#03 首をしめたのは
『世界で一番美しいのは白雪姫だよ、王妃。……ところで、白雪姫を殺さなかった狩人に処罰を与えなくてよかったのかい?』
「殺してこないことは想定内だったから。それに、どのみち私自身が出向いて白雪姫を殺さないと意味がないわ」
『ふーん……。よくわからないけど、やっぱり王妃、今の貴女は貴女らしくない』
白雪姫を殺して、自分が一番になろうとしているようには見えない、と鏡が言いますと、王妃はそうかもね、とその言葉をながします。そして、綺麗なネックレスを手に持つと、部屋を出ていきました。
--王妃が部屋を後にして、数分後。
鏡のいる部屋の扉を叩く音がしました。それから遅れて、男の人の声が響きます。
「王妃、王妃はおりませんか。おりましたら、どうか、僕にも白雪姫を殺すお手伝いをさせていただきたい……!」
『(この声は……例の隣国の王子か……?)』
「……おかしいなぁ。僕の知っている物語通りに進んでいるなら王妃はまだ白雪姫のところには向かっていないはず」
鏡が王子の言葉に違和感を覚え、どういう意味だろうと考えていると、扉が勢いよく開き、隣国の王子が遠慮なく王妃の部屋へと入ってきました。彼はくるりと一周部屋を見渡しますと、まさか王妃はもう出ていかれたのか、と呟きます。
「王子、何しているのですか」
「何をしているのかと聞かれても困る」
「は? ……あぁ、すみません。困ると言われましても、私の方が困るのですよ、王子。仕事が終わってそうそう何処へ行かれたのかと思ったらまさか王妃の部屋に無断で入り込むなんて……」
王妃、もしくはこの国の王様にバレたら何を言われたものか、と家来の方が言いますと、王子はそれもそうか、と彼の背中を押します。王子は家来を追い出した後、鏡の方を見るとこう呟いてから扉を閉めました。
「それじゃあ……王妃によろしく伝えといてね」
『……』
『行ったか……。それにしても、なんなんだあの王子。僕の存在を知っていて、王妃が白雪姫を殺そうとしている事も知っている?
……とりあえず、王妃が帰ってきたらこの事は報告しておこう』
***
狩人と別れた後、白雪姫は七人の小人の家を訪ねました。
もちろん、白雪姫が着いた時には七人の小人は誰一人として家にはおらず、白雪姫は無断で家の中へと入ります。そして、物語の通り食事をさせていただくと、ベッドに横になりました。
「ただいま」
「帰ってきたよ!」
「おや?」
「ご飯が食べられている」
「うーん……僕は寝るよ……って、あれ?」
「誰かいるね」
「どうして人間がこんな所に?」
「それよりもこの子、腕から血が出ているじゃないか! 手当をしてあげないと」
七人の小人は帰ってきてそうそう大慌て。ドタバタと音をたてていると、白雪姫が目覚めます。
「……ここは、」
「私達の家だ……と、それよりも腕の手当をするから椅子に腰をかけてくれないか?」
傷の手当のことをすっかり忘れていた白雪姫は、一人の小人に言われた通り、ベッドからおり、椅子の方へ向かいます。それからぼーっとしている間に、傷の手当が終わりました。
「ありがとう、ドック」
白雪姫は無意識にそう呟いた後、しまった! と思いました。白雪姫は七人の小人と関わることも彼らの名前も昔から知っていました。しかし、何も知らない彼らは今、初めて白雪姫の存在を知りました。
……そう、物語上ではお互い初対面でないといけなかったのです。
白雪姫にお礼を言われた小人は驚きのあまり声が出なくなっておりましたが、他の六人の小人たちがざわめきます。
「今、ドックっていったね」
「なんで名前を知っているんだろう」
「怪しいな」
「怪しい」
「ふわぁ……怪しいねぇ……」
「……」
疑いの目を向けられつつある白雪姫は黙り込んでしまいましたが、頭の中ではどうやってこのピンチを乗り越えようか悩んでいました。
「……私は貴方達全員の名前を知っております。私の手当をしてくれたのはさっき言った通り"ドック"ですよね?」
ドックと言われた小人は、我にかえると激しく頷きます。白雪姫はその様子をみてから次はそこの貴方、と眠たそうにしている小人の方を向きます。
「ん〜、僕……?」
「貴方は"スリーピー"でしたよね。……眠いなら寝ていいですよ」
「当たってる……うーん、そうしようかなぁ……」
「そして、言葉をなかなか発しない貴方が"ドーピー"。くしゃみを堪えてる貴方が"スニージー"。そして、怒った顔で一番私を疑っている貴方は"グランピー"」
「なっ」
「ぼくのことも合ってる」
「オレは? オレは?!」
「"ハッピー"、笑顔が素敵な小人さん。そして、照れて隠れてしまっているのは"バッシュフル"」
白雪姫が七人全部の名前を当てますと、疑いの目は薄れ、好奇心をもたれます。白雪姫はその様子をみて安堵しました。
それから白雪姫は、自分の地位を利用して彼らの名前を知っている理由を誤魔化しますと、この家に住ませてもらえないかと頼み込みました。七人の小人にはもう彼女を疑う理由はなく、それどころかお姫様ならいくらでも泊まっていくといい、と快く彼女の頼みを承諾しました。
--そして、数日経った頃。
白雪姫は小人達がいつものように出かけていくのを見送りますと、森の音を感じるためにあえて窓の近くに座りました。
しばらくすると、足音が聞こえ、一人の年老いた女性が白雪姫に声をかけてきました。
「お嬢さん、こんにちは」
「……。こんにちは、お婆さん。こんな所でどうしたのですか?」
白雪姫は訪ねてきたお婆さんが義理の母であることを知っておりましたが、あえて知らないフリをして返事をします。
お婆さん--王妃はそれがフリであることに気づくことなく、ネックレスを取り出すと白雪姫に見せつけます。
「これは、ここらでは売っていない、世界で一番美しいとされるネックレスじゃ。これが似合う少女を探しておったのじゃが……あんたになら売ってもよいと思い、声をかけたまでよ」
「そうでしたのね。それなら有難く買わせていただきます」
「そうかそうか。あぁ、代金はいらん。あんたにはタダじゃ。ついでに今ならワシがネックレスをつけてあげるぞ」
白雪姫はありがとうございます、お婆さんと言いますと、彼女に背を向け、肩にかかった髪の毛を手でまとめあげ、首元を見せます。王妃はそれを見て、大変嬉しそうな笑みを浮かべますと、一思いに彼女の首をしめました。
「ぁ……かは、……っ……!」
「すまないね、お嬢さん……どうやらこのネックレスはあんたには似合わなそうだ」
「……」
「……なんて、もう聞こえていないかしら。その前にこの子、一瞬何か……いや、そんな事よりも私は同じ間違えをしない為に、息の根が止まっているか確かめなければ……それから、小人達に見つかってはいけないわね……」
王妃は変装をやめますと、白雪姫の遺体を小人の家から少し隠れた森の中へと移動します。それから息の根が止まっていることを確認すると、急いで森から去っていきました。