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椿冬華ワールド  作者: 椿 冬華
「男はつらいよ ~真田羅斑のお嫁さん探し~」(憑訳者は耳が聞こえない×自分図書館)
5/9

第三話 歪みねぇや。

読了前提:「歪─ふせい─」https://ncode.syosetu.com/n9176fl/


 どうしてこうなった。




第三話 歪みねぇや。




 白い手から解放されて咳き込みながら蹲って嗚咽しているぼくを、巡くんと同じくらいの少年が爆走させていたゴムボートが轢いた。


「サクリフェス王子が誠に申し訳ございませんでした」


 はっきりした顔立ちの、浅黒く精悍な少年の頭を無理矢理下げて、欧米系と思われる金髪の男性が謝罪を述べてくる。


「いえ……ぼくもあんなところでぼうっとしててすみませんでした。ほら館長」

「サーセンっした」

「こら!」


 ここは──どうやらエリモス王国という、アフリカ大陸の北部に広がる砂漠地帯に位置する小国みたいだ。二百万人ほどの国民が暮らしていて、エジプトに近いこともあり歴史は長いが、灼熱の砂漠に囲まれた国であることが災いし人の往来がほとんどない孤立国状態となってしまっているみたいだ。

 砂漠に断絶された国──そう呼ばれることもある小さい国の王都エリモルディアに聳えるエリモルディア宮殿。そこに今、ぼくらはいる。何でって、館長のせい。

 とりあえず、ぼくがなんか館長の遊びに付き合わされているってことだけは理解した。鬩があんな顔で必死になるくらいにはヤバいってこともわかった。


「申し遅れました。わたくし、サクリフェス王子の世話人を務めさせていただいておりますゴルドル・ユートピアと申します──ほら、サクリフェス王子」

「ごめんよ弾き飛ばしちまって! あそこに人がいるなんて思ってなかったからよー」


 サクリフェス王子! と白人男性──ゴルドルさん、が一喝する。

 何があったって、館長に転移させられて号泣しながらえずいていたところをこの少年……えっと、サクリフェス王子が爆走させていた陸走式ゴムボートにはねられたのである。それはもう見事にばいーんと。五メートルくらい吹っ飛んだかもしれない。ちなみに館長は爆笑していた。悪魔め。


「おいコレうまいぞ。食ってみろ真田羅斑」

「少しは遠慮しろよっ!」


 シナモンの香りがする紅茶にクナーファと言うらしい焼き菓子を出してくれていて、非礼にも館長は遠慮なくもっきゅもっきゅ頬張ってはゴクゴク飲んでいる。豪胆どころではない無礼さだ。

 しかしそんなぼくにゴルドルさんが遠慮なさらずと勧めてくださって、ありがとうございますと深く頭を下げてからひと口、紅茶を口に含んだ。シナモンがきついかな……レモン欲しい。あ、置いてある。入れよう。


「おっさんクナーファいらないならもらっていい?」

「サクリフェス王子!!」

「あ、いいですよ! ぼくそんなにお腹空いてないのでっ」

「いけません、甘やかしては。どうぞ遠慮なさらず」


 言われてしまったので、とりあえずクナーファをひとつつまんでみることにした。円柱型の、小麦粉を主体にして練り上げた生地を焼いたお菓子みたいだ。フォークでひと口分掬い上げて口に運ぶ。ザクザク食感ロールケーキって感じで、でも中にはたっぷりの熱いチーズとピスタチオが詰まっていて、生地の甘さと相俟って……うん、おいしい。


「おいしいですね、これ」

「だろ? おれ好きなんだそれ! なー、喰っていい?」

「サクリフェス王子!! 全く貴方は!! サジェースタ王に王子はちっとも反省しておられないとお伝えしますからね!!」

「うわちょっ冗談だってゴルドル! そんなに怒るなよ~」


 ゴルドルさんの雷が落ちるさまを肴に紅茶を啜っていると、応接間……で、いいんだろうか。たぶんお客様をもてなすための部屋なのは間違いないだろうけど、ともかくこの部屋の扉がノックされて、王妃の入室が伝えられた。

