睦ま地蔵
こちらはひだまり童話館様の『開館6周年記念祭』の参加作品です。
『6の話』のお題で作成しています。
どうぞ最後までお楽しみいただければ幸いです。
睦月村の外れには、傘をかぶった六つのお地蔵様が建てられていました。睦ま地蔵と呼ばれたそのお地蔵様たちは、細々とですが、なにかしらお供え物が供えられていて、とぎれることはありませんでした。しかし、不思議なことに、お供え物はどれ一つとして同じものはなかったのです。
ある人は小さなお団子を、またある人は手織りの鶴を、そしてある人は野原で摘んだ小さな花を、お供え物として睦ま地蔵に供えています。しかし一つとして、同じものはありません。ごくたまに、お供え物をした別の人と、お供え物がかぶってしまうことはあります。ですが、お供え物をする人は必ず、六つのお地蔵様それぞれに、別のお供え物をするのでした。
「お姉ちゃん、いったいどうして睦ま地蔵には、全部違うお供え物をするの?」
今年六つになった奈々は、姉のいつきにたずねました。年の離れた姉のいつきは、今年で十六です。縁談がまとまり、来月にはお嫁に嫁いでいきます。それがどんな意味を持つか、まだ奈々にはわかっていませんでしたが、大好きな姉がいなくなるということはわかるらしく、このごろはひっきりなしに姉にくっついて離れないのでした。
「それはね、奈々。お地蔵様に同じお供え物をあげると、お地蔵様が、どちらのお供え物が立派かで、けんかしてしまうからなのよ。だから別々のお供え物をあげるの。そして最後に、大切な人のことを思って、お祈りするとね……」
「お祈りすると、どうなるの?」
いつきはわずかに顔を伏せて、少しさびしそうに答えました。
「そうすると、その大切な人と結ばれるのよ」
「結ばれる?」
「そう。ずっといっしょにいられるということよ。……奈々はまだ小さいからわからないかもしれないけれど、いつか奈々も、睦ま地蔵にお祈りする日が来るかもしれないわね」
そういって笑ういつきの顔が、とても悲しく見えたので、奈々はあわてて視線をそらしました。
――睦ま地蔵にお祈りしたら、大好きなお姉ちゃんと離れ離れにならなくてすむのかな――
このごろは姉は泣いてばかりいるので、奈々もあまり構ってもらえませんでした。一人でとぼとぼと村を歩いているうちに、奈々はいつの間にか睦ま地蔵のところへたどり着いていたのです。
「そうだ!」
奈々はくるりと睦ま地蔵に背を向けると、一目散に家へかけ戻っていきました。泣いているいつきに見つからないように、奈々はこっそり自分の宝物のおもちゃたちを、着物のふところへと入れていきます。風車に竹とんぼ、お手玉に手まり、こけし、それにいつきお手製のお人形も持って、再び睦ま地蔵のところまでやってきます。
「睦ま地蔵さん、睦ま地蔵さん、どうかお姉ちゃんと奈々が、結ばれますように」
おまじないを唱えるように、奈々は口々につぶやきながら、持っていたおもちゃを一つずつ、睦ま地蔵の前に供えていきます。最後にいつきの作ってくれた、奈々の一番の宝物をお供えすると、仏様の前で拝むように、奈々は目をつぶって再びおまじないを唱えました。
「睦ま地蔵さん、睦ま地蔵さん、どうかお姉ちゃんと奈々が、結ばれますように」
「よろしい、その願い、かなえてしんぜよう」
どこからともなく声が聞こえてきたので、奈々は驚いて目を開けました。とたんに今度は、「あっ!」と声まであげてしまったのです。
「お人形が、なくなってる! あれ、他のおもちゃも、どうして?」
睦ま地蔵にお供えしていた、奈々の大切なおもちゃたちが、すべて消えてなくなっていたのです。奈々は急いでお地蔵様の足元を探してまわりますが、もちろんどこにも見当たりません。
「どうして、どうして?」
必死に探しまわる奈々でしたが、どのおもちゃもどうしても見つかりませんでした。先ほどの声を思い出して、奈々は急に睦ま地蔵が恐ろしいものに思えてきました。ぶるるっと身ぶるいすると、奈々は一目散にその場をあとにしたのです。
