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椿冬華ワールド  作者: 椿 冬華
「男はつらいよ ~真田羅斑のお嫁さん探し~」(憑訳者は耳が聞こえない×自分図書館)
6/9

第四話 英雄かくありき。

読了前提;「死に物狂いの英雄」https://ncode.syosetu.com/n8473fq/


 ざざん、ざんと打ち寄せてくる綺麗な海を前に、ぼくは嗚咽することしかできないでいた。




第四話 英雄かくありき。




 血が出るのも構わず必死に壁を叩いてぼくを助けようとしてくれた鬩を想って、ぼくはただただ涙を流す。

 悲しいとか、怒りとか、怖いとか、そういう単純な言葉じゃあ語り切れない感情で胸がさざめいていた。鼓膜を揺らす、さざ波の音のように。

 思はゆい。

 ただ、思はゆい。

 面映(おもはゆ)いんじゃない。思痒(おもはゆ)い。

 鬩の必死な姿を想って──思はゆくて仕方なかった。


「あ~やっぱり南の島はいいもんだな~」


 哀切極まるぼくの心情なぞ無意味とばかりに、館長が眼前に広がる青々とした海に笑う。嗤う。

 ──そう、南の島。今度は、どこかの南の島に連れてこられていた。さんさんとぼくらを照り付けてくる太陽。白い砂浜。青い空。驚くほどに透明度の高いアクアマリンの海。普段ならば心が洗われる美しい景色だけれど、今のぼくには色褪せて見える。

 ただ、思はゆくて仕方なかった。鬩のことが思はゆくて、胸が締め付けられてやまなかった。


「ううっ……」

「ほれ泣いてばかりいないで南の島らしくフルーツでも食べようじゃあないか。キミの涙に乾杯☆」


 チン☆ とどこから出したのかフルーツの豊潤な香り漂うジュースを鳴らして館長が笑う。嗤う。嗤った時だった。

 轟音。

 突如鳴り響いた爆発のような音と、揺れる地面、それに舞い上がる砂浜の白い砂にひと呼吸ほど間を置いて絶叫したぼくはあえなく体勢を崩し、転がる。


「大丈夫か? まだら」

「え? あ? あれ──戦ちゃん?」


 神社(かみやしろ)(いくさ)

 鬩の妹で、今年十八に──あれ? なんかちょっと大人っぽくなった? それに髪も短くなっている。


「ん? まだら若返ったか?」

「へ?」

「まあいい。まだらを泣かしていたのはお前だな?」

「さてな」


 舞い上がった砂が地面に落ちて、見づらかった視界が少しずつクリアになっていく。そこで気付いた。ぼくの目の前に躍り出てきた戦ちゃんの足元が陥没している。砂浜を飛び散らして地盤が剥き出しになっている。その向こう側で、館長が嗤いながら宙に浮いている。もはや魔王だ。

 それを見上げながら戦ちゃんが身を低く構えて、獲物を狙う猫のような構えを取る──って戦ちゃんビキニ姿じゃないか。ここで泳いでいたのか?

 ぐるる、と戦ちゃんの喉が獰猛に唸る。


「何者だ」

「魔女」

「まだらに何をした」

(もてあそ)んだ」


 確かに弄ばれていた。

 いやちょっと待って。何この殺気。びりびりと肌を突き刺すような、そんな張り詰めた空気につい、息を止めてしまう。


「──敵か? 戦」

「え?」


 背後に人がいた。慌てて振り向いて、ひゅっと喉が鳴る。全身古傷だらけの、筋骨隆々としたどう見てもカタギじゃない男だった。

 海パン姿だったけれど両手から長い剣をぶら下げていて、たぶんだけれど真剣であろうそれに心臓が鷲掴みにされたような思いになる。


「タイトル──〝死に物狂いの英雄〟。著者、椿冬華。二〇三三年を舞台にしたモンスターパニックもの。ある日、日本とアメリカ、フランスの港に未知の化物が現れたところから始まる、ふたりの英雄が死に物狂いで戦う様をドキュメンタリー風に書いた英雄譚だ」


 館長が他人事のように唄う。


「二〇三三年? 今は二〇三五年だぞ」

「え?」


 二〇三五年?

