第五話 極道の踊り子、愛した男が男だった
道ですれ違うサラリーマンの視線に振り返れば、ミニスカートから覗く私の生足を見て生唾を飲み込んでいる。
「ちょっと、なんで私の脚をジロジロ見てるんですか?」
「み、見てませんよ……失敬なこと言わないでいただきたいですね」
眼鏡のノッチを指で押し上げたサラリーマンは、視線を泳がしながら私に吐き捨てた。
私に興味ないふりなんかしても、頬を紅くして挙動不審な態度が物語っているわ。
あなたは、私をめちゃくちゃにしたいのでしょう。
私に乱暴する気でしょう、エロ同人みたいに。
「ふふふ、意地悪を言ってごめんなさい。私は、この先のショーパブでダンサーをやっているモリリンでぇす」
「ダンサーなんですか? どうりで美しい脚をなさっている」
「ほら、やっぱり脚を見てたじゃないですか」
「も、申し訳ない」
私はサラリーマンに名刺を渡して立ち去ると、道端で膝を抱えてしゃがみ込む女の子を見つけた。
女の子? この街では、スカートを穿いている男の子もいれば、胸の大きな男の子もいる。
でも私が見ている子の顔は、女を主張しなくても女であることを当然という女の子だった。
「こんなところでどうしたの? もしかして彼氏さんに、ふられちゃったのかな?」
「私のことは、お姉さんに関係ないわ」
自分が心配されて当たり前、声をかけてくる奴は自分を利用しようとしている。
無愛想な女の子は、無愛想な仕草で女であることを主張する。
そんな子は、決まって心と裏腹な言動で気を引く。
「そうかしら、お姉さんに関係がないかどうかは、あたなの話を聞くまでわからないんじゃないのかな。あなたの待ち人が、お姉さんかもしれないでしょう?」
「待ち人?」
「あなたは出会い系サイトや神待ちサイトで、援助交際相手にすっぽかされた家出娘でしょう。ボロボロのフードコートに脂ぎった髪の毛……この街にはね、あなたみたいな家出娘を食い物にする男が大勢いるのよ」
「だから、お姉さんには関係な――」
「関係ないわけないわ。良いから、お姉さんについていらっしゃい!」
彼女の手を強引に引いた私は、自宅のマンションに無理やり連れ込むと、若者向けの服を二、三着見繕って渡した。
家出娘を自宅に長居させるつもりなないけれど、あのまま夜の繁華街に捨て置くことが出来なかった。
「あなた名前は?」
家出娘は首を横に振る。
家出中なんだから本名を名乗るはずないか。
「私の名前はモリリン、もちろん本名じゃなくて芸名よ」
「お姉さん、芸能人なの?」
「ナキコちゃんには、私が芸能人に見えるのかしら」
「ナキコは誰?」
「あなたは家なき子だから、ナキコちゃん」
私はナキコと名付けた家出娘の背中を押すと、浴室の使い方を教えて風呂に入るように言った。
だってナキコは何日も風呂に入ってなかったみたいで、捨て犬みたいな饐えた臭いがするんだもん。
「モリリンさん、お風呂ありがとうございました」
「あら、ナキコちゃん美人だったのね?」
「え、ええと……ありがとう」
「私の部屋着にしているトレーナーがナキコには大きくて、萌え袖になっているのもポイントが高いわ。それに湯上がりで桜色に染まったほっぺた……お姉さんは、しんぼうたまらんよ!」
私に胸で抱かれたナキコは、緊張がとけたのか腹の虫がないた。
リビングのソファにナキコを座らせた私は、キッチンに向かって料理を作る。
あの人が殺されてから、誰かのために料理を作るのは半年ぶりだろうか。
久しぶりにウキウキしている自分に、なんだか笑顔がこみあげてきた。
「はい、おまちどうさま。お口に合えば良いんだけど、ナポリタンとイタリアンサラダよ」
「モリリンさん、お酒飲むんだね]
「これ? ああ……お姉さんの恋人が部屋に置いていったシーバスリーガル。思い出に残しておいたのだけど、今夜は気分が良いから空けちゃおうと思って」
「ふられたの?」
「ううん、死んじゃったの」
「ごめんなさい」
私が『ナキコちゃんのせいじゃないわ』と、目を潤ませた彼女に冷めないうちに食べるように進める。
よほど腹を空かせていたのか、私がウイスキーのコップを空ける前に、ナキコはナポリタンとサラダを平らげていた。
「やっぱり私は、誰かが私の料理を食べている姿を見るのが好きだな。ナキコちゃんのおかげで、今夜はぐっすり眠れるわ」
私は食器をキッチンに下げているナキコに、どうして家出をしたのか問いかけた。
彼女は、ウイスキーラックに飾られた私と恋人の写真を凝視している。
「私は、人探しに家を出た」
「人探し? ネットで知り合った男でしょう。最近の子は、尻が軽くて心配よね」
「私が探していたのは、勇者、回復術師、銃士、遊び人……あと二人が見つからない」
「ゲームの話?」
ナキコは首を横に振ると、神妙な顔で写真立てを指差した。
それは恋人だった小松組の若頭補佐だった富田寅吉、極道と呼ばれた男との写真だ。
「モモリンさんは、この男の何処が好きだったの?」
「何処かしらね。酒を飲んで暴力を振るうし、ヤクザ家業の酷い男だった……でもね、私のことを誰よりも愛してくれたわ」
「こっちの男性は?」
「ああ、それは私が陸上自衛隊員だった頃の写真よ」
「モリリンさんは男?」
「ええ、私の本名は森田謙三、あの人と出会うまでは男だったわ」
「どうして、お姉さんになったの?」
私はウイスキーを一気に飲み干すと、ナキコとすれ違いにキッチンに立った。
果物ナイフを手にした私は、冷蔵庫を開けてリンゴを取り出すと、彼女にはソファで寛ぐように言った。
「私はお姉さんになりたかったわけじゃないのよ、愛した男が男だった……それだけ」
寅吉の舎弟だったサブは、彼を殺したのが十代の少女だったと証言していた。
私は、そのことを思い出して果物ナイフを逆手に持ち直す。
彼女はリビングの壁に飾ってあるパネル写真を指差した。
「モリリンさん、この写真は?」
「ドラッグクイーンパレードの写真ね、よく撮れてたから引き伸ばしてもらったのよ」
「モリリンさんは、踊り子なの?」
ナキコの背後に立った私は確信した。
「そうよッ、私は新宿二丁目のショーパブ『おくらほもーみきさーず』で踊るダンサーさ! あの人の仇だ!」
私は果物ナイフをナキコの背中に突き立てようとしたけれど、振り向いた彼女の顔が穏やかだったので、躊躇いが生じてしまった。
手を止めた私に、銃を構えたあの子が言ったのよ。
「あの男の仲間になる踊り子は、モリリンさんしかいない」
ってさ。




