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椿冬華ワールド  作者: 椿 冬華
「死に物狂いの英雄の裏側」(死に物狂いの英雄×憑訳者は耳が聞こえない
9/9

【一般市民 ⑻】

「死に物狂いの英雄」×「憑訳者は耳が聞こえない」

読了前提:番外編「男はつらいよ 〜真田羅斑のお嫁さん探し〜」


「死に物狂いの英雄」本編【一般市民 ⑺】の次話に来る感じのお話です。

斑46歳、鬩31歳。


 二〇三三年 一月 十五日 午前十一時十三分

 香川県高松市、まだら相談事務所。


 真田羅(まだら)(まだら)は、号泣していた。

 当然である──彼にとっては妹のような存在である神社(かみやしろ)(いくさ)がついに特殊個体〝デウス〟を倒したのだ。

 鼻水が垂れるのも構わず、六歳くらいの少女を胸元に掻き抱いて号泣している四十代半ばのおっさんに、そばでテレビを眺めていた神社(かみやしろ)(せめぐ)がため息を零す。


【いい加減泣き止め、斑。(ともしび)も困ってる】 


 三十過ぎた精悍な男の魅力を余すことなく全身に纏った、血濡れたような赤い虹彩が印象的なこの男は此度、世界的な英雄となった神社戦の兄にあたる。戸籍上でははとこ同士だが、鬩が家を出るまで一緒に暮らしていたため実兄同然の繋がりを持っている。

 そして斑が掻き抱いているのは鬩の娘、神社(かみやしろ)(ともしび)だ。夕暮れ時を思わせる橙色の虹彩がとても神秘的な少女である。


「ママ、もうなかないで」

「ぐずっ、だからぼくママじゃないって。おじさんね。まだらおじさん」

「ママおじさん」

「…………」


 灯が泣きじゃくり続ける斑の頭をよしよしと撫でてあやす。ママおじさんと呼ばれた斑は複雑そうにしつつも、ありがとうと礼を述べて涙を拭った。

 一応注記しておくと、別に斑は灯の母ではないし、鬩の配偶者でもない。


「戸籍上では配偶者じゃなくても、ココロはちゃんとお父さんの配偶者……」

「お母さんが何言ってるの!?」


 背後からぬうっと忍び寄ってきて不穏なことを言い出したのは神社(かみやしろ)いちず──れっきとした鬩の伴侶にして、灯の母親である。

 彼らの関係性をひとことで端的に表すならば、〝事務所の所長と、そこで働いている従業員一家〟である。そう、つまり斑は彼らの家族でも親族でもない。赤の他人だ。しかし灯がママ呼ばわりする程度には、馴染んでしまっている。


「おとうさん、おかあさん、ママ、ともしび」


 ──と、自分たちを四人家族だとすっかり認識する程度には、馴染みすぎている。


「もぉ〜! 鬩! いいのコレで!?」

【……いいんじゃないか別に。嫌か?】

「い、いやじゃないけど」

【ならいいだろ。形はどうあれ、僕はお前が家族で嬉しい。僕にとっては一番信頼できる相棒だからなお前は】

「せめぐ……」


 ──と、ナチュラルにかまされたママとお父さんの無自覚BLムーヴに、いちずがとろけそうな笑顔を浮かべる。

 おかあさん、よだれという灯の声でハッと我に返った斑はかぶりを振って、話題をテレビに戻す。


「ホント凄いよ戦ちゃん。昔からめちゃくちゃな子だったけど……ホントに〝英雄〟になっちゃうなんて」


 テレビの向こう側では〝最強〟神社戦と〝皇帝〟レドグリフ・キリングフィールドによる最後の攻撃が何度も繰り返し再生されては、現在の敦煌市上空が映し出されている。

 天を大きく別つ裂け目を。


 ──全ての始まりは一月七日だった。


 〝ヒトガタ(humanoid)〟と呼ばれるモンスターが大量に現れ、人命が次々と奪われていく事件が起きた。

 この非常事態に軍や自衛隊、各国首脳陣に国連は当然動き出し、対処にあたった。しかし未知のモンスターを前に犠牲者を増やすばかりで混乱は加速していくばかりであった。

 そこで立ち上がったのが、このふたりの〝英雄〟だ。

 〝最強〟神社戦と、〝皇帝〟レドグリフ・キリングフィールド。

 最強の一般人と最強の軍人。

 このふたりの活躍によりヒトガタが駆逐され、絶望に暮れかけていた人類にひと筋の希望を見せた。

 そしてつい今朝がた──モンスターの親玉だと言われている全長百メートル超の特殊個体〝デウス〟を、見事討ち取った。天を別つほどの一撃はあまりにも衝撃的で、討ち取って数時間経つ今に至るまで各テレビ局は興奮気味に英雄の戦いざまを収録したVTRをリピート再生し続けている。

