするのもある意味仕方ないわ」
「で、でも母さん。若い頃も今も、母さん以外の女性から言い寄られたことがないが……」
と、言うお父さん。
しかし、お母さんはそれを切り捨てるかのように、
「ばかね。私が未然に蹴落としてたに決まってるでしょ?」
みすみす愛しの人に近づけるなんてありえないわ。
と、言うお母さん。
「ねぇ、朱里。悠斗くんはモテるわ。そしてそれはこれからも続くし、何もしなければあなたの嫌な気持ちはいつまでも続くわ」
それが今回は、その黒瀬さんって人だっただけよ。
「あなたも、悠斗くんも、教室の雰囲気に流されずに、付き合ってます!!って言えばいいのよ。まぁ、それでも寄ってくる女の子は居るだろうし、黒瀬さんはきっと諦めないわ」
「じゃあ。私はずっと黒瀬さんと戦い続けないといけないってこと……」
「そゆこと。頑張りなさい、朱里!!あんないい子、もう二度と出会えないわよ!!」
「っ!!うん!!」
私は力強く頷いた。
「私は知らなかったことばかりだよ……」
と、お父さんは少しだけ打ちひしがれていた。
時計を見ると、二十二時を少し回っていた。
よし、そろそろ悠斗くんにメッセージを送ろう。
そう思って、少し時間をかけながら自室にたどり着くと、ベッドの上のスマホが光っていた。
見てみると、朝と同じようにクラスメイトの女子のグループの通知がすごいことになっていた。
私は、すごく嫌な予感がした。
……え、悠斗くん
また……?
私はスマホを取り、画面を開く。
そこには、暗くて良く見えないけど、夜闇の中、悠斗くんと黒瀬さんが一緒に歩いてる姿と、黒瀬さんが悠斗くんの腕に抱きついてる姿の写真だった。
投稿者は……彩ちゃん……
『夜に散歩してたら噂の二人を見ちゃってびっくりだよ!!』
ってコメントと、
『教室の雰囲気が後押ししちゃったかな!!』
ってコメント
……悠斗くんのばか……
なんで、
いま、
そういうこと、
しちゃうのかな
……かな?
そう考えてると、ゆーこちゃんから電話が来た。
『あのバカまたやらかしやがった!!』
電話に出ると、ゆーこちゃんが怒ってる。
はは、私も同じ気持ち。
『とりあえず。確定したことがある』
「なに?」
ゆーこちゃんは一つ息を吐いて、言う。
『黒瀬さんと斉藤さんは手を組んでる』
「……え?」
黒瀬さんが彩ちゃんと?
『でなきゃこんな都合のいい写真なんか撮れない!!もー!!あのバカにもっと強く言っておけば良かった!!』
「……彩ちゃんが黒瀬さんと悠斗くんをくっつけようってしてるってこと?」
『そうだね。近いかもしれない。朝の写真は偶然だろうけど、これは黒瀬さんが意図的に作り出したもの!!まんまと、あのバカはそれにハマったってこと!!もー!!バカバカ!!』
どうせ、バイト終わる時にやって来て、
送ってくれませんか?
とか言われたんだよ!!
あいつは甘いから、暗いし危険だからって送ってやったんだよ。
そういう状況を黒瀬さんが狙って作ってたから、それを斉藤さんが写真にしたってこと!!
「……黒瀬さん……そこまで」
お母さんが言ったことが頭を過る。
私は、この先ずっとこうして戦い続けないといけないってこと?
……つらい
そもそも……悠斗くんがもっと毅然とした対応を……
……やだ、わたし、悠斗くんのせいにしてる
悠斗くんは……悪くないのに……
悪いのは、私なのに……
私がもっと強ければ……
黒瀬さんを圧倒出来る強さがあれば……
お母さんがお父さんの周りの女性を蹴落としたようなことが、私に出来てたなら……
『……朱里、大丈夫?』
「はは、大丈夫じゃないかな……」
『……っ!!』
弱音が出た。
ごめんね、ゆーこちゃん。
甘えちゃって。
「とりあえず、悠斗くんに電話するよ。話を聞いてみる」
『……わかった。朱里、あまり思い詰め……』
「バイバイ、ゆーこちゃん」
私はゆーこちゃんとの電話を切る。
思い詰めない?
無理だよ。
もう限界だもん……
ねぇ、悠斗くん。
私が悠斗くんの彼女、なんだよね?
私は一縷の望みを込めて、彼に電話を掛けた。