【第06話】穢れた魔石
「おい、ヤズ。まだ開かねぇのかよ?」
「へい、親方。もうちょっとです!」
「さっきも、そう言ったじゃねぇかよっ」
頑丈そうな鉄扉の前で、バールのようなモノを持ったヤズと他のドワーフ達が、バリケードになってるモノを引き剥がしてる。
うちの犬人達も足下の邪魔な土砂を運んだり、渡された物をバケツリレーするなどして、ドワーフ達の作業に協力していた。
ようやく朝食にありつけた俺は、新妻がルンルンと嬉しそうにスキップしながら持って来たバスケットの中から、野菜を挟んだパンを取り出す。
安いパンなので少し硬めだから、豆スープに浸して柔らかくなるようほぐした後に、口の中に放り込む。
ロロ親方は暇つぶし代わりに、俺が持って来た計画書を床に広げ、難しい顔でうんうんと唸っている。
坑道みたく落盤事故を防ぐために坑木で補強された通路を、砂袋を運ぶコボルト達とすれ違うようにして、長剣を腰に提げた人影が歩み寄って来た。
次に食べようと思って、スープ器の中で良い感じにふやかしてたパンを、誰かさんがヒョイと奪う。
「おい……」
「噴水から、だいたい五十メートルくらいか? あむっ」
黒髪を後ろでポニーテールに結んだユリコが俺の隣に座り、悪びれる様子もなく俺のパンを勝手に齧る。
「当時の水の幼精霊の効果範囲が、それくらいだったのか……。ユウトはどう思う?」
「たぶん、そうじゃない?」
「パンの一つくらいで、いちいちすねるな。尻を触らせてやるから、真面目に答えろ」
「俺が前任者じゃないから、なんとも言えないんだよ」
悪友のお言葉に甘えて、ユリコの引き締まった尻を撫でながら答える。
シオリと結婚する前だったら、このレベルのセクハラをしようとしたスケベな道場の門下生達に、強烈な肘打ちを顔面に飛ばして容赦なく気絶させてたのにな……。
そんな凶暴極まりない女性が、異世界に来たら俺の愛人になってるとか、人生はよく分からんね。
「ユウト、開くぞ」
「もがっ!?」
食べかけのパンを俺の口に捻じ込み、ユリコが立ち上がった。
「親方、あとはカンヌキだけですよ!」
「あん? ちょっと待て、ヤズ。まだ開けるな!」
扉の鍵代わりになってる長いカンヌキを、ヤズ達が外そうとした手を止める。
柴犬頭のユキが駆け寄り、鉄扉に白い犬耳を当てた。
「ウォン!」
「向こうにいるみたいですね……。あむっ」
「おう。ヤズ離れろ! ここは兄ちゃん達に任しとけ」
「へい、親方」
ドワーフ達と交代したユキ達がカンヌキを横にスライドさせ、厳重に扉を封印していた最後のカギを外す。
両開きの扉を塞ぐモノが無くなり、ユキがちょっとだけ開けようとしたところで手を止め、俺達の方へ駆け寄った。
あちら側からナニかが押しているのか、重々しい鉄扉がゆっくりと開き始める。
「ギィギィ、ギギッ」
小さな角を額から生やした人型の獣が、開いた扉の隙間から奇声を発して現れる。
土地に溜まった邪気から生み出されたソイツは、小鬼と呼ばれる邪気魔族だった。
猿が悪い方向に進化したような、焦げ茶色の体毛に覆われた小柄なモンスターが、四肢を使いながら通路を駆け出そうとして急ブレーキをかける。
「グルルル……」
いつもの穏やかな表情とは違い、犬口に深い皺を刻んで白い牙を剥き出したユキを含め、先頭の犬人達がショートソードの刃をギラつかせて威嚇する。
通路を塞ぐ大量のモフモフ戦士達に気づき、ようやく外に出れたと嬉しそうに奇声を発していたのが、嘘のように絶望的な表情を顔に浮かべた小鬼が、即座にUターンをして扉の方へ走って行く。
一体分がようやく通れる隙間を、数体で協力しながら広げた小鬼達が、なぜか戻って来た同族に目を丸くした。
こちら側を二度見した後、「失礼しました……」とばかりに開けた鉄扉を閉めようとする。
……コントかよ。
『突撃ワン!』
「オオーン!」
「ギギッ!?」
ユキの咆哮を合図に、大量のモフモフ集団が突撃してくる様子を目撃した小鬼達が慌てて逃げ出し、暗闇の奥へ消えて行った。
俺の資金不足で、三本分のショートソードしか用意できなかったが、小鬼レベルなら物量で問題無く対処できるはず……。
おそらく長い間を、放置されていたのだろう。
予想通り扉の奥からは明かりも見当たらず、ランタンを握り締めたコボルト達が暗闇を照らしながら扉の奥へ走って行く。
ランタンに注ぎ足すための油が入った油壷を握り締めた最後尾のコボルトが入ったのを確認し、九十九人の同族を見送ったカウが扉を閉めようとする。
「兄ちゃん、閉めて良いんだな?」
「んぐ。……はい。向こう側にいるユキ達から連絡が来るまでは、どれくらい危険な状況か分からないので、閉めておいて下さい」