 鬩の妹にあたる戦とは十五年以上の付き合いがある斑にとって、あの幼く可愛らしかった少女が今や世界的な〝英雄〟となっている事実はなんとも感慨深かった。


【館長に未来を見せられて知っていたろうに】

「それとこれは違うんだよ……」


 今から五、六年前だろうか。鬩の友人である【断じて違う!】館長という〝魔女〟に、斑が誘拐された。

 悪質で悪辣で悪意まみれの、何よりも理不尽な享楽主義者。それに連れ回された斑はいっとき、二〇三五年の未来へ渡った。そこで〝英雄〟となった戦やレドグリフと会っているのだ。だから斑と鬩はこうなることを知っていた。

 だが知っていてもいざ直面してみると戸惑うのが人間である。


「戦ちゃんがあんなに血まみれになってまで戦ってさ……見ていてすごくつらかった」


 (わだち)さんと(こよみ)さん、(まもる)くんは大丈夫かな、と戦の家族の名前を口にして斑は大きく息を吐く。


【大丈夫だ。父さんはまだ署に詰めているみたいだが、母さんからはさっき元気なドデカフォントで字念が飛んできた。護も鼻歌歌いながら実家に帰してた妻子を迎えに行ったらしい】

「……さすがに戦ちゃんの家族なだけあって強いね」


 鬩も強いよね、と斑は微笑む。その言葉の意図が掴めず鬩は首を傾げた。


「こんな事態になっちゃってさ。でも鬩は手出ししないって決めて、ずっと情報を追いながら静観してたでしょ。戦ちゃんのお母さん──轍さんだってそうだ。不安だろうにむやみに騒がず、ひたすら神社の本堂で祈っててさ。暦さんも心配だろうに警察としてできることに集中して。護くんも……絶対に泣き言を言わなくてさ。椿狐(つばきつね)だって神社に戻って、轍さんの祈りを一心に受け続けているし」


 みんな強い。

 そう零して、斑は自分の泣き虫加減にげんなりしてため息を吐いた。

 そんな斑を鬩が軽く小突いて、そうでもないと綴る。


【館長がお前を誘拐した時──あの特殊個体〝デウス〟のコピーを館長が作り出しただろう?】

「あ、うん……あっでもさすがに本物の方がデカかったしキモかったね」

【あの時、僕は何もできなかった】


 〝魔女〟の作り出した特殊個体〝デウス〟の劣化コピー。

 館長に誘拐された斑を救いに行く際に、鬩はこのコピーと戦った。

 戦ったが、何もできなかった。本物よりもはるかに能力の劣るコピーだというのに、鬩は何もできなかった。


【精々、動きを一瞬止めるくらいしかできなかった。それどころか戦ちゃんとレドグリフさんは僕を守りながら戦っていた】


 僕はあまりにも非力だった。

 それこそが、あの誘拐事件の真意なのだろうと零して鬩は重いため息を吐いた。


「真意って……まさか」

【そう。〝お前じゃあ役に立たないから絶対に手を出すな〟──あの理不尽はそう知らしめるためだけに、お前を誘拐して連れ回したんだ】

「…………」


 だから手を出さなかったのだと言い、鬩は頭を掻く。


 【あいつは何の意味もなく悪意を振り撒いているように見えて意味があって、でもやっぱり意味がなくて、かと思えば結局意味がある。そんな悪質なヤツだよ】


 どこからか館長の哄笑が聞こえてきた気がして、斑はぶるっと体を震わせる。


「ママ、だいじょうぶ?」

「ママじゃないったら。大丈夫──そろそろお昼だね。どうするる? 灯ちゃん食べたいものある?」

「んー。おとうさんのらーめんと、おかあさんのぎょーざと、ママのちゃーはん」

「贅沢なリクエストきたねぇ……材料あったっけ?」

「ありますよ〜。みんなで作ろっか。灯ちゃん、ギョーザ一緒に作ろ」

【……僕のラーメンって、ただの袋ラーメンだろう……】


 テレビの中では相変わらず、レポーターが興奮気味にふたりの英雄について力説している。

 それをBGMにして、お父さんとお母さん、それにママおじさんと灯の四人家族はキッチンに立って和やかな昼食作りに勤しみ始めた。




 ◆◇◆




 どこかで魔女が、嗤う。


「つくづく、あの世界は面白い。正解ルートは須く世界が救われるようにできている。ああ、面白い。不正解ルートだと、例えばレオンハルト・アレイス・クロウリー‬。やつが地球外種子〝ネメス〟を使って佐界を滅ぼす。だがどうだ。正解ルートを辿ったおかげで今や〝元王子〟として平和に、〝ネメス〟とは無縁の場所で安穏と暮らしている。代わりに、〝ネメス〟を処する英雄が現れた」


 ああ面白い、と魔女は嗤う。嗤う。嗤う──




まだら相談事務所のおかしな相関図

挿絵(By みてみん)

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