第四話 不幸と踊っちまった遊び人
「お、ラッキー」
段差のないところでコケた俺は、目の前に落ちていた金貨を拾いあげて顔をあげると、妙齢の女のスカートに顔を突っ込んでしまった。
目の前に広がる純白の下着、こいつはラッキーだ。
「何すんのよッ、このスケベ!」
「いてっ!」
公衆の面前でスカートが捲れた女は、俺を平手打ちして立ち去ったのだが、この世界に来て久々に女の下着が見れたので、これはラッキーなんだと自分に言い聞かせる。
俺の名前はタクミ。
本名じゃないけど、元の世界では『遊び人のタクミ』と言えば、ヤクザにも名の通った男である。
遊び人と言っても、ちゃんとキャバ嬢のスカウトの仕事をしていたぜ。
女の子のスカウトは出来高次第で、カタギの仕事とは言えないがね。
「おうタクミ、わざとじゃないのに叩かれて災難だったな」
「いやあ、なんのなんの眼福だったぜ!」
「これ、持っていきなよ」
女に叩かれたところを見ていた八百屋の店主が、無実の俺にリンゴを投げて寄越した。
道で転んで金を拾い、女の下着を観賞して殴られたが、結果的にリンゴを手に入れたのだから、やっぱり俺はラッキーなのだ。
「こっちの生活には、もう慣れたのかい?」
「まあ、ぼちぼち」
「なら、そろそろ仕事でも探しなさいよ」
道端で寛いでいた婆さんが、リンゴを頬張る俺に話しかけてくる。
元の世界でも愛されキャラだった俺は、異世界に転生しても街の愛されキャラとして、みんなに愛されている。
しかし仕事ねえ。
この世界にも娼婦館はあるし、キャバ嬢のスカウトで培った技術を活かせば、金を稼ぐのは難しくないだろう。
ただ問題は、俺が異世界に転生した原因が原因で、女に声がかけられないことだ。
「街で声をかけた女の子に、いきなり脳天ぶち抜かれたのがトラウマなのよねえ……はあ」
俺は街角に立って、いつものように交差点で信号待ちをしている女の子をスカウトしていた。
その女の子は十代に見えたが、化粧をしちまえばキャバ嬢として申し分ない可愛い子だと思った。
俺が名前を聞こうと肩に手を置いて呼び止めると、銃口を額に押し当てて引き金を引きやがった。
呆気ない人生の終わりに、さすがの俺もアンラッキーかと思ったところ、なんと異世界に転生したんだから、やっぱりラッキーボーイだった。
ただ一つ、そのトラウマで女に声をかけられなくなったがね。
「タクミちゃん、仕事探してるなら宿屋の仕事を紹介してやろうか」
「宿屋の仕事?」
俺と婆さんとの会話を小耳に挟んだ男は、この池梟村の村長の息子だった。
彼は金持ちのドラ息子で、俺のことを『ちゃん』付けで馴れ馴れしく呼ぶが、ただ酒を飲ませてくれるので男芸者よろしく付き合っている。
「この先に、アキナって未亡人がやっている宿屋があるんだけどよ。その女主人に最近、男が出来たらしくて家業に身が入らないらしい」
「ああ、そういう女は俺の世界にもいたぜ。たちの悪い男に依存して、仕事が疎かになる女ね」
「たちの悪い男か……そいつは勇者らしいんだけどさ、村長の話でも『寄生虫みたいな男』だと言ってたな」
「勇者のくせに女のヒモなのか?」
「そんな宿屋だから、従業員を募集しても集まらないらしい。タクミちゃんは、そういう人種の人間とも上手くやれんだろう? 村の風紀にもよくないし、どうにかしてくれねえかな」
「あ、そういうことか。つまり、そのロクデナシを穏便に追い出せば良いのね?」
俺はドラ息子の顔を立てることにして、噂の勇者が泊まっている宿屋を訪ねることにした。
しかし勇者様ねえ。
化物と切った張ったする無法者が、金を稼げる世界なんだから超ウケるぜ。
俺のいた世界で殺し合いで稼げる仕事って言えば、兵隊さんかヤクザぐらいなもんだ。
「さてと、どぐされ勇者様の顔でも拝むかね……え?」
俺が宿屋を覗き込むと、ロビーのソフアで酒を煽る小松組の若頭補佐が坐っていた。
富田寅吉は、俺がキャバ嬢を斡旋していたキャバクラで波高組の鉄砲玉にタマ取られて死んだはずだ。
なんで抗争で死んだヤクザが、異世界で勇者様やってんだよ。
あいつのたちの悪さは、ガキ頃からの友人から聞かされているし、何度か飲みに連れて行ってもらったこともあるが、はんぱねえオーラ出してやがった。
俺が窓に張り付いていると、勇者様と目があった。
「おう、てめえはサブのダチじゃねえか? なんで、てめえまで異世界にいるんだ?」
こっちが聞きてえよ!
なんで、あんたみたいなヤクザが異世界で勇者様やってんだよ!
そもそもあんたは、世間様に恐怖を振りまく魔王だろう!
と、言えるはずもなく。
「ええと……女に撃ち殺されまして、気付いたら異世界に転生してたんですよ」
「なんだとッ、てめえこっちに来て詳しく聞かせろや!」
「は、はひぃ! すぐに行きます!」
俺のラッキーは終わった。
やっぱり俺は女に脳天をぶち抜かれたとき、不幸と踊っちまったみたいだ。