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椿冬華ワールド  作者: 椿 冬華
「男はつらいよ ~真田羅斑のお嫁さん探し~」(憑訳者は耳が聞こえない×自分図書館)
3/9

第一話 お嫁さんが欲しいです。

「憑訳者は耳が聞こえない」×「自分図書館」

斑と館長がお嫁さん探しという名の作品巡りデートをするだけ。時系列的に、「憑訳者は耳が聞こえない」から十年後、斑40歳・鬩25歳です。


「ほぎゃ」

「あ、起きた? よく寝てたねぇ(ともしび)ちゃん」


 おんぶ紐を使って背中で寝かせていた生後五ヶ月の赤子、灯ちゃんが大きなあくびとともにむにゃむにゃと意味のない声を発しながら足をばたつかせる。

 ちょっと待っててね、と声かけながら手早く切った材料を鍋に流し入れる。これで両手を使う作業はだいぶ減る。


「はいは~い、まだらおじちゃんですよ~」


 正面に抱っこし直して、わきゃわきゃと灯ちゃんをあやす。わはわはと笑う灯ちゃんに癒されつつ、時計を確認する。時刻は夕方の五時すぎ。(せめぐ)たちもそろそろ帰ってくるころだ。


「ただいまぁ」

【ただいま】


 噂すれば影。聞き慣れた声と、視慣れた文字に笑顔を浮かべながらおかえりと返す。

 ここは高松市中央商店街の奥まった路地にある三階建ての鉄筋コンクリートビル、〝まだら相談事務所〟とは言っても事務所は一階にあって、二階はぼくの自宅、三階は神社(かみやしろ)家になっているけれど。


《灯ちゃんのお守り、ありがとうございます~》


 そう言いながらぼくから灯ちゃんを受け取ってあやすのは神社いちず。学生時代、ここで事務のバイトをしてもらっていたのが結婚後そのまま事務員になってもらったという形で、ぼくの相棒の奥さんでもある。光の加減によっては珊瑚色に見える、色素の薄い髪を背中で揺蕩わせている美人さんだ。ちっちゃくてふわふわしている見た目に似合わず、とてもしたたかでカッコいい女の子なんだ。

 その後ろで買い込んだ日用品の数々を机の上に出して整理している、いっそ清々しいほどに整った顔立ちの、血濡れた虹彩が印象的な美青年こそぼくの相棒にしてここまだら相談事務所の副所長、神社鬩である。無駄に図体だけ大きいぼくと違って全体的にスタイリッシュで、中性的な危うささえ垣間見える美しさを持っている。中学生のころはそれこそ女装していても女の子にしか見えなかったけれど、さすがに背が伸びて体つきもしっかりしてきた今は無理があるかな。

 数年前にまだら相談事務所を改築することになった時、元々住み込みのバイトをしながら大学に通っていたのをそのまま副所長として就職した鬩の結婚話が出た。いちずちゃんにプロポーズしてめでたく了承をもらい、新居をどうするかって考えていた鬩を見て、つい提案してしまったのだ。

 三階建てにするから、三階に住まない? って。

 それをいちずちゃんが大興奮で受け入れて、鬩もため息まじりに〝やっぱりこうなるか〟と零して。

 それで、なんやかんや神社家とぼくの同居生活みたいなのが始まって。

 一応階層を分けているからそんなに生活は被らない、と思ったけれどそんなことにはならなくて。基本食事は一緒に取るし、洗濯や掃除も一緒にやっちゃうことが多い。くつろぐ時だって二階に集まるし、灯ちゃんが生まれてからも育児に積極的に協力しつつ交代交代の家事だし。

 世間一般的に見ればおかしな同居生活だろうけどこれがまた楽しくて、幸せなんだ。


「きゃん!」

「おわ、はいはい我慢えらいえらい」


 万が一ずり落ちて灯ちゃんに何かあったら大変だからと大人しくソファでおすわりしていた椿狐(つばきつね)が頭の上によじ登ってくる。八本の朱尾(あけのお)と一本の金尾(こがねのお)を持つ九尾の狐、椿狐との付き合いももう十年。鬩たちと出会ったころのことを思い出して、なんだかしみじみと感慨深い気分になってしまう。

