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聖女様side ② ~彼は私にとって唯一の.....~

 聖女様side ②



「ただいま」


 マンションの扉を開け、明かりの点いていない家へと入ります。

 私の声に「おかえりなさい」なんて返事は帰ってきません。


 今どき高校生の一人暮らしなんて珍しいものでは無いです。


 いや、それは本の中だけ話であって、現実ではかなり珍しいですね。


 高校一年の始め、両親は父親の浮気が理由で離婚しました。私は、経済的な理由で父親に引き取られました。

 父親は、愛人と別の場所で暮らしています。

 愛の巣に邪魔な私は、この鳥籠のようなマンションに入れられ、毎月充分過ぎるほどのお金が口座に振り込まれ、その金で暮らしています。


 恋愛なんてくだらない。


 私がそう言う考えに至るのも当然でした。


 ですが、容姿に恵まれた両親から造られた私は、その遺伝子をしっかり受け継ぎ人並み以上の容姿で産まれました。


 何人もの男性が交際を迫ってきました。


 目障りで仕方ありません。


 その全てを断り、私は小説の中の世界に浸っていました。


 小説はいい。五月蝿い現実を忘れさせてくれる。


 ミステリー小説はいい。


『浮気がバレた人間が犠牲になる』から。


 今日も小説の世界に浸っていると、現実に戻されました。


「なぁ、もう降りる駅だぞ」


 聞き覚えのある声。


 私にとって唯一の『まともな男性』


 桐崎くんでした。


 春休みに見かけた姿とは違い、去年から見慣れた格好をしていました。


「まぁ、この時間なら乗り過ごしても遅刻にはならないだろうけど、気になったから声をかけた」


 彼はそう言っていました。


 私に恩を売って近づこうなんて思ってない。単純に思いやりの行動。


 やはり彼は『いい人』です。


 私は彼に感謝を示しました。


 彼は少し驚いていたようでした。


 彼とはその後、少しだけ他愛のない会話をしました。


 私は時間があれば駅の本屋に立ち寄ろうと思っていたので、その場で桐崎くんとは別れを告げました。




 その後、クラスを確認すると二年一組に自分の名前がありました。

 文系クラスを選んでいた自分なら、一組か二組のどちらかだと思っていました。

 他のクラスメイトを確認すると、


『桐崎悠斗』


 の名前が見えました。


 その名前に私は小さな喜びを感じます。


 男の人の名前に喜ぶ自分に少しだけ戸惑いながら、教室へと向かいました。


 喧騒に包まれていた教室に私が足を踏み入れると、それまでが嘘かのように教室が静まり返ります。

 いつもの事でした。

 誰かが私を聖女様と呼んだのが聞こえました。

 辞めて欲しいです。


 私は教室を軽く見渡すと、教壇の上には何やら箱があることに気がつきました。


 これは一体なんだろう?と首を傾げていると、


「黒瀬さん」


 と桐崎くんが声をかけてきました。


「それは席順を決めるクジなんだ。その中から一枚引いてほしい。引いた番号を黒板で確認してその番号の席に座る感じだね」


 と教えてくれました。


 なるほど、そういう事でしたか。


 確か前年の担任の先生はくじ引きが好きな人でしたね。


 そんなことを考えながら、私は一枚のくじを引き番号を確認しました。


 私の番号はどうやら窓際の一番後ろの席でした。


 少し間を置いてから席へと向かいます。


 そこは、桐崎くんの隣の席でした。


「隣失礼します」


 確か、藤崎朱里さんだったと思います。

 彼女と話していた桐崎くんに声をかけ、私は彼の隣の席に向かいます。


「黒板で確認したところ。桐崎くんの隣でした。今後ともよろしくお願いします」


 少しだけ驚いた表情の彼がそこに居ました。


 さて、それから少しすると担任の先生が入ってきました。


 山野先生でした。


 去年と同じ先生で、彼女は生徒思いのとても優秀な方です。


 私が長距離マラソンを走りきれなかった際には、放課後に少し……いや、かなりお世話になりました。


 そんな昔のことを思い出していると自己紹介が始まりました。


 大して興味も無い私は軽く外を眺めていると、隣の席の桐崎くんが立ち上がる音がしました。



「桐崎悠斗です。帰宅部に所属してるエースです」


 帰宅部にエースなんてないぞーと相槌が入ります。


「あはは。趣味は読書。漫画とかライトノベルが好きです。あとはゲームもします。所謂ライトなオタクって奴です」


 同じ読書が趣味だと初めて知りました。

 ライトノベル……確か可愛いイラストが特徴の小説でしたか。


「去年は学級委員をしていました。皆さん部活動が忙しいと思うので、希望が無いなら帰宅部の自分が学級委員.....まぁ別名山野先生の使いっ走りをやろうかなとも考えてます。勉強は苦手では無いので、わからないこととかあったら聞いてください。よろしくお願いします」


 気が付いたら、私は小さく拍手をしてました。


 男の人の自己紹介を真面目に聞いたのも、拍手なんてしたのも、彼が初めてでした。


 彼の自己紹介が終わり、今度は自分の番です。


 私は席から立ち上がり、


「黒瀬詩織です。よろしくお願いします」


 それだけ言うと座りました。


 クラスが静まり返っていました。


 別にいつものことです。


 去年もそうでしたから。


 そんなことを考えていると、隣の桐崎くんが拍手をくれました。

 それを皮切りにクラスにパラパラと拍手が起こり、少しだけ暗くなった雰囲気が明るくなりました。


「今年もよろしく。黒瀬さん」


 普通だったら嫌悪しかない男性からの言葉。


 しかし、彼だけは特別でした。


 私は、


「はい」


 と返事をして頷いていました。


 そして、時間になったので体育館へ向かい始業式が始まりました。

 それが終わると教室に戻り連絡事項の説明がありました。


 その間、私は桐崎くんを視線で追っていました。


 桐崎くんはたくさんの友達に囲まれていました。

 その時、一度だけこちらを見たような気がしました。


 不躾な視線はいつも無視している私ですが、何故か一瞬だけ送られた彼の視線だけは気になってしまいました。


 そして、山野先生の連絡事項の説明が終わり、解散の宣言がされました。


 私は既に帰宅の準備を済ませて居たのですぐに立ち上がりました。


 ですが、ここで私は今までとは少しだけ違う行動と言動を行いました。


「それでは桐崎くん。さようなら」


 私は彼にさよならの挨拶をしていました。


 彼は驚きながらも返してくれました。


 その返事に少しだけ嬉しさを感じながら、私は家へと帰りました。








「ただいま」


 そいう言って家に入る私に、誰も


「おかえりなさい」


 とは返してくれません。


 このことに寂しさを感じるなんてことはもう無いです。


 ですが、挨拶を返してくれるのは、嬉しいと感じました。


 それが、桐崎くんだからなのか、単純にこの生活を続けたことによる弊害なのか、私にはまだ判断が出来ません。


 桐崎くんは同じクラスの隣の席です。


 自分のこの感情の理由を知るためにも、明日からも彼に挨拶をしていこう。


 私はそう結論付け、制服を脱ぎ、動きやすい楽な服装に着替えると、読みかけの小説が収めてある本棚へと向かいました。

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