第三十二話 この世界にはインテリアが必要だ
『――というわけです』
「タクミくん、連絡ありがとう」
『今夜中には、シマ髭さんの居場所を突き止めて特効薬を回収します。モリリン姐さんは、可能なら寅吉さんを開戦したら音輪方面に連れてきて下さい』
「わかったわ」
『無理なら、こちらから行きます』
タクミからワニフォンで報告を受けた私は、ため息交じりに通話を終えると、部屋で寝ている寅吉を残して廊下に出た。
廊下の外で待っていた鰐島は『タクミちゃんは、何だって?』と、彼も特効薬が届かないことに苛つきを隠さない。
「シマ髭は、毒物所持の検疫で捕まっているみたい」
「なんだって池梟の村長は、そんな真似しやがるんだ」
「宿屋の女のことで、寅吉に私怨があったのよ」
「あれま、くだらねえ……今から寅ちゃんを連れて、馬車で池梟に向かうか?」
私は『若い子に任せましょう』と、気を揉む鰐島に言った。
タクミの掴んだ情報では、池梟の村長が難癖をつけて、特効薬を運んでいるシマ髭を村に引き留めており、王塚奪還作戦の終了まで解放しないつもりらしい。
勇者が病気で動けないと知っている村長は、特効薬の到着を遅らせて、あわよくば死、少なくとも王塚奪還作戦が失敗して、ここらに居られなくするつもりなのでしょう。
「タクミくんは夜明けまでに特効薬だけでも回収して、池梟から音輪方面に届けてくれるそうよ。そこまでは、私が馬車で寅吉を連れて行くわ」
「ああ。主戦場は外周になるから、音輪側に馬車を走らせても化物に襲われねえとは思う。でもよ、寅ちゃんが先陣切らなきゃ、冒険者が森の化物と戦うかね」
「そのときは、鰐島さんのガトリング砲の威力を見せつけてあげなさいよ」
「俺は瞬間移送の魔法陣を描くので手一杯なんだが……まあ背中を蹴飛ばすくらいは、やってみるがな」
「よろしくね」
しかし夜が明けると、寅吉は素肌にさらしを巻いて白い上着を羽織り、長ドスを杖代わりに部屋を出て、素鴨の壁外に集まる冒険者の前に立った。
私は『皆には隠密行動中にして、顔を出す必要はない』と止めたけれど、先陣を切ると豪語した勇者がコソコソ動いてると、参加者に思われたくないらしい。
「寅吉殿、初めてお目にかかる騎士団のギルバートです」
「てめえの話は聞いているぜ」
「我々が森を離れたモンスターが戻れぬように壁役となるので、寅吉殿は『勇者クレイジータイガー』として、冒険者を率いて王塚に残るモンスターを一掃してほしい」
「おう、任しておけ」
「私が声を上げても叶わぬが、勇者の名のもとにならば民衆は結集する。王塚奪還は、魔王への反攻の狼煙となるだろう」
寅吉の隣に立ったギルバートは、整列する重装鎧の騎士団と、血気に逸る冒険者の方に向き直る。
「陽動班の冒険者はッ、鏑矢を合図に素鴨と池梟から魔王の支配地に向けて馬を走らせろ! 我ら騎士団はッ、陽動班を追って森から出ていくモンスターの隊列が切れたのを見計らって池梟に向かって魔法防壁を展開する! 魔物の森周辺にはッ、鰐島殿が瞬間移送で取り出した油を撒いて森化したドライアドに火を放つ!」
ギルバートが作戦を再確認すると、それぞれ担当する騎士団や冒険者が雄叫びで応える。
そして衆目を集めた寅吉は長ドスを正面でつくと、右手を群衆に向けて羽織っていた上着を跳ね上げた。
「てめえらの命はッ、この勇者クレイジータイガーが預からせてもらう! だからよッ、てめえら勝手に死ぬんじゃねえぞ!」
「勇者クレイジータイガー!」
「うおーっ、ぜってえに王塚を取り返すぜ!」
「みんなッ、タイガーコールだ!」
タイガー! タイガー! タイガー! タイガー! タイガー! タイガー! タイガー! タイガー! タイガー! タイガー! タイガー! タイガー! タイガー! タイガー! タイガー! タイガー! タイガー! タイガー! タイガー! タイガー! タイガー!
