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他界窓口  作者: 正守証
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他界窓口へ向かう途中の信号

「初めて彼を見て、そして話したとき、強い男なのだろうなと確信しましたね。ああ、いえいえ。屈強な男だとか、頑健な男だとか、そういう意味ではなく。何というか、こう、精神力の強い人間だと、そんな具合です。まずね、目が光っているんですよ。きらきらと、不純物を一切含まない少年の瞳のように。もうね、綺麗なんだよね。うん。まあ、彼の印象はそんなもんかな」──テレビの液晶画面に映る、話題の彼と話したニュースキャスターは、後日そう語った。

「何だか、酷く有名になっちゃったわね、彼」

 ボクの姉は、リビングルームの机に頬杖をつき、無関心だとでもいうような目をしてぼそりと呟いた。その口腔には、休むことなく朝食が放り込まれる。ボクが、そしてボクの姉もが、彼を有名にした一因であるのだけれど。

 彼は執行猶予を受けていた。ボクたち一家を殺そうとした疑いで、殺人未遂罪を言い渡されたのだ。けれども彼は、何故だか液晶画面で芸能人よろしくインタビューを受けている。

「噂に違わず美男でしたね。あれほどの容姿だと、そりゃあもう、女がわんさか寄ってくるんでしょうな。わはは」

 茶化すように言うニュースキャスターだが、しかしその眼光には嫉妬が見え隠れしていた。まるで不釣り合いである不細工なニュースキャスターと、容姿端麗な殺人犯。第一印象だけ見て、どちらが殺人犯なのかと問えば、票がどちらかに片寄りそうであった。

 テレビ画面には目もくれず、淡々と朝食を口に運ぶ姉を見て、何だか冷めた気分になってしまい、そしてリモコンを手に取り電源ボタンを押した。時代に取り残された古いテレビは、懐かしい「ぴしゅん」という音を上げて暗闇へ消える。

 ボクは三十六歳で、姉は三十八歳だった。ボクたちは未だに、実家で暮らしていた。ボクが二十五のときに、両親が心中により他界した。そのときの両親の意図はまるで判っておらず、とどのつまり「事故」ということで解決している。解決、している。

 目を離した隙に玄関で靴を履いていた姉は、低いながらも大きな声でこう言った。

「それじゃあ、私は行ってきます」

「うん。気を付けて行ってらっしゃい」

 ボクの職業は小説家だった。ボクの身に起こったことでも、誰かから聞いた話でもない、そんな虚言を書き綴るだけの、醜い仕事だった。嘘を、まるで本当にあったことのように語り、嘘を、まるで実際に体験したかのように語り、嘘の塊で出来上がる「それ」を、お金を採って売る。ボクは自分の仕事に、まるで誇りが持てなかった。

 姉が仕事に出かけてから帰ってくるまでの、その十三時間、ボクは無心で嘘を書き続ける。そんな生活は、もはや日常であった。


 彼は、一週間前の金曜日、八時ごろに、突然ボクの家に足を踏み入れた。開いたドアを閉めずに、決心をしたような目つきでボクたちを見据え、そして懐に隠していた包丁を取り出した。包丁は太陽の光を反射させ、眩しく光っていた。ふうふう、と、粗い呼吸をしていた。その額には汗が滲んでいた。

「殺すんだ。これは××な行いなんだ。×いんだ、殺しても×いんだよ」

 自己暗示をするように、あるいは殺人という強迫観念から言い訳をするように、彼はぼそぼそと呟いていた。近づく足音に、ボクは何も出来なかった。ただ、両目を見開いて、膝から倒れ込むのみである。

 あと数メートル近づかれると死ぬ、そんな今際の際ですら何も出来ない自分に、恐ろしく腹が立った。

 執筆中の小説があった。未だに恩返しできていない、姉がいた。訳の分からないまま死んでいった、両親がいた。こんなボクにも、少年時代があった。独りぼっちで、図書館に足を運ぶ、そんな毎日を思い出した。産まれたころのボクは、どんな気持ちで両親に抱かれていたのだろう。ああ。これが走馬灯なのだろうか。はは。次はもっと、死に際の主人公を巧く描写できるだろうか。次、だって。だから、次はないんだって。もう、終わりなんだよ。今年で、今月で、今日で、この瞬間で、ボクの人生は終わり。