ユリコにも手伝ってもらい、鉄扉をもう一度カンヌキで塞ぐ。
「ヤズ、お前達はここに残って待ってろ。ついでにバリケードから剥いだ破材に、何か使えるモノはないか見とけ。あと坑木もよく見て補強しとけよ。前のヤツらの手抜きが酷い。そのうち崩れるぞ」
「へい、親方」
「カウも、よろしくな」
「バフ!」
噴水に戻ることになったので、愛妻弁当が入ったバスケットを持ち上げる。
「兄ちゃん、すげぇな。さっき、東の聖教国から来たとか言ってたろ? あっちの神官ってのは、兄ちゃんみたいな大量に召喚できるヤツばっかなのかい?」
「いいえ。たぶん、俺ぐらいですね……」
「私の知る限りでも、低級魔族の犬人を百も従魔契約して、一人犬騎士団をやってる変なヤツはユウトぐらいしか知りませんね」
ユリコにまで、変なヤツ呼ばわりされてしまった。
まあ、間違ってはないけどな……。
* * *
『ユウト、お土産ワン!』
待ち時間をシオリと噴水前でお喋りしてたら、無事に帰還したらしいユキ達の声が遠くから聞こえた。
両手に何かを握り締めながら、噴水の塀に腰かけた俺達の方へ駆けて来る。
ユキ達が持っているモノが何かと俺が察したタイミングで、コボルト達の犬頭に大量の水しぶきが落ちてきた。
「キャウン!?」
拾ったう〇ちをこっちに持って来ないでと悲鳴を上げる女子小学生のように、水の幼精霊が噴水からバシャバシャと水しぶきをまき散らしている。
口元まで身体を沈めて、水の中からブクブクと水泡を出しながら睨みつけるウンディーネから、シオリと一緒に離れた場所へ移動した。
「ごめんね。水の幼精霊様が濡らしちゃって」
俺達に褒めてもらいたくて駆け寄って来ただけなのに、体毛がビショビショになったコボルト達が、濡れた耳や尻尾をしんなりさせて俺達の前に立っている。
ユキが両手に握り締めた物を差し出し、水にぬれないよう閉じていた肉球のある掌を俺達の前で開いた。
「お? 魔石を拾ってきたのか?」
帰りの報告を待っていたロロ親方も一緒に覗き込んで、邪気魔族を倒した時に入手できる戦利品をじっと見つめる。
俺の召喚魔石やウンディーネの精霊石とは違い、青色ではなく黒い魔石。
小鬼レベルだから指で摘まめる程の穢れた魔石を一つ、シオリが手に取った。
「とりあえず、適当に集めといてくれや。うちで使いに出してるヤツに頼んで、王都に運んでやるから……。浄化しなきゃ、うちでも引き取れないからな」
「いいえ、ロロさん。ここで使える魔石にしますので、問題無いですよ」
「え? でも姉ちゃん。シスターだろ?」
ロロ親方とお喋りしてる間に、閉じていた掌をシオリが開く。
「は? なんで? あんた、司祭様だったのか?」
「残念ながら、司祭では無いですね……。ちょっと浄化が得意な、シスターですよ」
シオリが開いた掌の上で、青く輝く小さな魔石を目に入れたロロ親方が、腕を組んで不思議そうな顔で首を傾げる。
「遅かったか……」
別の用事をしていたユリコが、シオリの掌にある物に気づいて、困った顔をしながら俺達の方へやって来た。
「できれば、それは隠しておいて欲しかったな。シオリ」
「え? なんで?」
あー……。
もしかして、王都にいるシスターのレベルって……。
「ロロさん。見ての通り、ちょっと彼女はワケありでして……。聖教国のシスターとは、同じ扱いでは無いのです」
「あん? 聖教国のシスターはみんな、こんな感じなんじゃないのか?」
「いいえ、違います。それよりも、彼女はまだ上ですね。王都まで魔石を運んで、時間も手間賃も取られたくないので、もともとここでシオリに浄化させるつもりでしたが……。その件で、ロロさんに相談したいことがあります」
ユリコが視線を左右に動かせば、他のドワーフがいない周囲をロロ親方も釣られて見渡す。
「相場より安く、そちらに魔石をお譲りします。その代わりシオリを含めて我々が、これからいろいろやらかすことがあるかもしれませんが、見逃して欲しいところがあります……」
「はーん。なるほどね……理解した。外に漏らしたくない、ワケありってことだな? まあ人生長いと、いろいろあるわな……」
腕を組んだロロ親方が、なにかを納得したような表情でうんうんと頷く。
「いいぜ……。ただし、こっちも条件がある。魔石よりも、アタイは人手が欲しいんだ。兄ちゃんが大量に召喚できるコボルト達を、ちょっとばかしアタイらに貸してくれるのなら、アタイの方で上手い事やってやるよ。どうする、姉ちゃん達?」
※4/27 本作は不人気のため、打ち切りました。
ご愛読ありがとうございました。