『宮崎一家心中事件』
「転勤、ですか」
国家公安委員長から直々に、僕は転勤を言い渡された。僕、美濃本治虫は、警部であった。最近では、作家の宮崎が予知するかのような小説を書き残した直後に、一家で心中を遂げるという、何とも不可解な事件を担当していた。更に、作家宮崎の両親も心中により亡くなっており、まるで「事実は小説よりも奇なり」を体現したような事件であった。
「ああ、うん、残念だけどね、九州で警視長を任されてくれないか。いや、うん、悪い話ではないだろう。出世だよ、それも大きく」
「ですが、私に任されている、『宮崎一家心中事件』はまだ解決しておりません」
「それ、どうせ解決なんて出来んだろう。高々警察に、一体全体世間は何を求めているんだ。我々は正義の味方でもなければ、変身ヒーローでも無い、そこいらの公務員さ」
つまり、非力な警察は何も出来やしないから、諦めろ、と。それじゃあ、作家宮崎の両親が心中したときと変わらないじゃないか。事故だったと言い、逃げて、恥ずかしくないのか。僕は恥ずかしい。僕が憧れた警察は、こんな無力で薄汚い職だったのか。
「私は、この事件を解決するまで、ここから離れる気はありません」
「‥‥‥あのね、困るんだわ。美濃本治虫くん、だったね、きみは雇われているわけだ。だからさ、きみに反論する権利などない。解るかな」
「解雇、という選択肢ならあるはずですが」
「うん、そうしたいならすればいいさ。僕らは別に、美濃本治虫が欲しいわけじゃない、仕事が出来る人材が欲しいんだ。我々は、美濃本くんが解雇したところで、これっぽっちの弊害にもならない。代わりはいくらでもいるからね、美濃本治虫の代わりは、探せばすぐに見つかる。いや、むしろ、美濃本治虫以上の人材がね」
「退職届は、こちらで用意させていただきます」
「そうかい。美濃本くんには、期待していたんだけれどね」
子供のころ、警察官に憧れた。平和を守る存在なんて、格好いいじゃないか。こうなりたいと、こうありたいと思った。努力した。必死に手に入れた答えが、末路が、この救いようもない、醜い公務員の実態だ。僕は、何になりたかったのだろう。何に憧れたのだろう。これほどまでに下劣な警察官という職業に、幼いころ、何を思ったのだろう。
「諦めない。諦めないぞ。僕はなってやる。幼いころに憧憬を思った、平和を守る格好いい警察官に、なって、見返してやる。ざまあみろ、そう言ってやる。子供たちに、夢を与えてやる。宮崎一家心中事件の謎を、絶対に解き明かしてみせる。無職だと罵ってくれて構わない。そうだ、事実無職だ。世界一格好いい無職に、なってやるって言ってるんだよ」
あたりめがうめえ。