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√ 終末の日は曇り空  作者: 黑雨 咲 / Kurou saki
1st.chapter 『~東国の預言の子~』
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第一章4 「終末へと導く巫女」


 ーー遠い、遠い昔の日のことです。「星の民」と「大地の民」はお互いに助け合い、慎ましく暮らしていました。「星の民」はとても聡明で優しく、「大地の民」はとても逞しく穏やかでした。


 彼らの暮らす集落の中央には大きな川が流れており、夜になったら「星の民」と「大地の民」は東西の岸に分かれて眠りにつきました。「星の民」と「大地の民」はお互いが良き友でしたが、その血が決して交わることはありませんでした。それはこの集落の決まりであり、太陽が定めた掟だったのです。


 ある日、それは大きな雲が空を覆い隠していたそうです。集落に新しく元気な赤子が生まれます。赤子は女の子で、雪結晶のように美しい銀色の髪を持ち、「大地の民」のように力強い褐色の肌、「星の民」のように理知的な緑色の瞳をしていました。


 赤子を生んだ娘の家族は、彼女が掟を破ってしまったのだと気付きます。しかし、彼らはとても優しい心を持っていました。赤子と娘と男の三人を、集落の外へと逃がすことにしたのです。娘には幼い頃から兄のように慕っている友人がいました。彼は首長の息子であり、娘と男の逢瀬の手引きをしていた者でもあります。友人は赤子の存在を知ると、三人を逃がすことに協力すると約束しました。


 それは青白く輝いた満月が、穏やかな川の水面に映る美しい夜でした。娘は赤子を連れ、友人に言われた通りに川を渡す大きな橋の中腹へとやってきます。そこで待っていたのは赤子の父親ではなく、首長とその息子である友人……そして何人かの民でした。


 まず初めに赤子と娘と男の三人を除いた、赤子の家族たちが首を斬り落とされました。煌々と照る太陽の光が、穏やかに揺れる川の水面にキラキラと反射していた日のことです。そして、禁忌を犯した娘と男は手足を縛られ、東西の岸でそれぞれ磔にされます。


 日に日に衰弱していく娘でしたが、ある日友人であったはずの首長の息子に、どうか赤子だけは助けてくれないかと懇願しました。それは赤子の父親がかつての親友に託した最後の望みでもあります。そしてとうとう、娘と男は言葉を交わすことすら叶わず亡くなりました。


 首長は、赤子の心臓を翌年の太陽祭に捧げるつもりでした。しかしそこに息子が現れーー「赤子は特別な力を持っています。私に預けていただければ、必ずや民の暮らしを豊かに致しましょう」と言います。事実、赤子は生まれつき「火、水、土、風、雷」を意のままに操る不思議な力を持っていました。首長は息子のことを非常に信頼していました、なので赤子を息子に預けることにしたのです。


 赤子は「大地の民」のように穏やかで、「星の民」のように優しい子に育ちました。集落の人々は決して彼女に近付こうとしませんでしたので、親しいと呼べる者は首長の息子のみでした。


 やがて首長が亡くなります。そして新しい集落の首長には、その息子が選ばれました。新しい首長は娘を巫女とし、その力を集落の新しい信仰にすると決めます。すると集落は、かつてのように太陽に救いを求める者と、巫女の力に従う者に分かれました。


 巫女の力はとても強大です。手をかざせば火が起こり、地を踏めば家が建ち、空を見上げれば雲が晴れ、手を組めば雨が降りました。そうして集落はとても豊かになったのです。しかし民たちの間では、小さな争いも起きるようになりました。


 ある夜、首長の家が一部の民たちによって襲われます。巫女は力を以ってこれを退けましたが、首長は大きな傷を負ってしまいました。死の床に伏せる首長は、最後の力で巫女に語りかけますーー巫女の両親はかつての友人であったこと、巫女の生まれが禁忌であること、自分が二人を裏切ったこと……その言葉のすべては、最期の最後まで、巫女の両親へと向けた謝罪で埋め尽くされていました。


