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【第01話】俺と彼女の過去

 

『聖女候補、強姦魔に襲われ聖女目前に資格剥奪しかくはくだつ

 

 掲示板に貼られた物騒な記事の一文が目に留まり、おもわず足を止めた。

 ううっ、胃が……。

 過去の記憶が蘇り、胃に幻痛を覚えて腹をつい擦ってしまう。

 他国の話がここまでくるなんて、やっぱり大事になっちゃってるよな……。

 

「はぁああ……」

「ユウトさん、登録が完了しました」

 

 おもわず深い溜め息を吐いてると、傭兵も斡旋あっせんしてくれる総合組合ギルド事務所の受付嬢が、受付のカウンター席から歩み出て来て俺に声を掛ける。

 

「前任者が亡くなって一年ほどになりますが、引退された御両親が現地にいますから詳細はそちらで聞いて下さい。これが転移門ゲートを開くのに必要な、座標鍵となります」

「分かりました」


 受付嬢が両手で握り締めた物を受け取ろうとしたが、ヒョイと彼女が引っ込めた。

 ……あれ?


「失礼ですが、ユウトさんは野盗に襲われても対処はできるのでしょうか? 辺境近くの道中は、治安がよろしくありません。もしよろしければ、ここで傭兵も雇えますが……」

 

 レリーフ型の座標鍵を胸元に抱いた受付嬢が、品定めするような視線で俺を上から下へ眺めた。

 なるほど……。

 若い魔導士一人だと、ちょっと危険なレベルの連中がうろついてるのかな?

 

「俺は従魔を召喚できます。王都内なので、今はいませんけど……。一応、腕が立つ連れの者もいますが」

 

 事務所内で口笛を吹く音が耳に入る。

 視線をそちらに向ければ、待合室の長椅子に座った男が後ろに振り向いて、酒で酔って赤らめた顔をだらしなくニヤケさせた。

 待合室で仕事の紹介を待つ、武装した男達の注目を集めたのは、青と白の修道服に身を包んだ若い女性だ。

 

 聖女候補時代に比べれば地味な格好になったが、シスター服越しでも隠すことができない、女性を強調する扇情的な凹凸がどうしても男達の目を奪う。

 モデルだった母親から受け継いだ美貌はこちらの世界でも顕在で、シスター帽の隙間から肩口へ流れ落ちた艶のある金色の髪と、透き通るような白い肌に桜色の柔らかそうな唇。

 二重瞼にパッチリと開いた目の中にある青い瞳が、周囲からの視線は興味無いとばかりに俺だけを真っすぐ見据えていた。

 

 自分を誘ってると勘違いしたのか、終始ニヤケ顔の男が長椅子の横をシスターが通り過ぎた際に、丸みを帯びた大きな桃尻へ手を伸ばそうとして――。


「いでででっ!」

 

 シスターの後ろを付いて歩く者にいきなり手首を掴まれ、昼間から酔っぱらった男が乱暴に腕を後ろへ捻られた。

 

「てめぇ、離しやがれッ!」

 

 フード付きの外套を着た者が手を離し、怒りで更に顔を真っ赤にした男が勢いよく立ち上がる。

 下種な笑みを浮かべた酔っ払い男のセクハラを阻止した者が、手を頭上に伸ばしてフードを外す。

 

「お、女?」

「そうだ、私は女だ。汚い手で私のシオリに触るな、下種野郎」

 

 艶のある黒髪を後ろに結んでポニーテールにした女性が、汚物を見るような目で男を睨み返す。

 彼女もまた整った美人顔だが、男勝りの物言いと猛禽類を連想させる鋭い眼光で覗き込まれ、酔っ払い男の方が一歩後ずさった。

 

「なんだ汚物、私とやるのか?」

「お、汚物……」

「床が血で汚れると職員が困る。やるなら外に出ろ。やらないのならドブ臭い口を閉じて、そこに座ってろ」

「て、てめぇ……。表に出ろや、このアマ

 

 顔に血管が浮き上がる程に怒り心頭な男が、鼻息を荒くして事務所を出て行く。

 

「お前達も知り合いか? 三人まとめて相手してやるぞ」

 