 と。蛞蝓さながらに、のそりのそりと歩いていた男の顔面が、突然降下した。巨大な人形のように倒れた男は、地面から鈍い音を響かせた。

 卒倒した男の後ろには、乱れた呼吸を繰り返す姉が立っていた。男を殴打して失神させたのは、他ならぬ姉だったというわけだ。

「何よ、こいつ。知り合いなの」

「いいや、てんで知らない。小説を執筆していたら、当たり前のようにボクの家に侵入してきて驚いたよ。警察に突き出したほうがいいのかな、これ」

「嫌に冷静ね。アンタ、死にかけていたんだけど。自覚あるの」

「頭が追い付いていないだけさ。いくら小説家といったって、現実でこんなことが起きるなんて想像しないもの」

「あ、そ。それじゃあ警察に電話するけど。賠償金を請求できるよう、巧くやってみせるわ」

「うん。頑張れ」

 そんなわけで、ボクの絶命は未遂に終わったのだった。


「こんにちは、立花さん」

「はい。こんにちは、宮崎先生」

 ボクは近所にある飲食店で、机を挟み向かい合う形で、担当編集者の立花さんと対面していた。時刻は午前十時を回ったところであった。机には、珈琲が二つ置かれていた。

 彼は本題である執筆中の小説の件から脱線した、世間話を始めた。

「何でしたっけ。殺人未遂、遭ったんでしたよね。いや、もしも宮崎先生が亡くなったら、こちらとしてはどうしようもないわけで。困りますよ、そういうの」

「そうですね。ボクも恐かったです」

「ははは。何ですか、その、遊園地のお化け屋敷に入った感想みたいな。ははは。やはり、宮崎先生は一味違いますねえ」

「一味違うくらいじゃベストセラーの小説は書けないようですけどね」

 ボクは皮肉を言った。実際のところ、ボクが書く小説は大して売れてはいないのだ。売れているのなら、実家暮らしなどしていない。

「はは。ところで進捗のほうは」

「ええ。いつも通りの、それなりの小説が、そろそろ」

「それでは、その、それなりの小説とやらを、見せてもらいましょか。ははは」

 鞄から取り出した原稿を、おもむろに机へ置く。苦笑している(恐らくボクの態度に)立花さんが、丁重に原稿を手に取り、そして自前の眼鏡をかけて読み始めた。

 数十分ほどが経ったとき、突如として立花さんが原稿を机に放った。

「何です、これ。舐めてるんじゃないの、宮崎先生。ねえ」

「どこか、いけませんでしたか」

 立花さんが眉間にしわを寄せる。ヤクザのような剣幕でボクを見つめ、そして口を尖らせてゆっくりと話し始める。

「どこか、っていう問題じゃないんだよね。どうしちゃったの、宮崎先生。こんなの、小説ですらないよ。良くて小説もどき。一応訊いておくけど、最後に綺麗さっぱり纏まるってことは、ないんだよね」

「この調子で、書き続けるつもりですけど」

「だよね。まず、宮崎先生には、綺麗に纏めるなんていう芸当自体、できないものね。うん。そうだよね。はは」

「では、どこがいけなかったんですかね」

「は。どことかじゃない、全部ダメだよ。これ、クソ。書き直し。設定も登場人物も世界観も、全て変えて書き直し」

「立花さんから、アイデアとか、何か」

「いや、それを考えるのがお前の仕事でしょ。ねえ。オレの言ってること、間違っているかな」

「いえ、仰る通りです」

「だよね。うん。ははは。ごめん、ちょっと取り乱しちゃったよ。忘れて」

 いつも、こんな調子だ。それでようやく出来上がった小説にも、難癖付けてオッケーサイン。心底辞めたくなってくる。辞めたら立花さんも、少しは後悔してくれるだろうか。

 辞めたら辞めたで、ボクごとき他の仕事になんて就けないから、それを踏まえた上での発言なんだろうけれど。

「それじゃあ、また来週。電話するから。宜しく頼みますよ、宮崎、先生」

 思い出したような「先生」に、ボクは、どこまでも落胆するのだった。

 こんにちは。正守証と書いて、タダモリアキラと読みます。

 今作、更新は遅いかもしれませんが、待っていただければ幸いです。

 ほら、ぼく、受験生なんですよ。ですのでちょっと、遅れるかもしれませんが、まあ、勘弁してくださいというわけでして。

 ちなみにツイッターもやっております。特殊性癖全開のよくわからんツイッターアカウントですが、よろしくお願いいたします。

 

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