episode 7
宜しく、そういった時のショウコさんの笑顔はとても可愛らしいものだ。俺の心を鷲掴みにする。
しかし彼女はなぜこんな狭く暗い場所にいるのか、ふと気になったので聴いてみた。
「え?ああ、別に自分からここに来た訳じゃないですよ?
ステージ移動の際にここに転送されたので、横と背中は壁がありますから前からしか敵は来ませんよ?」
首をかしげながら言う彼女、言わんとしていることは分かる。ようは前を警戒してトラップを貼ればそれ以外に脅威はない、だからここに立てこもっていると言うのだろう。
「でも、こんなに暗くて怖くないですか?」
「いえ全然、むしろ暗いのは落ち着きます。寝てるみたいじゃないですか?」
寝てるみたいとは…彼女、言い方が悪いがどうやらあまり頭は良くないようだ。
説明の際は語彙力が無いように見えるし、今殺し合いをしている真っ只中なのに"寝てるみたい"とは…正直彼女がなぜこのゲーム参加しているのか疑問が止まらない。
「あの、どうしたんですか?」
俺の顔の目の前で手を振るショウコさん、上の空になっていた俺は意識を取り戻した。
「ああ、大丈夫です。
それにしても白衣なんて…なんでそんな格好なんですか?」
ふと疑問に思った事を投げかけた、すると彼女は一瞬驚くと顎に手を当ててうなり始めた。
お互い正座したまましばらく経つとショウコさんは口を開いた。
「実は私…このゲームの主催者なんです。」
「……え?」
一体この人は何を言っているんだ?こんな人が主催者だなんて信じられない!第一なんで主催者が殺し合いに参加してるんだ!?
眉間にシワを寄せ口を開きっぱなしで考えているとショウコさんが話を続けた。
「あぁ、ごごごごめんなさい!言葉が足りませんでした。
え ーっと、私は、ゲームを、主催した、組織の、人間なんです。」
単語ごとに区切りを入れて説明する彼女、ゆっくりだったおかげか理解するのが容易であった。
しかしそれにしてもおかしい、主催側、いわゆる"ゲームマスター"と呼ばれる側の人間がゲームに参加なんて…ゲームバランスが狂う事だ。
「な、なんでGM側が参加してるんですか?」
質問を投げかけると彼女はまた顎に手を当てて唸り出した、今回は目も瞑っている。
息を飲んで待っていると、彼女の目は開き俺を見た。
「まあ…私って頭悪いんで、現場のほうが研究の足しになるって言われたんです?」
"研究"、この言葉に俺は引っ掛かりを憶えた。もし彼女の言っていることが本当なら、このゲームはなにかの実験として行われていると考えられる。
しかしどんな研究だ?よし、もっと彼女から聞き出そう。
「どんな研究を…してるんですか?」
恐る恐る聴いてみると、彼女の目は鋭くなった。マズイ…余計なことを聴いたか?裏を探るなんて…殺されちまうだろうか?
恐怖が俺を襲った。汗が止まらない、手も震える、視界がぼやける、口が塞がらない。
すると彼女は笑顔で言った。
「ああ、脳みそについてです!」
元気よく答える彼女を見て俺は驚いた。当たり前だ、プレイヤーにゲームの裏を教えるGMなど居ない。
しかし、そんな考えとは裏腹に笑いがこみ上げてきた。口角が上がり、身体は小刻みに震え、今にも笑い声が出てしまいそうだ。
そんな俺の姿を見たショウコさんは両手を上げ頬を膨らませて怒った。
「何で笑うんですか!?私は変なこと言ってませんよ!」
「い、いや別に…続きをどうぞ。」
口に手を当てながら答えると、彼女は不満げな顔をしながら話を進める。
「私達は長年、人の脳みその構造を調べてきました。
といっても"人の想像力"に集中してですけど。」
「想像力…ですか?」
「ええ、"人のイメージは他人にどう影響を与えるのか"というのが私達の研究内容です。」
人のイメージは他人に…確かに聴く限りではとても面白そうな内容だ。しかし研究内容とゲームがどう関係するのか、俺はそれについて質問してみた。
「待ってくださいよ〜、順を追ってじゃなきゃ頭クルクルしちゃいますよ?
マサル君、ゲームの説明がされる前は何が起こりました?」
説明される前、というと白い空間で目を覚ます前か?となると俺は…
「俺は、覆面の集団に襲われた。」
「その集団は私達の所の人間なんですよ。ある手段でプレイヤーを決めた私達は、研究がバレるのを防ぐ為に強引にあなた達を集めたんです。」
「バレないようにって、どうやってバレるっていうんですか?」
「さあ?」
両手を横に広げて肩を上げるショウコさん、やはりこの人の頭はゆるゆるだ。
「まあ話を続けましょ?