 十年前。

 まだ中学生だった鬩と、出逢ったあの日のことは、今でもよく覚えている。


「……ふふ。なんだか不思議だなあ」

【ん? 何がだ】

「十年前はきみらとこうなるなんて思ってもいなかったからさ」

【ああ……確かに。やたらぴいぴい泣く五月蠅い男だと思っていたな……いや、それは今もか】

《ぴいぴい泣く斑さんカワイイですよね。それをシバきつつ仕方なさそうに助ける鬩くんもイイです》


 ぼくと鬩の会話にうっとりとした顔で割り込んできたいちずちゃんを見やって、十年前とちっとも変わらない彼女に脱力して肩を落とす。

 十年。

 憑訳者(ツウヤクシャ)、神社鬩と出逢って十年──けれど、鬩もいちずちゃんも、そしてぼくも根本は変わらない。

 人間の根底は変わらない。

 ぼくらの人間関係は変わったけれど、ぼくらという人間は何も変わっていない。──いや。

 成長は、したかな。

 したと、思いたいところだけれど。


「──色々あったねえ」


 本当に色々あった。

 死にかけたことだって十回や二十回じゃあ足りない。傷だらけになって、血みどろになって、泥にまみれて、汗を飛び散らせながら死に物狂いになって。

 ──本当に色々あったなあ。

 その中で鬩といちずちゃんが付き合うようになって、鬩がここに住み込むようになって、いちずちゃんや灯ちゃんも増えて、まるで家族のように──


 と、そこではたと気付く。


 真田羅(まだら)(まだら)、四十歳。独身。童貞じゃないけど彼女なし。

 この十年間、恋人らしい恋人ができた試しはない。あやかしにはまみれていたけれど、恋人といちゃついた記憶はない。ちょっといいなって思った女性も時にはいたけれど、鬩やいちずちゃん以上に大切だとどうにも思えなくて続かなかったことはままあった。


「…………」


 繰り返すが、真田羅斑。四十歳。

 四十歳である。

 四十歳で、彼女はいない。でも家族はいる。すっかり所帯じみた感覚はある。灯ちゃんのおしめ替えだって手馴れたものだし、いちずちゃんの下着だって普通に洗うし干す。スーパーのチラシを見ながら夕飯のメニューを相談しつつ買い物にだって一緒に行く。時にはデートや家族でのお出かけにも同行するってか最初からぼくも行くものとして組み込まれている。


「…………」


 嫌じゃないし、むしろ嬉しいからって流されるまま落ち着いたけれど、灯ちゃんを抱っこして笑い合う鬩といちずちゃんの夫婦を見て、考える。

 ぼくの人生──本当にこれで、いいのか?

 真田羅斑四十歳。独身。童貞じゃないけど彼女なし。最後に恋人がいたのは、そう──十二年前。

 鬩は結婚した。

 ぼくの行きつけであるラウンジ〝毒の手〟のお気に入りの()だったルミちゃんは既に三児の母として立派に母ちゃんしている。

 鬩の弟、護くんだって恋人のおとせちゃんと仲睦まじく大学生ライフを満喫している。

 じゃあ、ぼくは?

 ぼくはこれから先も、鬩たちの同居人として、よきおじさんとして仲良く家族ライフを──あ、うん悪くない……じゃない!!


「お嫁さんを、探さないと」


「え?」【は?】「ほぎゃ?」


 ぼくの切羽詰まったひとことにいちずちゃんと鬩、それに鬩が抱っこしている灯ちゃんの視線が集まる。




 男はつらいよ ~真田羅斑のお嫁さん探し~


第一話 お嫁さんが欲しいです。




《何言っているんですか。斑さんには鬩くんがいるじゃないですか》


 さも当然のように、まるでぼくが冗談でも零したような調子でうふふと笑ういちずちゃんにそれは違うと言いかけて、気付く。

 目が、笑っていない。


《──浮気は、ダメですよ?》


 浮気って。いやぼくと鬩はそういう関係じゃないし、そもそも鬩はきみの旦那さんであって。

 なんて言ったって無駄なことは経験則でわかる。と、いうかむしろこっちが言い負かされるのはわかっている。だって今もほら。


《綺麗でおっぱいがおっきな女の人と、鬩くん。ベッドで誘われるならどっちの方が興奮しますか?》

「…………」

【そこは即答しろ馬鹿野郎】


 シバかれた。

 あううう、このシバきに勝る安心感を鬩たち以外の女性に得られるとは到底思えない。だからダメなんだぼくは。


「いやっ、駄目だ今日という今日は! 今日こそぼくはぼくのために、幸せな家庭を築くべく立ち上がるっ」

《鬩くんじゃダメなんですか?》

「ダメじゃないってか全然オッケーってかむしろお願いしますだけどいやっそうじゃなくて」

【この十年でだいぶいちずに毒されたな】


 いや、これに関しては鬩も悪いと思う。さらっと殺し文句垂れ流すしときめかずにはいられ、ちがう! しっかりしろぼく!


