第十九話 商人と踊り子の不協和音
「それでなイオリ、どうやら寅吉兄貴は隣街の素鴨にいるみたいなんすよ」
『では、お帰りは早そうですね』
「兄貴たちと合流すれば、帰路は寄り道しねえから三日もあれば会えるっす」
『サブさんには話したいことあるし、お帰りが待ち遠しいです』
「おいらも、早くイオリに会いたいっす!」
俺たちは池梟の村を出て、寅吉と遊び人のタクミが待っている素鴨を目指して馬車の中だ。
サブは俺がやったワニフォンで、歌舞伎街に残した恋人イオリと長電話している。
寅吉の舎弟から駆け出しの冒険者だと紹介された回復術師は、シマ髭の診療所で看護師として働いているらしい。
魔法が使えない……いやいや、ドクターの場合は、俺らと違って覚える気がないだけだろうが、魔法が使えるイオリは使い勝手が良い助手なんだろう。
「鰐島さん、寅吉を居場所をたれこんだサンザという魔法使いとは、何処で知り合ったのよ」
モリリンは、御者をやってる俺の隣に腰掛ける。
どうやらサブとイオリの電話に当て付けられたのか、面白くない顔でぶっきらぼうに聞いてきた。
「ああ、サンザはシマ髭のところにいた魔法使いなんだがね。彼の組織は、ここらで顔が効くらしいんで、寅ちゃんを見つけたらワニフォンに連絡するよう頼んでおいたのよ」
「鰐島さんたちは、女の私が知らないところで動いているのね」
「商売やってると、顔も広くならあね」
「妬けちゃうな……ほんと」
モモリンのやつは、もうすぐ寅吉に会えるって言うのに、なんだか気乗りしない様子だ。
池梟を出立するときは、恋人に会えるとはしゃいでいたのに、おじさんは理解に苦しむよ。
「隣街に行くだけなのに、ずいぶんと時間がかかるのね」
「ああ。素鴨に向かうなら、森を抜けて徒歩の方が早いんだけどね。俺らはさ、馬車を捨てていけねえから内側を遠回りしてるわけよ」
「真っ直ぐいけないの?」
「なんでも昔は、池梟と素鴨の間には王塚って村があったらしい。今は魔王軍のモンスターに焼き討ちされて、瓦礫だらけの森に覆われちまった。そんだから、馬車で近道するのは難しいな」
「そうなんだ」
どうも調子が狂うぜ。
寅吉を探して三人で歌舞伎街を出たのが二週間前、それぞれ村や街に滞在しながら池梟の村で、やっと寅吉の消息が掴めたというのに、なんでモリリンは不貞腐れてやがる。
俺も女心なら一頻り学んできたけど、おかまちゃんの考えていることは、よくわかんねえな。
「あれか? モリリンちゃんは、サブちゃんとイオリちゃんの惚気話に嫌気がさしたのか。だったら、あいつらからワニフォン回収しちゃうけど」
「まさか、私がサブとイオリちゃんに妬いてるわけないでしょう。鰐島さんは女心がわからないから、恋人ができないんじゃないかしら?」
なんでモリリンは、俺に恋人がいないと決めつけたんだ。
俺にだって、そこらじゅうに恋人がいますわ。
だいたい水心あれば魚心、女心も金があれば簡単に買える。
俺は、そうやって女を理解してきたかんね。
「サンザってさ、どんな子なのよ」
「どんな子?」
「だってさ、素鴨と言えば花街だって言うじゃない。そんな街で寅吉と出会った魔法使いなんて、どんな出会い方したか怪しいわ」
モリリンが上目遣いで、俺の顔を覗いてきた。
「ああ、なるほど! サンザは男だよ、男。モリリンちゃんは、寅ちゃんを見つけたサンザと奴の関係を疑ってんだなあ。それならサンザは、異性愛の魔法使いだから気にすんな。って、おじさんは思うよ」
「見た目じゃわからないわよ」
「そりゃそうだと思うけどよ。サンザは組織の使い走りで素鴨に立ち寄っただけで、街で身体を売ってたわけじゃねえんだぜ」
いや待てよ。
寅吉とは小松組の縄張りで商売を始めた頃、親分に紹介されてからの長い付き合いだが、奴が男色じゃねえと断言できるほどの仲じゃないぞ。
サンザにその気がなくても、野郎にその気がねえと言えるのか。
しかし『平成最後の任侠ヤクザ』と呼ばれた男が、繁華街で男漁りなんてするかね。
待て待て待て待てくれよ、ならよ、なんで奴は二丁目のニューハーフのショーパブに通っていやがった。
くそ、頭が混乱してきた。
「鰐島さん、どうかしたの?」
「あ……いや、俺の知る限りサンザは大丈夫だ」
いや待てよ。
サンザは大丈夫だとして、寅吉は大丈夫なのか。
男惚れした奴を疑いたくはないが、俺の肩に手を回してくるとき、奴がとびきりの笑顔を見せていた理由が、友情や親愛の情を超えた何かじゃないと言い切れなんわな。
「鰐島さん、なんか顔色が良くないわ」
「さ、触んじゃねえよ!」
「きゃっ……何すんのさ」
モリリンが額に手を当ててくるので、思わず冷っとした手を払い除けてしまった。
俺としたことが、おかまちゃんに触れられたくらいで何を焦ってんだ。
彼女に悪気がないのはわかちゃいるし、もともとの身体構造はともかく、マカオで手術した今、俺の横にいる踊り子は戸籍上もれっきとした女だぜ。
俺が女に臆してイモを引く理由なんざ、何処にもないってことだ。
「モリリンちゃんもさ、寅ちゃんに会えば誤解だとわかるよ。と、おじさんは思うんだわ」
「鰐島さん、おじさん、おじさんって言うほど歳じゃないよね? いくつなのよ」
「おじさんは、ことしで四十になりました」
「えーっ、寅吉と一回り違うんだ!」
そうだ落ち着け。
年長者の俺が、こんなことで動揺してどうするんだ。
いやいやいやいや、こんなん普通に動揺するよね。
しかし、やっぱりここは動揺しちゃ駄目なところなのよ。
「俺には正直、モリリンちゃんの心配がよくわかんねえんだわ。でもよ、俺の知ってる寅ちゃんは、見境なしに人を口説くような無節操な奴じゃないと思うぜ……おじさんは」
モリリンは目を見開いてから、大きな声を出して笑った。
「ははは、ごめんなさいね。そんなこと疑ってもないし、心配するわけないでしょう。鰐島さんって、意外に真面目なんだもの、思わず吹き出しちゃったわ」
「え、いや、だって、さっき妬けるって……うん?」
笑い涙を指で拭ったモリリンは、俺に手を合わせると舌を出して詫た。
「ほら、私は女でしょう。あの人の周囲に集まってくる男同士の話には、女が立ち入れない場面も増えていくからさ。それが面白くないので、ちょっと意地悪を言っただけ」
「なんなんだよお……おじさんをからかうんじゃないよ」
モリリンが言うには、寅吉に惚れた彼女が猛アピールして恋仲になったものの、付き合うときには心も体も女だったので、奴に男色の趣味があるわけじゃないらしい
ややこしい話だが、そうじゃないと、馬車で寝食を共にするのに困っちゃうわ。




