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√ 終末の日は曇り空  作者: 黑雨 咲 / Kurou saki
1st.chapter 『~東国の預言の子~』
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第一章3 『預言の子と沈む者』


 スラム街は外界へと続く大門と城下町を渡す大橋の下にあった。土がむき出しで舗装されていない歩道の端には、屋根代わりに布を被せただけの貧相な小屋が密集している。時々すれ違う住民たちの目は、一体どこに焦点を合わせているのかすら分からない。


 「あいつらはヴァンフォマージュって言って、この辺じゃ有名なゴロツキ連中なんだよ」


 ヒイロは飛び跳ねるようにして目の前へと出てきた。何がそんなに嬉しいのか、軽やかにステップさえ踏んでいる。


 「あのペライユっつー斧持ってた男は憲兵崩れで、腕っ節だけならここいらで敵う奴はいねーんだ」


 後ろで束ねた鮮やかな赤髪が、左右へとテンポよく揺れていた。ヒイロは宙を殴るように拳で空を切ると、振り返ってキラキラと目を輝かせる。


 「それを瞬殺ッ!」


 楽しそうにくるくると体を回し、真上からかざす陽の光を集めるように両腕を天へと広げた。視界の隅に映る道端に座り込んだ老人は、ぼんやりと空に思いを馳せている。


 「兄ちゃんって強いんだなー」


 それはまるで、子供が童話の英雄に向けるような純粋な眼差しだった。目を逸らすと、二羽の黒い鳥が寄り添いあってうずくまっているのが見えた。ーーいくら強くたって、誰も助けることなんてできない……。


 「なぁ、預言の子って聞いたことあるか?」


 そう尋ねると、ヒイロは顎に手を当てて訝しむような表情を浮かべた。


 「預言の子……兄ちゃん、流れ者なのになんでそれを知ってるんだ?」


 市場で会った武器屋の店主が言っていた通りだ、この街は少女ですら「預言の子」という言葉をあまり好まないらしい。


 「俺はそいつに用がある」


 ヒイロはその答えを聞いて、何か考え込むように視線を足元に落とした。


 ふと視界の向こうに、純白のローブをまとい奇怪な仮面をつけた異様な集団が現れる。その一団は周囲の様子には目もくれず、まっすぐとした足取りで道の奥へと進んでいった。


 「怪しすぎるな……」


 ヒイロがニアージュの視線の先へと振り向くと、白いローブの奇妙な一団は姿を消していた。どうやら随分と先を急いでいる様子らしい。そして彼女が再びニアージュの方へと向き直ると、彼の姿はもうそこにはなかった。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 ニアージュは尾行に関してならそこそこの自信がある。しばらく歩くと、白いローブが曲がり角の向こうで翻るのが見えた。一旦目を瞑り、聴覚と嗅覚を研ぎ澄ませて周囲の様子を探る。あの一団の向かっていった方向を除けば、辺りに人の気配は感じられない。どうやら周囲をまったく警戒せずに進んでいるようだ。


 一言で表せば、それはただの勘に過ぎなかった。普段なら多少怪しい集団を見たくらいでは、「あー、今日も退屈な一日だなあ」と気に留めることすらないだろう。勘ーーだがそれは、ニアージュが培ってきた経験と、無意識下における鋭い洞察から導き出された確かな予測でもある。


 「……預言の子」


 誰かがそう呟く声が聞こえた。できる限り息を潜め、物陰から慎重に顔を覗かせる。


 「預言の子よ……」


 白いローブを纏った奇妙な一団に囲まれるように、みすぼらしいフードを被った少女が物小屋の陰に座り込んでいる。フードの下には美しい銀色の髪が見え隠れし、服の陰からは痩せ細った褐色の手足がすらりと伸びていた。歳は20に満たないはずだ、少女の虚ろ気な緑色の瞳は足元の一点だけを見ているようだ。


 「おいおい、本当に花を売ってんのかよ」


 思わず声に出してしまった。銀髪の少女の足元に敷かれたボロ布の上では、彩り豊かな花々が水瓶に飾られている。


 「何度も言わせないで、そんなもの知らないわ……」


 「災厄が迫っております、どうか女神様の下へ」


 白いローブを纏っている長身の男が片膝をつき首を垂れた。すると、他の者たちもそれに習うかのように跪く。


 「心よりお願い申し上げます、世界の救済を……」


 「……」


 銀髪の少女は視線すら動かさずに黙り込んでいる。ーー災厄、女神、世界の救済……思いもしなかった言葉の数々に眉をひそめる。あの貧相な体をした少女が、依頼主の言っていた「預言の子」なのだろうか。


