表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「Halloween Corps!-ハロウィンコープス-」シリーズ

【旧ver,】Halloween Corps! -ハロウィンコープス-

作者: 詩月 七夜

「はあああああ…しんど」


 10月某日。

 きらびやかな街のネオンの海を歩きながら、十逢とあい 頼都らいとは溜息を吐く。

 今まさに身体に圧し掛かる疲労もそうだが、毎年訪れるこの時期の空気には慣れない。


「…明日地球が滅びねーかな」


 そんな末期的な台詞が飛び出るくらいに彼は疲労し、鬱屈していた。

 原因の一つは、いまの街の装いだ。

 10月…といえば、思い浮かぶキーワードは色々ある。

 衣替えに運動会、神無月ということで、八百万やおろずの神々が出雲でサミットするとか…

 それに加え、日本ではこの近年で定着化しつつある一つのイベントがあった。


 そう「ハロウィン」だ。


 元々は、北欧はケルトのお祭りだった。

 古代ケルトでは、一年の終りは10月31日で、この日の夜は夏の終わりを意味し、冬の始まりとなる。

 そして、死者の霊が家族の元に訪ねてくると信じられているのと同時に、併せて姿を見せる悪霊や魔女から身を守るために仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていたのが起源とされていた。

 現代の外国では、子供達がこうした魔物などの仮装をし、家々を回っては「お菓子をくれないと悪戯するぞ」と言って、お菓子をもらうスタイルがメジャー化している。

 そして、日本では更なる勘違いが起きていた。

 子供達が仮装するのは、微笑ましいから、まあ良しとして。

 何を曲解したのか、いい歳した大人達も便乗してコスプレを行い、徒党を組んで街を練り歩き、乱痴気騒ぎを起こすというバカげた現象になり下がっているのである。

 普段抑圧されている反動なのか、大人達のマナーもへったくれもないこの様子をニュースで見るたび、頼都は神経を逆なでされていた。


「アホらし。そんなにストレス溜まってんなら、普段から発散しとけってんだよ、まったく」


 実際、ハロウィン当日まではまだ少し時間がある。

 にも関わらず、街には既に『ジャックオーランタン』が溢れかえり、今夜の様な週末の夜にもなれば、下手なアニメか漫画のキャラクターのコスプレをした大人達が、酔いどれて大騒ぎしている。

