第九話 梅毒は毒消し草で治らない
僕はサンザ、組織のギルマスであるヤオウの腹痛を治療してくれた開腹術師のシマ髭を訪ねて、歌舞伎街の診療所に来ている。
今夜はギルマスの虫垂炎という病気が完治したので、その治療費を支払うついでに、魔法では完治できない病を治す開腹術の手解きを頼むつもりだ。
「俺は、医師免許のないもぐりの医者でね。お前さんが医者を志すのなら、この世界の医者に師事して医師免許を取得するんですな」
「いえ、僕は開業医になろうと思いません。それに、この世界の医者は呪術師のようなもので、シマ髭先生の医術には足元にも及びません」
「この世界の医療は、そこまで原始的なのかね?」
「ええ……僕はシマ髭先生の手術に立ち会って、先生のいた世界の技術の高さに感服しました。どうか一つ、僕に伝授していただけませんか?」
シマ髭は『断る』と、取り付く島がない。
訳を尋ねれば、腹痛と言っても所見により治療法は様々で、学ぶための医学書もなければ、一つのミスが命取りの技術を教えるのが難しいと言う。
「この世界には体力を回復する回復魔法や薬草、それにあらゆる毒を無効化する魔法や毒消し草がある。それらを用いれば、完治せずとも対処療法で生きながらえることができる」
「そうかもしれませんね……残念ですが諦めます」
僕は治療費を支払うと、シマ髭の診療所に置かれた大小様々の瓶を見た。
液体の入った小瓶は、ランプで熱しているものもあれば、物凄い勢いで回転しているものもある。
中には動物や胎児に見える遺体が、薬品漬けになっている瓶もある。
それは、まるで錬金術師が金やホムンクルスを錬成しているようだ。
「シマ髭先生は、錬金術の研究でもなさっているんですか?」
「この世界の植物などから薬効成分を抽出して、薬を作っているんだよ」
「ああ、回復薬や解毒剤ですね」
「いや、主に抗生物質や鎮痛薬だな」
「わざわざ薬を作らなくても、それは回復や痛覚遮断の魔法で良いではないですか?」
「宿無しには、僧侶に魔法をかけてもらう正規の診療報酬が払えない。しかし俺が作る薬であれば、彼らにも安価に提供できる」
「そういうことですか……では、この製薬方法を教えてもらえませんか。うちの組織でも、回復薬や解毒剤を製造してます」
僕は製薬方法を教えて欲しいと、シマ髭に頭を下げた。
開腹術の取得が難しくても、植物から薬効成分を手順どおり取り出すことなら僕にも出来るはずだ。
「俺の世界の薬は取扱いが難しい。モルヒネなどは、乱用すれば麻薬ともなるのだ。人間やめますか、それとも……と言うやつだ」
「人間をやめる魔薬ですか!?」
「そうだ」
シマ髭は僕が肩を落とすと、テーブルに珈琲を置いてくれた。
彼の医術や薬品の知識は、興味本位で学べるものではないらしい。
しばらく先生と雑談していたところに、目つきの悪い猫背の中年男が現れた。
「あれま、本当に先生がいたよ」
「お前さんは、確か小松組の準構成員だったかな」
「ええ。小松親分のご厚意で、縄張りで商売やらせてもらってました商人の鰐島です。街を歩いてましたら、覚醒剤のパケもってるホームレスがいたんで、どこで手に入れたのか聞いたんですよ」
「その宿無しは薬中毒じゃない。俺は、手の施しようのない患者にしかモルヒネを処方しない」
上目遣いになった鰐島とやらは、シマ髭の顔色をうかがうように見ている。
事情はわからないものの、二人はお互いの噂を聞きかじっているが初対面といった様子だ。
「いやいやドクター、俺は覚醒剤の横流しを頼みに来たんじゃないですよ。俺は客の欲しがるものを仕入れて売るのが信条で、薬をやらねえ異世界の連中に、わざわざ販路を開拓するほど熱心じゃねえや」
「ほう。では鰐島、俺を訪ねた理由はなんだ?」
「俺は今、小松組のサブと商いしてんだがね。サブちゃんの話では、俺たちは同じ女に殺されて異世界に転生させられたってんだよ。ドクターは、この与太話の始まり富田寅吉が殺されて、すぐに死んじまったから知らねえんじゃありませんか」
シマ髭は珈琲を追加して、ガラの悪い男に薦める。
僕には二人の会話内容が、さっぱりわからない。
「お前さんも、あの少女に撃ち殺されたのかい?」
「ええ、奴は携帯に電話してきて『自分は異世界から魔王を倒す勇者と五人の仲間を探している』とか、俺が『最後の一人で、何でも入手できる商人だ』とか、薬中毒みてえなこと言うから、金になると思って待ち合わせしたんですがね。会ったとたんに、心臓をズドンですわ」
「そして気付いたら、この世界にいた」
「ドクターも同じでしょう?」
シマ髭が頷くと鰐島は満足したのか、大小の二枚の板切れをテーブルに並べた。
「こいつは中つ国の大連で、俺が作らせた情報端末のワニパットとワニフォンです。定期的に魔力を充電する必要があるんですがね、魔法の使えない俺らでも携帯電話のように連絡できるし、この世界で得た情報も共有できる代物です」
「これを俺にくれるのか……お前さんは、商人だから無料ではないのだろう」
「いいえ。ワニパットとワニフォンは、ドクターに商売抜きで差し上げます。商売ってやつは、損して得とれと心得てます」
「うむ、では有難く頂こう」
鰐島は『ドクター、ここからが本題です』と、渡された魔法道具を白衣にしまうシマ髭に言った。
「俺らは知らねえところで、何やら大きな陰謀に巻き込まれているみたいです。俺を異世界に送った女には『寅吉とともに魔王を倒してくれ』と頼まれました」
「俺にも、似たようなこと言っていた」
「寅吉の舎弟サブは、まだ兄貴分の寅吉が異世界にいると気付いちゃいない様子です。だから寅吉が現れるまで、俺のところで鍛えてやってるんですがね……ドクターは奴が迎えに来たら、どうするつもりです」
「それは、俺が魔王を倒すために、寅吉と行動を共にするか聞いているのか? お前はどうする」
「俺は商人だからね、大商いを見逃すはずねえよ」
僕はサンザ、組織では名が知れた魔法使いだが、世界中の魔物を意のままに操る魔王と戦おうとは思わない。
魔王討伐を企んでいると知れ渡っただけで、魔王は大勢の魔物たちを差し向けてくるに違いないからだ。
したがって魔王討伐を口にする者は、よほどの命知らずかバカだけだ。
「俺は医者だぞ」
「そ、そうですよね……シマ髭先生は医者なんだから。魔王討伐に興味ありませんよね!」
「魔王という名前の病魔、この俺のメスで切り刻んでやろう」
「え……ええ」
僕は思った。
この世界に転生してきた医者も商人も、ただのバカなんじゃないかと。
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