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他界窓口  作者: 正守証
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『コウスケ』

 一週間後、僕は正式な無職となった。しかしそのせいで、妻とは喧嘩してしまった。というより、未だに喧嘩している。喧嘩、というよりは、ある種、一方的な立腹だが。

 もうじき子供が産まれるため、離婚なんてことは当然出来ないのだが。だからこそ、妻は腹を立てているわけだ。

 時刻は十時を回っていた。妻は、無職なら、料理を作る暇くらいあるでしょう、そう言い残して外食に行った。仕方なく、僕も外食に出かける。

 と、適当な飯屋を探していたところで。奇妙な、老人よりも老人らしい老人が、道路で詩を歌っていた。近寄ると、詩ではないことに気づいた。

「魔法陣が、ぐる、ぐる、ぐる。一周廻って、また戻り、またまた戻り、アナタの許へ。切っても切れない紅い糸、道路でばたりと、あらアナタ。地球は闘争、宇宙から見りゃそりゃ不純物。人類滅亡、あらヘイワ。ようやく平和の地球にさ、さぁさ、さようにさようなら」

 聞き慣れた文句だった。許してはならない文句だった。

 職業病か、すぐに老人へ尋ねた。

「あ、あの。いまのって、まさか、」

「おや。興味がおありで?」

「い、いや、そういうわけじゃありませんけれど。しかし、それは、」

「ああ、そうさ。十四年前に死刑が執行された湊本洸丞が立ち上げた宗教団体、『真理教リーリフ』の信者に配られる、テキストブックに記載された一文だよ。知っているのかい」

「まあ、少しだけ」

「もしかして、興味があるのかい。あ、まさか『自然を守る会』のヒト?」

「それは、どういうもので」

「あ、ああ、いやいや、知らないのなら構わないさ。話を戻すけど、どうしてこの一文を知っているんだい」

「職業柄で、少し」

「‥‥‥‥‥‥」

 何か勘付いたようで、老人は黙って、そそくさと闇夜に消えていった。

 恐らく、「真理教リーリフ」の生き残りだろう。信者のほとんどは、十五年前の大量虐殺で、有罪判決を下されたはずだが、その残党というわけか。もう警察ではないのだし、無理に捕まえる必要はないだろう。

 それにしても、「自然を守る会」か。気になるな、あとで調べておこう。


「或いは、ボクが死ぬのは必然だったのかもしれない。人類は一人残らず、他界への窓口に並んでいて、順番が来たら死ぬのかもしれない。産まれる、ということは、他界窓口に並ぶということなのかもしれなかった、‥‥‥か」

 作家宮崎が最期に残した小説、「他界窓口」の最後の一文が、妙に引っ掛かっていた。それまで現実的な内容だった小説が、唐突に「他界窓口」などという訳の分からぬ、信憑性の欠片もない言葉を作り出し、やけに悟ったような文面の、この一文。そして同様に、全く手掛かりが見つからずにいる「自然を守る会」の存在も、引っ掛かって仕方がない。

 子供のころから、異常なほどの正義感だったように思う。中学生のころ、「戦争をなくすには」なんていう、およそ自分にはどうすることもできない問題を真剣に悩んでいたりとか、困った人間を見かけたら放っておけずにはいられなかったりとか。

「酒でも飲みに行こう」

 このままでは、恐らく妻にも逃げられるだろう。そんな不安を抱きながらも、行動を起こすことなどできなかった。


 あの老人だ。あの老人を見つけた。居酒屋へ向かう途中、先日と同じところに、先日と同じように、彼はぶつぶつと呟いていた。「真理教リーリフ」の、あの文を。

 隠れて様子を伺っていると、数分後に二名の男がやってきた。待ち合わせをしていたようだ。

「ようやく来たのかい。昨日は悪かったね。変な男にリーリフのことを色々と問われたのだけれど、警察ではないかと思って逃げたんだよ。用心して、この場所には戻らなかった」

「ああ、いえいえ。構いません。ところで、桂木圭太が亡くなったそうです」

「彼も、か。まったく、宮崎に続き、湊本洸丞の息子ばかり死んでいくね。そうそう、桂木圭太とは数日前、話をしたよ」

「そうでしたか。では、『自然を守る会』の勧誘など行ったのですか」

「いや、勧誘は後日にしようと思っていたのだが、死んでしまっては仕方がない。リーダーは巧介くんに任せるしかない、か」

 洸丞? 湊本洸丞は死刑執行されているはずだが。

「巧介はどうにも好きになれません。湊本さまと同じ名前を使っていたり、どこか湊本さまを見下しているような気がする」

 同じ名前なだけか。つまり、「自然を守る会」のリーダーは「コウスケ」なのだろう。

「彼は本気で地球のことを考えているよ。湊本洸丞を嫌っているようだけれど、目的だけなら我々と一緒じゃないか」

「人類滅亡、ですか。あの、こんなことを言うのもアレなんですけど、本当に人類を滅亡させることなんてできるんですか」

「何を言う。きみも見ただろう、あのガスを。同じ部屋に置いた草は枯れず、人間だけが死んでいく。あのガスさえあれば、人類滅亡なんて容易なことだよ」

 本気で言っているのか。人類を滅亡させるだと。馬鹿な話、どころではない。男児向けの番組ですら、今日日もう少し現実的な内容だぞ。

「心の準備、出来ませんよ。まず人類滅亡とか、有り得ませんって」

「だから、見ただろう」

「見ましたが」

「ならば」

「理論上はそうなんでしょうけれど! しかし、どう考えたって人類滅亡なんて悪じゃないですか。いやですよ、悪役だなんて」

 聞くに堪えず、顔を晒した。三人なら、捕まえられる。捕まえて、全て聞き出してやる。

「動くな、警察だ」

「ちぃ、」

 逃げようとする老人を、追って捕まえる。元警察官だ、老人だけなら捕まえられる。

 老人と話していた男は、完全に染まっているというわけではなさそうだ。少し口止めすれば喋ることはないだろう。

 動けないよう、老人を押さえ込む。

「警察だ、顔は憶えた。私のことを誰かに話したりしたら、どうなるかは解っているよな。よし、次はお前だ、クソジジイ。僕の家まで付いてこい。話、聞かせてもらうよ」

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