 外套の隙間から腰に提げた剣を覗かせた女性が、長椅子に座る二人の男を見下ろす。


「いや、俺達は……他人だ。アイツ一人が勝手にやったことだから、すきにしてくれ」

 

 周りからの冷ややかな視線を浴びたからか、それとも異様な雰囲気の女戦士に気圧されたのか。

 さっきまで酔っ払い男と会話をしていた男二人が、知り合いでは無いと首をすくめて断る。

 

「オラッ、どうした女ァ! 掛かって来いや!」

 

 事務所の外から聞こえる罵声や後ろの騒ぎを気にした様子もなく、シスターの恰好をしたシオリが俺の方へ歩み寄って来る。

 俺の腕に手を伸ばして恋人みたく両腕を絡ませ、シオリが俺に胸元を寄せた。


「ユウト、手続きは終わったの?」

「もうすぐ終わる。野盗が出て危ないから、ここにいる傭兵を雇ったらって言われてるところ」

「……ユリコがいるのに?」

 

 俺の言ってる意味が理解できないとばかりに、シオリが不思議そうな顔で小首を傾げた。

 空っぽになった待合室の先、事務所の入口で野次馬のように集まった男達へ、俺達の視線が移る。


 受付嬢も含めた三人で、人だかりの壁をかきわけてようやく事務所の外へ出た頃には、もう喧嘩は終わっていた。

 転んだ際に顔面を強打したのか、肩で息をしながら鼻血まみれで倒れてる男の隣に、鞘から抜かれた剣が転がっている。

 ユリコは腰に提げた剣すら抜いておらず、足払いだけで倒したのだろうか?

 

 最初からやり取りを見ていた受付嬢が、野次馬と一緒に見守っていた衛兵の耳元で何かを囁いた。

 衛兵達が頷くと、面倒臭げに落ちた剣と迷惑な暴れ者を回収して、引きずりながらどこかへ連れ去って行く。

 ただの喧嘩ならまだしも、剣を抜いたのはマズかったな……。

 聖教国の元女騎士だったユリコの力量を図らずも目撃したからか、自分達の出る幕は無いとばかりに傭兵らしき男達が、事務所の入り口前から解散した。

 もはや、俺達に興味を無くしたらしい……。


「人手は足りてるようですね。魔導士であれば、コレが貴重品であることは分かってると思いますが、絶対に無くさないようにして下さい」

「了解です、あっ……」


 受付嬢が俺に手渡そうとしたレリーフ型の座標鍵を、横からヒョイと手を伸ばしたユリコが掠め取る。

 

「日が暮れる前に、村に着きたい。行くぞ」

 

 急かすようユリコが言うと、目立つ容姿を隠すようにフードを再び被り直す。

 受付嬢に礼を言い、移動手段の馬を預けてある馬置き場へと向かう。

 

転移門ゲートが無い道を歩いたら、次の村まで半日は掛かる……。人気のない所で、強姦魔にまた襲われても困るだろ?」

「ああ、それは怖いわね……。犯人もまだ捕まってないし。今も怖くて、夜しかぐっすり眠れないんだもの」

 

 ……それ、普通じゃね?

 とツッコミを入れたくなったが、俺と腕を組みながら上目遣いで笑みを浮かべるシオリの表情から、俺をからかってるのだと気づく。

 

「俺の方が思い出すたびに、胃が痛くなるくらいのトラウマになってるんですがね……」

 

 前を歩く共犯者・・・の背中を睨みつけたが、肩越しに俺と目を合わせたユリコはどこ吹く風で、薄い笑みを浮かべて誤魔化した。

 

「あら、それを困るわ。私にとっては忘れられない、ユウトとの素敵な思い出なのに……」

 

 胃の幻痛を覚えて、ついお腹を擦ってしまった俺の手に、シオリが優しく手を重ねる。

 恋人のように互いの指先を絡め取り、優しく微笑むシオリに再び上目遣いで見つめられ、ドキリとしてしまう。

 

「チッ……やっぱり。あの時、斬り捨てて死体を残す方が良かったかもな……」

「おい、聞こえてるぞ」

 