 今に始まった事ではないが、こうした日本人の無節操ぶりには、頼都自身呆れていた。

 毎月祭が無ければ、大和民族はまともに生きていけないのだろうか。


「ねーねー、それ『LOVE Line』に出てくる渚ちゃんでしょ?すっげー可愛いね!」


 歩き過ぎる中、不意にそんな声が聞こえてくる。

 見れば、一人の女子高生に何人かの若い男達が群がっていた。

 囲まれた女子高生は、戸惑った表情を浮かべていた。


「えっ…いえ、違います」


「うそぉ。その制服、来鶯女学院のやつにそっくりじゃん!」


「うんうん。肩のラインとか、色もそっくりだよね。作ったの?それとも通販?」


「カバンまでピッタリコーデしてるなんて気合入ってるしwww」


「バーカ、基本だよ基本」


 酔っ払って本物の女子高生をコスプレイヤーと勘違いしているのか、男達は好き勝手に女子高生の品評を始めていた。

 女子高生が助けを求めるように辺りを見回すが、そんなに切迫した様子を見せていないからか、誰も見向きもしない。

 恐らく、切迫していても見向きもしないだろうが。


「あ、あの!スミマセン、失礼します!」


 立ち去ろうとした女子高生の肩を、若者達の一人が掴む。


「まーまー」


 ニヤけた顔には、下心がべったり張り付いていた。


「実はさー、俺達これからちょっと早めのハロウィンパーティーやるんだよね。よければ、君も一緒にどう?」


「い、いえ、スミマセン。急いで帰らなきゃいけないので」


「あっそ。じゃあ、俺達で送って行こっか。なあ?」


「だなー。こんな夜に女の子一人じゃ危ないし」


 追従する男達。

 女子高生は、脅えた表情で固まった。

 どうやら、見かけ通り、男のあしらいに慣れていないお嬢様の様だ。


「いえ、大丈夫です…本当に大丈夫ですから」


「あ、怖がってる?もしかして、俺らの事怖がってる?」


「おめーのツラじゃ無理もねぇよ」


「大丈夫大丈夫。俺ら、車もあるから家まで送っていけるよ」


 そう言いながらも、全員酒が入っているのは明白だ。

 運転など、出来る訳が無い。

 遠慮ない男達に挟まれ、女子高生は泣きそうな表情になる。

 一連のやり取りを見てしまった頼都は、頭を掻いた。


「…コレだから、週末の街ってのは苦手なんだよ」


 面倒臭そうに言うと、眉間にしわを寄せる。


「ついでに、演技ってのも苦手だよ」


 そう言うと、キツイ表情を浮かべながら、頼都は女子高生と男達に近寄った。


「現行犯だな…!」


 突然の闖入者に、男達が驚いた様に頼都を見る。

 女子高生も、見ず知らずの頼都に声を掛けられ、キョトンとしていた。


「署に同行してもらうぞ。今度は言い逃れは出来ないからな!」


「え?あ、あの…?」


 強引に腕をとり、女子高生を連行する。


「お、おい!何だよ、アンタ!」


「横から何だよ、いきなり!」


 詰め寄ろうとする男達を、頼都はジロリを睨んだ。


「あんたら、こいつの『客』か?それとも…仲間か?」


 その尋常ならざる迫力に、男達が顔を思わず見合わせる。


「もしそうなら、一緒に警察署に来てもらう」


「はあ!?何でだよ!」


「こいつはヤクのバイ人の前科持ちだ」


 乱暴に女子高生の手を捻り上げる。

 ただし、絶妙に力を加減したので、痛みは無い筈だ。

 驚きに目を見開く女子高生に、頼都はこっそり片目をつぶって見せた。


『黙って話を合わせろ』


 という合図だった。


「女子高生の恰好で油断させて、ナンパしてきた男共にヤクを盛って中毒にする…そういう手口で『客』を増やすのが、コイツのやり方さ」


 そう言うや否や、頼都は捩じり上げた女子高生の袖口に指を突っ込む。

 そうして抜いた指には、紙に包まれた「何か」が挟まれていた。


「見ろ。これが証拠だ。中身は言うまでもないよな、おい?」


 犯罪者を見る目で、女子高生を睨む。

 女子高生はそっぽを向いて押し黙った。

 種明かしをすれば、紙の中身は空っぽだ。

 紙も手元にあったコンビニのレシートを適当に手早く折り、隠し持っていただけの代物だった。

 だが、演技と知らない者が見れば、一連の流れから彼女が見せた態度は肯定の沈黙に見えただろう。

 そして、頼都の手品じみたトリックを駆使して引っ張り出された「物的証拠」が更なる効果を生む。

 現に、男達は顔色を変えた。


「いや、知らない!俺ら、別にそいつと知り合いじゃないし!」


「そ、そうそう!今、声を掛けただけッスよ!」


 頼都は睨むように、若者達を見回す。


「本当だろうな?嘘だったら、お前らもブタ箱にぶち込…」


「失礼します!」


「お勤めご苦労さんです!」


 言うや否や、若者達は脱兎のごとく逃げ出した。


「…ありがとうございました」


 若者達が見えなくなり、頼都が腕を離すと、女子高生はおもむろにそう言って頭を下げた。