 巫女は既に知っていました。ーー巫女の肌が「大地の民」と同じであること。ーー巫女の瞳が「星の民」と同じであること。ーー巫女の本当の家族がいないこと。ーー巫女の生まれが禁忌であること。


 彼女にとって、そんなことはどうでも良かったのです。首長は巫女に喜びや悲しみも、様々な思い出を与え、育ててくれたのですから。


 頬を大粒の涙が流れていきます、巫女はただ哀しいだけでした。自分の存在が父親を苦しめていたこと、自分の力によって民たちが争ってしまうこと、父親が自分を育てたのは、かつて友人への贖罪でしかなかったこと……。


 巫女は自ら命を絶ちました。ーー叶うのであれば、どうか民たちが、かつての安らかで穏やかな平和を、ふたたび享受できることを祈って……。


 しかし、首長と巫女を失った民たちの暮らしは貧しくなり、隣人も、友人も、兄弟も、親子でさえ、民たちは争うようになります。小さな争いはさらに大きな争いとなり、やがてそれは殺し合いとなりました。


 太陽はその惨劇を、ただ見ていることしかできません。やがて集落の人々は三人の兄妹だけになりました。しかし、その兄妹たちももう、長生きすることはできないのです。太陽はとても心を痛めました。そこで月と星にもお願いし、すべての力を使って世界を作り直すことにしました。


 太陽は民たちの体から「大地」を作り、月は流れ出た血から「海」を作り、星はこぼれ落ちた涙から「空」を作りました。民たちの魂からは「人間」が生まれ、巫女の魂は「太氣(チャクラ)」として新しい世界へと解き放たれました。そうして最後に残った力を三人の兄妹へと託し、聡明な長男は太陽、心優しい長女は月、明るい次女は星となったのです。


 ーーソンジュの伝承 『終末へと導く者』




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 王都へと入る大門から石造りの大通りをまっすぐ進むと、丸く広がった城下町の中央区へと出る。そこに建つ王立図書館にニアージュは赴いていた。手に持つ黒表紙の本の背には「ソンジュの伝承」と書かれており、中には世界各地の伝承がまとめられている。


 そして読み終えたのか「ふん」と鼻を鳴らすと、わざわざ大きな音を立てて本を閉じ、無造作に棚へと戻した。近くを歩いていた司書官らしき女性が、注意するかのように大きく咳払いをしたので、ニアージュは爽やか笑みを投げかけて誤魔化す。ーーすると司書官の女性はなぜか頬を赤らめ、もう一度……次は控えめに咳払いをした。


 「くだらん」


 率直にして簡潔な感想だった。この話自体は童話にもなるほど有名なお伽話なのだが、ーー集落の掟とやらも、それを破る男女も、二人を裏切る友人も、自ら命を絶つ巫女も、争いを止められなかった民も、そのすべてがことごとく気に入らなかった。


 しかし自分の行動を振り返ると、独りでに笑みがこぼれる。依頼内容にここまで興味を持ったのも、随分と久々かもしれない。ニアージュ顎に手を当て、改めて考えて直す。


 いくつかの伝承を読んでみたが、「預言の子」という言葉には行き当たらなかったのだ。実は「終末へと導く者」というお伽話には、他にもいくつかのパターンがある。中には首長を亡くした巫女が、集落を滅ぼすものもあるほどだ。昨日見た少女の姿が微かに脳裏に浮かんでくる。


 人間の心が合理的に出来ていないことは、ニアージュが一番よく知っていた。例えそれが伝承やお伽話とはいえ、現実に同じ特徴を持つ者がいれば、恐れてしまう……それが人間というものなのだろう。


 ーー馬鹿馬鹿しい、巫女と容姿が似ているから何だというのだ。大陸の南方の人々は元より褐色の肌を持つし、北方に住む人々の中では緑色の瞳は決して珍しくない。たしかに銀髪の髪を持つ人間は、ニアージュもあの少女以外は見たことがないが……。


