#08 最期に嗤うのは
白雪姫を七人の小人の家から連れ出すことに成功した王子は、薄暗い森の奥深くまで進んでいきます。
元々城へ帰る気がないのは白雪姫も察しておりましたので、黙って王子の後ろに乗っていれば、王子がため息をつき、馬を止めます。
「なんで黙っているんだい?」
彼女は王子の問いに答えることはありません。その態度にイラつきを覚えた王子は、白雪姫を無理矢理馬から下ろします。
しかし、彼女は地面に思いっきり落とされても言葉どころか表情を変えることもありませんでした。
王子は退屈そうな表情をすると、自分も馬からおります。転がった白雪姫を拾うと、首元を掴んで話しかけます。
「王妃にはどうやって首を絞められたんだ?」
「……」
「そうやっていつまでもシカトをしていればいいと思っているんだろう。……まぁ、いいか。どうせすぐに死んでもらうのだから」
王子は彼女を見下すような目で見ると、手に力をいれ、彼女の首を締めます。白雪姫は思わず抵抗しようとしましたが、するだけ無駄だと思い、何も考えないようにします。
「あぁ、そうだ。白雪姫、死ぬ前にいうことはないか?」
思い出したかのようにそう口にした王子は白雪姫の首から手を離します。体の力が抜けきっていた白雪姫はそのまま地面に倒れると咳き込みます。
「質問でも何でも受け付けるが……それでもまだ喋らない気か?」
「……そう、ね。じゃあ、お言葉、に、甘えて、聞かせてもらいます」
白雪姫は呼吸を整えると、王子の方を見て、口を開きます。
「私が王妃に首を絞められたことを何故、貴方が知っているのですか?」
「物語通りに進んでいるのであれば、君は首を締められる運命だったはずだ。……ただ、一つ。違っていたのは、彼らではなく僕が君を生き返らせたこと」
「物語……通り……。貴方が私を生き返らせた……?」
「……本当は君の遺体を回収しにきたんだけど、首の痕があまりにも目立っていたのと、後、腕の怪我も気になったからね。池に沈んでいた時も持ち帰ろうと思ったんだが……髪の質が悪すぎてね。
林檎嫌いの君が毒林檎を食べるとは思っていなかったから、こうして僕が生きている君を直接迎えにきたんだ」
「首の痕が気になった? さっき、私の首を締めた人の言葉とは思えない。それに"迎えにきた"ではなく"殺しにきた"の間違えでしょう?」
「そうだね。自分で君を殺すことができるならその傷は、痕は、美しいんだよ」
君には理解できないかもしれないけれど、と王子は口にすると、何処からかナイフを取り出して、白雪姫の方に向けます。彼女はそれを見るとため息をついて、話を続けようとします。
「最期に一つ、いいですか?」
「どうぞ」
「この物語はもう私達が知っている物語ではない。私達が結末を知った上で自分の欲望を叶えようとしたから……この物語は歪んでしまった。本来の【HAPPY END】はもう此処にはない」
「……そうかもしれないね。でも、僕にとっては君の遺体が手に入ればHAPPY ENDも同然だ」
「そう。実は私も、私が死ぬことが王妃にとってHAPPY ENDになると思っているの。だから、私を殺してくれるのなら一思いに殺してもいい。じっくり殺してもいい。それで私の願いは叶うのだから」
彼女はそう言いながら微笑むと、これ以上喋ることがないと示すために口を閉じました。王子は嬉しそうに微笑むと、ナイフを白雪姫の方に真っ直ぐ向けます。
「安心してくれ、死んだ君は僕がちゃんと愛してあげるから。……おやすみ、白雪姫」
「……待ちなさい!」
王子がナイフを振りかざした瞬間、一人の女の人がその腕を止めました。王子も白雪姫も突然のことに何が起きたのか理解出来ず、目を見開きます。
王子の腕を取り押さえたのは、息をきらした王妃でした。
「どうしてお義母さんがここに……」
「私が愛した人の娘をそう簡単に渡すわけにはいかないわ。特に貴方みたいな人には……!」
「ははっ……少し前まで彼女を殺そうとしてた貴方がそういうことをいうんですね。邪魔をするんですね」
王子は王妃の手を振り払うと、ナイフを白雪姫ではなく王妃の方へと向けます。
「僕の、僕達の邪魔をするのなら、まず貴方から殺してさしあげましょう」
彼は虚ろな目で王妃を見ると、ジリジリと距離をつめていきます。
王子がナイフを振りかざそうとした時、王妃は覚悟を決め、逃げることなく、その場でゆっくりと目を閉じます。
彼が彼女に向かってナイフを振り下ろした次の瞬間--
「なっ」
「……? 痛くない……? って、ど、どう、して……」
王妃が恐る恐る瞳を開けると、目の前には血を流した白雪姫がおりました。白雪姫はよかった、と掠れた声で喋ると王妃の方に倒れ込みます。
「白雪姫、白雪! どうして私なんかを庇って……いいえ、それよりも早く、早く手当をしないと、このままじゃ」
王妃は白雪姫を仰向けの状態で自分の膝の上に寝かせると、血を止められるものがないか探します。
この時、王妃は無意識に泣いておりました。手も震えておりました。その様子を視界が霞んでいる目でみた白雪姫はそっと彼女の手をとります。
「お、か、さま……おかあ、さん。もう、いいんです」
「ダメに決まっているでしょう。貴方が死んだら貴方のお父さんに合わせる顔がないわ。それに、私だって」
「おか、さん。泣か、ないで、聞いて、ください」
「聞くわ。聞くけれど、死んではダメよ。物語が変わろうと、私の意志が変わろうと、やっぱり貴女を殺そうとするのは私だけでいいの。そして、貴女は何事もなかったかのように生き続けないといけないわ」
「ふふ、そう、ですね。私も、殺されるのは、お義母さんだけ、がいい……けれど、私の最期の願いを、聞いてほしい。
もし、生まれ変わることができたら、そうね……その、時は、貴女と、本当の家族のように、接して、お父さんと三人、で」
幸せに暮らしたい、と白雪姫は言葉にすると、残された力で林檎を取り出します。
その林檎は王妃が彼女に食べさせようとした毒入りのものでした。白雪姫は林檎を口の前まで持ってくると、弱った顔で笑い、最期、王妃にこう言いました。
「私は、今から、これを食べ、ます。そうすれば、貴方に、殺された、ことになる……お義母さんの望み、叶う、ね」
王妃は慌てて林檎を取り上げようとしましたが、それよりも先に白雪姫がそれを口にしてしまいました。
彼女は一瞬、苦い顔をしましたが、その後は何も喋ることなく、穏やかな顔で旅立っていきました。
彼女が手にしていた林檎が地面に落ちると同時に、王子は笑い出しました。
王妃はそんな王子を気にすることなく、彼女を大事に抱えると声を殺して泣きました。時折、殺そうとしてごめん、普通に接してあげられなくてごめん、と零しながら。
--××年、×月×日。
白雪姫はもう、目覚めることがありませんでした。