他界窓口は切っても切れない
翌日の午後、ボクは死にかけた。比喩ではなく、本当に命を狙われた。
五人組の、今どき珍しい暴走族のような恰好をした男たちが、さながら友人との飲み会に来るように、上機嫌で、おかしなことなど何一つないように、ボクの前に立っていた。ボクの家のインターホンを鳴らした彼らは、ボクが玄関のドアを開けるのと同時に、歓談しながら靴を脱ぎ、ボクに構わず、笑いながらリビングへ向かった。
「ほんなら、こいつ×して×××もらいましょか」
関西弁混じりの口調でそう言った男は、そして玄関にいるボクのほうを向いた。一人の男が向くと、他の四人も一斉に動く。五人の形相に圧され、右足を一歩、後ろへ。
「おら、よっと」
一人の男が、懐から包丁を取り出した。前回の殺人未遂と同じような状況に、デジャヴを覚えた。一人の男が取り出すと、他の四人も一斉に動く。
一人の男が、ゆっくりとボクのほうへ歩いてきた。一人の男が動くと、他の四人も一斉に動く。
「警察に突き出すぞ。手に持っている、その包丁を、捨てろ。さもなくば、警察へ」
「口答えすんなや、ワレ」
あまりにも冷静なその声色を聞いて、背すじが凍った。ここにいたのでは、本当に殺されてしまう。
どうにかして助かるだろう。命は、そう簡単になくなるものじゃない。職業病か、そんな風に考えてしまう自分を殴りたい。助かるなんて、嘘だ。正義の味方がやって来て、敵をなぎ倒し笑顔で振り向いてくれるなんて、幻想だ。自分で言ったんじゃないか。嘘を書き綴るのがボクの仕事なんだろ。
「ああ、あ、あああっ」
脅えて、震え声すら上手く出せず、ただ必死に両足を動かした。玄関を抜けて、階段を転げ落ちて、必死に足掻いて、そして走って。
小説家特有の、その足の遅さが機能して、男に捕まるのは火を見るよりも明らかだった。
「どうすればいいんだ、くそ」
しかし、通行人は一切おらず、むしろ示し合わせたように、道路には誰一人いなかったため、誰かが通報してくれるかもしれないという賭けに出るのは自殺にも等しかった。
太陽に照らされ煌びやかに光る男たちの包丁が、少し、また少しと近づいてくるのに対し、ボクはやはり、抵抗などできないのだった。
「どうして、ボクばっかり、こんなっ。ああ、忌々しい。忌々しい、忌々しいっ。くそ、どうしてあんなやつらにっ。ああ、くそっ」
追ってくる彼らに、前回の殺人未遂同様、ボクは何もできなかった。
どこか店に入り、通報してもらうように頼むか。それとも、包丁を買って対抗して。いや、財布を持ってきていなかった。やはり、通報を頼むのが一番効率的だな。
すぐにコンビニへ向かった。最寄りのコンビニへは、走って二分程度だ。急げ。急げ。
「ああ、もう少しだ。急げ。あともう少しだ。頑張れ。ボク、頑張れ」
膝を叩いて、少しも運動していない身体を一心不乱に動かす。二度も殺されかけているのだ。もう、身体を鍛えたりしなければ生きていけないんじゃないか。いやいや、ここで踏ん張らなければ、鍛える身体すらなくなるんだ。ああ、もう。くそったれ。
心の中で愚痴を反芻している間に、目的地のコンビニまで辿り着いた。永遠とも呼べるほどに、長い時間走り続けていたような錯覚から解放され、全身が脱力しかけるが、しかし、通報が済むまでは頑張らなければ。
「すみっ、ません。あ、あの、警察。警察に、通報していたけ、ませんでしょうか。えっと、五人組の、男の集団に追いかけ、られていてっ。お願いします。早く、お願いしますっ」
バイト中の高校生だろうか、頼りない風貌の男で、まだボクのことを信じきっていない様子だった。そんなことをしているうちにも、集団は止まらずにやってくる。彼ら、もしかして大勢の前で殺人を犯すことに抵抗がないのだろうか。
「早くお願いします。もう、そこまで来ているんだ。ボクが嘘を吐いているのだとしたら、賠償金でも何でも払うから、早くしろ!」
「あ、わかりましたっ。少し待っていてもらえますか」
「そんな時間はないんだよ。トイレを使わせてくれ。隠れるから。お願いだ。ボクを狙っているようだから、だからっ」
「構いませんが、もしも嘘だとしたらあとで」
「わかってるよ! じゃあ、よろしく頼んだ」
心持たない高校生(だと思われる)をあとにして、迷わずトイレへ向かい、ドアを開けて鍵を閉める。一先ずは安心だった。清浄とは言えないトイレであったが、構わず尻から倒れ込む。疲れが一気に押し寄せた。追いかけられていたとはいえ、三分間ほど走っただけなのにこの有様だ。まったく、小説家なんてろくでもない。
「おい。いるんやろ、出てこいや」
包丁を持っていた男性の声が、耳元に響いた。
震えて、目元が熱くなってくる。それは、数年流していなかった、涙であった。
「出てこんかったら、扉ごと引き裂くで。はよせえや」
「あ、あの、すみませんが、扉は当店のものですので、その」例の高校生の声だった。
「なんや、文句あるんか」
「ああ、すみませんすみません」
その畏怖が混ざった震え声を聞いて、ようやく、自分が死ぬという実感が湧いた。前回の殺人未遂では、走馬灯と呼ばれるものを確かに感じたのだが、今回は走馬灯もなく、ただ、目を閉じ、手で口を塞いで、そして、暖かい大粒の涙を手に感じ、それが死ぬという実感として引き金になり、心の奥底から後悔の念を引き寄せていた。
そのあとしばらく、例の高校生の、「んぅ、うう!」という、頼りない声が続いた。男たちに殺されたのかもしれない。それならば疑いようもなく、彼の死の原因はボクなのだった。
そのときである。例の高校生の、小刻みに震える、掠れたその声が、しかし確かに、暖かいものとして聞こえた。
「もう、大丈夫、ですっ。大丈夫です、大丈夫ですよっ」
「本当、なのか」
「はい。はい。安心してくださいっ、ああ、良かった。本当に良かったっ。この店の、トイレ付近にカッターが無ければ、今ごろっ」
少しずつ扉を開いていくと、殺人現場のような、そんな光景が目に入った。
高校生が両手に握っている、血まみれになったカッターナイフと、心臓のあたりから大量の血を流して、醜いほどに深いしわが刻まれた五人の死体が重なって倒れている、酷く無惨な光景であった。
「‥‥‥き、きみが、殺したのかい」
「あの、えっと、何でしたっけ、防衛、正当防衛。正当防衛ですよね、これ。ぼくは悪くありませんよね、これ。うん、悪くない。あっ、そうだ。警察へ電話しなければなりませんよね。はは、正当防衛だということも伝えなければ。うん。正当防衛だもの、ぼくは悪くない」
彼が立ち上がり、返り血で塗れた手で電話機を取って、電話をし、それから数分ほどして、警察がやってくる、それまでのあいだ、ボクは口を開いて、ただ呆然と、例の高校生と五人の死体を交互に見つめていた。
人間という生き物は、どれほどまでに醜いのか。次回作のテーマはそうしよう、頭の隅でそんなことを考えていた。
こんにちは。
けっこうグロテスクな内容になってしまいましたが、恐らくは今回の話が一番グロテスクなのではないかと思います。連載小説だというのに、という気はしますが、もうすぐ完結ですので、どうぞお付き合いくださいませ。