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第九話 ⑦ ~波乱の一日・昼~ 悠斗視点

 第九話 ⑦




 四時間目を終えるチャイムが鳴る。


 休み時間の度に俺の席を囲んで、黒瀬さんとの事を聞いてくるクラスメイトにうんざりしながらも、逃げる訳にも行かず、説明に追われていた。


「付き合ってるわけじゃない。仲の良い友達だ」


「読書が趣味だと知ったので、所持してるライトノベルを貸したんだ。下心?布教活動を下心とは言わないだろ?」


「毎朝あの時間にいた理由?……ごめん。今は話せない」


「今年に入ってから随分と話すようになったのは何故か?……せっかく二年同じクラスだし、同じ学級委員として親交を深めようとしただけだよ」



 ……答える。答える。答える。



 少しずつ、心が摩耗していくのを感じる。


 隣の黒瀬さんも質問責めにあってる。


 でも、向こうは楽しそうに答えてる。


 何でこうなった?


 理想を追いすぎたのか。


 いいタイミングで朱里さんとの交際を打ち明けて、クラスメイトから祝福をうける。


 そんな妄想をしていたんじゃないか?


 自分の愚かさに頭が痛くなる。


「山野先生に呼ばれてるから、進路指導室に行ってくるよ」


 俺は黒瀬さん、佐藤さん、朱里さん、健にそう言うと、雫の弁当を手にしてクラスメイトから逃げるように教室から出て行った。












 進路指導室の前に到着する。


 来る途中に自販機で飲み物を買った。


 お茶を買ったつもりが隣のおしるこを押していた。


 どうやら本当にやられてるみたいだった。


 扉をノックすると。


「ノックなんて文化はここにはない。勝手に入れ」


 と、言う声が聞こえた。


 俺は少しだけ笑うと、扉を開ける。


「失礼します」

「あぁ」


 中に入ると、山野先生がタバコを吸っていた。


 灰皿に溜まった吸殻の数を見るに、相当数吸ってるみたいだ。


 俺は扉に鍵をかけると、先生に言う。


「身体に悪いですよ?」

「教師ってのはストレスが溜まるんだよ」


 どっかの誰かさんが原因で、教室がバカ騒ぎしたりしてな。


 と、皮肉を返してくる。


「なるほど、それは一理ありますね。これは失礼しました」

「で?どうしてこうなった」


 山野先生はそう言うとタバコを揉み消す。


「ご飯食べながらでいいですか?雫の弁当を残すなんてありえないんで」


 と、俺は弁当を空けながら言う。


「随分と余裕そう……いや、そうでも無いな」


 と、先生がおしるこを見て笑った。


「黒瀬と随分と『仲良く』なったようだな」


 飯を食う俺に先生が切り出す。


「そうですね。毎朝一緒に読書をして、学級委員の仕事を共にしました。とても仲良くなったと思います」

「その結果ががあれか?悠斗くん」


 俺は危うく雫の弁当を吹き出しそうになる。


「お前は藤崎朱里と交際してるんだろ?」

「はい」


 俺は詰まった米を流すようにおしるこを飲む。

 なんの効果もなかった……


「その事を黒瀬は知ってるのか?」


 その問いに、予想を込めて俺は答える。


「話したことはありませんが、察してはいたと思ってます」

「……ほぅ?」

「聡い彼女のことです。毎朝あの時間に俺が居る理由。話さずともわかっていたと思います」

「なるほどな。彼女の朝練に付き添って登校。その時間に合わせて自分も登校。彼女の目を盗んで好意を寄せてる相手にアプローチ。ははは!!聖女様とはなかなかの悪女だな!!」

「……好意を寄せてる相手……ですか」


 俺のその言葉に先生が意外そうな顔をする。


「何を言ってるんだお前は。どう考えても黒瀬はお前に惚れている。そして、彼女が居ても関係ないという覚悟を持って行動を始めた」

「……恋人が居たら、普通は諦めるんじゃないですか……?」


 俺のその言葉に、先生は少し視線を逸らし、


「まぁ、この際だから話しておくか。この話は他言無用。特に黒瀬には言うなよ?」

「……はい」


 先生は一つ息を吐き、言う。


「黒瀬は今一人で暮らしている。そして、その理由は両親の離婚だ」

「はい」

「黒瀬の父親は浮気をしてな。それが理由の離婚だ。そして、経済的な理由で黒瀬は父親に引き取られた」

「……理解出来ます」

「そして、父親はその浮気相手の愛人と今は暮らしている。その愛の巣に邪魔な黒瀬は、高層マンションに閉じ込められ、毎月すごい金額が振り込まれ、それで暮らしている」

「……そうだったんですか。それがこの話と何が?」

「わからないのか?」

「……まさか」


 俺は一つだけ、思い当たってしまった……


「黒瀬さんの両親は浮気が理由で離婚して、『父親は愛人と暮らしてる』つまり、黒瀬さんは俺に浮気をしかけて、朱里さんと別れさせて、自分とくっつくように仕向けてる……っ!!」

「自分の両親が目の前でそれをやったんだ。ある種の成功体験みたいなもんだろう」


 先生は俺の箸が止まってるのを見て、雫お手製の唐揚げをひとつつまみ食いする。


「あぁ!!」

「授業料だ」


 うまいうまい。と言いながら咀嚼する。


 もうこれ以上奪われてなるものか。


 と、俺は弁当をかっこむ。


「それで、この後どうするつもりだ?」

「簡単な話です。黒瀬さんとは距離を取ります」


 この騒ぎが鎮火するまで、大人しくしてようかと。


「は、随分と消極的だな」

「……ですが、それ以外に手が無いです」

「それもそうか。だが、覚えておけよ?」


 恋する乙女の行動力は半端ないぞ?


「……わかりました」


 俺が頷いたのを見て、先生は再びタバコを取りだし、火をつける。


「……すまなかったな」

「……え?」

「黒瀬と仲良くしろ。と言ったことを少し後悔してる」

「……先生に言われなくても、俺は俺の意思で黒瀬さんとは仲良くしてました。結果は変わらなかったと思います」

「……ふぅ、そうか。なら、頑張れよ」


 愚痴くらいなら聞いてやるさ。


「朝の教室は助かりました。それだけでも十分力になってもらってますよ」

「馬鹿野郎。あれは本当にうるさかったからキレただけだ」


 先生のその言葉に俺は笑う。


 時計を見る。そろそろ昼休憩が終わりそうだ。


「教室に戻ります」

「わかった」


 俺はそう言うと、扉の鍵を開け、外に出る。


 先生に話を聞いてもらって良かった。


 それに、黒瀬さんが何を思ってるかも。わかった気がする。


 少なくとも先程よりは軽くなった気持ちを持って、俺は自分の教室へと向かった。

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