それからというもの、奈々はあの睦ま地蔵がなにか恐ろしいもののように思えて、なるべく近づかないようにしていました。幸か不幸か、いつきはずっと泣いてばかりだったので、奈々に作ってあげたお人形がなくなっていることには気づかず、奈々もいろいろと聞かれることはありませんでした。
――きっとあれは、睦ま地蔵の声だったんだ。それじゃあ奈々とお姉ちゃんは、離れ離れにならなくてすむのかな? でも、お姉ちゃんずっと泣いてる――
なぜ泣いているのか、そのときの奈々にはよくわかりませんでしたが、結局いつきはお嫁に行くこともなく、ひと月経っても、ふた月たっても、家から出ることはありませんでした。そのころになると、いつきもだんだんと泣くことがなくなりました。なぜか、父と母は少し悲しそうな、それでいてほっとしたような顔をしているのですが、それがなぜなのか、奈々にはよくわかりませんでした。
月日が流れ、奈々はあのときのいつきと同じ、十六になっていました。いつきはあのあと何度か縁談の話があったのですが、どの縁談も最終的には破談になっていたのでした。いつきと同じ年になった奈々は、幼いころに願った願掛けの残酷さを、ひしひしと感じているのでした。
――わたしがあのとき、睦ま地蔵にあんな願いごとをしなければ、お姉ちゃんは今ごろきっと幸せになっていたんだと思う。わたしがお姉ちゃんの幸せを壊したんだ――
あれからずっと、奈々は睦ま地蔵を避けていました。子供のころのあの声も恐ろしかったのですが、それ以上に、自らの手で、大好きだった姉の幸せを奪ったのだと、いやでも思い出されるからでした。
――わたしは、なんてひどい妹なんだろう――
しかし、そんな奈々にも、初めての縁談話が浮かびあがってきたのです。相手の人は隣村の商店の息子で、隣村に買い物に行くたびに、奈々も声をかけてもらっていました。優しい目をしたその人のことを、奈々は一目で好きになってしまったのです。
――でも、わたしにはあの人を好きになって、結ばれる資格はないわ。いいえ、資格があったとしても、どうせわたしの縁談も破談になるでしょう。だってわたしは、睦ま地蔵に祈ったんだもの。お姉ちゃんと結ばれたいと――
しかしながら、結ばれないと知ったなら、さらに燃え上がるのが恋というものです。奈々はあのころのいつきと同じように、毎日泣いてばかりいるようになってしまいました。
「……奈々、どうしたの? せっかくあんな素敵なかたと縁談が決まって、うまくまとまりそうだというのに。お好きではないの?」
ある日、やはり奈々が明かりもつけずに部屋ですすり泣いていたときに、そっとふすまが開かれて、いつきが部屋へ入ってきました。奈々はいつきの顔を見ることができませんでした。
「どうしたの? ……わたしになら、遠慮はしなくていいのよ。『姉が先に結婚するのがしきたりだ』なんていう人もいるけれど、そんなのは古い考えだわ。そんなものであなたの幸せを壊したくはないのよ」
気にかけ、いとおしむようないつもの声に、奈々はもう耐えきることができませんでした。気づけばあの、年端もいかぬ子供のころのように、泣きじゃくっていつきにしがみついていたのです。
「お姉ちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「どうしたの? いったいなにをあやまるのよ?」
「違うの、わたしが全部悪いの。わたしがあんな願いごとを、睦ま地蔵に願ったから、だから……」
睦ま地蔵のことを聞いて、いつきの顔がわずかにくもりました。しばらく奈々の背中をさすって、落ち着かせます。いつきのぬくもりがゆっくりとからだに伝わったからか、奈々はようやく気持ちが落ち着いたようで、そろそろと顔をあげました。
