第六話 ③ ~夏休みの話は了承の方向で進んでいるようです~
第六話 ③
老夫婦と別れたあと、俺はカッパ再び着て、自転車を停めてある有料の駐輪場へと向かう。
そして、そこで自分の自転車へと跨り、朱里の家へと向かう。
雨が降る中を慎重に走りながら、彼女の家の前へと到着する。
ピンポーン
俺は朱里の家のチャイムを鳴らす。
『はーい』
と、出てきてくれたのは遥さんだった。
「おはようございます。遥さん」
インターホン越しに俺は朝の挨拶をする。
『おはよう、悠斗くん。朱里はもう準備してるから呼んでくるわね』
「ありがとうございます」
俺はそう言って、彼女の家の扉の前で待っていると、ガチャンと扉の鍵が開く。
……ん?朱里が来たにしては早いな。
そう思ってると、開いた扉の先にいたのは
「うふふ。朱里を呼ぶ前に、少しだけ私とお話しないかしら?悠斗くん」
と、出てきたのは朱里では無く、遥さんだった。
「あはは。良いですよ。……もしかして、聞いてますか?」
俺は玄関の中に入りながら、昨日の件を聞いてみた。
「うふふ。聞いているわよー。朱里ったら顔を真っ赤にして家に帰ってきたから、何かあったの?って聞いたら話してくれたわよ」
「そうですか。それで、遥さんや勇さん的にはどうですか?」
この感じなら、ダメを出される。とは思えないけど、一応聞いてみた。
「もちろん。私もお父さんも了承したわよ。悠斗くんなら安心して朱里を預けられるわ」
と、言う遥さん。
それに、と続けて遥さんはスっと俺に近寄ってくる。
そして、俺の耳元で囁く。
キチンと避妊はしてくれるって信じてるわよ?
「は、遥さん!!??」
俺は真っ赤になりながら後ずさる。
そんな俺を、遥さんは楽しそうに見ていた。
「か、からかわないでくださいよ……」
と、俺は半眼で彼女を睨む。が、遥さん的にはそんなのは何処吹く風で、
「うふふ。それじゃあ私は朱里を呼んでくるわねー」
そう言って俺の前からスタスタと歩いて消えて行った。
「こ、この状態で朱里に会うのか……」
俺は少しでも呼吸を落ち着けようと、深呼吸をする。
よ、よし。少し落ち着いて……
「おはよう、悠斗くん」
「い、勇さん。おはようございます」
廊下の奥から、挨拶とともに勇さんが歩いてくる。
い、いつの間にか、名前呼びになってる……
「朱里から夏休みの計画の話は聞いているよ」
「あ、はい……」
少しだけ緊張している俺に、勇さんは笑いかける。
「母さんも言っていたが、旅行には私たちは了承の方向で居るからね?」
「そ、そうですか。ありがとうございます。その信頼を裏切らないように、節度を持った行動を……」
「悠斗くん」
「は、はい!!」
勇さんが真剣な表情で俺を呼ぶ。
「私はまだ『お爺さん』にはなりたく無いからね?」
と、笑いながら言ってきた。
「そ、それはもちろん……」
俺は苦笑いを浮かべながら答える。
「ちなみに、悠斗くん。行く温泉地は決まっているのかい?」
「いえ、まだ候補を決めてる段階です。パンフレットとか集めてる感じです」
そう言う俺に、勇さんが提案する。
「身内の話で申し訳ないんだが、私の親戚が東北地方で旅館を経営していてね。そこは温泉も良いと評判なんだ」
「へぇ……そうなんですか」
「流石に無料で。とは行かないが、それなりに割引をして利用を口利きすることは可能だと思う」
少し興味が出てきたな。
俺はその話を詳しく聞こうと思った。
「勇さん。もし良ければその旅館の名前を聞いてもいいですか?」
俺のその言葉に、勇さんは嬉しそうに笑う。
「そう言われると思ってね。プリントアウトしておいたんだ」
自宅にプリンターがあるんだ。すごいな。
なんて思いながら、俺は勇さんから紙を受け取る。
『高根旅館』
とそこには書いてあった。
ふむ……初めて見るな。温泉というアプローチで探してけど、旅館と言う切り口で見るととても良いところだ。
料理も美味しいみたいで、話にあった温泉も良い。
程よく穴場で、あまり騒ぐ人もいない。
レビュー数は少ないが、全て星五がついている。
値段も普通の状態でも安いと思えるが、ここからさらに割り引いてくれると言うのか。
ひとつだけ、欠点があるとしたら……
「ちょっと遠いですね」
俺は少しだけ苦笑いをしながらそう言う。
そんな俺の言葉を予想してたのか、勇さんはひとつ提案をしてくれた。
「そうなんだよね。ただ、ここからさらに割り引いてくれるから、そのお金で新幹線を使えば少しは楽だと思うよ」
あ、確かに。
夜行バスは論外と考えていたので、グリーン車辺りを使おうかとも考えてたけど、この価格なら新幹線を使っても予算内になりそうかも?
「前向きに検討させてください」
俺はそう言うと、勇さんに頭を下げる。
「こうして色々としていただいてありがとうございます。御二方の信頼を裏切ることはしない。と約束します」
「ははは。まぁ手前味噌だが、うちの娘は器量が良く育ってくれた。同じと男として君の気持ちはよく分かる」
「あはは……」
苦笑いを浮かべる俺の肩を叩き、勇さんは言う。
「あまり無理はしないで、今を楽しみなさい」
「わかりました」
俺はその言葉を胸に留めて、頷いた。
「ねーー。もー終わった?」
と、廊下の奥から朱里が顔を出す。
「ははは。ちょっと長話をしてしまったね」
「二人が仲良くするのは嬉しいけど、朝練に遅刻しちゃう」
朱里は唇を尖らせながら、勇さんに抗議した。
「ごめんね、朱里。それじゃあそろそろ行こうか」
「うん!!」
俺の元に駆け寄ってくる朱里。変わりにこの場を去ろうとする勇さんに俺は言う。
「情報ありがとうございます。大切に使おうと思います」
「うん。そうしてくれると私も鼻が高いからね」
期待してるよ。
そう言って勇さんは、居間へと戻った。
「待たせちゃってごめんね、朱里」
「ううん。大丈夫だよ。大切な話してるのわかってたし」
そんなやり取りをしながら玄関の扉を開けて外に出る。
「雨だねー。気を付けて登校しようね」
「そうだね。転んで怪我なんてしたらバカらしいからね」
ピンク色のカッパを着た朱里と一緒に、俺は自転車を漕いで学校へと向かった。
 