 直後に、大きなお腹を抱えたひとりの貴婦人が数人の従者を連れて入ってきた。


「ゴル!」

「げっ母上」

「王妃様! 身重なのですからあまり動き回られませぬようご忠告申し上げたはずですが」

「サフェがまたアホなことをしたんでしょ? しかも怪我をさせたって」


 そう言いながら貴婦人がぼくらの方を見る。見やる。見やってきて、目が合う。逢う。遭う。──遇う。

 ぞわっとした。

 ()()()()()()()()()()──第一印象は、それだった。

 大きなお腹を抱えた妙齢の貴婦人で、おそらくはこの少年の母親──と、ひと目見てわかるところまでは普通なのに、その女性の()が。

 隣で館長が、嗤う。


「タイトル──〝歪─ふせい─〟。椿冬華の処女作。突然見知らぬ世界へと飛ばされてしまった四人の人間が繰り広げる、多重世界を旅するファンタジーもの」


挿絵(By みてみん)


 さいはて荘の時と同様に、映像という映像が、音声という音声が、物語という物語が──ぼくの頭に流れ込んでくる。

 サジェースタ・サン・ジャスティト──この国の王を主人公に、日向(ひゅうが)符正(ふせい)という女性とともに旅を始め、人間の歪みという歪みが凝縮されたありとあらゆる世界を渡り歩きながらひとつずつ浄化していって、道中で出会ったゴルドル・ユートピアにニコラウス・デスピアも仲間に加えて長い、永い旅を続ける。

 ある世界には地球のために環境を良くしなければならないという人間の傲慢が詰まっていて。ある世界には社会の負担を若年層ばかりに押し付け苦労を美徳とする人間の過信が詰まっていた。ある世界には薬やワクチンの存在意義を否定し研究費用の支援を否定し保守的であろうと思考を放棄する人間の怠惰が詰まっていた。ある世界には自分の作り出した正義を執行するために偏向報道する人間の独善が詰まっていた。




 ──そうでしょう? ()()()()()()()()()()()()()


 ──お前たちなんて()()する!


 ──牛や豚は家畜(エサ)で、犬や猫は愛玩(ペット)。マグロやイワシは食材(ごはん)で、クジラやイルカは生物(いのち)。命は尊いと口にしながらもその行動には矛盾が存在している……その〝矛盾〟こそが〝歪み〟ですかね?


 ──ンなわけあるか馬鹿者!!


 ──ふざけるな!! いくら怪我が癒えるとはいえ私のために無茶するなと何度言った!?


 ──だから死ぬ時は一緒です。それまでは死なないって約束します。今回のように、死んでも死にません。


 ──信頼とは裏切り。信用とは損切り。友情とは豚切り。愛情とは見切り。


 ──人の想いを定義付けることなぞ──できはしない。


 ──世界でただひとりの、俺の〝妹〟だ。


 ──〝昨日〟って何だ?


 ──()()()()()()()()()


 ──()()()()()()()()()




 ありとあらゆる世界の歪みを浄化しているうちに辿り着いた先で、この歪みだらけの世界が彼女──日向符正の〝心〟の世界なのだと判明する。

 終末同期能力(ジ・エンド)──昨日の出来事、一昨日の出来事、去年の出来事、十年前の出来事──それらがひっくるめて〝たった今〟起きた出来事であるかのように完全記憶・同期してしまう能力。

 その卓越しすぎた記憶力は人間の脳の容量を圧迫してしまうほどだった。そう、つまり彼女は記憶しすぎて壊れかけていた。それをどうにかすべくニコラウス・デスピアが開発した〝心因性不和除去サイコノイズキャンセラープログラム〟により、脳内容量のクリーニングを行おうとしていたのがこの物語の真実、のようだ。


「わたしの息子が申し訳ないことをしました。顔色が優れないようですが、お怪我の調子が……」


 脳内に流れ込んできた〝物語〟よりもずっと大人びて、落ち着いている彼女の声にはっと我に返ったぼくは慌ててかぶりを振る。


「大丈夫です。こちらもあんなところでぼうっとしていたので……」


 と、そこではたと気付く。

 待て。さっきゴルドルさんが彼女に王妃様と……いやそれ以前にあの少年のことも王子って。えっ? あ? 王族? あれ? この人見たことが……あっ!! フセイ・ヒューガ・ジャスティト!! 十年くらい前に小国に嫁いだってニュースになってた記憶がある!