 よく見れば、黒髪が美しい顔立ちの整った少女だ。

 昼間に普通に歩いていても、声を掛けてくる男は多いだろう。


「悪かったな。正面きって助ける王子様って柄じゃないんでよ。ああいう芝居しか思いつかなかった」


「いいえ。びっくりしたけど、少しだけ…楽しかったです」


 微笑むと、少女の器量は更に上昇した。


「申し遅れました。私は時坂ときさか 深月みつきって言います」


「十逢 頼都だ。あんた、機転が利く女だな」


 つられて、頼都も少しだけ口元を緩ませる。

 だが、それ以上に舞い上がる程、頼都は初心うぶではない。


「じゃあ、俺はこれで。気を付けて帰れよ、JK」


「あ、ちょっと待ってください」


 呼び止められたので振り向くと、深月は鞄からスマートホンを取り出した。


「失礼ついでにお伺いします。最近、この辺りでこの娘を見ませんでしたか?」


 そう言いながら、スマートホンの画面を見せる。

 画面には深月と、もう一人の女子高生が笑顔でピースサインをしている写真が写っていた。

 深月とは対照的に、快活そうな目の大きい娘だ。


「いや…知らないな」


「そうですか…」


 肩を落とす深月。

 頼都は察した様に言った。


「知らないが、心当たりはある…噂の失踪事件の被害者の一人か」


 深月が驚いて顔を上げる。


「別に驚く事じゃないだろう。今朝もニュースでやってたし」


「そう、でしたね…」


 ここ10月に入ってから、この町に住む若い娘数名が行方不明になっているのは、誰もが知っている話題だ。

 共通しているのは少女であるという点だけで、他に関連性も無く、警察の捜査も難航しているという。

 巷では、近隣のとある町に住んでいる「特別住民ようかい」の仕業ではないかとも騒がれている。

 が、真偽の程は不明だ。


「…親友か?」


「はい…」


「いつ居なくなった?」


「二日前です。夜、この近くのお店でバイトをしていて、そのまま…」


「行方不明、か」


 俯く深月に、頼都は頭を掻いて告げる。


「まだ、三週間・・・もあるのに…運が無かったな」


「…えっ?」


「酷なようだが、最悪の結末ってのは、往々にしてよく起こるもんだ…その気構えだけはしといた方がいい」


「どういう…意味ですか?」


「別に。単なる覚悟の話だ」


「待ってください。何かご存知なんですか…!?」


 深月が縋るように頼都を見上げる。

 頼都は、その肩を叩いた。


「帰れ。あんたまで行方不明になったら、家族が悲しむ」


「あの娘の家族は、いま悲しんでます。私だって…」


 頼都は無言で背を向けた。


「お願いします。何か知っているなら、教えてください…!」


 深月の悲痛な声には応えず、頼都は夜の闇に溶けた。


-----------------------------------------------------------------------------


 今夜は月が明るい。

 だから…足元に落ちる影も濃い。

 この月光のお陰で、帰り道は怖い思いをしなくて済んだ。


「あの人、何か知っている感じだったな」


 深月は、自分を助けてくれた頼都の顔を思い出した。

 疲れた様な気だるい感じの若者だったが、僅かに見せた笑顔は好きな俳優に似ていたように思う。

 何にせよ、宛ても無く始めた聞き込み調査だったが、手掛かりらしきものを得られたのは僥倖だった。

 彼に再会できる保証はないが、もしかすればあの場所でまた会えるかも知れない。


「うん。明日の夜も行ってみよう。出来る事はやらなくちゃ」


 警察の捜査も始まってはいるが、成果は芳しくないと聞く。

 それと比べても、自分の聞き込みなどは微力に過ぎないだろうが、彼女自身、何もしないでいるのは我慢が出来なかった。

 やがて、自宅まであと少しといった距離まで来た時だった。


“…けて”


「…?」


 不意に深月は誰かの声を聞いた気がした。


“…す…けて…”


 今度は少しだけだったが、ハッキリと聞こえた。

 周囲を見回す深月。

 だが、人影はない。

 辺りは住宅街で、近くには大きめの公園があるだけだ。

 そこも無人のようだった。


“た…す…けて…”


 深月の目が見開かれる。

 この声。

 幽かだが、聞き覚えのあるこの声は、姿を消した親友のものだ。


「優香!?優香なの!?」


 そう呼び掛けるが、声は消えてしまった。

 代わりに、公園の中にボンヤリと明かりが見える。

 公園には林道もあり、その中から光が漏れていた。


「誰かいるの…?」


 深月の足が公園へと向く。

 月明かりはあるが、林道に入るとほぼ暗闇だった。

 躓きそうになりながらも、深月は光に近付いていく。

 確か、林道の奥には広場があった筈だ。

 誰かがそこで花火でもしているのだろうか?