 あれ……今年って二〇二七年だよね? いや、待て……あの時館長はなんて言っていた? 確か今度は時空でも超えてみるか、って……え? え!? 何!? タイムスリップ!?

 そんな馬鹿な、と思いつつも──館長のあの理不尽さを考えるとあり得てしまいそうなのが怖い。


「こいつ、まだらを泣かしていた」

「ふむ? ああ……貴公は確か結婚式にも来ていたな。……あの時とは少し違うように見えるが」

「え? け……結婚式?」


 ……誰の?

 と、いうかこの絶対カタギじゃない人、ぼくのこと知っているみたいだけど……誰?


「まだら、待っていろ。今すぐこいつを叩きのめしてやる」

「戦がそう言うのであれば。──どうも、只者ではなさそうだしな」


 戦ちゃんが腕に力を込めてひと際低く唸り、男性が剣を斜に構えて腰を低くする。


 世界が、爆ぜた。


「うわあぁあああぁああ!?」


 舞い上がった砂埃の向こうで戦ちゃんが四肢駆動で駆け上がり、指を熊手のように折り曲げて腕を振り下ろすのが見えた。爆音。またもや、砂が舞い上がって視界が遮られ──はしなかった。その砂ごと、砂浜を一閃の風が吹き飛ばして、一気に視界が開ける。

 砂浜が割れていた。

 どういうこと、と思った直後に風が吹いて、空を舞っていた館長の元にきらりと光る何かが駆け巡っていった──あの男性だ。あの男性が剣を館長に振り上げ──た、っぽいんだけど見えない。速すぎて見えない。


「お前の身体能力を引き上げてやるからちゃんと解説しろ。読者に申し訳ないだろうが」

「えあっ!?」


 宙を舞っていたはずの館長がいつの間にかぼくの肩に立っていて、意味不明な文句をつけてきた。どういうこと、と問い返そうとした直後に館長が何やら魔法陣のような、青い幾何学模様がきれいな壁を展開する。轟音。ワンテンポ遅れて、悲鳴を上げる。戦ちゃんが、館長目掛けて腕を振り下ろしていた。ばりんばりんばりんと割れる音が響いていて、けれどそれでも戦ちゃんの腕は館長に届かなかった。


「おいおい、防壁十枚割るとか。一応ライフル弾防げる程度には強度つけたんだぞ。それを十枚割るとか」

「まだらから離れろ!」

「戦、頭を下げろ」


 一閃。

 男性の腕がコンマにも満たない時間で振り抜かれて、剣筋が空気を切り裂き館長の防壁を切り裂き、館長の背後に広がる海を割った。

 館長はけたけたと嗤いながら新たな魔法陣を幾つも展開して、たん、とん、たんと魔法陣の上を跳ねる。館長の爪先が魔法陣に触れるたびに煌めいて、魔法陣から大量のミサイルが発射され──ミサイル!?

 たぶん対戦車とかそういうロケット砲だと思うけど、ひとつの魔法陣から二十個くらいのミサイルが降り注いで、戦ちゃんと男性をまっすぐ狙う。たん、とん、たんと館長が新たな魔法陣に乗っては新たなミサイルを生み出すものだから──もはや、鉄の雨だ。

 だというのに。

 戦ちゃんと男性の表情に焦りは少しも見えない。戦ちゃんは四肢駆動で避けながらミサイルを足場に、空高く舞う館長へ迫る。足蹴にされたミサイルは当然爆ぜる。けれど、戦ちゃんに臆する気配は微塵もない。男性も男性で、腕をしなやかに凪いでミサイルを切り裂いては()()()、隙を見ては館長目掛けて剣戟(けんげき)を放つ。

 そこでようやく、気付いた。

 ぼく──ちゃんと戦況が()()()いる。館長の仕業か?


