第三十四話 それぞれの戦い【前編】
シマ髭を救出した俺はモリリンに連絡したものの、特効薬を受け取る寅吉は、薬の到着を待たず魔物の森に潜入したとのことだった。
『タクミくん、寅吉は携帯電話なので位置情報がわからないのだけど、私が探し出すから池梟の物見櫓で待機して』
「わかりました。俺は、モリリン姐さんの位置をトレースしてますね」
『よろしこ!』
俺はシマ髭の状況を説明してから、魔物の森を監視するために作られた物見櫓に向かう。
戦場となる森を一望できるので、彼女が寅吉と落ち合えばワニフォンの位置情報共有アプリで、特効薬を届ける場所も目視できるはずだ。
俺は双眼鏡を覗くと、顔を迷彩塗装した鰐島の率いる別働隊が、森の外周を駆け回りながら等間隔に瞬間移送の魔法陣を描いている。
商人は遠方から物を取り寄せる魔法陣を使って、森の周囲に燃料油の詰まった酒樽を配置して、モンスターの潜む森に火を一斉に放つ。
同時に他方から火の手が上がれば、彼らも成すすべもなく森から燻り出されるだろう。
「統率の取れないオークやゴブリンなら、冒険者のパーティーでも各個撃破できます。王塚にはモンスターの親玉がいるんで、そいつから兵力を削いでいきます」
「化物どもの足並みを乱せば、兵士でなくても互角に戦えると言うことかね?」
「徒党を組まれると厄介ですが、森から逃げてくる奴を冒険者が狩るくらいならできるでしょう。問題は親玉が森の外に出てきて、兵力を再結集されたときです」
シマ髭は『そこが寅吉の出番だな』と言うので頷くと、それまでに物見櫓から居場所を特定して、特効薬を届ける必要があると答えた。
そして開戦の合図から一時間が経過しており、池梟と素鴨から魔王の支配地に飛び出した陽動班は、馬に跨がるオーク、魔犬の背中にしがみついているゴブリンを引き連れて森から遥か遠くに見える。
「シマ髭先生、そろそろ騎士団が森から離れたモンスターと、森に残ったモンスターの分断に動く頃です。彼らは王塚結界の手前にある縦坑を避けて、魔物の森を魔法防壁と肉壁で隔離します」
そう説明したとき、素鴨の方面から甲冑を着た騎士団がサーフボードのような大きな楕円盾を手に現れた。
騎士団のスクトゥムには魔法防壁の術式が描かれており、戦闘では魔法攻撃を無力化する他、それぞれの盾を魔力が流れる縄で繋げば、魔物の侵入を拒む魔法結界に利用できる。
彼らが素鴨から池梟の外壁まで魔法防壁を展開すれば、森に残るモンスターは外からの援軍がなく孤立する。
「最悪、地獄の門が開いても……騎士団が持ち堪えてくれれば、どうにかなると思います」
やばい。
変なフラグ立てないように、今まで口にしなかった最悪の事態を声に出しちゃった。
じつは新王塚迷宮を調査したとき、縦坑から地上まで十メートル以上の距離があったが、つい一昨日、サブと森を横断したとき、索敵した縦坑の蓋は五メートルなかった。
奴らに、たった数日でそれだけ掘り進める能力があるのなら、この非常時になりふり構わず蓋を抉じ開けるかもしれない。
懸念材料は、寅吉の病状以外にもあったのだ。
※ ※ ※
俺は森の周囲に瞬間移送の魔法陣を描き終えると、それぞれの魔法陣に魔力を流すために配置した連中に、ワニフォンのグループ通話で手筈通り動くように指示した。
それから二つ折りの携帯電話を開くと、遠方で待機している商売仲間トルに電話する。
「しぃもしも、トルちゃん、オレオレ……うん、例の酒樽なんだけどね。そう、火を付けて瞬間移送してくれる? そう、それが済んだら、ガトリング砲も十挺ほど頼むわ」
