第三十五話 それぞれの戦い【後編】
※クライマックスなので、気分が高揚する曲を聴きながら読むのがオススメです。
ワニフォンの位置情報共有アプリを見ていた俺は、モリリンが縦坑に向っているのがわかった。
踊り子が走る先には、特効薬の到着を待っている寅吉がいる。
双眼鏡で先回りしてみれば、白い上着をマントのように羽織った寅吉が、オークの族長ビッグピーと対峙していた。
なんで、あの人は敵の攻撃を軽減できる背広を脱いで戦っているのか、毎度のことながら理由がわからない。
そんな勇者の頭上に棍棒が振り下ろされたが、額で受け止めて流血した。
感染症のせいで、避ける体力も残ってないらしい。
「シマ髭先生、寅吉さんは王塚の外周にいます」
「そうか」
「そうかじゃないですよ。今すぐ特効薬を持って……って、何をしてるんですか?」
シマ髭はドクターバッグから注射器を取り出すと、白衣の袖を捲って自分に注射している。
医者は『ここから……ボコッ! では……バギッ! 走っても間に合わぁぁぁあん!』と叫びながら、白衣をズタズタに切り裂いて盛り上がる上半身の筋肉を見せつけた。
どうやら彼が腕に注射したのは、こちらの薬草を色々調合した筋肉増強剤の魔法薬だったようだ。
「そ、その筋肉は、いったい何なんですか!?」
「寅吉に薬を届けるために、私の調合した魔法薬で筋肉を増強した」
「いやいやいやっ、特効薬を届けるなら上半身じゃなくて、下半身をドーピングしてくださいよ!」
シマ髭が意味不明なドーピングをしている間に、俺が最も恐れていた地獄の門が開いて、騎士団の魔法防壁をゆうに超える巨大なトロールや、腕に翼が生えたハルピュイアが、孤軍奮闘する寅吉に襲いかかろうとしている。
物見櫓から縦坑の前に立っている勇者まで二キロ以上……いや三キロ以上離れている。
俺が全力疾走しても到着する頃には、勇者が生きているはずがなかった。
「シマ髭先生、もう間に合わないです……縦坑からの援軍は、少なく見積もっても一万匹以上なんですよ。それも騎士団の魔法防壁を跨ぐような巨人と、無防備な空を飛び回るモンスターまでいやがる……もう勝てませんよ」
「だから俺は、走っても間に合わんと言っただろう」
「では、どうやったら間に合うと言うんですか!」
不敵に笑ったシマ髭は組立て式の弓矢を出して、矢尻に特効薬のアンプルをセットした。
まさか。
「こんなこともあろうかと、俺は超長距離から特効薬の矢尻を的に当てる練習をしていたんだ」
「あんたは、どんなことを想定してんだよ」
「お前さんは、モリリンに連絡して寅吉に動くなと伝えろ……特効薬の矢尻は一本しかないのだ」
「わ、わかりました!」
俺はワニフォンで、寅吉に駆け寄るモリリンに連絡した。
彼女も『もう間に合わない』と諦めている様子だが、シマ髭が剛腕で弓矢を引く姿を見て笑顔になった。
「南無八幡大菩薩、我が国の神明、日光権現宇都宮、那須のゆぜん大明神、願はくはあの扇の真ん中射させてたばせたまえ……ジャスティス!」
那須与一の名台詞とともに放たれた矢は、風を切り裂いて一直線に寅吉を目掛けて飛んでいく。
この世界の双眼鏡では、倍率が低くて確認出来ながったものの、したり顔のシマ髭が『手応えあった』と言うので、的を射抜いたと信じたい。
「タクミくん、筋肉増強剤と弓矢が残っているのだが、君も、ここから鷹狩りと洒落込まないかね?」
「は、はい! 俺と先生で、ハルピュイアどもに一泡吹かせてやりましょう!」
「こちらは即効性の毒矢だから、少しでも触れれば即死だ。扱いに注意したまえ」
シマ髭に注射された俺の上半身の筋肉は、医者と同様にシャツを引き裂いて膨れ上がった。
「タクミくん、毒矢が掠れば良いんだ。よおく狙いを定めて……ジャスティス!」
「はい!」
「奴らも、こちらの気配を察したようだ。ふふふ、こうなればこっちのものだ。タクミくん、十分にハルピュイアを引き寄せてから……ジャスティス!」
「はい」
シマ髭が矢を放つ度に『ジャスティス!』と叫ぶので、気が散って狙いが定まらなかった。
※ ※ ※
『サブさん、魔王の支配地に陽動していたオークやゴブリンが反転して、魔物の森に戻っているようです』
「さっき騎士団のギルバートから、縦坑が崩落して魔法防壁にも穴が空いたと連絡があったっす。サンザさんたち陽動班は、森に引き返している化物を背後から追込みしてくれっす」
『わかりました!』
寅吉兄貴は、きっと崩落現場で敵の組長に斬り込んでるだろう。
加勢に駆けつけてえところだが、音輪から半分焼け野原になった森に残存してる化物を片付ける方が先決だな。
兄貴が化物なんかに負けるはずがねえ。
「オークブレイカーさんっ、後ろ後ろ!」
「後ろ後ろって、おいらはシムラじゃねえっす!」
背後から飛びかかってきたオークを銃剣で下から斬り上げると、切っ先が止まる胸のところで引き金を引いた。
胸に風穴を開けた豚面が前のめりなるので、横に避けたついでに、左右から襲いかかろうとした二匹の脳天を、きっちり二発で撃ち抜いた。
「いやあ、オークブレイカーさん半端ない強さですね」
俺に声をかけたのは、イオリを詐欺ったひと狩り行こうぜ詐欺師だった。
おいらは奴に銃口を向けると、
「ひぃ! お、俺は仲間ですよ!?」
「てめえじゃねえよ」
詐欺師の後方で弓矢を構えるゴブリンを撃ち殺した。
銃弾使い放題なのに、どうも一発一殺が身についてやがる。
まあ、これもケチな鰐島と仕事したおかげかな。
※ ※ ※
へっくしょんッ!