集められたあなた達は、今とある研究室で機械に繋がれて眠っています。」
「機械に?寝てる?」
「そう、大きな機械から伸びている送受信機を頭に付けられて、身体の健康状態を見られながら私達は眠っている。」
送受信機?よく分からないが俺は黙って話を聴き続けた。
「私達のイメージは送受信機から大きな機械に送られているんです、で大きな機械からは主催側の作ったイメージや他人のイメージが送られてくるんです。」
「主催側の作ったイメージ?」
「そう、主催側が用意した全員共通のもの。例えば案内人ボタン君、ステージ、リプレイ映像。
これらを送受信機を使って私達の脳みそに直接送ってるんです。」
「脳に直接…だからあんな非現実的なステージ移動やどっから撮影してるか分からないリプレイ映像が出来るのか。
でもそれじゃあプレイヤー同士のやりとり、例えば会話や戦闘はどうやって?」
「お、いい質問きましたね〜。」
ショウコさんは近寄って俺の頭を撫でた。女性に撫でられるのはとても恥ずかしい、俺は顔が真っ赤になっていると思う。
「あれ?顔真っ赤!」
笑いながらショウコさんに言われて、俺の顔はさらに赤くなったと思う。
「まあまあ、話を続けましょうか。
そもそもイメージとは脳みそが発する信号の様なものなんです。
個人が発した信号を一度機械を通し、相手に送ることで会話や戦闘などが成り立っているんです。
ただし、機械は大まかなイメージの信号を送るので、発した側のイメージと受け取った側のイメージに若干のズレが生じますけどね。」
「なるほど、うまく出来てるんですね。
じゃあ例えば俺が"ショウコさんに銃を撃つ"イメージを発しても、ショウコさんが"撃たれても死なない"イメージを持っていれば、ショウコさんは死なない。」
「そういうことになります。
まあ、イメージなんて無意識や突発的に出る物、脳みそに染み付いてる物なので、自分のイメージが必ず再現されるなんて事は無いとおもいますけど。」
「ふむ。
俺は長年サバゲーをしてきた、だから脳内で触った事の無いハンドガンを扱うことが出来た。サバゲーのエアガンのイメージがあるから。
じゃあ能力は?」
「能力も個人のイメージで出来ているんですよ。
プレイヤーに『○○の能力がある』と伝え、その言葉からイメージされるものが能力になるんです。」
「てことはイメージだけで凄く強くなれるんですな。
いわゆるプラシーボ効果ってやつか。」
段々と明らかになっていくゲームの真相と原理、俺は話を聴いている内にある希望を持った。
「研究の為に集められた俺たち、てことは無理に殺し合いをしなくてもいい!」
「それはないです。」
ショウコさんは首を横に振った。
「主催側は不測の事態に備えて脳みそに薬を仕込んでいるんですよ。もしゲームが進まなくなった時は全員を殺処分すると思いますよ。」
笑いながら説明するショウコさん、俺は呆気に取られていた。
人を殺さないとGMに殺される…なんてひどい仕様だ、逃げようがないじゃないか。
でも、もしかしたら。俺は残る希望に掛けてみた。
「ならショウコさん、俺と一緒に戦ってくれませんか?」
GM側のショウコさんが居れば、俺達はチート級に強くなれる。このゲームを勝ち残れるだろう。
「嫌です。」
即答された、拒否された。俺の希望を打ち砕くかのように、ショウコさんの言葉は深く刺さった。
「私、面倒ごとは嫌いですし。ここの方が安全なんで!」
笑顔で答えるショウコさん、もう一度誘うとしたがやめた。ある意味子供のように純粋で可愛げのあるこの人を、殺し合いになんて参加させてはダメだ。そんな気がした。
「わかりました、俺は洞窟を出て生き残る方法を探します。
ショウコさんも無事で...」
そう言って俺はハンドガンを手に取って道を戻った、振り返ることはしなかったが彼女は笑顔で送ってくれただろう。背中に彼女の暖かさを感じながら俺は別のルートを探した。
分岐点に戻ると、さきほど男の声は聞こえなくなっていた。こっちからみて右の道に男は居た、透視で奥を見ても居なさそうだ。でも…奥にいたらマズイよな?
俺は若干の心配を胸に進んだ。
しばらく歩くと先に光が見えた、それも大きな光を。
「やっと出口だ!」
勢いよく走ると光の形は段々と鮮明になる、縦に大きく出来たヒビは俺でも通れる大きさだ。
そのまま走るとやっと外に出た。日差しは強く、俺を照らした。
両手を広げて身体を伸ばすと、突然銃声が聴こえ足元に着弾した。
近くに敵の姿は見えない!辺りを見るとここから頂上が見える。スナイパーか!?
