第三話 鉄砲玉の銃士、トカレフのサブ
小松組の組事務所、若頭補佐の寅吉を殺されて逃げ帰った山田三郎ことサブは、若頭の添島哲夫に呼び出された。
「波高組の吉沢が、寅吉を殺ったのは『組の者じゃあねえ』と言ってきてるんだよ……サブよお、寅吉殺ったのは誰なんだ?」
「寅吉兄貴が波高の仕業だと言ったんで、おいらは兄貴に言われたとおり伝えただけです」
「俺はよお、おめえに聞いてんだよ。寅吉を殺ったのは、いったい誰なんだ?」
執務机に足を乗せた添島は、畏まっているサブを睨みつける。
キャバクラにカチコミして寅吉を撃った犯人は、黒いフードコートを着た少女だったと組に報告したものの、平成最後の任侠ヤクザと呼ばれた若頭補佐が、そんな小娘にタマ取られるはずがないと、若頭や組長に信じてもらえなかった。
「まあ殺ったヤツが本当に女だったら、抗争とは無関係の殺しかもしれねえな。でもよ、今さら『こちらの勘違いでした』なんて、抗争中の波高組に吐いたツバ飲み込めねえよ」
「はあ……どうすりゃええですかね。指詰めですか?」
添島は机に踵を落とすと、小指を立てたサブを殊更睨んだ。
「今どき指詰めて仁義通せるわけねえだろうッ、俺はよお、おめえにジギリ通せって言ってんだよ!」
「ジギリですか」
「寅吉殺ったヤツの顔は、おめえしか見てねえんだからよ」
「はい」
椅子に深く座り直した添島は、机の上に包み紙を置いて目配せする。
サブが包み紙を開けると、ロシアから取寄せたトカレフが一挺 入っていた。
「おめえの言うとおり寅吉が女に殺されたんだとしたら、そいつを見つけ出して小松組の看板にドロ塗った落とし前つけろや」
「は、はい……わかりました」
サブは龍虎が描かれたスカジャンに、添島から渡されたトカレフを隠すと、深々と頭を下げて組事務所を後にした。
それから彼は、兄貴分の寅吉を殺った黒いフードコートの少女を探すために夜の繁華街を歩き回る。
少女の居場所には心当りがなかったが、寅吉を殺した女は小松組のお抱えだったもぐりの医者、シマ髭診療所にも押し入っている。
拳銃を入手して、ヤクザともぐりの医者を殺していれば、ずぶの素人ではないだろう。
「ここには、手がかりが残ってねえかな」
サブは襲撃されて閉店したキャバクラを訪れたものの、警察が現場検証した店内は空っぽで、フードコートの少女に繋がる手がかりはなかった。
小松組の縄張りで一番の繁盛店だったキャバクラだが、人殺しがあって営業できるはずもない。
彼は絨毯に染みついた血痕に手を当てて、自分みたいな下っ端にも気取らなかった兄貴分を思い出すと涙が流れた。
「ねえ、あなたあのときいたヤクザよね?」
「誰だッ!」
サブはスカジャンを翻して、ズボンにしまったトカレフを抜いた。
女の声に振り返れば、寅吉を銃殺したフードコートの少女が立っている。
「あなたの背中に描かれているのは、あのヤクザと同じ龍虎の紋様よね?」
「ああ、寅吉兄貴の入墨と同じ図柄よお! こいつは、兄貴と義兄弟の契りにもらったスカジャンだ!」
「それなら、あなたが魔王を倒す伝説の勇者かもしれないわね」
「伝説の勇者? クスリでもキメてるのか」
「私の世界では龍虎の紋様を背負った勇者と五人の仲間が、魔王を倒して世界を平和に導くとの伝説があるわ。あなたが伝説の勇者の仲間なら、私の世界にきてほしいのよ」
トカレフの銃口を向けられた少女は、サブに向かって腰に下げた拳銃を抜いた。
彼らは廃業したキャバクラのフロアで、お互いに銃口を向けあっている。
「寅吉兄貴は、薬漬けに殺されたって言うのかよ……おい」
「この魂魄銃は肉体と魂を分離して、私の世界に転生させる魔法道具なの。あのヤクザなら、私の世界で肉体を再構成されたわ」
「狂ってやがんな」
「勇者の仲間は、どんな傷も病も治すことができる回復術師と、彼の相棒で凄腕の銃士、誰よりも自由を愛する遊び人、幻術でモンスターでさえ惑わす踊り子、あらゆる武器や装備を入手する商人よ」
「そうか、シマ髭先生を殺ったのもお前だな」
「この国では、勇者の相棒と言われる銃士を探すのが困難だったわ。でも私に銃口を向けるあなたが、勇者の相棒ってことだったのね」
「この薬物中毒がッ!」
サブのトカレフが火を吹いたが、一瞬早く身をかがめた少女には当たらなかった。
彼は慌てて狙いを定めるものの、駆け寄った彼女に顎下から銃口を当てられて腕を押さえられる。
少女は『あのヤクザの転生は成功したわ、だからあなたも安心して』と、魂魄銃の引き金を引いた。