第三十三話 王塚奪還の裏で、バルム団長のつまらない質問
四反田の壁外では、神奈山領ノコハマ奪還作戦のために騎士団の本隊が参集して、王都より国王を迎えての出陣式が行われていた。
騎士団十三隊のうち六人の隊長が指揮する作戦には、品河、王崎、四反田に駐屯する六個師団から約1万名の騎士が参加している。
また本作戦の総指揮官には、騎士団唯一の金鎧を纏うバルム団長が任命された。
国王の訓示を顎髭を撫でながら聞いているバルム団長は、跳ねっ返りだった若きギルバートに土下座を強要した上官である。
「バルム団長、お耳に入れたいことがあります」
「国王様の御前だぞ?」
「至急の要件です……他の隊長も袖に控えています」
「うむ」
国王の長い挨拶に飽きてきた頃、バルムは金の刺繍が施されたマントを翻して、舞台袖で神妙な顔で伝令から報告を受けている白銀クラスのもとに向かった。
魔王の支配地への出陣を前にして、何かトラブルだろうか。
「音輪の小僧は、バルム伯爵の推薦で我ら十三席に加わりましたな。本隊が兵をあげて南進というときに、あやつは大変なことをやらかしましたぞ」
「土下座王ギルバートが、どうかしたのか? あいつには、留守中の砦北側防衛を命じている」
「それが国王の肝煎りだった勇者転生計画の被験体と、小僧が北東の街で遭遇したらしく、勇者一行とともに魔物の森を奪還すると息巻いている」
「何だと……ギルバートに預けた百騎ばかり兵隊で、王塚奪還を決行すると言うのか」
バルムは、自分の故郷のある北部からの反攻作戦を進言したギルバートに土下座を強要したが、それに応じて頭を下げた彼を特別に取り立てていた。
あのとき跳ねっ返りの若造が自分の挟持を貫いていたなら、それまでの男だったと捨て置くところ、理不尽を強いられても、それでも魔王軍から故郷を取り戻すべく、土下座した彼の決意に感銘したからだ。
その土下座王が隊長になった直後、最後の砦の一角である王塚を魔王軍に占領されてしまった。
「は、ははは!」
「バルム伯爵?」
「いや、すまぬ。王塚を奪われても兵を動かさないギルバートくんは、私の見込み違いだったかと思っていたが、そうか、ギルバートくんが王塚奪還に兵を動かしたのか」
「わ、笑い事ではすみませんぞ! バルム伯爵が本隊を率いて南進しようというとき、この機に乗じて小僧は、十三席の許可を得ずに兵を動かしたんだ」
「良いではないか、たった百騎の兵隊で王塚が奪還できれば善し、奪還できなくても失う兵隊は軽微だ。そんなことよりギルバートくんが、さすが私の見込んだとおりの男だったことが嬉しい」
「バルム伯爵は、あの跳ねっ返りの小僧を高く評価しすぎです! あやつは、出世のためなら靴の裏だって舐める軟弱者だ! 命令違反として粛清せねば、留守を預かる他の隊長たちに示しが付きません!」
「ギルバートくんの行動は、確かに見逃せない――」
バルムは『これでは、我らも魔王軍に負けられんな』と、憤る白銀クラスの隊長の肩を叩いた。
騎士団の団長が知るところとなった王塚奪還作戦だが、十三席を束ねる団長の斟酌があって、留守を預かる他の隊長の横槍はなかった。
「バルム団長、国王に面会を求める不審者を捉えました」
「不審者だと?」
出陣式の最中、近衛兵がバルムの前に突き出したのは、警視庁組織犯罪対策部の駒形警部だった。
警部は出陣式に参加している国王に、寅吉逮捕の捜査協力を直談判にきたところ、壇上に登る舞台袖で近衛兵に身柄を取り押さえられた。
「わけのわからんことを言っているので所持品を検査したら、こんな物を携帯していました」
近衛兵から駒形の拳銃を預かったバルムは、他の兵を下げると、警部と二人きりになり事情を問いかける。
不審者の警部が着ているトレンチコートと中折れ帽は、エチカの服装と異なっており、今しがた白銀クラスの隊長から『勇者転生計画の被験体』が、行動を開始していると聞いたばかりだった。
勇者転生計画とは、国王と神職にある一部の神官が推進している計画であり、その内容は、異世界から魔王の力に匹敵する勇者を召喚して、エチカを救ってもらうものである。
騎士団には計画の詳細が知らされておらず、市民に公表されている情報以上のことを耳にしていない。
「ほう、銃士とは珍しい」
「いいえ。自分は駒形平蔵、警視庁の警部で銃士などではありませんぞ」
「駒形警部? やはり国王たちは、我ら騎士団の預かり知らないところで勇者一行の召喚に成功していたのか」
「ええと、あなたは先ほど登壇していた騎士団の団長殿ですな。自分は、日本の治安を預かる騎士団の団長から派遣された者で、異世界に逃亡した寅吉たちの仲間ではありません」
駒形はコートのポケットから取り出した警察手帳を開いて、バルムに警視庁の記章を提示する。
警視庁の記章を興味深く見ていた団長は、勇者一行を追ってエチカに来た異世界の騎士団を名乗る警部に、彼らが反社会的勢力の一員であり、魔王なんかより凶悪だと聞かされた。
「なるほど、駒形くんの話は理解した。つまり駒形くんは、国王に砦内での捜査協力を求めているんだね」
「団長殿、そうであります。自分は寅吉たちを逮捕して、日本に連れ戻すのが使命であります」
バルムは敬礼する駒形を一瞥してから、自らの金の鎧からバルム家の紋章を外した。
「駒形くんの言うとおり、この国の治安を預かるのは我が騎士団だ。警視庁の記章は役に立たないので、当家の紋章を預けてやろう。私が遠征から戻るまでは、そいつを見せてバルムの勅使を名乗るが良いぞ」
「ほ、本当でありますか!?」
「国王と騎士団には、駒形くんをとりなすように、私から話を通しておこう」
「団長殿、ありがとうございます」
「その代わり勇者一行の行動について、捜査状況は逐一報告してくれるね」
「と、申しますと?」
「駒形くんの事情はともかく、寅吉とやらの存在がエチカにとって有益か否かの判断は、この私が見極める。勝手に身柄を日本に移送されては、こちらとしても都合が悪い」
「了解しました! バルム団長殿のご恩を裏切るような真似は、この漢駒形ッ、けっしていたしませんぞ!」
駒形はバルムから拳銃と紋章を受け取ると、敬礼して舞台袖を後にしようと背を向ける。
「そうだ駒形くん、一つ聞いても良いか?」
「なんでありますか」
「その日本人は皆、駒形くんのように顎がしゃくれているのかね」
「団長殿、これは自分のトレードマークであります」
「そうか……いや、つまらぬことを聞いてすまなかった」
本当に、つまらない質問だった。