「第一部では世界が混乱に陥るに至る序章が描かれている。〝ヒトガタ〟と呼ばれるモンスターが東京湾で暴れ出したニュースを眺める一般市民の一幕から始まり、渋谷で、新宿で、ワシントンで、世界で多数の犠牲者が出るさまが描かれゆく。──そのさなかで、神社戦とレドグリフ・キリングフィールドというふたりの〝人外〟が〝英雄〟となる瞬間も描かれる」


挿絵(By みてみん)




 ──外には出るな。このままここにいろ。()()はわたしが引き受ける。


 ──一匹も倒せない弱いやつがわたしに指図するな。


 ──倒さなかったら死ぬだけだ。


 ──アアァアアァァアアァ!!


 ──銃が効かぬのであれば斬ればよい。


 ──そうか。ならばあのモンスターを地下に連れ込む。対処法を探しながら戦うが──そちらでも情報収集は怠るな。


 ──よかろう。それだけ聞けば十分──少し、本気を出すとしよう。


 ──ぬあああああああああ!!




 ヒトという枠から外されてしまった存在。

 ヒトというカテゴリーに拒絶されたヒト。

 ヒトであり、ヒトであらざる存在。人外。


 ()()だと、思った。


 空を舞いながら館長がまたもやぼくに流し込んできた物語は、人外を眺める人々の物語だった。

 よくわからないけれど……二〇三三年の未来で、日本とアメリカ、フランスに突然人型のモンスターが現れたみたいだ。自衛隊も米軍も太刀打ちできないそれらに立ち向かったのが、戦ちゃんとあの男性──レドグリフ・キリングフィールド米陸軍中将のようだ。

 戦ちゃんは日本で。レドグリフ……さんはアメリカで。

 それぞれがそれぞれの死闘を演じ、血まみれの血みどろになりながら泥臭く戦いに戦い抜いて、そうして勝ち取る。

 そんなさまを、まざまざと見せつけられる人々の視点で……物語が展開されていた。

 これは──本当に、起きることなのか? 未来で本当にあること、なのか? あの戦ちゃんが──死に物狂いで戦うことになるのか?


「アアァアアァァアアァ!!」

「!」


 脳裏に流れ込んできた物語とそっくり同じ雄叫びを上げて、戦ちゃんが渾身の力で両腕を振り下ろす。戦ちゃんの真下にいた館長の展開していた防壁がばりんばりんばりんばりんと音を立てて砕け散っていく。げ、と館長の顔が引き攣る。


「ぬあああああああああ!!」

「ちょまっ」


 またもや物語と同じような雄々しい声を上げて、レドグリフさんが剣を横凪ぎに払う。ばりんっと館長を守っていた最後の防壁が破れて、顔を引き攣らせた館長がブリッジで斬撃を避けた。斬撃はそのまま天を迸り、青々とした空にかかっていたわたあめのような雲を一刀両断した。マジかよ。


「ええい規格外どもめ!」


 ぐにゃり、と空が溶けた。

 ぼくが目を見開いた時には既に、戦ちゃんとレドグリフさんが吹っ飛んでいた。溶けた空がそのまま、一本の巨大な腕となってふたりに鉄槌を下したのだ。館長に身体能力を引き上げてもらっていなかったらきっと、一瞬で戦ちゃんとレドグリフさんが落ちて地面にクレーターを作ったようにしか見えていなかっただろう。

 あと……何気にぼくの周りを防壁が覆っていた。おかげで今の衝撃で体勢を崩すこともなかった。悪辣なんだか優しいんだかわからんやつだ、館長。

 ぐるるる、とクレーターの中から戦ちゃんが血まみれで這い出てきて唸る。その両眼は未だ戦意に燃えていて、宙に浮いている館長をまっすぐ睨み据えている。闘志が、少しも薄れていない──それどころかどんどん濃く、重く、厚く加速していく。