「遅っ」


 館長がぼやく。肘で小突いてやった。ビックリ箱を出された。絶叫した。


「ちょっびっくりさせないでよっ!! 王妃さまの前なのにっ」

「あれ、日本人?」

「あっえっはい」


 今の今まで日本語で話していたのに、と思ったら本当はエリモス語だったのを館長が自動翻訳してくれていたらしい。どんなチート。


「そのビックリ箱すっげー! なあなあ、それちょうだい!」

「サフェ!! おまえは本当にっ! ニコラの影響ばかり受けちゃって……お父様がカンカンで待っているわよ。搾られに行ってきなさい」

「えぇやだっ! 父上の話長いんだよっ」

「話を長くさせているのはあなたでしょう!」


 ……結構な問題児、のようだ。

 フセイ・ヒューガ・ジャスティト……さっきのあの〝物語〟が館長の捏造とかじゃなくて実際に起きた過去の出来事だとするなら、彼女はあの後、無事サジェースタ国王陛下に口説き落とされたんだな。不敬を承知で、リア充爆発すればいいのに。


「ところで……貴方は何故あそこに?」

「えっあっ、あっとすみませんっ、申し遅れました! ぼくは真田羅斑と申します。えぇっとここには……」

「真田羅斑のお嫁さん探しに来た!!」


 肘で小突く。ビックリ箱の角で殴られた。


「お嫁さん……?」

「あ、もしかして姉上に婚約申し入れに来たのか?」


 サクリフェス王子がずいっと身を乗り出して問うてきた。姉上──と、いうとえぇっと……ぼくエリモス王国に詳しくないんだよね。


「サハーシャ・オアシス・ジャスティト王女。今年二十八歳を迎える王位継承者。恋人も婚約者もいなく、心配した父王が縁談を持ちかけているところであり、世界各国から婚約の申し入れが殺到している」


 ありがたいことに館長が解説してくれた──ん、だけど。ちょっと待って。


「いやっ待ってっお嫁さん欲しいったって王配になりたいだなんて思ってないよっ!!」

「ちなみにこれがサハーシャ・オアシス・ジャスティトだ」

「わっ美人っ❤ ──じゃない!!」


 さらっとした銀髪の美しい女性についくらっとしかけたけど、流石に王女さまの婚約者になりたいだなんて露ほども思わない。てかなれるわけがないだろ!? ってか心なしかさっきからゴルドルさんの視線が冷たいんだけどっ。


「何を言うか。目の前にお手本がいるじゃないか。フセイ・ヒューガ・ジャスティト王妃が」

「不敬! ぼくみたいな馬の骨が認められるわけないでしょ!? すみませんっ!! このバカの軽口は気にしないでくださいっ!! 本当に申し訳ございませんっ!!」


 膝でどつかれたけど足を踏んで黙らせる。ほんと何なの館長!?


「ダメだぞ姉上の婚約者になっちゃ」

「いやっ。なりませんなりません!! ぼく如きがっ」

「姉上はゴルドルが好きなんだからさ!」

「ええそうですともゴルドルさんが──えっ?」


 サクリフェス王子の言葉にゴルドルさんがぎょっと表情を歪めていた──いや、歪めてというか。気まずそう、に?


「さ……サクリフェス王子、そのような戯言はおやめください」

「何言ってんだよゴルドル。姉上言ってたぞ。ゴルドルがなかなか振り向いてくれないって。いっそフッてくれたらいいのになあなあに濁されるからもやもやするって」

「さ、サクリフェス王子!!」


 なるほど、ここにもリア充いたかちくしょう爆発すればいいのに。


「ねえ館長、ぼくなんでここにいるの?」

「ワタシを笑わせるため」

「お前こそ爆発しちまえ」


 この子鬩の友だちだったよね確か? 鬩否定してたけど。ああそっかそりゃ否定したくなるよねこんなんだもの。


「ゴル、こればかりはサフェの言う通りよ。サハーシャのためにもはっきりしなさいよね。──さあサフェ、今すぐお父様のところに行きなさい」

「えぇ~……」

「いかなきゃだめなのよおにーさま! おとーさまめがっさおこってるのよー」


 恐らくは妹であろう幼い少女が迎えに来て、サクリフェス王子は文句を言いつつもビックリ箱片手に部屋を出て行っ──待て! いつの間に渡したビックリ箱!! いや待てっあれどうするつもりだ!? 父王に喰らわせるつもりか!? ぼくら死罪にならないかコレ!?