「え…」


 広場に着くと、そこには大きな門扉があった。

 光はそこの門扉の両側に灯った古風なランタンから漏れていた。

 鉄柵で出来た洋館に合いそうな門扉は、トウセンボをするように閉ざされており、明かりがあるにも関わらず、奥を覗いても暗闇が広がっていて何も見えない。


「こんな所にこんな門はなかったと思うけど…」


 想像外の光景に、戸惑っていた深月の目の前で、門が軋む。

 見れば、誰も居ないのに門扉がひとりでに開いていった。


「…すみません。誰かいるんですか…?」


 逡巡した後、恐る恐る中にそう声を掛けてみる。


「おりますとも」


「きゃあっ!?」


 不意に。

 背後から声を掛けられ、深月は跳び上がった。

 慌てて振り向くと、一人の背の低い黒い服の老人が立っていた。

 禿頭に白いあごひげ、執事の様な恰好をした老人だ。

 深月は「白雪姫」に出てくる七人の小人を連想した。


「あ、ど、どうも、スミマセン。明かりが見えたので、誰かいるのかな、と」


「ああ…この明かりをご覧になったのですか」


 老人は人懐っこい笑みを浮かべた。


「そうですか、そうですか。では、貴女が最後の来賓という訳ですな」


「えっ…」


「お見受けするに、貴女は優香様のご学友ではありませんか?」


 思いもよらぬ言葉に、深月が驚愕する。


「そう、ですけど…優香を知ってるんですか!?」


「ええ。少し前からこちらにご逗留されております」


「逗留って…えっ?どういう…」


 老人はすたすたと開け放たれた門扉に近付いた。


「さ、どうぞ。ご案内いたしましょう。貴女の事は、優香様から聞き及んでおります。不肖、私イゴールめがお連れいたしましょう」


 振り向いてそう言う老人に、深月は躊躇った。

 何もかもがおかしい。

 この門も、老人も、あり得ない存在だ。


“たす…けて…”


 その時、不意に優香の声が門の奥から聞こえた。


「優香!?貴女なの!?」


 深月は思わず叫んだ。

 今度はハッキリと聞こえた。

 行方不明になった親友が、助けを求める声が。


「お急ぎください」


 老人が足を踏み入れると、門扉が軋みを上げて閉じ始める。


「待って!」


 暗闇に消えそうな老人の背中を追い、深月は勇気を振り絞って飛び込んだ。

 後にはただ静寂が落ちる。

 その静寂の中、小さな羽ばたきが聞こえた。


「キキィ」


 それは一匹の蝙蝠コウモリだった。

 木の梢に羽を休めていた蝙蝠は、一部始終を見届けると、月夜の空に飛び立っていった。


-----------------------------------------------------------------------------


 門扉の向こうは、木で出来たトンネルの様になっていた。

 その中を老人が青白い光を放つランタンを手に、歩いて行く。

 その後を、深月はおっかなびっくりついて行った。


「あの…本当に優香が居るんですか?」


「勿論ですとも」


 老人が穏やかな声で答える。

 だが、その表情は背を向けているため、まったく見えない。

 深月の不安は加速した。

 そもそも、周囲の様子がおかしい。

 あの門をくぐってからだいぶ経つようだが、まだ森の端には着かない。

 あの公園の林道は、こんな長く続くものだったろうか?

 おまけに、周りの木々も段々とねじくれていき、まるで魔女が住む森の中に迷い込んでいる様だった。

 木々の間からは、蒼い月光が差しこんではいるが、闇は一層濃くなった気がする。

 その中を、蛍の様な淡い光が無数に飛び回っていた。


(ここは本当に現実なの…?)


