第十話 オークブレイカーと呼ばれる銃士
この街の酒場には、オークだけを狩り続ける『オークブレイカー』と呼ばれる冒険者がいます。
異世界から転生してきた彼は、普段着のような服装で狩場に現れて、他の冒険者が三〜四人でパーティーを組んでいる中、単騎でオークを狩るのです。
「その武器は、異界の拳銃ですか?」
「あん? いきなり声をかけてきてなんなんすか」
「失礼しました。私はイオリ、そこのパーティーに同行していた回復術師です。オークの狩場で何度かお見かけしていたので、一度話をしてみたかったのです」
オークブレイカーさんは、私の後方で草むらに腰を下ろして昼食を食べているパーティーを一瞥すると、鼻を鳴らして立ち去ろうとしています。
私は小走りで追いかけると、彼の横を歩きながら話を続けました。
すると立ち止まった彼は、片眉をあげて睨みつけてきます。
私に何か失礼があったのでしょうか。
「イオリつったけ、おいらに気安く話しかけるの止めてくんねえかな? お嬢ちゃんは、さっさと自分のパーティーに戻んな」
「あ、いえ……それがオーク狩りに、回復術しか使えないメンバーは不要だと追い出されまして」
「それで暇潰しに、おいらに声をかけた?」
「いいえ……じつは街から狩場まで、あの方々に同行してきたのですが、私一人では街まで戻るに戻れず困っています」
攻撃魔法のない私は、狩場でパーティーを追放されても帰るすべがありませんでした。
そこで単騎でオーク狩りをしているオークブレイカーさんに、街まで同行させてもらえないか相談しようと思っていたのです。
「ああ、あいつらは初心者の冒険者に声をかけて、狩場まで同行した後にパーティーを追放するんだ。それで街に戻りたければ、自分たちを用心棒に雇えと大金をふっかける。ひと狩り行こうぜ詐欺だな」
「そうなんですか!?」
「回復術師は、初見のパーティーに参加しねえっす。あんた見るからに素人だし、カモにされたんすよ」
「それで、あの方々に用心棒代を要求されたのですね……お恥ずかしい話ですが、駆け出しの冒険者で支払うお金がないと言ったら、他の冒険者を探せと冷たくされたのです」
「それで単騎のおいらのところに? バカにしてんじゃねえよ」
オークブレイカーさんは『サブ』と名乗り、スコープと銃剣付きの拳銃を膝に置いて手頃な岩に座りました。
「イオリが回復術師なら、ちょうど良いから癒やしてくれよ。朝からオークの相手で、体力も残りすくねえっす」
「は、はい!」
サブさんは『魔法便利だわ、癒やされる』と、私の手かざしの奇跡を受けて満足されている様子でした。
彼は隣を叩いて、私も岩に座れと言います。
どうやら私が同行しても、追い払うつもりがないようです。
「オークブレイカー……サブさんは、異世界から転生してきた銃士なのですよね? 異界の拳銃は、そのように拳銃にも狙撃用のスコープや銃剣が付いているのですか」
「いや、おいらの世界には、そもそも銃士なんて職業はないし、スコープ付きも、銃剣付きのトカレフも見たことも聞いたこともねえっす」
「そうなんですか? この世界でも銃士はレア職業ですし、私も詳しくはわからないのですが、スコープや銃剣の付いた拳銃は見たことがありません」
「おいらも他の銃士には合ったことないけど、こいつは必要に応じて改造してる一品物だ」
「必要に応じて?」
苦虫を噛み潰した顔のサブさんは『鰐島さんがよ……』と、拳銃の銃弾を鰐島という方から、銃弾一発1万Gの高額で購入していると言いました。
銃弾一発が1万G、オーク一匹の報奨金が3万Gなので、オーク討伐に三発以上使えば赤字なのです。
銃弾を見せてもらった私は、小さな弾の加工賃が1万Gもしない気がしました。
「だからよ、遠距離で頭ぶち抜くのにスコープがいるし、接近戦で迎え討つなら銃剣が必要ってわけさ。スコープや銃剣の改造には、100万Gかけているっす」
「こんな小さな弾が1万Gもするかしら? もしかしてサブさん、その鰐島さんという商人にボッタクリされていませんか?」
サブさんは『あんだとッ、おいらはてめえじゃねえんだよ!』と、沸騰したヤカンのような勢いで、私の襟元を強く締め上げます。
「おいらが鰐島さんに詐欺られているだとッ、あの人はがめつい男だけど身内を騙すような人じゃあねえんだよ! あの人には、あの人の考えがあるっす!」
「く、苦しい……サ、サブさん、首がしまってます……ギブ、ギブアップです」
私は首を締めるサブさんの腕をタップしましたが、興奮している彼は手を緩めません。
「よく聞けイオリ、おいらバカだから鰐島さんに騙されているのかもしんねえ。でもな、そいつはバカなおいらの変わりに、鰐島さんが何か深い考えてやってることなんだよ。おいらは、バカだから理由はわかんねえけど」
「く、苦しいです……手を……退けてください」
「あ、わりい。興奮して忘れてたわ」
解放された私は自己回復を唱えると、サブさんの友人を詐欺師扱いした非礼を詫ました。
彼も銃弾一発1万Gでは、パーティーに属してオークを狩ることも、銃弾を乱発して狩れないことも、全て心得て単騎に徹しているようです。
「サブさん、私で良ければオーク狩りのパートナーになります」
「話を聞いていたのか? オークを二人で倒せば、報奨金3万Gは半額になるっす」
「ええ、ですから回復しかお役に立てない私の取り分は、報奨金の1割で構いません。それとオークが宝箱など持っていた場合、魔導書やスクロールの類は、問屋の卸値で買い取らせてください」
「まあ回復術師がいればオーク狩りの効率も上がるし、おいらとしては申し分ないっすけど……おいらみたいなチンピラのパートナーで良いのかよ」
「ありがとうございます! オークブレイカーと名高いサブさんのパートナーにしてもらえば、魔法使いとしての実践経験も積めるし、私としては有難いことなのです!」
少し照れたサブさんは『じゃあ今日からよろしく』と、鼻頭を指で掻きながらパートナーに認めてくれました。
それから日暮れまで彼と二人でオークを狩り、すっかり暗くなってから街に戻りました。
私は彼を街に借りた家に招待すると、装備を脱いで私服に着替えた私は、彼と近くの酒場に向かってオークの戦利品を換金して、二人で夕飯を食べてから家に戻ったのです。
「では、サブさんは、こちらの部屋を使ってください」
「え? 俺たちパートナーだろう」
「ですから、こちらの部屋を使ってください?」
今まで紳士的に振る舞っていたサブさんは、私を抱き寄せると、ベッドに押し倒してスカートの裾から手を這わせてきました。
突然のことで青ざめた私の顔は、部屋が暗くて彼に見えていなかったのでしょう。
私の秘所を弄りながら伸し掛かってきた彼は、抵抗することさえできなかった私の唇を奪ったのです。
そして夜明けまで弄ばれた私は、朝日の中で煙草を吸う彼の背中に問いかけました。
「なんで、こんなことをしたのですか……私は、あなたを信じていたのですよ」
「こんなこと? 俺の恋人になりたいと言ったのはイオリっす」
「あ、ああ……そういう意味ではなかったのですが、確かに私が望んだことですね」
サブさんは落ち込んでいる私の頭を抱えるように、抱き寄せて額にキスすると、耳に顔を近づけて優しい声で囁いたのです。
「イオリ、めちゃくちゃ良かった」
「あ、ありがとうございます……サブさん」
公私ともにサブさんのパートナーになった私は今、とても幸せを感じています。