『鰐島さん、前払いでお願いしたんだけど、まだ入金が確認できないよ』
「トルちゃん、そう固いこと言うなよお。そしたらワニフォンのパテント回すし、生きて帰ったらン千万Gの大商いなんだぜ」
『冗談よ。鰐島さんには、いつも稼がせてもらっているからね。いま酒樽に火を点けてるところだから、用意できた分から瞬間移送するね』
俺は『毎度おおきに』と、二つ折りの携帯電話を畳んだ。
それから、しばらくして森の周囲に火柱があがる。
俺の目の前にある魔法陣にも火の点いた酒樽が移送されてきたから、そいつを蹴飛ばしてドライアドが作った森に火を放つ。
見てて爽快だったね。
森化した化物でも、やっぱり焼かれると熱いらしい。
根っこを大地から引き抜こうと暴れちゃいるが、一度でも根を下ろした奴らは逃げ回ることができねえらしい。
「ほんじゃま、お仕事しますかね」
鉄兜を被った俺は、トルから送ってもらったガトリング砲を構えて、森から飛び出してくる化物どもを掃射した。
※ ※ ※
シマ髭と特効薬をタクミに託したおいらは、もう色々と改造しまくって原型を留めないトカレフを手に、池梟の壁外で待機していたサンザと合流した。
おいらは本来、池梟から馬でモンスターどもを森から引き離す役目だったんだが、昨日からのゴタゴタで森に残ったオークの始末になったっす。
村長から勇者不在の噂を聞いていた池梟の冒険者は、開戦しても高みの見物が多くて、サンザの周囲には勇者不在の真相を確かめようとする連中が集まっていた。
「サンザさん、もうそいつらヘタレは無視しましょう。寅吉兄貴のおこぼれを狙う冒険者なんて、戦場に出ても役に立たねえっす」
「な、なんだとっ、俺は勇者が加勢が必要だと言うから、わざわざニュー多窪から駆けつけたんだぞ!」
ニュー多窪と言えば、おいらがオーク狩りの拠点にしていた街なんすけど、そう言われてみれば食って掛かってきた冒険者には、なんか見覚えがある。
「あ、てめえは、イオリを狩場で放置した『ひと狩り行こうぜ詐欺』の冒険者じゃねえっすか」
「え? あ、いや……そんな詐欺してねえよ」
「ニュー多窪の冒険者なら、おいらのことは知ってるんすよね?」
おいらが顔を寄せると、冷や汗をかいたニュー多窪の冒険者が『オークブレイカーさん?』と言うので、スカジャンの背中に描かれた竜虎の刺繍を見せた。
そう、おいらのスカジャンには寅吉兄貴の入墨と同じ、異世界エチカでは勇者が背負う竜虎の紋様があるっす。
「なんだって、この作戦にはオークブレイカーも参加しているのかよ」
「俺が聞いた話したでは、オークブレイカーこそ真の勇者だって話だぜ」
「オークブレイカー……俺は知らねえんだけど、なんか強そうじゃね?」
集まっていた冒険者は『わかった参加するぜ!』と、おいらのことを勇者と勘違いして、サンザの呼びかけに応じて作戦の参加を決めたみたいっす。
よくわかんねえけど、こいつらヘタレで大丈夫なんすかね。
※ ※ ※
私はタクミに連絡を終えると、素鴨の冒険者を率いて森に向かった寅吉を追いかけたわ。
でも鰐島の放った火から逃げてくるモンスターが邪魔で、戦場で彼を見つけることができなかった。
「もうッ、なんで邪魔ばかりするのよ!」
前線から素鴨の方へ逃げてきたオークに踵落としを見舞った私は、騎士団が魔法防壁を展開する外周を目指した。
寅吉が戦うなら、族長ビッグピーが向かうであろう縦坑の周囲だと思ったからよ。
そこに向かう途中、ゴブリンの首を回し蹴りで落としている武闘家ババンボに出くわした。
「ババンボさん、私の寅吉を見かけなかった?」