「さあ、着きましたよ」


 不意に老人がそう告げる。

 道を譲った老人が手で指す方向には、暗い森の終わりと共に、広い広場の様な草はらが広がっていた。

 ちょうど、森の中に出来た円形の劇場の様だった。

 下には古い石畳が広がり、広場を囲むように巨石ストーンヘンジが立ち並んでいる。

 空には黄金の月が輝き、広場のところどころにはいくつもの蝋燭が置かれ、灯をくねらせていた。

 そして。

 広場の中心に置かれたテーブルの様な大きな石の上に、何人かの少女が居た。


「優香!!」


 その中に、行方不明になった親友の姿を見つけ、深月は駆け寄った。

 優香と少女達は、全裸の上に白い衣をまとっただけの姿で横たわっている。

 そして、その瞳は開かれているものの、意思の光が無かった。


「優香!!どうしたの、ねえ!!」


 駆け寄って肩を揺する深月を見ても、優香は何の反応も示さなかった。

 まるで、魂を抜かれてしまったかの様に、無反応だった。


「優香…」


「…げ…て」


 深月は優香の口元を見た。

 反応が無いのは変わらないが、その唇が小さく動いている。

 何かを呟いている様に見えた。

 深月は耳を唇に寄せた。


「に…げ…て…」


 逃げて。

 親友はそう言っていた。


「これで準備は整いました」


 声に振り向くと、あの老人が一礼していた。


「私の役目はここまでです。後は皆様でお楽しみください」


 そう言うと、老人は背を向けて、森の中へ歩き出そうとした。


「待って!」


 深月が呼び止める。

 老人が振り向く。


「…説明してください」


 老人を睨みながら、深月は語気を強めた。


「貴方が優香を…いえ、この娘達を誘拐したんですか!?」


「いいえ」


「じゃあ、彼女をこんな風にしたのは貴方ですか!?」


「いいえ」


 老人は首を横に振った。

 沈黙が落ちる。

 深月は、最後の問い掛けを投げ掛けた。

 それは、あの門扉をくぐってから、ずっと思っていた疑問だった。


「…教えてください。ここは…現実の世界なんですか…?」


 老人が笑う。

 その笑みは、醜悪に歪んでいた。


「いいえ。ここは貴女達人間が“幽世かくりょ”と呼ぶ、狭間の世界です。そして、私はここで永劫に続く夜宴の案内係ストーカーに過ぎません」


 ざわ…と森がざわめいた。

 いや、正しくはその中に潜んでいたものがあげたざわめきだった。


「夜宴が始まります」


 老人が背を向ける。


「どうぞ、存分にお楽しみください…命尽きるまで」


 そして、森の中から異形の者共が姿を見せた。

 ライオンの頭を持つ人間がいた。

 口から火を吐く狼がいた。

 ワニに乗った悪魔の様な者や宙を泳ぐ魚の様な異形も居た。

 まさに悪夢の如き光景だった。


「きゃあああああああああああああっ!!」


 その醜悪な姿に、深月が悲鳴を上げる。

 異形の群れは、深月達が乗った石のテーブルを取り囲んだ。

 ここに至って、彼女は気付いた。


 夜宴。

 石のテーブル。

 周りに集う、異形の群れ。

 その口から滴るのは…飢えに急かされるよだれ


 つまり。

 古今東西、宴には来客の舌を楽しませる料理の数々が不可欠である。

 この場合、その料理とは即ち…


「そ、そんな…嫌…いやあ…」


 深月の悲鳴は、異形の者達にしてみれば、さながら鼻孔をくすぐる極上の料理が放つ薫りなのだろう。

 異形の者達が、歓喜の哄笑を上げた。


 その時だった。


「ホールドアップ。現行犯だ、動くなボンクラ共」


 不意に上がったその声に、異形の者共の動きが止まる。

 恐怖に目を閉じていた深月は、恐る恐る目を開けた。

 その視線の先に、森の中から現れた一人の男の姿があった。


「ら、頼都さん…?」


 先程、自分を助けてくれたあの男だった。

 黒いライダースーツの様なものを身にまとい、悠然と近付いてくる。


「“解禁日”までまだ三週間ある。つーわけで、フライングしたお前らは、全員お仕置きだ」


「貴様…邪魔ヲスル気カ?」


 異形の一体が、敵意を込めて、そう言い放つ。

 頼都は頷いた。


「それが“ルール”だからな」


「ココマデ来テヤメラレルカ!!」


 別の異形が声を上げた。

 それに他の異形も追従する。


「黙れ」


 頼都がそう告げる。

 静かな迫力に、一瞬で異形達が沈黙した。

 その様子に、深月も息を呑む。


