第二十一話 新王塚迷宮を調査せよ
日本から転生してきた寅吉は昨晩、集まった仲間に魔物の森と化した王塚を取り戻すと宣言した。
僕とババンボの生まれ故郷の王塚は、最後の砦と呼ばれる人間の支配する街だったが、木の精霊ドライアドやゴブリンを率いたオークの族長ビッグピーに奇襲されて、今では街の面影は残らない。
奇襲の一報で駆けつけた王都の騎士団は、焼けて崩れ落ちる建物、ドライアドの魔法で木々に侵食される街を見て、王塚の放棄を早々に決めると、モンスターの都心への流入を防ぐために、最後の砦内側にある音輪街に防御壁を建設した。
こうして楕円形に築かれていた最後の砦は、その一角を魔王軍に明け渡すことになる。
「なあババンボ、勇者クレイジータイガー……寅吉さんの言った話をどう思う」
僕はババンボの自宅に泊めてもらい、寅吉たちはパアナ二階に部屋を借りた。
隣のベッドで横になる友人は『何の話だ?』だと、勇者一行の再会を祝して開かれた宴席で、酒を飲みすぎて二日酔いのようだ。
頭を抱えている彼に冠水瓶の水を手渡すと、集まったメンバーだけで王塚を取り返せると思うのか問い直した。
「タクミの言う話が本当なら、勇者は十体以上のオークとゴブリンを素手で倒せる力があるんだろう。それに彼の名前で募集すれば、参加する冒険者も一人や二人じゃない」
「ではババンボは、寅吉さんが名乗りを上げれば、王塚を取り返せると思うんだね」
「いいや。王塚を占拠した族長ビッグピーが何を考えているのかわからんが、森に潜んだまま本隊を動かさない。冒険者が旧外周部を徒歩で横断してもモンスターが襲ってこないので、森にドライアドを残して本隊は撤退したと言われていた」
「しかし寅吉さんとタクミさんが、道を外れて魔王の支配地に足を踏み入れたとき、森からオークとゴブリンが尾行した。つまり魔物の森には、まだ王塚を焼き討ちしたビッグピーの本隊がいるのか」
ババンボはベッドに腰掛けて水を飲み干すと、神妙な顔になって話を続ける。
「サンザ。今から話すことは、俺の仮説でしかないのだが、モンスターは池梟から素鴨まで外苑部を通行しても襲ってこないし、内側の音輪を通行しても同様だ。族長ビッグピーが隣接する池梟、音輪、素鴨に侵攻してこない理由は、ドライアドの作った深い森に隠れて、王都陥落の手はずを用意周到に整えているからじゃないか」
「まさか……ロメロでは砦の外で活動する組織とも連携しているけど、魔王軍が森に援軍を送っているとの情報はない。王塚を攻め落としたビッグピーの戦力で、王都に攻め入っても騎士団に返り討ちにされるだけだよ」
「その情報は、スナマリのギルドのものか? それとも川向こうのオオヤミのギルドなのか? どちらにしても魔王軍の支配地で活動しているギルドは、魔王の軍門に下った人間の敵だ」
ババンボの言うとおり、最後の砦の外にも人間の暮らす集落が点在しており、そこで活動する組織もある。
しかし魔王の支配地では、組織の役割が大きく違う。
彼らはロメロのように回復薬や解毒剤、魔導書の解析や装備の流通に携わっていても、その供給先は魔王軍である。
こちらではモンスターを狩る組織に所属している冒険者も、あちらでは集落などで抵抗する同族を制圧する統治者だ。
「地下組織からの情報だよ」
当然ながら魔王に従うふりで、王都に魔王軍の情報を内通する組織もあれば、反乱を目論んでいる集落だってある。
ロメロに情報を流しているのは、そうした集落の地下組織だった。
「まあ情報に嘘がないとしても、陸路を使わずに兵を輸送する手段はある。王塚には、街の中心部に新王塚迷宮の出入口があっただろう」
ババンボは、魔王軍が地下迷宮を使ってモンスターを森に送り込んでいると考えたようだ。