 舌打ちをしながら、物騒な発言をする幼馴染の背中を睨みつけた。

 俺を巻き込んだのはそっちだろうがと、理不尽な怒りをぶつけられて心の中で嘆く。

 

 一生のお願いはもう使ったから、君に頭を下げられても二度と協力はしないからな……。

 心の中で幼馴染に悪態をつきながらも、あんな機会でも無ければ手に入れることはできなかったであろう、新妻の温もりを腕に感じ取る。

 

 もし地球時代の俺に、フラれた相手が異世界で嫁になる未来が訪れるから絶対に諦めるなと伝えても、過去の俺は信じないだろうな……。

 元転生者の俺達三人が新天地を目指す切っ掛けになった、忘れもしないあの日の記憶を思い起こした。

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

 暗い……。

 どこまでも深く暗い湖の底から、手の届かない小さな光を見上げる。


 手を伸ばそうと試みたが、数秒で諦めて手を降ろす。

 最初の頃みたいな気力を振り絞る気持ちは、今の私からは無くなっていた。

 悪夢から目覚めると、生き地獄のような一日が始まる。

 

 聖女になることを目指して勉学に励む聖女候補生達の後ろを、重い足を動かしながらついて行く。

 この世界で意識が目覚めてから、およそ十八年。

 出口の見えない暗闇の中にいる感覚に、ずっと囚われている……。

 

 異世界転生……。

 私のよく分からない知識を持つ親友は、私の身に起こった不幸の名を教えてくれた。

 転生する直前に覚えてる最期の記憶は、高校三年生の修学旅行で親友を含めた仲の良い子達と、自由時間を満喫してる記憶。

 高校時代の思い出を残そうと、皆と顔を寄せ合って笑顔で自撮りをしたスマホは手元に無い。

 

 どこの誰かも知らぬ男女の間に産まれた赤子として目覚め、聖女としての器があるからと聖女候補を集めた聖修道院に送られた。

 監禁にも近い、この閉じられた世界で物心がつく年齢から、聖女となるための教育を受けた。

 いや、教育とは名ばかりで、アレは洗脳だ……。

 

 外の世界を知らない幼い子供達に、外は危険なところだと大人達が嘘を吹き込む。

 「転生前に比べれば確かに危険なこともあるが、街や外国へ安全に移動できる手段はちゃんとあるぞ」と、たまに顔を覗かせてくれるユリコが語る外の冒険話が唯一の楽しみだった。

 

 戦争孤児を集めた孤児院に、もしかしたら他のクラスメイトがいたのかもしれないけど。

 私の存在にすぐ気づいたユリコが、赤子時代に引き離された私を必死に探して、聖女候補を守る騎士になってまで遭いに来てくれたと知った時は、涙が出る程に嬉しかった。

 

 外の情報を知り、本当の家族と連絡ができるスマホはどこにもない。

 料理は用意されるが、聖なる魔力を高めるためとかワケのわからない理由で、妙な薬品を食事に混ぜられる。

 苦くてマズイだけの御飯を、空腹から逃れるために鼻を摘まみながら無理やり口へ入れた。

 コンビニで買い食いをできないどころか、監視役がいるせいで施設の外すら自由に出られない。

 

 何よりも一番に辛かったのが、恋愛ができないことだ。

 好きな人ができて、その人と子供を作る。

 聖女となれば、そんな普通の生活を望むことすら許されず、この生活が死ぬまで一生続くと聞かされて……。

 生きる目標すら無くした私は、今日も先の見えない暗闇を歩き続けるしかなかった。

 

