第十一話 踊り子のラストステージ
モンスターを率いて魔界から人間界に侵攻してきた魔王は、その傍若無人な振る舞いで諸国を制圧して支配地域を拡大していた。
寅吉とタクミが再会した池梟の村、鰐島とサブの暮らすニュー多窪、シマ髭の診療所のある歌舞伎街など、人間が安心して暮らせる土地は、ほぼ日本の山手線内側程度の限られた地域に限られている。
この地域には、他にも下野、品河、渋屋など、魔王に抗う人間の領地が円形に配置されており、人類最後の砦となっている。
「モモリンさん、街の外壁まできてくれませんか! ゴブリンの奴らが大挙して、渋屋に襲ってきました!」
渋屋の街は人類最後の砦の一つであり、腕に覚えがある冒険者も大勢滞在しているのだが、中でも凄腕と評判の高い冒険者が、異世界から転生してきた踊り子のモモリンこと、元自衛官の森田謙三だった。
「西門のゴブリンは、あらかた倒したわ」
「さすがモモリンさんだ!」
ベリーダンサーのようなアラビア風の衣装を着たモリリンは、渋屋西側から攻めてきたゴブリンの大軍、その最後の一匹を腕挫十字固で倒すと、立ち上がって額の汗を拭った。
「モリリンは、女にしておくに勿体無い冒険者だ。あんたが男なら、魔王討伐のパーティーに加えてやるんだがよ」
大槌で息のあるゴブリンの頭を潰している戦士が、関節技の職人であるモリリンに感嘆している。
しかし彼女は『女にしておくには』との褒め言葉に苦笑いを浮かべると、事後処理を頼んで渋屋中心街のストリップ小屋『ヌイーダの酒場』に戻った。
「モリリンさん、お仕事ご苦労さまです」
「ゴブリンの襲撃くらいで、わざわざ呼び出してほしくないわよね。こっちは、私の体目当てのお客さんを待たせているんだからさあ」
「あなたにとっては、モンスターの撃退よりダンスが重要ですか?」
「そうよ」
ヌイーダの店長は、緊急依頼のゴブリン討伐から帰ってきたモリリンにタオルを渡す。
店長は、素性を明かさないストリッパーを店で雇ってくれた優男で、右も左もわからなかった彼女の後援者でもあった。
「そういえば先ほど、受付でモリリンさんのことを訪ねてきた白衣の男が来ました」
「白衣の男? お医者さんかしら」
「踊り子のことは話せないと断ると、ステージで待たせてもらうとのことです」
「客席に?」
「ええ……今もいます」
ステージの袖から男を確認しようと、モリリンが控室を出ようとしたとき、無表情だった店長が目を見開いて彼女の腕を掴んだ。
「モリリン、私は怖いんだ。なんの前触れもなく現れたあなたが、なんの前触れもなく店を辞めてしまうことが」
「店長……私には恋人がいるわ。でも彼は白い背広が似合う人だけど、白衣なんて着る人じゃない」
「私にはわかるんだ! 客席にいる男は、この世界の人間じゃない。あなたの生まれ育った日本から転生してきた男で、私からあなたを奪ってしまう!」
「店長……ごめんなさい」
店長は『謝らないでくれ!』と、手を振りほどいたモリリンに追いすがったものの、彼女の視線の先に自分がいないとわかって膝を床についた。
「私は、拾ってくれた店長がきらいじゃないわ。だからストリップ小屋でも、満足して踊れたのよ」
「ああ……あなたは、こんな場末のステージで踊る女じゃない」
「そうね、私は女ですらないわ」
項垂れる店長を尻目にステージ袖から客席を覗けば、最前列で全裸の踊り子を見ているシマ髭を見つけた。
ナキコは言っていた。
――あの男の仲間になる踊り子は、モリリンさんしかいない。
だから異世界には、愛する人の仲間が転生しているはずだと思っていた。
シマ髭は仲間の一人であり、彼が自分を迎えに来たのだと思った。
「店長、今夜が私のラストステージだわ」
「ああ……せいぜい盛り上げてみせるよ」
「店長、狡いかも知らないけれど、店長のことは嫌いじゃなかったわ」
「今は、それで十分だ。もしも魔王討伐を諦めるなら、ここに戻ってきておくれ」
モリリンは口元に笑みを浮かべると、店長の頬にキスをして『それはない』と決意を述べてステージに上がった。