誰か、俺の噂話してやがるな。
鼻水をすすった俺は、固定砲座のガトリング砲に肘掛けながら煙草に火を点けた。
見渡す限りの焼け野原、化物どもは崩落した縦坑周囲に集結しているようだ。
奴らが身を隠していた森は、ほとんどが焼失したわけだが、駆けつけた援軍にドライアドがいれば、数時間で魔物の森は復活するらしい。
まあ最悪の事態ってやつなんだろう。
「でもよ、寅ちゃんが健在なら負ける気がせんのよね」
俺はモリリンがライブ配信してくる動画を見て、シマ髭の放った特効薬が尻に刺さっているのを確認した。
そして勇者が、異世界にきて絶対に外さなかった色眼鏡を捨てやがった。
なんで寅吉が勇者なのか。
ただ喧嘩が強いってだけじゃなかったらしい。
「日本に現れたナキコが見つけた寅ちゃんは、魔王を倒す竜虎の紋様を背負った漢。じつはな、あいつが小学校も出てねえって話は本当なんだぜ」
『鰐島さん、どういう意味ですか?』
グループ通話で話しかけてきたタクミは、ここに来てから一番近くで寅吉を見てきたのに、いったい何を見ていたんだろうね。
飛んでくる矢を気合で落としたり、素手でオークをぶん殴って殺したり、まさか普通の日本人が出来ると思っていたのか。
なんで勇者が本気で戦うときは、わざわざ上着を脱いで背中を晒して戦っている。
頑なに外さない色眼鏡の下にある灼熱のような赤い瞳は、あれは日本人の特徴とは言えねえよな。
幼い頃に捨てられた天涯孤独の寅吉、ここがてめえの生まれ故郷だったんだろう。
「寅ちゃんは子供んとき、エチカから日本に捨てられた本物の勇者様なんだぜ!」
『本気ですか!?』
異世界エチカに小学校はねえからよ。
だから俺は、異世界で寅吉と再会して大商いの夢見ちゃってるわけよ。
なあ、本物の勇者クレイジータイガーさんよ!
※ ※ ※
私は鰐島の通話を聞いて、あの人の時折見せていた寂しげな表情が、故郷である異世界エチカに想いを馳せていたのだと知った。
恋人の私にも、自分の生い立ちを語ることがなかった彼は、日本に捨てられた本物の勇者だったらしい。
鰐島のやつは転生した当初から、サブに銃の腕前を磨かせたり、シマ髭を魔王討伐に巻き込んだり、やけに彼を勇者だと担いでいたけど、どうやら転生前に事情をナキコから聞き出していたわね。
商人の転生した状況は、聞き及ぶ範囲ではっきりしない。
用心深い彼が待合せた女に撃ち殺されるなんて、どうもしっくりこなかったのよね。
「モリリン、今まで黙っててすまなかった。でもよ、こっちの世界の記憶は封印されているらしくて、俺自身は生粋の日本人のつもりだからよ」
「最初から知っていたの?」
「いや……細けえ話は、この戦争が終わったら話すわ」
「うん」
シマ髭の特効薬を尻に注射された寅吉は、色眼鏡を地面に投げ捨てると、赤い瞳でオークの族長ビッグピーを睨みつけた。
鋭い眼光に後退りした族長だったが、左右に立っている巨人トロールを目端に捉えると、覚醒しつつある勇者を襲うように棍棒を指し示す。
「うがあッ!」
「ぎゃおッ!」
寅吉を挟むように横一文字に振りぬかれた巨大な棍棒が、お互いにぶつかり合って砕け散る。
その衝撃で舞い上がった埃で視界が塞がれると、次の瞬間ズシンッという地響きとともに、トロールの首が二つ土煙の中から転がってきた。
「死にてえ奴からッ、かかってきやがれ!」
霞が晴れると、積み重なる斬首したトロールの上に長ドスを天に掲げる寅吉が立っている。
赤く光る瞳、背中には光の翼、背後には大虎の形をしたオーラも見えた。
「うおおおおおおッ!!」
寅吉が雄叫びをあげると、背後に現れた大虎のオーラも吠えて、周囲にいたモンスターの首や胴体を鋭い爪で両断する。
質量を持った大虎のオーラは、触れる騎士団の命を奪わずに、モンスターの命のみを刈り取っていた。
そして寅吉は長ドスを刺突に構えて突貫すると、長きに渡って王塚を占拠していた魔王軍の幹部、オークの族長ビッグピーの胸を一閃に貫いた。