 聖女になることは幸せなことだと信じて疑わない、閉じられた世界で育てられた少女達に、私の感覚は誰にも理解してもらえない。

 周りに合わせて演技をしないと、洗脳が失敗したと疑われて院長の説教部屋に何日間も閉じ込められる。


 頭がおかしくなってしまいそうだ……。

 お父さん、お母さん……助けてよ。

 お願いだから、誰かここから連れ出してよ……。


 何年も流し続けた涙も枯れ果て、感情を無くした人形みたいだと親友に悲しい顔をさせてしまった。

 いっそのこと、狂った方が楽なのかもしれない……。


 聖女になれることが正式に決まったと、院長から笑顔で告げられた時は死を選ぼうかとさえ思ったが。

 私の孤独感を理解してくれる唯一の親友だけは、まだ諦めるなと励ましてくれた。

 最期のチャンスが、必ず訪れるからと……。


 聖女の施設に護送される前日に、清めの水浴びをするために親友を含む護衛の女騎士達と聖修道院の外へ出る。

 男子禁制の泉に、魔導士の若い男性を連れて来た親友が語った計画に、とても驚いた。

 なぜか一緒にいた彼の方が、目玉が飛び出る程に驚いていたのが、よく分からなかったけど……。

 

「正気かよ。俺に、犯罪者になれって言うのか!」

「シッ、声が大きい……。心配してなくて良い。この計画は前例があるんだ。上手くいけば、誰も犯罪者にならない」

「なんだよ、前例って……」

「頼む、ユウト。一生の頼みだ。これ以上はシオリが持たない……。中央大聖堂に聖女として送り出されたら、今度こそシオリが壊れてしまう」

 

 声を潜めて言い争う二人に、私は戸惑っていた。

 

「クゥン?」

 

 周りを見る余裕も無かったのか、すぐ傍で私を見上げる視線に気づいて飛び跳ねそうになった。

 体長は一メートル程だろうか、地球にいた柴犬を思い出す白い体毛で覆われた犬が、尻尾を振りながら私を見上げている。


「ワンちゃん、おいで」


 両膝を折り曲げた私はモフモフした体毛に覆われた身体を撫で回し、何年振りか分からない動物との触れ合いに昔を思い出した。

 父が動物アレルギーだったせいで犬を飼えなかったから、ペットショップに立ち寄って大好きなワンちゃん達と触れ合うことが、モデルのバイト仕事を終えた帰り道の楽しみだったのを思い出す。

 

 そうだ……。

 学生時代も両親から恋愛を禁じられ、一流モデルを目指すためのダンスレッスンなどに明け暮れた。

 親の束縛から解放されて私が望む自由恋愛をするためには、父が社長のモデル事務所を独立するしかないとマネージャーからも言われていた。

 我慢をすれば、いつか自由が手に入る。


 でも、こちらの世界では一生を掛けても、私の望む自由は訪れない……。

 いつの間に涙が零れ落ちたのか、白い柴犬が私の頬をペロペロと舐めていた。

 

「ウォン!」

「シッ。静かにしろ、ユキ」

「無茶言うな、ユキ。そんな単純な話じゃないんだよ」

 

 ユキと呼ばれた白い柴犬も私の味方になってくれるのか、私の身体を強く抱きしめながら、躊躇ちゅうちょする彼をたしなめるように吠える。

 

「一生に一度のチャンスだぞ。ここで告白すれば、ユウトの好きな人と一緒になれるんだぞ?」

「それとこれとは、話が別だろ……」

「フラれても未練がましく好きなくせに、ホント度胸の無い男だな……。ああ、シオリ。忘れてるかもしれないけど、コイツは元クラスメイトだ。告られたのを覚えてるか?」

「俺のことなんて、覚えてないだろう……。シオリさんは人気者だったし。俺以外にも沢山の人が……」

 

 クラスメイトの……ユウト……。

 両親やマネージャーなど、モデル業界で活躍するために重要なスタッフの顔や名前は簡単に思い出せるけど……。

 大勢のスタッフが関わるモデル業界で生き抜くために、母から厳しく教わった処世術しょせいじゅつの一つである、名前が書かれた記憶の一枚写真をパラパラと捲り、記憶のフォルダを遡る。

 告白……クラスメイト……。

 

深沢優斗ふかざわゆうとくん?」

「……え?」

「良かったな、覚えてたみたいだぞ」

「修学旅行の自由時間で、皆と自撮りしてる時にも……後ろにいたはずよ。独りぼっちで」

「うぅ……。あの時はたまたま、仲良かったグループと離れてたんだよ……」

 

 生前最後の記憶の断片にも、彼がいたことに気づく。

 

