#02 すれ違う願い
翌日、白雪姫の元に一人の狩人がやって来ました。
その狩人は、王妃から白雪姫を森で殺害する命を受けておりましたので、最初は気配を消して彼女へ近づき、峰打ちで気絶させる予定でした。
しかし、白雪姫は狩人が自分を襲いにくることも、王妃の命令で殺そうとしていることも知っていましたので、堂々とした姿で隠れていた彼を呼び出します。
「狩人さん、貴方がそこに隠れていることも、貴方が私を気絶させ、森で殺害しようとしていることも、私は全て存じています。だからどうか、こそこそ隠れたりせずに姿を現してください」
狩人はその言葉を聞くと、驚いた顔で白雪姫の前にゆっくりと姿を現します。そして、彼は床に頭をついて謝罪をします。
白雪姫はその様子をみると、どうか顔をあげてください、と彼に優しく声をかけます。
狩人はその言葉通りに顔を上げ、白雪姫を見ますと、彼女があまりにも美しく微笑むものでしたから、しばらく彼は白雪姫に見惚れてしまいました。
「あの。狩人さん、一つお願いがあるのですが、きいていただけないでしょうか……?」
「もちろ……いえ、それはできません。なんせ、私は王妃の命で美しい貴女様を殺害するよう言われている身でございます」
「その事は先程言った通り、全て存じております。知っていて、貴方に私の願いを叶えてほしいと言っているのです」
できませんか? と白雪姫が問いますと、狩人はそれは、と言葉を濁します。狩人には白雪姫を殺そうだなんて気持ちはとっくにありませんでしたが、自分が命を果たせず、王妃の元へ戻った日にはどんな処罰を受けることになるかわかりません。
狩人は白雪姫を救う代わりに自分が処罰されることが何より恐ろしかったのです。
彼が答えを出せずに黙りこんでいると、白雪姫はそれを察したかのように口を開きます。
「もちろん、タダでお願いを聞いてもらおうだなんて思っていません。私の願いを叶えていただけた暁には、貴方の命を保証させていただきます。
……叶えていただけるのであれば、森へ、このまま連れて行ってください。逃げたりはしませんから、どうかこのまま」
狩人は必死な白雪姫にNOと言うことができず、ただ黙って彼女の言う通り、森へと向かいます。その際、狩人は白雪姫を拘束することなく、本当に逃げ出すつもりがないのかだけを疑っていました。
一方、白雪姫は逃げ出すつもりがないどころか、逃げる素振りすら見せずに森の中へと入っていき、奥深くへ足を運んで行きます。そして、ある程度深くまできたなと思ったところで足を止め、狩人の方へ顔を向けると少し疲れたような顔で微笑みます。
その表情すら彼女は美しく、狩人の心を掴みかけましたが、彼は本来の目的を忘れてはいけないと首を横に振り、口を開きます。
「それで、貴女様の願いとは何なのですか?」
「私の、私の願いは……この私に安らかな死を与えていただきたいのです」
「安らかな死……? それは一体……」
「……とある国のお姫様は七つの年にて、世界で一番美しいと称されました。彼女の義理のお母様はそれを知り、世界一の美貌を持つ彼女を憎みました。そして、そのお母様は、彼女を殺そうと計画をたてました」
「そ、それは、もしかして……」
白雪姫と王妃のことを言っているのではないかと狩人は思い、口にしようとしましたが、白雪姫に口止めをされ、微笑まれてしまいます。
「お姫様は何度も死にかけました。しかし、完全に息が絶えることはありませんでした。そして……。
私はそのような結末を望んでいないのです。だからどうか、どうかお願いです。今此処で私を永眠して頂きたいのです」
「……最後に一つ、質問をしてもよろしいでしょうか?」
「なんでしょう」
「どうして貴女様はそこまで必死にこの世から消えようと、お亡くなりになられようとするのですか……?」
「それは……お義母様が望む結末の為、だと言ったら笑いますか?」
白雪姫は一瞬悲しそうな顔を見せましたが、すぐに気持ちを入れ替え、質問には答えました、どうぞ私を殺してください、と狩人へ言い放ちます。
ですが、狩人は悩んでおりました。
本当に王妃が白雪姫を殺す事を望んでいるのか、白雪姫自身はそれでいいのか、何より二人を見ていると--
「……き……ん」
「えっ?」
「できません……! 貴女様を殺す事などできません」
「で、ですが、それでは貴方が……!」
「確かに、このまま貴女様を殺さずに城へ帰れば、間違いなく私は処罰されることでしょう」
ですが、それでいいのです、覚悟がつきました、と狩人が苦笑しますと、白雪姫は目をパチパチさせた後、深呼吸をします。それから彼女は周囲を見渡し始めました。
狩人が何をしているのだろうと不思議に見つめていますと、白雪姫はあった! と先の尖った石を拾います。そして、
「--?! ひ、姫様、貴女様は一体何をなさって……!」
白雪姫は尖った石を容赦なく、白く細い腕へ振りかざしました。もちろん、腕は傷つき、血がポタポタと流れゆきます。
狩人は一刻も早く血を止めなくては、とポケットを探ります。すると、胸ポケットから真っ白なハンカチが出てきました。
それは王妃から、白雪姫を殺した証拠としてこのハンカチに血をつけてこいと言われ、渡されたものでした。狩人は流石に血を拭くのにこれを使ってはマズイと考え、即座にしまおうとしましたが、ハンカチを持っていた方の手を白雪姫に掴まれてしまいます。狩人が動揺しますと、白雪姫は腕から出ている血を指につけ、それを更にハンカチへ染み込ませました。
「これで、貴方の命はきっと守られます」
「な、何故……」
「元々、こうするつもりだったのです。貴方はきっと私を殺せずに逃がすと思っていましたから。ですが、一つ予想外だったのは貴方自身が死を覚悟したことでした」
予想外だったけれど、素敵でしたよ、と白雪姫が微笑みますと、狩人はそれ程でも、と頬を赤らめます。
白雪姫はその様子を見ると、城がある方向とは真逆の方向を向きます。
「貴女様は、これからどこへ行こうとしておられるのですか?」
「とある方々のお家へお邪魔する予定です」
「そう、ですか。……怪我、きちんと手当してくださいね」
「ふふっ、ありがとうございます。狩人さんもどうか、無理はなさらないように。それでは、さようなら」
***
白雪姫の血がついたハンカチを白へと持ち帰った狩人は、真っ先に王妃の部屋へ向かいました。
「王妃、命令通り白雪姫を殺害致しました。こちらが証拠のハンカチでございます!」
「……そう。お疲れ様」
王妃は狩人から血のついたハンカチを受け取ると、それを眺めながら何やら考え事をし始めます。
王妃はこの時点で、もう既に白雪姫が殺されず生きている事を知っておりましたので、狩人の処罰について悩んでいたのです。
「狩人、其方に一つ、聞きたいことがある」
「は、はい! なんでしょうか!」
「娘……白雪姫は何か言っていたか?」
「い、いえ、特には……」
あからかさまに嘘をついている様子の狩人をみて、王妃は深いため息をつくと、もういい、と彼を部屋から追い出しました。
そして、鏡を眺めると、いつものように同じ質問を呟くのでした。
「鏡よ、鏡、世界で一番美しいのは――」