 そこまで考えたところで、ニアージュは小さくため息を吐く。単なる依頼対象に過ぎないのだ、そこまで詮索してやる義理もなければ、必要性もない。しかし、明らかに納得いかない点もある。


 依頼を持ってきた不審な赤いローブの男、少女を取り囲んでいた白いローブの一団、そして莫大な報酬金……それはニアージュが今までこなしてきた、理不尽で無理難題に見えたどんな依頼とも違う。少女を見守り、殺せだと? はっきり言えば、そんなことは簡単すぎるのだ。報酬金と依頼の難易度が釣り合っていない。


 「……裏がある」


 無意識に呟いてしまった。そう、今回の依頼は今までのどれとも違うのだ……一言で表すなら「奇妙」である。たかが少女一人を殺すだけなら、あれだけの資金力を誇る依頼主だ。わざわざ傭兵に頼まずとも、どうとでもなるはず。


 護衛にしたって、いくらニアージュが大陸一の傭兵と言えど、たった一人の人間に依頼するよりも、護衛隊を組んだ方が安全に決まっている。何より依頼内容をそのまま果たすだけなら、捕まえてどこかに監禁し、時が来たら殺せば良い。


 ーーやはり、確かめるしかないか。ニアージュの結論は、最初の頃から寸分も変わらなかった。


 ふいに視線を感じ、ニアージュは背後へと振り返る。すると向こう側から、重そうな鉛色の甲冑をまとった、衛兵らしき者が向かって来た。衛兵の背丈はニアージュより低く、足取りは不恰好だがまっすぐとニアージュへと歩いてくる。


 「……はぁ……はぁ……ニアージュさん、ですよね?」


 衛兵はニアージュの前までくると両手を膝につけ、息も絶え絶えに尋ねてきた。想像以上の甲高い声に兜の下を覗くと、少年のような顔があるーーというか少年だ。


 「あぁ、俺はニアージュだけど、何か用か?」


 「よかった……黒い変な格好の人って聞いていたから……あっ」


 少年衛兵は慌てて口をつぐんだが、時既に遅しだった。ニアージュは一瞬、ムッとした表情になった気もするが、すぐに尋ね返す。


 「どうして俺がここにいるって分かった?」


 その問いに、少年衛兵は少し慌てた様子で答えた。


 「あ、えーと衛兵みんなで探してまして……その……」


 口籠る少年衛兵に、ニアージュは首を傾げる。衛兵が自分を探す理由、白いローブの一団とやりあったことか、もしくは居住区の酒場で暴れた件か……あるいは、王都周辺にいた盗賊団を返り討ちにしたことについてかもしれない。とにかく、それ以外にも心当たりがありすぎて絞れなかったのだ。


 さて、言い訳するか逃げるかーーなどとニアージュが呑気な顔で悩んでいると、少年衛兵は申し上げにくそうに口を開いた。


 「あの……将軍様に謁見していただきたく……」


 将軍? 思わぬ人物にニアージュは驚いた。エスト国の将軍と言えば、十武神(レドゥマン)に数えられるほどの人物だ。


 ーー十武神(レドゥマン)、千年以上も昔に大陸中を恐怖へと陥れたドラゴン。それを討伐した10人の騎士をそう呼んだのが始まりで、今では大陸で英雄的な活躍をした武人に送られる称号だ。そもそも同じ時代に十武神(レドゥマン)の称号を持つ者が10人も揃うこと自体が稀であるのだが、とにかくエストの将軍はそのうちの一人なのである。


 ニアージュの郷然とした顔に太々しい笑みが広がる。普通の人であれば、十武神(レドゥマン)と聞けば恐れ慄くはずなのだが、ニアージュは不遜にも「ふむ、どれほどの腕か見てやろう」という好奇心を持ったのだ。そんなわけで、少年衛兵に連れられニアージュはエストの主城、オリエンテ城へと向かうのである。




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