「思い出話を語るのは後にしよう……。ユウト、私達に協力するかしないか、どちらかを選べ」

「協力って、具体的に何をするんだよ……。襲ったフリをして、ここから逃げろってか?」

「フリでは駄目だな……。聖教国で作られる希少な聖水を知ってるだろう? アレを作るためには聖女の力が必要だ。聖女の血は常に清らかでないといけない決まりがある。シオリの純潔を奪え」

「……は?」

「シオリが純潔を失った証拠が無いと、上の連中が納得しない。私が男だったら良かったが、残念ながら私は女だ。だからお前がヤレ」

 

 開いた口が塞がらない顔で、ユウト君が固まっている。

 ……なるほどね。

 ユリコがやろうとしてる計画が、私にも見えてくる。

 

「もう一度言うぞ。この計画には前例がある。ただし、二人の同意がいる。幹部連中とは話をつけてるから、空を飛ぶ監視役の精霊達も、この場所をわざと避けてくれている。だが、ここまで一緒に来た同僚達はこのことを知らない。親友との最期の別れだからと理由をつけても、時間を稼げるのは一時間が精いっぱいだ。それまでに、何とかしてくれ」

「な、なんとかしろって……」

「私が聖女としての資格を失えば、上手くいくのね?」

 

 私の問い掛けに、ユリコが静かに頷く。

 たしかに、異性と触れ合う機会なんてコレが最期かもしれない……。

 もう感情なんて死んでいると思ったのに、可能性が見えてくると行動する気力が不思議と湧き上がってくる。

 

「なんとか、してみるわ……」

「頼む……。ユウト、戻って来た時にシオリが泣いてたら、殺すからな」

「え?」

 

 再び固まったユウト君を睨みつけた後、ユリコが木陰を指差す。

 

「前に教えた、秘密の場所は覚えてるな?」

「ええ、覚えてるわ」

「よし。じゃあ、私は見回りのフリをするために少し離れるからな」

「うん。ありがとうね、ユリコ」

 

 私が礼を言うと、複雑そうな笑みを浮かべながらもユリコが立ち去った。

 親友の性格はよく知ってる。

 今日まで私の見えない所で、いろんな無理をして今日の為に準備をしたはずだ。

 彼女の努力を、無駄にはできない……。


「ユウト君、来て」


 彼の腕をつかむと茂みをかきわけて、人目が付きにくい秘密の横穴へ二人で入る。

 手探りで見つけた木箱を開け、中に入ってたランタンを取り出した。

 小さな明かりを灯す薄暗闇の中で、お互いが緊張しながらもユウト君と見つめ合う。

 

「これからユウト君のことを、頑張って好きになろうと思う……。だから教えて、あなたのことを……。ユウト君が今日まで、どんな暮らしをしてきたのか……」

「シ、シオリさん……」

「巻き込んじゃって、ごめんね。でも、ユウト君しか頼れる人がいないの」


 戸惑いを隠せないユウト君の顔へ更に身を寄せて、彼の手を強く握り締めた。

 時間は限られてる。

 急がないと……。


「何も知らない人を、好きになるなんて私にはできないわ……。でも、あなたのことを私が知らなかっただけで。きっと優しくて、素敵な人なのよね?」

 

 彼の手を一度離し、尻尾を左右に振りながら私達を見守る白い柴犬を抱き寄せる。

 白いワンちゃんが私の不安を見透かしたように、肉球のある手を背中に回してギュッと強く抱きしめてくれた。

 おもわず胸がいっぱいになる。

 

「ありがとう。良い子ね……」

 

 聖女になるために学んだ教育の賜物たまものか、抱きしめた腕の中に流れる魔力の異変を感じ取った……。

 飼い主と言葉を交わしてるように見えたこの犬が、見た目通りの動物じゃないことは分かっている。

 

「私が認めた男じゃないと結婚は絶対に許さないって。存在しない私の彼氏を妄想しただけで怒ってた親友が、連れて来た男の人なんだもん……」

 

 彼は私のことを、今も好きなのだ。

 だったら、あとは私だけの問題よね?

 自由を手に入れるための……覚悟は決まった。

 

「聞かせてユウト君……。この可愛いワンちゃんと、どうやって仲良くなったの?」


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