「わたしもこれでおいとまさせていただきます。ゴル、後はよろしくね」

「承りました。──Mr.真田羅、体調は如何でしょうか? よければお連れさまと庭園にお越しになりませんか? お詫びというわけではございませんが、ささやかなご昼食を──」


 と、そこでゴルドルさんが言葉を切って表情を厳しいものにし、滑るように王妃さまの前に立った。王妃さまも同様に──あの死んだ人間のような、光という光を蹂躙し尽くしたような目をあらぬ方向に向けていて、導かれるようにそちらに視線を移す。

 キィン、と空気が張り詰めるような音がかすかに聞こえた──と思った次の瞬間、見慣れた恋しいフォントとともに、聞き親しんだ愛しい声が鼓膜を打った。


「まだら!!」【斑!! やっと見つけた──】

「おっと」


 汗まみれで、前髪が額にべっとりと張り付いているのも構わず焦燥しきった顔で転移してきた鬩にぼくが縋るように手を伸ばしたのも束の間、背後で館長が愉しげに笑った。嗤った。


「うわっ……!!」

「まだら!! っはぁ……まだら!」【斑! どういうつもりだ館長!!】


 鬩に伸ばしかけた手が、何かに阻まれて届かない。

 青白く発光する──魔法陣? それに阻まれて、手が届かない。届かない。せめぐ、と叫ぶ。叫んで叫んで、叩く。魔法陣を叩く。必死に叩く。叫ぶ。


「鬩! せめぐ! せめぐっ!!」

「まだら! くそっ」【くそっ!! 何だこの壁──おいやめろ館長!! どこに連れていくつもりだ!!】


 叩く。叩く。叩く。叩く。叩く。叩く。

 ひたすら叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。

 鬩も必死に、薄い魔法陣の壁を隔てた向こう側でぼくの名前を叫びながら叩く。叩く。叩く。叩く。叩く。叩く。


「アフリカまでやってきても追い掛けてくるとはなぁ~さすがは神社鬩」

「……かみやしろ? ──じじさまの弟の息子もかみやしろだったな……」


 ぼそぼそと、王妃さまが何かを囁いていたけれど今のぼくには聞こえない。

 ただ悲しかった。怖かった。薄い壁隔てた向こう側に鬩がいるのに、手が届かない。縋れない。いつものように鬩に抱き着いて泣けない。

 ぼろぼろと涙が流れ続けるのに、ぼくの涙をいつも受け止めてくれる鬩が遠い。

 せめぐと、また叫ぶ。叫んで叫んで、叫ぶ。叩いて叩いて、叩く。

 だというのに──背後で愉しげに鼻歌を歌っている館長は、やはり嗤うだけだった。


「そうだなあ~……次は神社鬩が追い付けないところに行くとしようか」

「やめろっ!!」【館長!! 斑を離せ!! 斑は貴様の玩具じゃない!!】

「せめぐっ……せめぐぅっ」


 ああ無常。

 鬩を追い求めてやまぬと叫ぶぼくの涙ごと、ぼくの体がちりちりと焦げ付いていく。かと思えばぱきりと、指先が瓦解した。


「まだら!!」

「せめぐ! せめぐせめぐ!!」


 鬩が叫ぶ。ぼくも叫ぶ。手を伸ばす。ぱちりと、手が弾けて消え失せた。鬩が叫ぶ。叫びながら壁を叩く。壁に、血が滲んでいた。鬩の手が傷ついている。だというのに、それでも鬩は叩く。必死に壁を叩く。その姿にまた涙が溢れ出る。


「さ~て今度は時空でも超えてみるかなっ♪」


 館長(悪魔)が、嗤う。

 ばぢりとひと際強く音が弾けるのと同時に──ぼくの意識ごと世界はまたもや、闇に包まれた。




 第三話 完




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