第八話 勇者の立退きに歓喜する住民
俺は異世界で、同郷の知り合いに再会してラッキーなのか。
再会したのが悪友のサブだったら、そりゃラッキーなんだろう。
「おう、タクミ。待たせて悪かったな」
「いいえ……それでアキナ姐さんは、まだ寅吉さんの旅立ちに反対しているんですか?」
「いや、あいつは納得してくれたぜ」
宿屋の階段を下りてきた寅吉は、サブの兄貴分のヤクザであり、異世界では『勇者クレイジータイガー』と呼ばれて、モンスターや池梟の住民に恐れられている。
俺は村長の息子に頼まれて、たちの悪いヒモ勇者を村から立退かせにきたのだが、彼に拉致られて異世界に転生している仲間探しに旅立つことになった。
べつに村に残ってもやることがなければ、仲間を探して旅立つのは悪くない。
「てめえ、本当にそんな格好でついてくるのか?」
寅吉は俺の魔法使いの服と錫杖を見て、顎に手を当てて難しい顔をした。
「俺だって、こんなコスプレみたいな服は着たくないですよ。でも後衛の魔法使いは攻撃魔法で狙わらやすいので、魔法の法衣を着てないと不味いし、錫杖や棒きれは魔法を唱えるのに必須ですから」
寅吉は自分から聞いておいて『そうかい』と、俺の説明に興味のない素振りで煙草を咥えた。
「おい、火を貸せよ」
「え?」
「俺が煙草を咥えたら、火を点けろと教えただろう」
「す、すいません」
「吸いません? 誰がてめえに吸うか聞いたんだ? 俺が煙草を吸うから、火を点けろって言ってんだよ」
「は、はい……どうぞ」
俺は人差し指の指先に火を灯すと、手を添えて寅吉の煙草に火を点けた。
村の魔法学校では、俺が魔法を覚えたら寅吉が村を出ていくと聞いて、たった三日間で回復や毒消しの魔法を伝授してくれた。
「タクミ、魔法って便利だろう? てめえがいれば、ライター持ち歩かなくて済むもんな」
「ええ、まあ」
そんなに便利だと思うなら、自分も魔法を覚えたらいいじゃないか。
俺はヤクザのチャッカマンになるために、魔法を覚えたわけじゃねえぞ。
などと言い返せるはずもなく、愛想笑いで髪を掻きあげた。
「あんた、本当に村を出ていくんだね」
階段の上から下着に毛布をかぶったアキナが、けだるそうに手すりに体を預けて、宿屋を出ていこうとする寅吉を呼び止めた。
「ああ、そのことなら話がついただろう」
「話がついた? ええ、そうね……しつこく引き留めるなら、別れると言われたら頷くしかないもの」
「アキナ、俺はしつこい女が――」
「だからッ、わかってると言ったでしょう! あんたは勇者なんだから、いつか魔王を倒しに村を出ていくことをわかって抱かれたのよ……だから、私にはわかっていたのよ」
アキナは寅吉に駆け寄ると、泣きながら白い背広に抱きついた。
しかしヤクザは『いってくる』と、追いすがる女を袖にして外に出ていった。
俺は床に座り込んだ彼女に、落とした毛布を拾ってかけてやる。
「アキナ姐さん……それほど寅吉さんを愛してたんですか。ご存知だと思いますが、あの人は勇者じゃなくてチンピラですよ」
「あなたに、あの人の何がわかるのよ! 私は夫が死んでから、村長に借りていた金の返済を迫られて『金が返せないなら身体で払え』と、脅されていたのよ」
「村長が、そんなことを?」
「村長が腫れ物に触るように寅吉を連れて宿屋に来たとき、私からあの人に近付くために誘惑したわ。彼の女になれば、村長も私に手を出せなくなると思ってね」
「なるほど。寅吉さんが村を出ていけば、また村長の借金の取り立てが再開する……だからアキナ姐さんは、寅吉さんを引き留めたんですね」
アキナは首を横に振ると、憂いのある表情で俺の肩に手を置いた。
「あの人は村長の依頼報酬を全額くれて、その金で借金を返済するように言ったわ。知っていたのよ……あの人は、村長が鼻つまみ者の宿屋に、弱みを握る息のかかった未亡人の宿屋を選んだと、最初から知って私を指名して抱いたのよ」
「まさか……それが事実なら、すげえ良い人じゃないですか?」
「タクミちゃん、お願いだから寅吉を守ってあげてくださいね。後生だから頼まれてちょうだい、このとおりです」
「ア、アキナ姐さん、顔を上げてください! 俺みたいな遊び人で良ければ、寅吉さんのこと頼まれますから」
土下座したアキナは『ありがとう、ありがとう――』と、俺の手を強く握る。
俺は寅吉を宿屋の前で待たせているので、早く行かないと怒られると言って、土下座する姐さんにわかれを告げた。
「タクミ、遅かったじゃねえか」
「アキナ姐さんに、寅吉さんをよろしくと頼まれました。へへへ」
「あの女、余計なことしやがる」
宿屋の前には大勢の村人が駆けつけて、勇者が旅立つのを見送りしている。
そこに村長が歩み出ると、金貨の詰まった革袋を寅吉に渡した。
餞別だと言っているが、ヤクザとの手切れ金のつもりだろう。
「村長さんよ、てめえからもらった白い背広と靴、こいつはなかなかの代物だな」
「はい、最高級のものをと仰るので、背広は火鼠の衣、靴は火蜥蜴の外皮を使って仕立てました。これからはモンスターと戦っても汚れることも、破れることもありません」
「そうか、じゃ村に長居して悪かったな」
「いえいえっ、とんでもございません! 近くをお通りの際は、ぜひ村にお立ち寄りください」
寅吉が道を歩くと、人混みが左右に割れて先を譲る。
俺は愛想笑いの村長とすれ違いざまに、何かおもしろくない気分になった。
この村の連中は結局、モンスターを退治するために勇者を雇ったものの、モンスターが退治されて用済みになった勇者には、さっさと村を出ていってほしいのだ。
「寅吉さんは、これで良いんですか。俺は、ちょっとモヤモヤしています」
「どうしたタクミ?」
「寅吉さんは命張ってモンスターと戦っているのに、村長たちは何でも金で解決できると思っているじゃないですか。寅吉さんが村を救ってやったのに、こんな金で立退かせるような真似しやがって」
立ち止まった寅吉は、顔だけ俺の方に向けた。
「てめえはバカなのか? 俺が村に居座ったから、村長は大金を寄越したんじゃねえか」
「え、まあそうですね」
「このスーツも靴も、シャバで買い揃えたら値が張る最高級品だぜ」
「計算してたんですね……でも寅吉さんが村を出ていけば、村長はアキナ姐さんに酷いことするかもしれませんよ」
寅吉は『ヤクザの女に手を出すやつはいねえ』と、前に向き直り歩き始めました。
アキナ姐さん、姐さんの言うとおり寅吉は良い奴じゃないけど、悪い奴でもない気がします。
あくまで気がするだけですが。
そんな彼と仲間を探す旅に出た俺は、やっぱりラッキーだったと思いました。




