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√ 終末の日は曇り空  作者: 黑雨 咲 / Kurou saki
1st.chapter 『~東国の預言の子~』
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第一章5 『不敗神話を持つ者』


 城下町から緑豊かな平野に出て丘を少し登ると、エストの主城ーーオリエンテ城の正門が見えてきた。日が出てる時間帯は馬車の出入りが盛んなため、正門は常に開かれている。その前では白銀の甲冑を着込んだ騎士たちが、暑い中ご苦労なことに仁王立ちして目を光らせていた。ニアージュは騎士たちの丁寧な敬礼に、笑顔で手を振って応える。


 「城内までは僕が案内しますよ」


 王立図書館で出会った少年衛兵は胸を張る。彼の名前はグライスといい、下級貴族の四男坊らしい。末っ子ということで、引き継ぐ富や土地もないので兵士に志願したという経緯だ。しかし衛兵になったものの、上官から押し付けられるのはどちらかといえば雑用ばかりだそうだ。そんな事情を初対面でも臆せず語るグライスが、ニアージュには少しだけ羨ましかった。


 城内に入ると、白い外衣を纏った文官らしき初老の男が現れる。片眼鏡の奥から、ニアージュを品定めするかのように冷たい眼差しを向けた。


 「では、僕はこれで」


 踵を綺麗に揃えて敬礼するグライスに、ニアージュは「ありがとな」と爽やかな笑みで片手を上げる。


 「それでは将軍の元へ」


 初老の男は平板な声でそれだけ告げると、足早に奥へと踵を返す。面倒事を持ち込むなとでも言いたそうな様子だ。ニアージュは石畳の上を後に続いて歩いた。


 「こちらがルーフス様の私室です」


 城の正門近くの上階、そこの中央にある扉の前で初老の男が立ち止まり低頭する。


 ーールーフス・ロートシュベルト、エスト軍を統べる将軍にして十武神(レドゥマン)の一柱を担う男。


 しかし衛兵を総動員して探していたというくらいだから、大々的な謁見でもするのかと予想していたニアージュは少し驚いた。まさか来賓用の応接間でもなく、将軍の私室に招かれるとは……何か私的な理由ということだろう。


 初老の男がノックし「ニアージュ様です」と一言述べると、扉の向こうからは特に驚く様子もなく「通せ」という軽い返事があった。


 部屋の中へと入ると、そこには赤い外套をまとい腰には一振りの突剣ーーレイピアを携えた長身の男が立っている。歳は20後半くらいであろう。燃え盛るような赤い長髪に、理知的に輝く黄金色の瞳……緋閃のルーフス、噂には聞いていたが実物も相当な美青年らしい。


 「お招きに預かりました、ニアージュと申します」


 そう言ってニアージュは恭しくも頭を下げてみたのだが、ルーフスはその端正な顔立ちに微笑を浮かべて「楽にしてくれ」と答えるだけだった。


 部屋の中にはベッドと小さな円卓、大きめの衣装櫃があるくらいで、一国の軍を率いる者の私室と言う割には質素であった。目を引くものがあるとすれば、床に敷かれた鮮やかな赤い絨毯くらいなものだ。


 ルーフスに勧められ、円卓の傍にあるビロード地の椅子へと腰掛けた。


 「ソンジュ大陸一と呼ばれる傭兵が、まさかこんなに若い青年とは」


 円卓の上で紅茶をティーカップへと注ぎながら、ルーフスは話し出す。武人とは思えないほどに繊細な手つきにニアージュは密かに感心した。


 「私もまさか十武神(レドゥマン)の一人、しかも不敗神話を持つルーフス様にお会い頂けるなんて光栄なことです」


 「はっはっは、世辞はそのくらいにしていただこう」


 ルーフスは楽しそうにひとしきり笑った後、ソーサーに乗せたティーカップを滑らせるように突き出す。視線は対面に座る美青年を捉えたまま、ニアージュが紅茶を一口含んだ。


 「ーーで、俺を呼びつけた用事っていうのはなんだ?」


 普段の口調に戻してそう尋ねると、美しい瞳を閉じルーフスは愉快そうに口元を緩める。円卓の下で、高々と組まれた足のつま先がほのかに揺れた。


 「ふっ、王都でも既に多くの噂が流れていたものでね。ーー例えば、絡んできた輩を剣すら抜かずに一瞬で昏倒させたとか……」


 ニアージュは危うく口に運んだ紅茶を吹き出しかけた。つい昨日の出来事なのに、まさか既にこの国の将軍の耳にすら入っているとは思わなかったのだ。


 「なに、貴方を咎める気はない」


 ルーフスはティーカップの持ち手に指をかけると、これまた優雅な手つきでその縁を口元へと運ぶ。しかし、ゆっくりと開かれた金色の瞳は、その本質を見透かすようにニアージュへと突き刺さった。