「──決して手は抜いていなかったのだがな。こうも通じぬとは」

「ワタシの張った防壁パリンパリン割っておいて何が通用しないだバーカ!! バケモノどもめ! 今度はもっと硬い防壁張るからな! 割れるもんなら割ってみろ!」


 同じく、血まみれのレドグリフさんがクレーターから這い出てきたのを見下ろして館長が悪態を吐く。そんな館長に、陰りが差す。

 いきなり暗くなったことに館長がへ、と素っ頓狂な声を上げながら上を仰ぎ見る。

 戦ちゃんがいた。

 血まみれの血みどろで、猛獣が如く牙を剥きだしに腕を振り上げていた。館長が、引き攣る。──かと思えば、戦ちゃんの攻撃をあっさり避けて空を軽やかなステップで駆けながら唄い始めた。


「──第二部、フランス編。日本とアメリカ、それぞれで死闘を繰り広げたふたりの英雄が今度はフランスに現れたモンスターを倒すべく、渡仏。そうして出会ったふたりの英雄は手を取り合い、ともにモンスターとの死闘へ赴く。その裏で、〝デウス〟なる最後にして原初のモンスターが、中国で暴走を始めた」


挿絵(By みてみん)




 ──()()はわたしのつがいだ。


 ──()()は私の女だ。


 ──ぬあああああああああ!!


 ──アアァアアアアァァア!!


 ──がぁああああぁあぁあ!!


 ──おああぁあぁあああぁ!!


 ──……そうか。……ふむ、四体目か……ちんたらしていられないな。


 ──私たちが戦わなければ誰が戦うというのだ?


 ──れど!!


 ──分かってる!! 最後だ、戦!!


 ──〝三日〟耐えろ。


 ──どんなに(ねじ)くれても、曲がりくねってもいい。──折れるな。




 フランスに現れたモンスターの特殊個体は、日本とアメリカで戦ちゃんとレドグリフさんが倒したモンスターの特殊個体よりもずっと大きく、強大だった。さしもの〝英雄〟ふたり掛かりでも命懸けの死闘を繰り広げざるを得なかった。そんな様を、ジャーナリストの立場から。一般市民の立場から。大統領の立場から。国連の立場から──様々な視点で、様々な想いが綴られていく。

 その裏で、中国におそらくは()()であろう全ての親玉が現れた。陰謀渦巻く情勢の傍ら、ありとあらゆる国が手を取り合って人類の存亡を賭けて科学力を、武力を、知恵を、全てを叩き込む。

 しかし脆く崩れ去った国連の武力に、人類はもはや英雄しかおらぬと、ふたりの英雄に最後の希望を託す。


「…………」


 眼前ではその〝物語の英雄〟が館長と死闘を繰り広げている。


「がぁああああぁあぁあ!!」

「おああぁあぁあああぁ!!」

「ええい化物どもめ!! 喰らえ、館長ビーム!!」


 ぱららららら、と地面を打つ雨粒のような音を立てて空いっぱいに魔法陣が展開された。空いっぱいに。果てから果てまでくまなく。数百、数千どころじゃない無数の魔法陣が。

 世界が煌めいた。

 ふたりの英雄目掛けて射出されたビームの雨で世界が明るく染まる。まず、戦ちゃんがレドグリフさんを蹴ってビームを避けた。ぐんっ、とビームが曲がりくねって戦ちゃんを狙う。そこで戦ちゃんに蹴られて飛び上がったレドグリフさんが館長の防壁に剣を突き刺した。今度はもっと丈夫にしたのか、防壁は割れない。しかし何枚かは貫けたようで、レドグリフさんの剣が防壁に刺さっている。そのまま、防壁ごと館長を下に打ち下ろした。ギエピー! という館長の絶叫が轟くと同時に、戦ちゃんを追尾していたビームの軌道に入った。


