最終話 とある魔法使いの証言
僕はサンザ。
勇者クレイジータイガーが魔王軍から取り戻した王塚は、素鴨でギルドを立ち上げたババンボを中心に再建の途に就いた。
あれほど王都の方針に懐疑的だった素鴨の商工会も、百鬼殺しギルバート隊長の活躍を目にして、騎士団の駐留に目を瞑ることにしたらしい。
最後の砦である北東方面の街は王塚奪還で、南方の街はパルム団長が率いた騎士団による神奈山領のノコハマ奪還で活気付いている。
ギルバートはパルム団長の都市奪還作戦を陽動に利用したつもりが、僕たちの決起に慌てた魔王軍は、南方の戦力を王塚に向かわせるなど足並みが乱れたらしく、結果的には、あちらにとっても都合が良かったようだ。
このため騎士団本陣を囮に利用したギルバート隊長だったが、お咎めなしどころか、バルム団長に次ぐ騎士団二席に出世している。
では功績を讃えられるべき勇者一行は、いったいどうしているのか。
「――虎吉さんたちは、王塚の戦いで現れた魔王軍の統括官イフリートを追いかけて北に向かいました」
僕の証言を聞き終えた警視庁の駒形警部は、口角を上げて薄ら笑っている。
彼は所在不明となった虎吉を追って、日本からエチカに転生してきた憲兵らしい。
「やはり勇者と言うのが、俺の追っているヤクザのようですな」
「駒形さん、僕の話を聞いていたんですか? そちらの世界の事情は知りませんが、勇者クレイジータイガーは魔王から世界を取り戻すために戦っています。彼は誤解される言動も多いのですが、けっして弱者を足蹴にする男ではありませんでした」
「ええ、ちゃんと聞いてましたよ。サンザさんの証言で、半信半疑だった俺の心象が確信に変わりました。勇者クレイジータイガーとやらは、俺が知っている小松組の若頭補佐で間違いない」
警視庁の駒形警部は、僕が知る限りの話を証言してもなお、虎吉を逮捕して異世界の日本に移送するつもりだ。
バルム家の紋章を翳した彼の行動は、きっと王家の許可を受けているのだろう。
王都の連中は、魔王軍を王塚から退け、統括官を名乗るイフリートを追いかけて旅立った勇者一行をどうする気だ。
虎吉たちは本来、及び腰だったギルバートなんかより讃えられて当然の漢なんだ。
「あんたッ、虎吉さんのこと何もわかっていませんよ!」
机を叩いて身を乗り出した僕は、生まれ故郷を取り戻してくれた英雄を犯罪者と決めつけている駒形に苛立ちを隠せなかった。
「サンザさんは誤解しておるようだが、公僕の仕事は悪党を裁くことじゃない。奴を裁くのは、裁判所の仕事だ。俺はここにいる誰よりも虎吉との付き合いが長いから、奴が理由もなく拳を振るうような人間じゃないと知っているさ」
「じゃあなんで駒形さんは、勇者クレイジータイガーを捕らえようとしているんです。彼が犯罪者じゃないとわかっているなら、そんなことやめたら良いじゃないですか?」
「そいつは――」
中折れ帽のつばを引き下げた駒形警部は、向かい合った椅子に深く腰掛けると、机に組んだ足を乗せてニヤリと笑った。
「俺が刑事で、奴がヤクザだからだよお! ぬは、ぬははははは! 待ってろよ虎吉ッ、俺はお前を地の果に追い詰めて、首根っこ押さえて日本に連行してやるからなあ! ぬはははは!」
僕はサンザ。
高笑いしている駒形は、手錠を指でクルクル回しながらやけに嬉しそうだ。
彼は旧知の間柄である虎吉が、勇者クレイジータイガーだと確信してはしゃいでいる。
異世界人の考えていることは、僕には皆目検討がつかない。
※ ※ ※
エチカ中つ国大連の工場地帯、その一角に停められた黒い高級車はドイツで作られた自動車だった。
異世界に似つかわしくない黒塗りの高級車から降りてきた背広姿の漢は、手にした煙草に火を点けると、工場で作られた鰐島の発注したワニフォンを一瞥した。
「剣と魔法の異世界エチカで、こんな無粋な物を作りやがって」
そこに工場責任者が揉み手をしながら駆け寄ると、車から出てきた背広の男に頭を下げる。
「これはこれは、波高組の若頭が直々にエチカまでご足労とは、いったいどんな用件でございましょう?」
「俺のシマを荒らしてた小松組の連中が、本家筋のシマにもちょっかいだしているから様子を見にこいと、魔王にケツを叩かれてねえ」
「小松組の連中? ああ、そう言えば、うちの工場と取引している商人に鰐島という異世界人がおりましたなあ。波高組の吉沢様と敵対しているのなら、すぐに取引を停止して――」
「いいや、鰐島との取引は続けてやれ。地下に潜られるより、見えるところで泳がした方が動向を把握しやすい」
「わかりました」
異世界エチカに高級車で乗り付けた男は、小松組と抗争中の波高組で若頭を務める吉沢士郎だった。
魔王を組長と呼ぶ吉沢が色眼鏡を外せば、虎吉と同じような赤い瞳をしている。
工場責任者を下がらせた吉沢は、車の後部座席に戻ると、隣に座っていたナキコに話しかけた。
「お嬢さんが余計なことするから、俺が異世界まで出張るはめになったじゃねえか。身体で落とし前つけようにも、生憎と俺は幼女趣味じゃねんだよ」
「あなたたち魔王の軍門に下った人間は、きっと私が召喚した勇者一行が倒してくれるわ」
虎吉を異世界に召喚したナキコは、吉沢の顔に唾を吐きかける。
「強がるのもたいがいにしねえと、盛りのついたオークの巣穴にぶち込むぞ? オークの連中は、俺と違って女子供の見境ないからよ」
「いや、それだけは……やめて」
吉沢はナキコが大人しくなるのを見計らって、運転席に座るゴブリンに車を出すように命令した。
「私を、どこに連れて行くの?」
「オークの巣穴じゃねえから黙ってろ。俺たちは小松組の連中と取引するために、下海港から船で旧潟領に上陸する」
「取引?」
「連中は、こんな世界に拉致ったお前の身柄が欲しいだろうし、日本にだって帰りたいはずだ。俺はお前を連中に引き渡して、お互いに実入りの少ねえ抗争を手打ちにするんだよ」
「勇者一行が、そんな取引に応じるはずが……ないわ」
異世界を走る高級車は一路、旧潟領への船が出発する下海港に向かった。
虎吉たちは、吉沢の取引に応じて日本に帰ってしまうのか。それとも異世界エチカに留まり、魔王軍と戦って世界を救うのか。
物語の続きは気になるものの、ここで一旦筆を置くことにする。
<了>