 「ただ、私も興味があってね……」


 ニアージュは、思いがけず息を呑む。今までも数々の武人や賢人と会ってきたが、ここまで形容し難い圧力のようなものを感じさせる者は珍しい……どうやら甘く見ていたのは自分の方かもしれないな、と人知れず心の内で反省したのだ。


 「ーー興味?」


 そう尋ね返すと、ルーフスはその端正な顔立ちに、これまでとは違った鋭い冷笑を湛える。


 「救国の英雄の力がどれほどのものか、と」


 ーー救国の英雄、それはニアージュの数ある呼び名の一つだった。彼を大陸一の傭兵と呼ぶ者は多いが、救国の英雄と呼ぶ者はほとんど存在しない。そもそもその呼称すら知らない者が大半だろう。そしてそれは往々にして、ニアージュがもっとも嫌う自身の呼び名でもあった。


 「……ほう」


 必然、ニアージュの漆黒の瞳の奥に陰りが現れる。それは怒りによるものか、憎しみによるものか……あるいは一抹の恐怖かもしれない。とにかく、その言葉で二人の間には明らかな殺気が漂い、その緊張感たるや、この部屋にもしも子供などいようものなら、泣き叫んで母親に助けを求めだしてもおかしくないほどだった。


 「はっ」


 意外にも、先にその殺気を和らげたのはニアージュの方だ。ルーフスの発言は明らかな挑発であると受け取ったものの、それにわざわざ乗じてやるのも馬鹿らしいと感じたからだ。それに理由は分からないが、この長身の美青年がニアージュの力量を正確に推し量りたいのというのも本音だろう。その証拠にこちらが笑い飛ばすとーー


 「ふっ、いささか失礼な物言いだった。詫びさせてくれ」


 ーーと、ルーフスもまた微笑を浮かべたのだった。


 「幸い、俺もあんたの強さには興味がある」


 ニアージュが髪をさらりとかき上げ、傲然とした顔つきに不敵な笑みを浮かべる。単刀直入に言えば、ニアージュは戦闘狂であった。いや……彼の異質さを形容するには、それはもはや相応しい表現ではないだろう。正確に言えば、強者であり続けることに対して貪欲なのだ。


 「ならば話は早い」


 そう述べたルーフスの瞳には、既に凄まじいほどの闘気が宿っている。ともすれば、この赤髪の美青年もニアージュに近い性質を持っていた。小国とは言え、彼も若くして一国の総戦力を率いる将軍である。打ち立てた武功の数々も、一騎士としての腕前も並みのものではない。何より彼は十武神(レドゥマン)の一柱なのだ。


 「よし、じゃあどこでやる?」


 その言葉は「じゃあ、今夜はどの店で飲む?」くらいの気軽さだった。勿論、ニアージュの言葉は「どこで戦うか?」という意味である。二人の頭の中では、既に剣を交えることは決定しているのだ。本来であれば仮にも将軍の身で、たかが傭兵と私闘を演じるなんてあってはならないーーはずなのだが、「大陸一の傭兵」と呼ばれるニアージュが相手であれば、ルーフスにとってはむしろ名誉なことだろう。


 「オリエンテ城の裏手にある、練兵場は如何かな?」


 「俺はどこでも構わないさ」


 ニアージュは両手を小さく広げて答える。


 ーー不敗神話、ルーフスは生涯で一度たりとも敗北を喫したことはなかった。戦や決闘はもちろんのこと、魔物の討伐に、果てはボードゲームのような娯楽ですら……だ。もう一度、目の前に座る不遜なふるまいをする黒ずくめの青年を見やる。


 今日がもしかしたら不敗神話の幕引きかもしれない。そんな予感がふっと頭を過ぎり、だがすぐに振り払った。もちろんルーフス自身、負ける気は微塵もないはずなのだが……それほどニアージュという男から未だ測りきれない力のようなものを感じたのだ。




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