 不意に背後から視線を感じ、鞘からロングソードを引き抜いた。剣をゆっくりと構え、暗闇の先へと目を凝らす。


 「誰だ?」


 そう尋ねた瞬間、暗闇の奥で風が舞ったかと思うと、そこから見覚えのある赤毛の少女が姿を現した。


 「驚いた! お兄ちゃん、あたしの隠れ蓑(ルフト)に気付くなんて」


 隠れ蓑(ルフト)ーー自分が発する音や匂いを消す魔唱(マントラ)。とても繊細な太氣(チャクラ)の制御が要求され、一概に風の魔唱(マントラ)の心得があると言っても、隠れ蓑(ルフト)が使える者はごく僅かだ。


 「美女の水浴びを覗き見でもしてんのか?」


 軽口を叩きながら近付いてきたヒイロに、前へ出すぎないよう手で制止した。


 「しっ、声を小さく」


 再び白いローブの一団へと目を向けると、うつむく銀髪の少女の胸元から長い耳と白い毛皮を持つ生き物が顔を出している。真っ赤な目が陽の光にきらりと反射した。あの少女の飼っている生き物だろうか?


 「あいつら、また現れやがった……」


 ヒイロが険しい顔で呟く。どうやらスラムに白いローブの一団が現れるのは、今回が初めてじゃないらしい。


 「ならば力尽くでお連れすることになりますが、よろしいですか?」


 そう跪いていた一人が言うと、白いローブの一団は一斉に立ち上がり、その周りをうっすらと太氣(チャクラ)がまといはじめる。


 「あいつら、全員魔唱(マントラ)が使えるのかよ」


 ニアージュが物陰から身を出そうとしたところで、「待って!」という声と共に腕を強く掴まれた。振り返ると、ヒイロが上目遣いに心配そうな顔を向けてくる。


 「そいつらには関わらない方がいいって!」


 この少女は本気で心配してくれているのだろう、ヒイロの頭の上にポンッと手を置いた。穏やかなはずのこの国で疎まれる「預言の子」……赤いローブの不審な依頼主に、白いローブの奇妙な集団……本当に厄介な仕事を引き受けてしまったなーー我ながら苦笑がこぼれる。


 「そうだな、お前は帰ってろ」


 少女にそう告げた瞬間「うわっ」という声が響き、背後へと振り返った。


 そこで目にした光景にニアージュは驚く。いくつもの渦を巻いた水柱が立ち上がっており、それらが白いローブの一団を次々と吹き飛ばしていく。ーーあの銀髪の少女の魔唱(マントラ)だろうか?


 「やれやれ……」


 白いローブを纏った長身の男が懐から剣を取り出した。迫っていく水柱をうっすらと炎を纏った剣が貫くと、途端に水柱は蒸発して消えていく。


 「御身のためでもあるのですよ」


 長身の男は水柱を難なく斬り払い、やがてすべての水柱が蒸発すると、座り込んだままの少女の元へと歩みだす。そしてヒイロが瞬きした刹那、ニアージュの腕を掴んでいたはずの手は空気を握っていた。


 「たかが女の子一人に、随分と人が集まってるな」


 銀髪の少女の前で立ちはだかるように、ロングソードをまっすぐと構えたニアージュが不敵な笑みを浮かべている。ヒイロの目には一瞬、うつむく銀髪の少女の目が驚きに見開かれたように映った。


 「貴様、何者だ?」


 長身の男がそう尋ねると、黒い閃光がジリリと鋭い音を響かせ空気を裂くように突き進む。


 「ただの流れ者だ、よっ」


 ニアージュと長身の男は目にも留まらぬ速さでお互いの剣先をぶつけ合った。ニアージュは何度か斬り結びながら上手く懐へと潜り込むと、低い体勢から上方へと男を蹴り上げる。そのまま吹き飛ばされた長身の男は、空中で一回転すると綺麗に着地してさらに距離を取った。


 「黒い……雷……」


 仮面の奥から唸るような声が聞こえた。表情は読めないが多少は動揺した様子が伺える。長身の男が剣を構え直すと、その背中から竜の翼を模ったように炎が渦巻いた。


 「手加減はしない方が身のためだぜ」


 ニアージュが涼し気な笑みを浮かべた直後、今度は豪炎が風を切る爆音と共に一直線に走る。刹那、鉄を打ち砕くような高音が何重にも響き、ニアージュと長身の男が剣腹を合わせた。鍔迫り合いをしながら二人は睨み合う。


