第一話 ヤクザ転生、魔王のタマ取ったる
「兄貴ッ、寅吉兄貴!」
「サブ……俺は、もう駄目だ……お前は逃げろ」
「しっかりして下さいっ、こんなところで死んじゃなんねえっす!」
俺は小松組で若頭補佐を任されている富田寅吉、組の縄張りにあるキャバクラで舎弟の山田三郎と忘憂していたところ、抗争中の波高組の鉄砲玉に胸を撃たれてソファごとひっくり返った。
フードを目深に被った野郎は震える手で銃口を向けたまま、トドメを刺そうと、俺に覆い被さる舎弟のサブを足で小突いている。
ヤツの狙いは、縄張りを巡って抗争中の若頭補佐であり、俺が死ねば舎弟の命まで奪わないだろう。
俺は最後の気力を振り絞ると、舎弟を背中に隠して両手を広げた。
「サブ……てめえは、このことを組長に報告してこいや」
「でも兄貴、すぐに手当てしないと――」
「俺の命令が聞けねえのかッ、そんなヘタレは破門にしてやるぜ!」
「兄貴!」
鉄砲玉の野郎は、サブを殴ろうとして背中を向けた俺に三発撃ち込んだ。
俺は『早く……いけ』と、舎弟の肩を強く押したとき、フードを捲った鉄砲玉が年端のいかない雌ガキだとわかった。
「てめえ……まだガキじゃねえか……へ、へへへ」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「謝るんじゃねえ……てめえは、小松組の寅吉のタマ取ったんだ。もっと誇らしい顔しやがれ」
波高組は、少年法が適用される子供を鉄砲玉にしたのか。
やることが外道だね。
そして視界が暗くなり、俺は絶命した。
※ ※ ※
俺は血で血を洗う抗争中、波高組の凶弾に倒れた。
それが、渡世に生きた俺の最後の記憶だった。
「死にさらせッ!」
「ぶぎゃーっ!」
オークの土手っ腹に深く挿し込んだ匕首を引き抜いた俺は、膝から崩れ落ちるヤツの顔面を蹴り飛ばした。
今際の際にある化物は、俺の白い背広の上着にしがみつく。
ビリビリと音を立てた俺の一張羅は背中から裂けて、龍の喉に牙を立てる虎の入墨をはだけさせた。
「おお、あれが伝説の聖痕なのか!」
「ありがたやあ、ありがたやあ」
地面に倒れるオークの頭を踏みつけた俺は、色眼鏡を指で下げて背後に集まっている野次馬を睨みつける。
ちんどん屋のような派手な服を着た野次馬は、この世界の住人たちであり、虎の入墨を背負ったヤクザを『勇者クレイジータイガー』なんて呼ぶ一般人だ。
「勇者様、お疲れ様でございました。戦闘で破れた装備は、こちらで新調させていただきます」
「そんなことより、酒と女はどうなってる?」
「ええ……もちろん」
俺にオーク討伐を依頼してきた池梟村の村長は、背広の変わりだとバスローブのような着物を持ってきた。
バスローブに着替えた俺は、煙草を咥えて火を点けると、死んでいる化物にツバを吐き捨てて村の宿屋に戻る。
もみて手をしながら着いてきた村長は、俺に硬貨の入った革袋を手渡すと、村を化物から救ってくれた用心棒代だと言う。
「これは僅かばかりのお礼です……宿屋の方には、酒と娘を用意してありますのでお寛ぎください」
「ああ、また化物がでたら呼んでくれ」
「あ、ありがとうございます」
村長は怯えた顔で頭を下げるが、心底有難いとは思っていない。
ヤクザ者の扱いは、あちらの世界も、こちらの世界も大差なかった。
王都から遠い池梟村には、化物が現れても騎士団は動いてくれない。
村長は、俺みたいなヤクザ者に金と女を差し出して化物を追い払うしかないのだ。
子供の頃から悪ガキで、十五で不良と呼ばれた俺は、鼻摘まみ者には馴れている。
俺が宿屋に到着すると、村一番の器量好しと紹介されたのは、背が低く上目遣いをした亜麻色の髪の小娘だった。
「お仕事お疲れ様です……きょ、今日はいっぱいサービスいたします」
「俺に酌をするのはてめえか?」
「は、はい、セーラと申します」
純朴なセーラは将来有望なキャバ嬢だと思うが、三十代半ばのヤクザ者に充てがうには、十代のションベンくせえ子供だ。
俺に酌をする手が震えて、まるで使い物にならねえ。
「おい、村長」
「勇者様、なんでございましょう?」
「てめえは、俺がロリコンだと言いてえのか?」