鳴り止まないタイガーコールに、女の私も武者震いが止まらなかった。
親の顔を知らずに育った寅吉は、あちらの世界で常に居場所を求めて彷徨っていたのに、世界は彼を求めなくて、渡世の吹き溜まり極道に身を寄せた。
それでも筋の通らない暴力を振るわなかったし、人情脆くて追込みも満足に出来ない任侠ヤクザを貫いて、組では悪賢い添島に出し抜かれて若頭補佐でくすぶっている。
その彼が異世界エチカでは、こんなにも必要とされていた。
それを思えば涙も流れる。
「モリリン……タクミに連絡して、特効薬とやらは無理して届けるなと伝えろ」
「え、でも薬が届かなかったら、寅吉の命は保証てまきないって」
「あいつは良い奴だが、荒事に向いてねえ。俺はよ、タクミみてえなインテリアが世界には必要だって思ってんだぜ」
「寅吉……そんなこと考えてたんだね」
「モリリン、頼んだぞ」
「うん」
寅吉は『行くぜッ、野郎ども!』と見送る私に背を向けた。
どうしてタクミが室内装飾なのか、室内装飾が異世界エチカに必要なのか、その理由は全く理解できないけど、なんとなく言いたいことは伝わったわ。
※ ※ ※
時間は遡ること三時間、まだ夜が明け切らない池梟の保安室。
俺とサブは、シマ髭が素鴨と反対の芽白側にある通用門の保安検査室に軟禁されている事実を突き止めた。
池梟の指揮を執るサンザには、素鴨側の通用門で重い腰を上げた自警団と冒険者を集めてもらっている。
したがって医者と特効薬の回収は、俺たち二人で実行することになった。
「見張りは門番の二人、保安室にも数人ってところだね」
「おいらが斬り込んで倒せねえ人数じゃねえ……殺っちまうか?」
「いや、死傷者を出すのは不味い。村長のやっていることは非道だけど、毒の反応がある医薬品を村に持ち込もうとした医師免許のないシマ髭を、自治体の首長が検疫を理由に身柄を拘束するのは合法なんだ」
「あーっ、そういう難しい話は苦手なんすよね」
「奴らが合法だと言い逃れるなら、死傷者を出せば俺たちが捕まるってことだよ」
「あいつらのやっていることは悪で、おいらたちがやることは正しいのに、何なんすか?」
勧善懲悪なんて時代錯誤な考えだから、サブや寅吉はヤクザなんかになるんだ。
俺が中房のときの知り合いにからかわれた日も、サブは俺のために拳を振るってくれたが、その結果で俺たちは高校中退に追い込まれた。
お前は正しかったと思うから、俺も黙って放校処分を受け入れたが、あのとき俺をからかった連中は、俺が夢見たキャンパスライフを謳歌してやがる。
世の中は理不尽に満ちているし、賢い奴は自分に都合よく理不尽を利用する。
「俺は親戚と折合いがつかずに、児童相談所に逃げたけどね」
「こんなときに何すか?」
「妹も一緒に連れ出すつもりだったけど、それは許されないことだった。だから大学進学したら妹を引取るつもりだったし、それが駄目なら金を稼いで引取るつもりだったんだ」
とはいえ暴力沙汰が原因で高校中退した施設育ちの俺を、カタギの会社が雇うはずもなく、ギャバ嬢のスカウトマンなんて半場な仕事で食い繋いでいたわけだ。
それでも離れ離れに暮らす妹を引取ろうと、何度か親戚の家も訪ねたが、ギャバ嬢のスカウトマンに妹を渡してくれるはずもない。
俺は、何処で道を間違えた。
親戚の家を飛び出したときか、サブと一緒に高校中退したときか、ギャバ嬢のスカウトマンになったときか。
では俺は、嫌味しかいわねえ親戚に頭を下げ続けたら良かったのか、サブを見捨てて自分だけ教師に頭を下げりゃ良かったのか、満足な収入も得られねえ小遣い稼ぎで、学費も払えねえのに妹を引取れば良かったのか。
「よし、決めた」
「うん?」
「サブ、やっぱり殺るのはなしだ。なんだかんだ言い訳しても、俺たちのやろうとしてることは正しくない」
「じゃどうするっすッ、もうすぐ夜が明けたら作戦開始なんすよ!?」
俺は人差し指を唇に当てて、大声で叫ぶサブに静かにするように言った。
確かに俺はあのとき、我慢して親戚の家に残るべきで、教師には申し開きするべきで、金が貯まるまで妹を迎えに行くのを控えるべきだった。
それが、俺が取るべき正しい態度だったと思う。
でも俺は――
「だから、連中を殺さない程度に斬り込んでくれよ。俺たちのやってることは正しくないけど、間違ってもいないんだ」
間違ったことは、何一つしてなかったと断言できる。
横暴な親戚や教師の靴の裏を舐める正しさ、それを拒絶して生きたとしても間違っていない。
「タクミ……てめえやっぱりタクミだよ」
「サブは、もう少し語彙を増やした方がいいね」
「語彙を増やすってなんすか? 組長みてえに錦鯉を飼えってことすか?」
「それ、鯉ね」
俺たちが池梟の保安室に斬り込んで、シマ髭と特効薬を回収したとき、素鴨の街から放たれた鏑矢の音が聴こえた。