「せ、鬩! いっ、いい人とかいない!? いなくてもっ、いい人を知っていそうな人とかっ」

【いい人を知っていそうな人、なあ……】


 ()じゃないなら心当たりはあるが、という鬩に一瞬あやかしなのかと心臓がギュルッてねじれるけど、そうじゃないみたいだ。


【僕としてはあやかし以上に関わり合いになりたくない()()()()だ】

「呼んだか?」


 鬩が顔色を変えてその場からいちずちゃんや灯ちゃんごと飛び退く。

 鬩がいた場所の真横に、いつの間にか見知らぬ少女が立っていた。


「やあ、はじめまして真田羅斑」


 ほうぼうに伸び散らかした癖のある黒い髪が蓑虫のように少女を包み込んでいて、明確なシルエットが掴みづらい。けれど少女はひどく痩せていて、そして小さいとすぐわかる程度には痩せぎすだった。だというのに、奇妙なことにその痩せぎすの少女はぼくよりも大きく見えた。ぼくよりもはるかに小さく、折れそうなほどに細いというのに──ぼくよりも、大きく見えるのだ。

 何だ、この存在感。

 何だ──この圧迫感。


「きみ、は」

「ワタシは自分図書館(ジブントショカン)の館長」




 ──魔女である。




 そう言い切って、少女は嗤う。笑うのではなく、嗤う。

 吊り上がった不遜な口元、不気味な光を宿した虹彩を浮かべている三白眼、その下に刻み込まれた深すぎる隈──とにかく異質で、異様な少女ではあったけれど何よりも異常だったのは、少女の腕を拘束しているみっつの鉄枷だった。


【何をしに来た……館長】

「やっぴー☆ わっほー灯ちゅわんきゃっわゆーい! ほれ出産祝い」


 でん! と、前触れもなく唐突に、突拍子もなく突如として、天井に届かんばかりに巨大なテディベアが室内に現れた。目を白黒とさせるぼくといちずちゃんをよそに、鬩は不機嫌そうに邪魔だと少女に言う。


「え~」

【せめて一メートル程度に】

「わかったわかった、ほれ」


 室内を圧迫していた巨大なテディベアが一瞬で縮んだ。いや、縮んでも十分大きいけれど──待て、待て……なんだこれ。

 なんだ、この理不尽。


【コイツは()()()()存在なんだ。考えるだけ無駄だ──世の中には理解できないバケモノがいるとでも思っておけ】

「バケモノって……じゃあつまりあやか「魔女さ」


 あやかしではない、魔女だ──そう言って少女は、やはり嗤った。


【……この世界をひとしずくの水滴とするならば、大海原ほども世界が存在している】

「え?」

【コイツ曰く、な。ずっと昔少し話したことあるだろ? 世界を渡り歩いて自分を記録している物好きがいるって】


 言われて、いつだったか──枕返しの手によってパラレルワールドに(トオ)ってしまった時のことを思い出す。

 あの時の鬩……ほんっと美人さんだったなぁ。


 シバかれた。


【で、何しに来た】

「お嫁さん探し手伝おうかと思ってな」

「え?」

「欲しいんだろ? お嫁さん」


 少女──えぇっと、館長はにやにやと、不遜な笑みを浮かべながらぼくを見上げている。

 彼女は鬩の友人であると【友人じゃない】「酷い!」同時に……えぇっと、異世界の住人、でもあるみたいだ。


「お嫁さん欲しいんだろ? 真田羅斑」

「え、あ、うん……そりゃ」

《もうっ。斑さんには鬩くんっていう立派な彼氏がいるじゃないですかっ》


 さも当然のように浮気はダメですよとぼくに言い含めながら、いちずちゃんが館長に出産祝いの礼を言う。

 何度も言うけれど、ぼくと鬩は彼氏彼氏の関係じゃない。そりゃぼくにとって鬩は絶対に欠けてはならない半身のようなものだけれど。


「ここら近辺にはいなくても、探せばお前と相性バッチリなお嫁さんがいるかもしれない──そこで! このスーパー美少女がお嫁さん探しを手伝ってやろう、というワケだ!」

【意味が全然わからん】


 うん。何でぼくのお嫁さん探しをこの子がする必要が?


「まあまあ。〝ワタシ〟たちが食あたりで寝込んでてなあ~暇だからちょっと遊ぼうと思って」

【……ああ、斑で遊ぼうってことか】

「そういうことだ」

「どういうこと!?」


 たん、と館長がかかとを軽く打ち鳴らした──と、思った次の瞬間にはぼくと館長の体を無数の白い〝手〟のようなものが覆い尽くしていた。ごろりと頭から転げ落ちた椿狐がぼくを見上げてきゃんきゃんと鳴く。

 絶叫する。


「鬩! せめぐっ、鬩!!」

【斑! おい館長──】

「フワハハハハ!! プリンセス☆真田羅斑はいただいた!! 返してほしくばえーっとファミチキ出せ」


 もがく。もがく。白い手から逃れようと、必死に鬩に手を伸ばそうともがく。けれどその手さえ、白い手に阻まれる。

 涙が零れ落ちる。


「せめぐ! いやだ! せめぐぅ!!」

「まだら!!」【斑!!】


 顔を覆う白い手越しに、鬩の焦ったような顔が見えて──けれどそれもすぐ、白い手に阻まれて闇に包まれる。


「よっしゃおもちゃゲーット☆ よろしくなぁ、真田羅斑!」


 闇の中、鼓膜を打つその嗤い声にぼくはああと合点がついたように涙まじりのため息を零す。




 自分図書館の館長だという痩せぎすの少女。




 確かに、魔女だ。




 第一話 完


挿絵(By みてみん)




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