「外界に通じる迷宮は外苑部の真下で、結界と物理防壁で閉鎖されているし、王塚が陥落してからは音輪で迷宮を閉鎖している。地下迷宮を使って、モンスターが移動するなんてあり得ないよ」
「いや、狭い迷宮は防戦が圧倒的に有利だ。奴らだって、わざわざ不利な迷宮から攻め入る気はないだろう。しかし鳴りを潜めている族長ビッグピーは、援軍を招き入れるために王塚の結界を突破しようとしているんじゃないか?」
ババンボの考えは、次のとおりだ。
王塚を魔物の森としたビッグピーは、新王塚迷宮の出入口を使って、人間に悟られずに最終決戦に備えて大軍を招集している。
したがって現在の戦力は、街一つ壊滅したときの数倍に膨れ上がっているのではないか。
寅吉が取り戻そうとしている王塚の土地には、この国に駐屯している魔王軍の総力が結集している可能性がある。
「それが事実なら、僕たちだけで戦えるはずがない」
「あくまで俺の想像だが、調べる方法ならある。音輪迷宮から潜入して、新王塚迷宮の現状を確認する。王塚の結界と物理防壁が健在ならば、臆病な俺の杞憂に終わる」
だとしてもババンボは、街一つを壊滅に追い込んだ戦力を相手にしても、寅吉がいれば勝機があると思っているらしい。
過剰な期待ではないだろうか。
「サンザ、べつに王塚を取り戻す必要はないんだよ。勇者とともに、森のモンスターと小競り合いを演じれば、名を売るための実績としては十分じゃないか」
「ああ、そういう意味か」
「こいつは、構成員を集めるための顔見世興行なんだ」
「そうだね」
「俺が懸念しているのは、藪をつついて蛇を出す。平地に波瀾を起こして、無用な混乱と犠牲を出さないかってことさ……いずれ俺とサンザで作るギルドで、王塚を奪還して再建するにしてもよ、しっぺ返しでご破算だけは勘弁だ」
迷宮探索はロメロを通じて申請すれば許可も出るし、王都の騎士団も王塚の現状を知りたければ、支度金や報奨を寄越すかもしれない。
寝た子を起こすなと言うのならば、魔物の森での戦闘を控えて、事前に新王塚迷宮を調査するのが最善だった。
「え、ダンジョン攻略ですか? 異世界ぽくて、面白そうなイベントですね」
「タクミさん、真面目に聞いてくださいよ……王塚奪還作戦の斥候任務なんです」
僕とババンボがパアナに向かうと、酒場の前の道で談笑しているタクミとサブに出会った。
事情を聞いた遊び人は、新王塚迷宮を調査する意義を理解してくれたが、目付きの悪い銃士はピンときてない様子だった。
「寅吉兄貴がモンスターと出会ったら、ぜってえ戦闘が始まるっすよ。よくわかんねえけど、偵察ってんなら舎弟のおいらの仕事なんすかね」
それでもサブは、危険な斥候任務に志願してくれた。
魔物の森を攻略するときは、素鴨の冒険者に募集を出すとしても、少数で向かう斥候任務は連携の取れるメンバー構成で挑みたい。
「サンザさんは事務方だから留守番で、ダンジョン攻略のメンバーは、魔法職の俺、銃士のサブ、踊り子のモリリン姐さん、武闘家のババンボさんですか」
「たぶん、そのメンバーで問題ないと思います。迷宮内は文字通り迷路になっていますので、僕は地上からダンジョンマッピングの情報を、ワニフォンの位置情報共有アプリを使ってナビゲートします」
タクミはワニフォンを操作すると、位置情報共有アプリを立ち上げて使い勝手を確かめている。
「しかし鰐島さんの作ったワニフォン、完全にスマホで便利だね。あの人は、どんな人脈を持っているんだろう?」
「鰐島さんは仲介者を通じて、中つ国とも取引しているらしいです。エチカに来て一年もしないのに、僕なんかより彼の方が人脈あるんじゃないかな」
僕は魔物の森に攻め入る前に、新王塚迷宮に斥候する準備を整えた。