 爆発。


 館長が張ってくれた防壁のおかげで影響は受けなかったけれど、ぐらぐらと揺れる地面にこの島が沈むのではないかと少々不安になる。


「第三部──完結編。フランスでの死闘を経て重傷を負ったふたりの英雄がわずか三日で劇的な復活劇を演じ、ラスボスにあたる全ての親玉にして本体〝デウス〟がいる中国へと赴く。迎えるは、最後の戦い。最期の戦い。人類の命運を賭した戦い、その果てに英雄は──」


挿絵(By みてみん)




 ──四体目には勝てない。


 ──だから国際宇宙ステーションを四体目に、堕とせ。


 ──ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!


 ──あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!


 ──ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!


 ──あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!


 ──ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!


 ──あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!


 ──しょうがないよ、れど。──だってみんな、弱すぎる。


 ──ああ、そうだな。──世界はあまりにも虚弱すぎるからな。


 ──わたしが強いんじゃない。お前らが弱すぎるだけだ。


 ──私が強いのではない。世界が虚弱なだけだ。




 フランスで瀕死の重傷を負いながらも、災厄の根源たる最後の敵を倒すべく中国に乗り込んだふたりの英雄。

 けれど、それは死を覚悟した捨て身の作戦だった。

 〝四体目には勝てない〟──そう言ってレドグリフさんが大統領に指示したのは、自分たちが中国でモンスターの親玉〝デウス〟を足止めするから宇宙ステーションをそこに落とせ、というものだった。

 英雄を犠牲にして、人類を救う。

 そんな作戦に世界からは抗議の声が上がり、SNSでも不満の声が溢れ出し、デモが行われるようになった。けれどそれでも、英雄は死地へ向かった。大統領も、それを止めなかった。

 それしかない。

 そう──わかっていたから。


「あれ? 斑君じゃないか。何でここに……鬩は?」

「え? あっ、倭さんっ」


 神社(かみやしろ)(やまと)──鬩や戦ちゃんの叔父にあたる、陸上自衛隊に属している人だ。滅多に会うことはないけれど、すごくいい人で戦ちゃんも懐いていた。そして──脳裏に流れ込んできた英雄の物語にも、この人の視点があった。自衛隊でありながら姪っ子に全てを委ねることしかできず、姪っ子の母親であり姉でもある(わだち)さんにも〝戦は戦いに行った〟と伝えるしかできない無力感。それに苛まれている倭さんの姿が、あった。

 英雄となった戦ちゃんを見ていることしかできない人々の、無力感にも似た希望。

 ……こんなことが、本当に未来で起きるのか?