「勇者クレイジータイガーなら、縦坑に向かっていると思います!」
「やっぱりね……寅吉のやつ、あんな体調なのに無理しやがって」
「俺らはここの守りで手一杯なんでさ、モリリンさん勇者のことお願いしやす!」
私は『言わずもがな!』と応えて、道を塞ぐオークとゴブリンの顔面をトンファーで打突した。
私の派手な立ち回りのせいもあるのでしょう。
モンスターが、女の私を見下してるのかも。
次から次に襲いかかってくる雑魚は、数が多くて捌ききれない。
脚が重い。
腕が上がらない。
寅吉に愛されるために、脱ぎ去った筋肉の鎧が恨めしい。
せめて今だけは、二丁目じゃなくて陸自の最終兵器と呼ばれた頃の自分に戻りたかった。
「おいッ、モリリンさんの道を確保しろ!」
「ババンボさん!?」
「早くッ!」
振り向けばババンボが親指を立てており、他の冒険者も寅吉のもとに向かう私のために奮闘している。
彼らは、私のために無茶していた。
私は無我夢中で走る。
彼らの想いに報いるためにも、特効薬を届けるために寅吉の居場所を知らせる。
「そんな……嘘でしょう」
燃え盛る森の中、騎士団のギルバートが背にする縦坑の前、頭から血を流して地面に膝をついた寅吉がいた。
そな彼を見下ろす巨体のオークは、血に濡れた棍棒を振り上げている。
魔物の森を占領していたオークの族長、一万体のモンスターを率いた魔王軍の幹部、ビッグピーが病を押して戦っている勇者に棍棒を振り下ろした。
「勇者よッ、貴様の力はそんなものだったのか! 勇者であればッ、そんな豚面の攻撃なぞ効かぬはずだ!」
楕円盾で魔法防壁を張るギルバートは、ビッグピーの一撃に吐血した寅吉を鼓舞しているけど、痙攣をともなう神経毒素に侵された彼が、立っているだけでも奇跡なのよ。
無責任に彼を煽らないで。
「ギルバートさんよ……こんな攻撃は屁の河童だぜ……これから反撃するから、眼ん玉ひん剥いてよく見ろや」
私が『寅吉ッ!』と叫んだ瞬間、縦坑の手前に魔法防壁を作っていたギルバートが悲壮な顔をした。
縦坑を塞いでいた地面から、身の丈の倍以上ある巨大な棍棒が、まるで春の野に咲くつくしんぼのように生えてきた。
地下迷宮に向かって崩れ落ちる大地、その縁に手をかけるモンスターの手は、指だけで人間の大きさを凌駕している。
「トロール……縦坑の天井を突き破って、魔王軍の巨人トロールが出てきた」
ギルバートは、腰を抜かして地面にへたり込む。
穴から這い出てきた最初のトロールは、騎士団が作った高い魔法防壁を跨いで族長ビッグピーの隣に胸を張って立ち上がる。
縦坑を登ってきたトロールは一体ではなく、次々に現れるし、その背後からは飛翔するハルピュイアが群れをなしていた。
魔法防壁を張っている騎士団は、トロールたちの棍棒で叩き潰されており、防壁の上を飛び回るハルピュイアは、燃え盛る森のを無視して冒険者たちを啄んでいる。
阿鼻叫喚、地獄絵図、私は目の前に広がる陰惨な光景に言葉を失った。
「モリリン……てめえだけでも逃げろ」
寅吉は弱音を吐きながらも、最後の力を振り絞って両手を広げた。
絶体絶命のとき、それでも身体を張って立ち上がる勇者。
ああ、私たちは死ぬんだ。
だって、あの人が弱音を吐くなんて、よほどのことだものね。
と、全てを諦めたとき、ワニフォンか鳴った。
『モリリン姐さん、こちらで寅吉さんの位置を把握しました!』
「タクミくん!?」
『今から、シマ髭先生が特効薬を届けます!』
私は『もう間に合わない』と呟いて、池梟の物見櫓に目を向けると、大きな弓矢を引く白衣姿のシマ髭が見えた。
【つづく】