「め、めっそうもございませんっ、セーラちゃんは村一番の器量好しでございます……お気に召さないのであれば、こちらのモモちゃんにチェンジします!」
そう言った村長に手招きされたモモは、セーラよりも見た目が若い娘だった。
俺は裏拳で村長を殴ると、床に倒れたヤツの胸元を掴んで引き起こす。
「こんなガキどもが村の器量好しだとッ、ここはロリコン村か! てめえはロリコン村の村長さんなのか! やっぱり俺が、ロリコンだとバカにしてんだな!」
「い、いいえっ、で、では、どのような娘が好みなのでしょうか?」
俺は、宿屋の女主人を指差した。
受付越しに煙管を蒸している女は、俺のご指名にも動揺せず結った黒髪を手で梳かしており、指先をくねらせて微笑んだ。
肝の座った女である。
ヤクザ者の女とは、女の細腕で店を切り盛りするような肝の座った商売女が似合う。
「あんた、女を見る目があるじゃないのさ。この村の男は、女は若けりゃ若いほど良いと思っているんだ」
「いや、この村だけじゃない。どこの世界の男も、女は若い方が良いと思ってやがる」
「あんたは違うのかい?」
「俺は漢だぜ」
切れ長の目をしたアキナ、夫に先立たれた未亡人で女狐のような風貌の女だ。
彼女は俺の背中に手を回すと、いきなり唇を押し付けてきやがった。
俺はアキナを押し返して、テーブルに酒の用意された席に腰掛ける。
「お兄さん、まどろっこしい手間を省いてやるよ。どうせ、私と寝るつもりなんだろう?」
威勢が良い女は嫌いじゃないが、それが過ぎれば興ざめする。
俺は落ち着くように言って、隣の席を叩いて笑った。
「主人には申し訳ないが、責任の取れない女を抱く趣味はねえんだ。俺の隣に座って、酒の酌だけ頼まれてくれるか?」
「わかったわよ」
アキナは俺の横に座ってグラスに蒸留酒を注ぐと、両手を添えてコルクのコースターに置いた。
俺は女主人とのやり取り覗く無粋な村長に手を煽ると、バスローブを脱いで上半身裸となり、女の肩を抱き寄せて酒を一口だけ飲んだ。
彼女は背中の入墨を興味深く眺めながら、波高組の鉄砲玉に撃たれた弾痕に指を這わせる。
「この龍王に噛みつく虎が、魔王を倒す者に刻まれる聖痕なのね。近くで見るのは初めてだけど、ここまで見事な聖痕は見たことないよ」
「俺以外にも、虎の入墨の奴がいるのか?」
「ええ、龍虎の聖痕を背負った勇者なら、前にも部屋を貸したことがあるわ。でも他の勇者の聖痕は、あんたみたいな立派な聖痕じゃなかったね」
「そうかい」
うっとりしているアキナは『この刺突痕は?』と、虎の背を掠める三ケ所の弾痕を撫でる。
「仲間を庇って、抗争中の相手に鉄砲で撃たれたんだ。胸にも一発もらっちまってな……まあそれでこの様だ」
「よく死ななかったわね?」
アキナは俺の胸毛を指ですくと、心臓を貫いた弾痕に目を丸くした。
俺は『死んだに決まってんだろうがッ』と、鼻腔をくすぐる女の色香に些か興奮気味に答えた。
オークとの戦闘で興奮しているところ、妙齢な女に素肌を撫で回されたのだ。
「なんだいっ、急に大きな声出して?」
「アキナ、てめえの雌の匂いを嗅いで滾って仕方がねえ。悪いが、部屋に案内してくれねえか」
「あんたは、責任の取れない女を抱かない主義じゃなかったの?」
「気が変わったんだよッ、くそババア!」
俺はテーブルで煙草を揉み消すと、つべこべ抜かすアキナの口内にヤニ臭い舌を捩じ込んで黙らせた。
強引に後ろ髪を掴まれた女主人は、俺の胸に腕を突っ張って抵抗したものの、鋭い眼光に睨まれて唇を奪われた女は諦めたのか、次第に体を弛緩して俺を受け入れる。
「あ、あんた……酷い男だよ」
「俺をこうしたのは、アキナの責任じゃねえのか? もう面倒くせえ、ここで構わねえから服を脱げ」
「ここで!?」
「黙って脱いでッ、こっちに尻を向けろや!」
「ひ、人でなし……あんたは鬼か」
「おどれはッ、俺のことが嫌いなんか!」
「嫌いじゃないわよ、その強引なところが嫌いじゃないわよ!」
「アキナよ、俺の行く果ては修羅道ぞ……それでも構わねえのか?」
俺はアキナの服の裾から手を滑り込ませると、宿屋に集まっている他の宿泊客に『見世物じゃねえぞッ!』と怒鳴りつけて、椅子を蹴飛ばした。
膝に抱かれた女主人は、俺の鬼の形相を目を潤ませながら見上げている。