「……ごめんなさい、わたし、お姉ちゃんがお嫁に行くって、家を出ていくって、それが、すごく悲しかったの。だからあのとき、睦ま地蔵にお願いしたの。お姉ちゃんから作ってもらった、お人形さんとか、いろんなおもちゃをお供え物にして、『お姉ちゃんと奈々が結ばれますように』って願ったの。……それから、お姉ちゃんの縁談は破談になった。だからわたしに、幸せになる資格なんてないんだわ」
「……そうだったの。奈々も、わたしと同じように睦ま地蔵にお願いしたのね」
「えっ?」
いつきの言葉に、奈々は目をまたたかせました。涙がしずくとなって目のふちを彩ります。いつきがそれを指でぬぐって、それから話しはじめたのです。
「あのときの縁談はね、実はお金持ちの商人との縁談だったの。……ううん、それも縁談なんかじゃない。妾としてわたしを囲いたいって、そういう申し出だったの。うちはそのころ、家業がうまくいっていなかったから、お父さんとお母さんも、悩んだ末にわたしを妾にすることを了承したのよ。でも、わたしはいやだった。相手はお父さんよりももっと年上の男の人だったし、あまり良くないうわさも聞いていたから。……だからわたしは願ったのよ。睦ま地蔵にお願いしたの」
「なんて、お願いしたの?」
「『家族がみんな、仲睦まじく暮らせますように』って願ったの。わたしも奈々と同じように、お手製のおもちゃやお人形を、睦ま地蔵に一つずつお供えしたわ。そうすると、不思議なことにそのお供え物が、すべて消えたのよ。そして、『その願い、かなえてやろう』という声もしたわ」
わたしと同じだと、奈々はあのときの声を思い出していました。いつきは話を続けました。
「それから一週間もたたないうちに、あの商人はお裁きを受けたわ。お殿様に黙って禁制品に手を出していたそうよ。だからわたしの縁談も破談になった。そして、家業もだんだんと持ち直して、わたしたちは路頭に迷うこともなかった。……だから、あの縁談が破談になったのは、あなたのせいなんかじゃないわ」
いつきはもう一度奈々の肩を抱きました。奈々は肩をふるわせ、それからいつきにひしと身をよせ、再びおえつをもらしました。
「……それにね、睦ま地蔵はきっと、あなたの縁談だって応援してくれるはずよ」
「……どうして? だってわたし、お姉ちゃんと結ばれますようにって願ったんだよ? それならきっと、あのかたとも結ばれることはないんじゃ」
「わたしが願ったのは、『家族がみんな、仲睦まじく暮らせますように』よ。あのおかたは、あなたにとっていい人になると思うわ。そしてそうなれば、あのおかたも家族になる。わたしが願った通り、仲睦まじく暮らせるはずよ」
「でも、わたしの願いは? お姉ちゃんと結ばれてしまうんじゃないの?」
「ええ、だからこうして結ばれているじゃない。固い、姉妹のきずなで、ね」
いつきの言葉に、奈々はハッと顔をあげました。いつきはにこりと笑って、それから再び奈々の髪をなでました。
「あとで、もう一度睦ま地蔵様にお願いに行きましょう。願いがかなったことへのお礼もかねて、もう一度お供えしましょう。『新しい家族も、みんなで仲睦まじく暮らせますように』って」
いつきにいわれて、奈々は静かにうなずきました。
隣村で行われた結婚式は、出席したすべての人に祝福される、素晴らしいものでした。それからしばらくして、いつきも隣村の若者と縁談を行い、そしてその人と結ばれたそうです。奈々の婿殿が紹介してくれたその若者は、寡黙でしたがよく気が利く男で、よく笑ういつきと相性も良く、奈々たちの結婚と同じく、誰もがうらやむ式となったそうです。
その縁談の話があるときに、奈々はいつきに内緒で、こっそりと再度睦ま地蔵のもとへやってきていました。もちろんそこで願った願掛けは、幼い子供のころの願掛けとは違うものでした。その願いがかなったのかどうかは、今の時代には伝わっておりませんが、ただ、睦月村の外れにある睦ま地蔵の前には、今でもお供え物が途切れずにあるということです。もちろんそのどれもが、一つ一つ違うものであったことはいうまでもないことでした。
お読みくださいましてありがとうございます。
ご意見、ご感想などお待ちしております。