「何しているんだアイツらは」


 倭さんの隣にはこれまた物語でよく登場した、確かレドグリフさんの親友にして同僚だというクリスタ・ルクゼンさんがいた。


「あのお嬢ちゃんは誰だ?」

「見かけねえな。斑君の友だちか?」

「あ、いや……館長はえーと……鬩の友だち、らしいんですけど」

「へぇ鬩の。つまり人外」

「ハイ」

「そりゃ人外だろうよ。レドグリフやイクサと渡り合える一般人がいてたまるか」


 ぼくたちが会話している間にも、爆音が轟き大地が震え、戦ちゃんとレドグリフさんの咆哮が響き渡る。


「戦とキリングフィールド中将の姿が見えないと思ったら……こんな騒ぎになってたんなら島中大騒ぎだろ?」

「あ……たぶん、館長のせいだと思います」


 どうもここに来るまでこんな戦いが繰り広げられていることに気付かなかったらしい。十中八九館長が何らかの情報操作をしているんだろうと思う。

 と、また爆音が轟いて空が煌めく。白く輝く空に黒い蓑虫──館長だ。

 館長が、嗤う。嗤う。高らかに、嗤う。


「──げらげらげらげらげらげらげらげら!!」


 響き渡る哄笑に、倭さんとクリスタさんの頬が引き攣る。


「……鬩に伝えておいてくれ。友だちは選べってな」

「たぶん鬩も超不本意だと思います」


 ──鬩は、今も必死にぼくを探しているんだろうか。

 ああと、館長たちの人外バトルに圧倒されて忘れかけていた思はゆい気持ちが蘇って胸が苦しくなる。鬩。鬩。せめぐ──

 爆音。

 浸らせてくれ、と内心毒づきつつ空を仰ぐ。

 館長が足を振り回すたびに扇状のビームが照射されて、それをレドグリフさんと戦ちゃんが薙ぎ払っては爆発が起きる。合間を縫って振るわれるレドグリフさんの剣が届く寸前に館長が転移しては、戦ちゃんが転移による()()()に腕をねじ込んで破壊しにかかり、爆発が起きる。館長がスキップするように跳ねては竜巻を幾つも生み出して、レドグリフさんが竜巻を一刀両断して戦ちゃんが竜巻の残骸ごと館長に渾身の力を叩きつけて、爆発が起きる。館長が戦ちゃんを軽く踏み台にして海に叩き落とし、続けて迫ってきたレドグリフさんの剣も捌こうと魔法陣を展開した瞬間、海から飛び上がってきた戦ちゃんに魔法陣をブチ壊されて、崩れ行く魔法陣の隙間を縫うようにレドグリフさんの剣劇が炸裂して、爆発が起きる。

 人外と人外の戦いに、ぼくらは呆然とするしかできなかった。


「何が起こっているのか全然わかんねえ」

「俺もだ。全く……去年の新婚旅行を台無しにした埋め合わせにって旅行に連れてきたってのに……」


 クリスタさんと倭さんにはただ爆発が連続で起きている、としか認識できないようだった。しかしなるほど、旅行に来ていたのか。ここが未来の世界だとするなら……戦ちゃんはあのレドグリフさんって男性と結婚、して──

 あれ?

 ぼくのお嫁さん探しは?


「そうだったこれはお嫁さん探しだった」

「のわあっ!?」


 突然背後に現れた館長に心底ビビり散らかして、けれど次の瞬間には眼前にまで迫ってきていた血まみれの戦ちゃんとレドグリフさんにまたビビり散らかす。


「いやーここまでぶっ飛んでるとは思わなんだ。次元の壁はさすがに破れないだろうって思ってたらヒビ入ってビビった」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!:

「のわああああああああああ!?」


 ぼくごと、館長が空高く飛び上がったせいで、物語の終盤に描かれたふたりの英雄とそっくり同じ様相の、鬼気迫るどころのレベルではない戦ちゃんとレドグリフさんとまともに向き合う羽目になってチビりそうになった。


「神社戦は昔馴染みだし、イインジャナイカー?」

「よくない!! お嫁さん探しのこと忘れてただろ!? 戦ちゃんはぼくにとっても妹のようなものだから恋愛対象にはならないよ!! 第一、それならなんで現代の戦ちゃんのところに連れてってくれないのさ!? なんでわざわざ未来!? 結婚してるじゃないか!! リア充爆発し──うわあああああ本当に爆発しなくていいぃいいい!!」


 目の前で戦ちゃんとレドグリフさんが派手に爆発して、ビビり散らかしながらせめぐぅうううぅぅう、と叫び散らかして泣き咽び散らかす。

 いや爆発ってか、花火だったけれど。ドパァンって見事なレインボーの花火が戦ちゃんとレドグリフさんを中心に炸裂して、黒焦げになったふたりが海に落ちていくのが見えた。

 まあ直後に戦ちゃんが海面から顔を出して、戦鬼も泣いて逃げ出す形相でレドグリフさんをぼくら目掛けてぶん投げていたけどね。なにあのふたり。もうやだあのふたり。てかそれ以上に館長がもういやだ。


