#09 誰も知らない物語の結末
一ヶ月後。
『少女の行方は未だ分かっておらず--』
「おはよう、白雪姫。今日もいい朝だ」
「……」
「そうだね。今日も外が騒がしいから部屋の中でなにかしよう。窮屈かもしれないが、許してほしい」
「申し訳ございません、王様。私では王子を変えるどころか更に病態を悪化させてしまったようです。これは大変罪深いものだと思っております。そのため、私は今この場で処罰されることすら覚悟しております」
「いや、構わんよ。君ができないのであれば、私の息子はかなり重症だったということだ……それに君には死んでもらっては困るからね」
「どういうことです?」
「簡単な話さ。君には死ぬまで働くことで罪を償ってもらう。
……どうだい? 狂ってしまったあれの変わりに王子となって働き続けるというのは」
「……王様がそう仰るのであれば、是非ともお国のために全力を尽くさせていただきます」
***
『鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだーれだ!』
『それはこの国の王女様……王妃でございます』
『あらやだ鏡ったら……そんなに褒めても何も出ないわよ』
「……いつになったらその一人芝居をやめるつもりなのかしら?」
『王妃が構ってくれるまで、かな』
「そう……」
『ねぇ、王妃。僕は真実しか伝えられない鏡だけど、聞きたいことは山ほどあったんだ。なのに、つい最近まで君はここに戻ってこない。戻ってきたと思ったら痩せ細って今にも倒れそうで……。だからこそ、単刀直入に聞くけど、この一ヶ月、正確には一ヶ月前に何があったんだい?』
「色々、あったわ」
『……それは白雪姫の生体反応がなくなったことと関係あるのかい? あ、もしかして、毒林檎を食べさせられたとか?! それならそうと……って、王妃……?』
「そう、ね……そう……よ。私が、あの子を、殺したの。だから、私の願いは叶ったわ。叶ったけれど……」
『王妃……』
***
「お腹すいた」
「今日はこの辺で切り上げるか」
「ねぇ、それよりもさ、聞きたいことがあるんだ」
「僕もあの日のことが聞きたい……」
「あ、あの日って……?」
「ドーピーが珍しく出かけたいって言ってきた日のことだよぉ」
「そう、私もそれが聞きたいんだ。一ヶ月も経ってしまったけれど……君、あの時、どうしていきなり出かけようなんて言ったんだい?」
「あ、思い出した! オレ達が帰ったら、白雪姫が林檎を持って呆然としてた時のこと?」
「はっくしょん! ……あぁ、そんなことあったね」
「ボ、ボク達からしても、ドーピーから出かけたいっていうのは珍しいよね」
「そうだね。私は急だったから、少し気になって」
「なんか意味とかあったの……?」
「ううん、特に意味はないよ。おれから出かけたいっていう日もあったってだけ」
「そうだよね。疑ってごめん……早く帰って寝よっか」
「またくしゃみがでそう」
「お前らはそのマイペースさをどうにかしろ!」
「怒らない怒らないー!」
「きょ、今日の夕飯は何……?」
「帰ってから決めよう。時間ならまだたっぷりあるからね」
「皆の"願望"は叶ったよ」
「ドーピー、何か言ったかい?」
「……白雪姫と王子様は元気かな、って」
「元気だよ、きっと。今は忙しくて此処にこないだけで、落ち着いたら私達の所に顔を出してくれるさ」
「うん、そうだね」
***
テレビからはとある国のお姫様が行方不明になり、未だに行方が掴めない、というニュースが雑音混じりで流れています。
それを見ることなく、世間からは行方不明と騒がれているお姫様を抱く一人の王子様がいました。
彼は何も喋らない彼女と二人きりで、ずっと部屋に閉じこもり、ただ外が騒がしいと呟くばかりでした。
そんな王子を救えないと感じた家来は、責任を負い、命を絶つことを覚悟して、王様の元へ向かいました。
しかし、王様は決して彼を殺そうとはしませんでした。それどころか彼を王子にしようとします。
同時刻。
鏡は昔の王妃の口癖をポツリと呟いて、彼女の反応を伺い、彼の知らない真実を話してもらおうとしました。
しかし、王妃は詳しいことは何も語らず、どこか遠くを見つめながら、片手に持った手紙をぐしゃりと握ると静かに涙をこぼします。
実は一ヶ月前のあの日、あの後、王子が王妃から無理矢理白雪姫を奪い去っていきました。
王妃は白雪姫を渡さないつもりでしたが、王妃が白雪姫を殺したと言いふらして居場所をなくす、と王子に脅されたのです。
王妃は白雪姫を殺したことは事実であると思ったため、否定はしませんでした。しかし、白雪姫の為にも居場所を失うわけにはいきませんでしたので、渋々、王子に白雪姫を譲ったのです。
それから王妃はゆっくり城へ帰り、白雪姫が元々使っていた部屋へいき、涙を零します。
王妃が一週間近くそうしていたものですから、心配になった家来達はそっと彼女の元へ寄り添いました。何があったのかは聞かないでいると、王妃は泣きやみ、白雪姫の部屋を片付けるよう命令します。
その間、王妃は王様にも鏡にも会う気になれなかったので、空き部屋にこもり、何もせず、時間が流れるのを待っておりました。
数日後、一人の家来が王妃の元に一通の手紙を持ってやってきました。手紙は白雪姫の部屋から出てきた誰に宛てたわけでもない文章……日記のようなものでした。
王妃は手紙を受け取ると、すぐに中身を取り出して読みだします。全てを読み終わった時、王妃は再び泣きました。
泣いて、謝って、涙を拭って、空き部屋を出ていくと、鏡のいる部屋に戻りました。
七人の小人達は白雪姫がいなくなってからも元気に仲良く暮らしています。
白雪姫と王子様が幸せに暮らしていると信じてうたがっておりません。ただ一人、ドーピーと呼ばれた小人以外は、真実を知ることができないからです。
--この物語の結末は三人が知っている物語の結末とは異なってしまいましたが、三人が願ったことは歪んだ形で叶えられました。
こうして、白雪姫が安らかに眠ったことにより、王妃は世界で一番美しいとまた称されるようになりました。
そして、誰にも祝福されることはなくとも、王子様と白雪姫は幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。