まずはそこから
野々宮小真子、享年二十六歳。生まれて死んで怨霊になって一番混乱しております。
魔王とか。
皆殺しとか。
最近の若者ついていけない。
とりあえず服着てもらおう、うん。
私は無言で脱ぎ捨てられた服を拾い、アッシュ様に被せた。アッシュ様はされるがままだ。
「はい腕通してください」
「…信じてない」
「そんなことないですよ。でも私はこの通り頭が逝かれているので、理解が遅いんです。だから、仕切り直ししましょう」
私の言葉に軽く首を傾げたアッシュ様。私は軽く咳払いし姿勢を正した。
「私の名前は野々宮小真子。しがない怨霊です。祟ることはできますが、効力は精々突き指くらいです。身体のひしゃげ具合はメンタルに比例します。頭の流血は死因なので止まりません。でもこの血は私から離れたら消える仕様なので、いくら飛び散ろうが床を汚したりアッシュ様にこびりついたりしないので安心してください。特技は体が柔らかいこと。苦手なことは瞬間移動です」
「なにそれ」
「自己紹介です。まずはそこから始めましょう」
ぶっちゃけ異世界とかまだ信じてない。魔王とかなんだかも寝耳に水。私が今認識できるのは目の前のアッシュ様くらいだ。
「次はアッシュ様の番です」
「言うことなんかない」
「そんなこと言わないでくださいよ。私はアッシュ様のこと知りたいです」
「…何を言ったらいいかわからない」
相変わらず無表情なアッシュ様だけど、どこか困った空気を感じた。
「わかりました。じゃあ私が聞きたいことを聞くので、答えてください」
「わかった」
「それじゃまず、アッシュ様は何歳ですか?」
「たしか十五か十四かそのへん」
「家族はいますか?」
「会ったことないけど、兄がいることは聞いた。あとは死んだ」
「…好きなものはなんですか?」
「ない」
「なんでもいいんですよ、食べ物でもなんでも」
「何食べても一緒。死なないために食べているだけ。おいしいとかもよくわからない」
…。
うん、薄々気づいてた。
子供らしからぬ無表情。お世辞にも綺麗とは言えない身なり。何より、この出口が見当たらぬ狭い部屋。
アッシュ様、だいぶ人生ハードモードを送っていますよね。日本だと即通報レベルです。
「ここの部屋、どうやって出入りするんですか?」
「朝になったら浮かび上がる魔法紋入りの扉から出れる。もともとは魔族を閉じ込める牢屋だから」
淡々となんてことないように答えるアッシュ様。
そうか。きっと私と逆なのだ。
身体は生きているけど、心が死んでいるんだ。
生きていたころの、私のように。
そう感じた私は思わずアッシュ様の細い手を取った。
「決めました」
「なに?」
「アッシュ様のお望みのために、わたしを使ってください」
それがアッシュ様に唯一残る心のかけらなのだたしたら、私は守ってあげたい。
この冷たい手に体温を分けてあげることはできないけれど、私が彼に呼ばれた意味がなんとなく分かった気がした。
小真子さんは自覚なしの姉属性です