 「それはお互い様のはずだ」


 長身の男が力任せに相手の剣を弾くと、幾度となく剣を打ち合う音が響き、今度はニアージュを壁際まで押し込んだ。しかし首筋へと突き立てたはずの剣先はかろうじて逸らされ、煉瓦で出来た壁に深々と刺さっている。


 「……どこまで知っている?」


 そう尋ねられたニアージュは太々しい笑みを浮かべてふらっと姿を消し、そして次の瞬間には長身の男の頭上でロングソードを大きく振りかぶっている。


 「なるほど……面白い魔唱(マントラ)の使い方だ……」


 「ッ!」


 落雷のような轟音と共に振り下ろされた剣先は地面を大きく抉り、ニアージュの降り立った大地は放射状に亀裂が広がっていた。


 「貴様の本気を見せてもらおうか」


 長身の男はさらに大きく距離を取り、その全身を青い炎の衣が包んでいく。ニアージュは黙って剣を構え直すと、その持ち手からは何かが弾けるような音とともに黒い稲妻が溢れ出した。


 「おやめなさい」


 どこからか鈴の音のような女性の声が響き渡る。すると長身の男はすぐさま殺気を解き、剣を鞘に納めた。


 「あんたらは何者だ? 予言の子ってなんのことだ?」


 ニアージュの問いに対して、女性の声は消え入るような声で答える。


 「これも運命ですね……」


 辺りを見回すと、白いローブを纏った者たちは次第に背後の景色に空気のように溶け込み始めている。


 「あなたにサンサーラの導きがあらんことを」


 「おい、待て!」


 ニアージュは鋭い声を上げたが、既に白いローブの一団の姿は見えなくなっていた。人の気配もなくなっている、どうやら不可視や幻惑などの魔唱(マントラ)の類ではなさそうだ。


 「原罪(サティヤ)か」


 そう小さく呟き改めて背後へと振り返ると、銀髪の少女は膝を抱えるようにしてうずくまっている。少女の小さな肩に乗った長耳の白い生き物に目を向けると、こちらの出方を伺うかのように首を傾げた。


 「……大丈夫か?」


 そう尋ねてみたが、少女は膝を抱える手に力を込めたくらいで黙り込んだまま何も答えない。よく見ると足元にあった水瓶は倒れ、飾ってあったはずの花がそこら中に散っている。


 「ほっといて……」


 ただ一言、少女は震える声でそう呟いただけだった。長耳の白い生き物はもう一度こくりと首を傾げ、不思議そうにこちらを見ている。舞い散った花びらはとてつもなく鮮やかで、ニアージュはそれがどうしようもなく綺麗だと思ってしまった。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 城下町にある宿屋へと戻ると、寝室の机の上にはずっしりと重そうな巾着袋が置かれており、傍には数字の書かれた置き手紙が一通ある。袋の中身を確認する気は起きなかった……ニアージュは服も着替えずにベッドへと横たわる。ふと窓の外を眺めてみたが、今夜の星空の中に月の姿はないようだった。


 ーーあの少女の元から立ち去った後ヒイロから聞いた話によれば、あの白いローブの連中は自らを「沈む者(クーシェ)」と名乗っているらしい。ニアージュは今までも様々な組織を耳にしてきたが、その名は初めて聞くものだった。


 目を瞑ると、あの少女の姿が瞼の裏へと浮かんでくる。陽光に煌めく白銀の髪……土で固めたような褐色の肌……深淵の底を見据えるような深緑の瞳……この世界の者なら誰でも知っているーーそれはお伽話に出てくる、世界を終末へと導く巫女の姿だ。


 「嫌な依頼を受けちまったな……」


 窓からはうっすらと青い星の光が、冷たく部屋の中へと差し込んでいる。「関わるな」と言い含めておいたが、ヒイロはあの後も銀髪の少女のことを随分と気にしていた。依頼を持ってきた、赤いローブを纏った男の言葉を思い出す。


 ーーある人物を護衛してほしい。


 そして、然るべき時が来た時……


 ーーその人物を殺してくれ。


 宿屋の外は不思議なほど静寂に包まれている。大陸の東端にある小国エスト、世界で最も穏やかな夜が過ぎていくこの国で、この日ニアージュは徐々に深い闇の底へとまどろんでいった。




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