はじまり
殺す殺す殺す殺す憎い憎い憎い憎い死ね死ね死ね死ね。
思考はいつも真っ黒、視界はいつも真っ赤っか。頭からとめどなく流れる血は、私の憎悪の証。もう自分がどんな人間だったかなんて覚えてない。ただただ全てが憎くて、殺したくて死んでほしい。
「もう~やぁだ!ちょう怖いじゃんここ!」
「だーいじょぶだって。いくら何でもビビりすぎ、ユーレイとかいるわけないでしょ~」
「えぇ~~でもここほんとに出るって聞くよ?」
「うっわお前そんなんマジで信じてんのかよ!ウケるわ~」
来た。来た来た来た来た来た。真っ赤に染まった視界にぼんやりと見える愚かな生物共。わざわざ私に会いに来てくれるなんて、憎い、今すぐ死んでほしい殺す。
「ねえ…なんか寒くない?」
「は?何言ってんの。あ~わかった、ビビらせようとしてんでしょ。そんな手に引っかからないよ」
ぐしゃり、ぼとり。ひしゃげた脚は一歩踏み出すだけで抉れて嫌な音を立てる。
憎い、許さない、殺してやる。
「やだ、この音、気持ち悪い」
「いやさっきから何なの?なんも聞こえないでしょ」
「もうやだ、私無理。帰る」
「いやまだなんもおこってないっしょ」
逃がさない。
私の思いに応えて、唯一の逃げ場であった扉が大きな音を立てて閉まった。
「きゃあ!!」
「なに?!誰?!ドア閉めた奴」
「か、風かなんかだろ」
「もういいじゃん!ねえ!!帰ろうよ!!」
ダメ。帰さない。私の憎しみ、受け取って頂戴。
爪が剥がれいたるところが腐った、自慢の両腕を差し伸べたその時、
カッと目の前が光った。
_______________
ん?うん?
何が起こったの。私眩しすぎる光は御法度だけど。
え、もしかして祓われた?成仏させられた?嘘、あんな馬鹿そうなDQN共の中に寺生まれが混じっていたの?!
「……きた…」
声がした。180°真後ろだ。そこにいたのか馬鹿め。思わず微笑んでしまいそうになったのをどうにか堪えて、いつも通り首だけを勢いよく回転させた。ぐじゅりといい音、さすが私。
「わ…びっくりした…」
そこにはビビり散らしたDQN共、ではなくて、なんともか細い中学生くらいの少年が座り込んでいた。
びっくりしたという割には無表情。手入れされてないと思われる伸びきった黒髪の隙間から、とても綺麗な赤い瞳がこちらを覗いている。
全体的に薄汚れていてボロ着を着ているけれど、なかなかの美少年だ。整えれば周りの女子が勝手にアイドル事務所に履歴書送るレベル。もったいない。
なんて、私もしばらく髪なんて梳かしてないし何なら振り乱してるし、体ひしゃげまくってるから人のこと言えないけどね。
「…首、回ってるよ。痛いでしょ、戻したら」
「殺す、死ね」
「君のほうが死にそう…よくそんな血が出てるのに喋れるね」
「憎い、憎い殺す死ね死ね死ね死ね死死死死死」
「うるさい。いいから、首戻して」
今まで何人もの人間を恐怖に陥れた私の頭を、少年はなんの躊躇もせず掴むと容赦なく捻った。
「え!?ちょ、逆!回し方逆!それ以上そっち方向に回すとねじ切れる!」
「そうなの?」
「そうなの!前にもっと怖がらせたろって軽はずみでちぎったら、体の操縦がかなりムズくなるわ、なかなかくっつかないわで大変だったんだから!」
「そっか」
「ひ…他人事だからって、君ね」
「やっぱり普通に喋れるんだ」
へ?
あ!!やっちまった!!!!
「に、にくい」
「普通に喋って。折角召喚できたんだから」
「簡単に言うけどね?お姉さんこれでも町でそこそこ噂される怨霊なの。それなりにプライドってもんが…」
ちょっと待って。
召喚?
なんだそのファンタジー用語。
そもそもここ、どこ。
どうみても私の縄張りの駅近アクセス便利な廃ビルじゃないし、真っ暗だから多分天国でもない。
よく目を凝らして周りを見ると、四畳半くらいの狭い空間だとわかる。鉄格子付きの、腕一本通せるのがやっとな小さな窓から、ぼんやりと月あかりが部屋を照らしていた。物は、すのこみたいな木の板にボロ布が被さっているだけ。どこを見渡しても扉はなかった。
「なにここ、地獄?狭くない?」
「ジゴク?ここはおれの部屋」
「中学生の部屋?!!犯罪じゃん!?怨霊になってまで親泣かせるの?!」
「チュウガクセイ…?何のことかはわかんないけど、きみはおれに呼ばれたんだ」
「はい?」
「偶然拾ったんだ。まだ使われてなかった色なし召喚石。小さいし、形もよくないし、召喚術のやり方知らないし、まさか成功するなんて思ってもみなかったけど」
そういって少年は手を差し出した。掌にくるまれていたそれは、形のよくない小さな真っ黒な石。
「君を呼んだら真っ黒に染まったんだ。成功したんだと思う。つまりここは、君が住んでた世界とは違う世界だよ」
そっか~、なるほどなるほど。そういうことか~。
「って納得できるわけないでしょ!!!!」
「うわ…口からも血が…あんまり喋んないほうがいいと思うよ」
「騙そうったってそうはいかないんだから!嘘はダメ!!ジャパニーズホラーな私がそんなファンタジーな目に遭うわけないもの!!ジャンルは住み分けしないとご近所トラブルほど面倒なものは…ぐっ!!」
さらに言いつのろうとした私は一瞬で何かに縛られた。肉体的痛覚とは違う、別の何かが、思い切り絞められている。
「嘘は嫌い…おれは嘘なんか吐かないし、君も絶対吐いたらだめだよ」
なんの感情も込められていない、無機質な声。温度の感じられない彼の中で唯一燃える赤い瞳。怨霊になって久しく感じてない恐怖が沸いた。
「苦しいんだけど…なに…してるの?」
「腹が立ったから、魔力で縛ってみただけ。いったよね、おれがきみを呼んだんだ、つまりおれはきみの主人。逆らっちゃだめだよ」
「はい…ごめんなさい」
ふっと体が軽くなる。怖え、最近の子供怖え。というか主人って。
「あの…ご主人様」
「アッシュでいい」
「アッシュ様、どうして私を呼んだんですか?」
「…」
アッシュ様は一瞬口をつぐみ、無言のまま自分の服の裾をつかむと、大雑把に脱ぎ捨てる。私は反射的に地面にひれ伏した。
「だめです!!死体ですけど私これでも享年26歳なんです!!未成年はちょっと!!」
「なにいってるの…これ見て」
「イエスショタコンノータッチ!!」
「わけわかんないこと言わないで見て、縛られたいの?」
「はいすみません!みます!ありがとうございます!!」
脅されたから仕方ないのだ。そうだ、仕方ない仕方ない…
恐る恐る体を起こした。
「これは次期魔王候補に浮かび上がる紋様だよ」
アッシュ様のまだ幼さが残る身体、その左胸には淡く、青く光る紋が刻まれていた。
「おれは魔王になって、人間を皆殺しにしたい。それを手伝わせるため、きみを呼んだんだ」
これが、ただの怨霊であった私の運命を変えた出会いだった。
がんばります