第七話 ④ ~詩織さんとの初めてのデート~ 悠斗視点
第七話 ④
「結構大きな本屋さんだね」
「はい。私も最初見た時は驚いてしまいました」
ショッピングモールの中を進み、エレベーターで三階まで移動し、フロアの奥に進むと本屋さんが現れる。
俺たちはその広さに少しだけ圧倒された。
「ライトノベルもコーナー化されていまして、一般レーベルからマイナーレーベルまで種類豊富にあります。それに、ここまで多くのWeb発の小説を取揃えてるお店は初めてでした」
このままここに居るだけで一日過ごせてしまいそうです。
と少しだけ興奮気味に話す詩織さん。
「Web発の小説がたくさんある。って話してたけど、詩織さんも読むのかな?」
俺がそう言うと、詩織さんは首を縦に振る。
「はい。悠斗くんにライトノベルを進められてから、小説投稿サイトとかに掲載されているものを読んでみたりもしています」
そう言ったあと、詩織さんは少しだけ苦笑いを浮かべる。
珍しい表情だな。
「その……とても面白いものもあれば、読めたものでは無いものもありました」
「あー……確かに。上と下の差が本当にすごい世界だよね」
俺はそう言った後に、ちょっと前に詩織さんが言った言葉を思い出す。
「そう言えば、予算会議のミーティングの時に『個人的な創作活動をしている』って話してたよね?何か書いてるの?」
何気なく聞いた俺の言葉に、詩織さんは恥ずかしそうに顔を伏せる。
「……はい。その、小説を少し書いています」
どこかに出したりとかはしてないので、誰も読んでないです。
「すっげぇ読みたいんだけど」
「……そ、そう言われると思いました。けど、ちょっと恥ずかしいので」
ま、またの機会にお願いしたいです……
「わかった。詩織さんが俺に読ませたいって思ったらいつでも言ってくれ。楽しみに待ってるから」
「は、はい。わかりました」
俺たちはそんな会話をしたあと、店の中に入る。
紙の匂いを全身に感じる。あぁ……いい。
「やはり悠斗くんもこの匂いがお好きなんですね?」
「あ、わかる?図書室とかもそうだけど、この紙の匂いって本当にいいよね」
「はい。私もこの匂いに包まれると幸せな気持ちになれます」
こういう所が彼女と趣味嗜好が合うところだと思うんだよな。
「今日はさ、俺は少し冒険をしてみようと思ってるんだ」
「……冒険。ですか?」
「うん」
俺は頷くと詩織さんにお願いをする。
「詩織さんのオススメの『ミステリー小説』を読んでみたいんだ」
「……え?ミステリー小説……ですか?」
少しだけ意外そうな表情の詩織さん。
「ライトノベルは俺が詩織さんに勧めた物だけど、良かったら詩織さんの好きなミステリー小説を読んでみたいんだ」
「あの、それでしたら私の蔵書をお貸しする方が……」
「いや、それじゃあ作者のためにならないよ」
それに、やっぱりコンテンツにはお金を落としたいからね。
「ふふふ。そうですか。でしたら私の一番のオススメを悠斗くんに『プレゼント』します」
「……え?」
俺は詩織さんのその言葉に疑問符を浮かべる。
「私ばかりが悠斗くんから頂くのは少し申し訳ないと思っておりました。ですので、良かったらプレゼントさせて貰えませんか?」
「そうか。ならありがたくいただくことにしようかな」
俺がそう言うと、詩織さんは笑顔になる。
「はい。ではご案内します」
と、俺は詩織さんの後を着いていく。
彼女が俺の前を歩く。というのはなかなか珍しいな。
美人というのは後ろ姿も綺麗なんだな。
なんて思ってると、ミステリー小説のコーナーにたどり着く。
「こちらの作者さんのこの作品が私の一番のオススメです!!」
そう言って詩織さんは一冊のミステリー小説を目の前に出した。
『冬の森 霧瀬真由』
「……っ!!」
タイトルと作者名を見た俺は、言葉を失う。
「この作品は、私が生まれた年に書かれたものでして、初めて読んだミステリー小説でした。そして、これをきっかけにして私はミステリー小説を好きになりました。作者様は既にお亡くなりになられていて、これ以外の本を読むことが出来ないのが非常に残念なのですが、私にとっては一番大切な一冊です。ですので、悠斗くんにはこちらを…………悠斗くん?」
少しだけ顔色が悪くなっている俺に気が付いたのか、詩織さんが俺を心配そうに覗き込んだ。
「ご、ごめん。ちょっと驚いちゃって。そ、その本いい内容してるよね!!登場人物の心理描写も丁寧で、叙述トリックも秀逸でラストは圧巻だった……」
「……悠斗くん」
「……え?」
俺の前には見たことがない表情をしている詩織さんが居た。
どんな……感情なんだ。
「私は、あなたにこの本の内容を話したことはありません」
「……あ」
俺は、言葉を失う。
「何故、本の内容を知ってるかのような発言が出るんですか?それに、悠斗くんのその反応。明らかに普通ではありません」
「……っ!!」
見抜かれてる……か
「何かあるんでは無いですか?」
「……はぁ」
俺は、一つため息を吐く。
やってしまった。詩織さんのオススメのミステリー小説を読むと言う俺の『冒険』は失敗に終わってしまった。
俺は時計を確認する。
時刻は十二時。
まだ何も買ってないけど、昼ごはんを食べても良い時間だ。
「あまり良い話じゃないよ?」
「構いません」
強い目で俺を見てくる詩織さん。
はぁ……朱里にすら話してないんだけどなぁ
「わかった。話すよ」
イートインコーナーでご飯でも食べながら話そうか。
俺はそう言うと、詩織さんと一緒にイートインコーナーへと向かった。