「まだ居るのかよ!?」
これはまずスナイパーをどうにかしないと!
俺は頂上を目指した、頂上まではほぼ崖の細い道を行くしかない。が、途中までは頂上から見えないようになっている。
...見た感じ、崖に沿ってけば行ける。その先は頂上まで走れるような道があるな、一気に走る!
俺は足幅程しかない崖をゆっくり通った、もしここで他のプレイヤーに遇ったらまずいな。
かなりの時間をかけてようやく崖を越えた。
さあここからが勝負だ、俺は進む前にスナイパーライフルのイメージをした。
エアガンのライフルは...弾がビービー弾だから当たっても死なない、貫通もしないし、ちと痛いだけさ......
イメージが固まったところで俺は崖から飛び出し一気に走った。
頂上を見るとやはりスナイパーがこちらに銃口を向けてる!
俺は止まることなくそのまま走った。
すると銃声と共に左胸に鋭い痛みがはしった!
あまりの痛みに俺は左手で胸を抑え膝を着いた。
弾は貫通してない、かといって体内に留まってる訳でもない。手を離し胸を見ると、リアルな銃弾が地面に転がった。息が苦しい、きっと肋骨が折れてる、肺もやられてるだろうな...
俺のイメージとスナイパーのイメージ同士のズレでこうなったのだろう。
俺はエアガンのイメージを持ってたが、相手はきっと実際のライフルのイメージで戦ってる。一撃で殺し、遠距離で放つその銃弾は誰も逃さない...
だから、銃弾はリアルな物でも貫通せず、心臓を狙って死ぬ筈が骨や内蔵にダメージを与えるだけになったんだろう。
俺はケガを治そうと身体の全快をイメージした、しかし痛みは消えず息も苦しいままだ。なんで、一体なんでだ?
俺は胸を抑えながらもハンドガンを持って走った、頂上を見てもスナイパーは居ない。
走り、足が地面に着く度胸に響く、何度か血も吐きそうになるし...正直もう動けない、動きたくない。これ以上やって何になる...
負の感情が俺の中で駆け巡る、最後には死さえもイメージした。でも死ねない、死ぬわけには行かない!!
俺は顔を上げ進み続けた。
やっとの思いで頂上に着いた、周りにスナイパーは居ない。
俺は能力を起動して辺りを見た、前、右、左...居ない......てことは後ろか!?
後ろを振り向くとスナイパーが俺に銃弾を放った!
避けようとしたが、弾は右肩を貫通した。
俺のイメージが追いつかず、激痛がはしった。
血は吹き出て持ってたハンドガンを落とした、やばい...目の前にスナイパーがいる、銃口は俺の鼻が当たるか当たらないかくらいの距離だ。
「チェックメイト。」
スナイパーの一言を察し、俺は覚悟を決め目をつぶった。
「たあぁぁぁぁ!!」
聞き慣れた声が聞こえて目を開けた、するとスナイパーの背後から走って来るタク、刀を横に振ってスナイパーの背中を斬った!
スナイパーはライフルを落としゆっくりと倒れた、背中からは血が大量に出ている。
「悪いな、そいつは俺が殺る。」
「タク!またお前は...どうして!!」
「殺らなきゃ殺られる。 それだけじゃ不十分か? 」
「ふざけんな!言い訳ないだろ!!」
俺とタクが言い合ってる間、スナイパーは残り少ない力で腕を使って身体を動かし、ライフルを手に取ろうとしていた。
「し、死ねな...い......母が...待って......いる...
帰っ......て...母に.........賞金を...」
必至に生きようとする姿を見て、タクはとどめにと刀を振り上げた。
それは残酷過ぎる!そう感じた俺はとっさにスナイパーをかばった。
「退け!じゃなきゃ、こいつはまた襲って来る!」
「もうやめろ!これ以上やって何になるんだ!?」
俺はスナイパーを抱き上げ止めた。
「あんたもだ!こんな殺し合いはやめるんだ!そんで、そんでお母さんに会いに行こうよ!!」
語りかけるも返答はなく、スナイパーの身体はどんどん冷たくなっていく。
今、俺の手の中でひとつの命が消えようとしている、それはどう足掻いても止める事が出来ない...
「...ぎだ......」
スナイパーが俺に何かを言っていた、最期の一言を。
「君...の......のち......」
スナイパーは言い切る事なく死んで言った。
あまりの絶望に俺は叫んだ。どうして殺し合うんだ、どうして死ぬんだ。しかし誰かが応える筈もなく、ただ、虚しく響くだけだった。
「残り五人!残り五人だモモ!」