「──せめぐぅううぅぅうう!!」

【斑ぁ ど にい んだ!!】


 レドグリフさんの剣劇が館長の防壁を一刀両断してぼくの体が館長から離れた瞬間、焦がれてやまなかった愛しいフォントがかすれ文字ながらも、ぼくの視界外(意識)に映し出された。同時に、腕が骨張っていてほっそりとしているきれいな手に掴まれる。

 ぼろりと、涙が零れる。


「──何だ、もう見つかったのか」


 空間に()()が入って、そこから鬩の腕がねじり込んできてぼくの腕を掴んでいる。宙吊りにならないのは鬩の力か館長の力か──どちらにせよ、鬩への形容しがたい想いに胸を詰まらせるぼくの背後で、館長が嗤った。

 館長が、嗤った。


 ──わらった。




時間喰い蟲(タイムワーム)を使ったのか、なるほどなるほど──じゃあ今度は異世界に行こうか、真田羅斑」




 館長が──わらった。




「うわっ!?」「きゃあっ!!」

「ようこそおいでませ二〇三五年!」


 空間に入っていたひびが突然大きく裂け、ずるりと鬩の体が()()()側に引き摺り込まれた。未だぼくの腕を掴んだままの鬩はつんのめるように体勢を崩しつつも念動力をフル稼働してどうにか、空中に留まる。

 そんな鬩の体に、影が差す。

 いきなりあたりが暗くなったことに鬩ははっと空を仰いで──その目が、大きく見開かれる。


「かの英雄が死に物狂いにならざるを得なかった怪物の中の怪物──〝デウス〟」


 館長が、わらう。

 その向こう側で──島がそのまま持ち上がったのではないかと誤認してしまうほどに巨大な、それでいておぞましい赤黒いバケモノが鎌首をもたげた。


「何故〝ヒトガタ〟がここに!!」

「クソッ!! どういうことだ!? 軍と連絡がつかねェ!!」


 はるかな下方、砂浜では倭さんとクリスタさんが焦燥しきった顔で携帯を手に騒いでいる。


【何だあの化物──!?】

「はいギロチンキーック!!」

「あっ!」「うわっ!」


 ぼくを背後に庇いつつ、浮遊したままバケモノを凝視していた鬩からぼくを引き剥がすべく、館長が独楽のように足を振り回してきた。絶対に離すまいと握っていた鬩の手は呆気ないほど簡単に外れて、慌てて掴み直そうと伸ばしたぼくの手を館長が拘束衣からはみ出ている手でぎゅっと握って──お前じゃない!!


【斑を返せ!!】

「フハハハハハ!! 返してほしければそこのモンスターを倒すことだ!!」


 高笑いしながら館長がぼくごと、空高く舞い上がる。それを追おうとした鬩に赤黒い触手、のようなものが伸びてきて──鬩が、消えた。

 直後、海に大きな水飛沫が上がる。


「鬩っ!!」

「さすがは〝英雄〟──ワタシを封じるよりも〝デウス〟の無力化を優先したか」


 館長の言葉にはっとバケモノのほうを見やる。

 戦ちゃんとレドグリフさんが戦っていた。


「フハハ──あのモンスターを倒さない限り次元も時空も越えられないようにしてある。精々頑張ることだ、神社鬩」


 なあに安心しろ、史実上の〝デウス〟の劣化コピーバージョンだから英雄と協力すれば倒せる──そう(うそぶ)いて、館長は嗤う。ただ、嗤う。

 ぱきりとぼくの体が、瓦解していく。せめぐ、というぼくの声さえも瓦解していく。

 こぽこぽと、水面に上がる泡を眺めてぼくはまたもや涙を流し──意識を手放した。




 第四話 完




挿絵(By みてみん)

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