「毎年毎年毎年毎年…この時期ほど忙しくて疲れる月はねぇ」


 吐き捨てるように頼都は続けた。


「それもこれも、お前らみたいな奴らが“掟”を破って摘み食いをするからだ。その度に呼び出されるこっちの身にもなれっつーの、まったく」


 ぼやきながら、頼都は右手の拳を開いた。

 そこに炎が灯る。

 その火影に照らされた頼都の顔は、異形の影に揺れた。

 人間の顔の上に、恐ろしい炎の形相が浮かぶ。


「ホレ、かかって来い。相手になってやる」


「図ニ乗ルナ、若造!」


 挑発に乗った異形の一団が、頼都に襲い掛かる。


「いいね。今日は活きが良いのがいるじゃんか!」


 そう叫ぶと、頼都は手の鬼火を操り、炎の嵐を巻き起こした。

 群がる異形の群れが、一瞬で炭化し、異臭を放つ。

 瞠目する異形達の中で、最初に噛みついた一体が警告の声を上げた。


「見タ目ニ惑ワサレルナ!コイツハ、アノ『焔魔“鬼火南瓜ジャック・オー・ランタン”』ダゾ!」


 異形の群れにざわめきが広がる。

 鬼火南瓜ジャック・オー・ランタン…かつて、一人の男が悪魔を騙し「死んでも地獄に落ちない」という契約を取り付けた。しかし、死後、悪行により天国へいくことを拒否され、悪魔との契約により地獄に行くこともできず、永遠にこの世とあの世の狭間を彷徨い続けているという伝説の鬼火である。

 頼都は肩を竦めた。


「説明どうも…さて、まだお仕置きは終わってないぜ」


 バキバキと指を鳴らす頼都。

 その背後から、不意に現れた樹木の姿の異形が襲い掛かる。

 どうやら、周囲の木に擬態をしていたようだ。


「死ネ!」


 枝を鋭い槍の様に閃かせ、襲い掛かる樹魔。

 だが、その枝を一瞬で切断した黒い影がいた。


「ナ、何ダ!?」


「不意打ちとは卑怯千万デース!」


 見れば、日本刀を持った一人の金髪少女が、凛然と立ち塞がっている。

 均整のとれた体つきの美しい少女だった。

 頼都のものよりも幾つかの装甲を増やした鎧の様な黒いスーツに身を包んでいる。

 そして、犬の様な耳と尻尾を見れば、人間ではないのは明らかだった。


「頼都殿、背後の守りはこのリュカにお任せデース!」


 犬歯を覗かせて笑う少女。

 それに頼都は頷いた。


「よーし、でかした。そっちは任せたぞワン公」


「No!リュカはれっきとした人狼ウェアウルフデース!犬じゃないデスよー!血統書だってありマース!」


 ぷんすか怒りだすリュカ。

 弁明内容が微妙に犬寄りだが、本人は気付いていないようである。


「フザケルナ!女!」


 再び樹魔が枝を繰り出す。

 が、そのことごとくをリュカは斬り払った。


「遅いデース。欠伸が出ますネー」


「オ、オノレェ!」


 追い詰められた樹魔が、巨体を利用してリュカと頼都を押し潰そうとする。

 が、その巨体を片手で受け止めた者が居た。


「OH!サンキューね、フラン。お見事、アッパレ、バンジー急須デース!」


「…それを言うなら『万事休す』」


 恐ろしい質量を軽々と受け止めていたのは、一人の可憐な少女だった。

 小柄な少女は、クラッシックな英国風のメイド衣装に身を包み、無表情のまま、樹魔を軽々と持ち上げる。

 その有様に、樹魔本人を含む異形達がどよめいた。


「ナ、何ダ、オ前ハ…!?」


「…私はフランチェスカ。雷電可動式人造人間フランケンシュタインズ・モンスター


 チラッと頭上の樹魔を見上げて、そう答えるメイド少女。

 不意にその髪が逆立つ。


「ギ、ギャアアアアアアアアアアアッ!!」


 落雷に匹敵する電撃を受け、樹魔は断末魔と共に消し炭と化した。

 それを無造作に投げ捨て、フランチェスカはリュカに向き直った。


「…あと、言葉の意味と使う場面、間違ってます。ミス・リュカオン」


本当リアリー?あいやー『猿も川で流れる』ネー」


「…『猿も木から落ちる』です。流れるのは河童」


「無理に日本のことわざを使おうとするからだ、アホ犬」


 ワイワイと呑気なやり取りを繰り広げる三人を、異形の一団がジワリと取り囲む。

 それに気付き、頼都はポンと手を打った。


「おっと、忘れてた。諸君のお仕置き中だったよな」


「“鬼火南瓜ジャック・オー・ランタン”ヨ、取引センカ…?」


 不意に異形の一体がそう切り出す。

 頼都は眉根を寄せた。


「あん?取引だぁ?」


「ソウダ。何ノ為ニ律儀ニ“掟”ニ従ッテイルノカハ知ランガ、人間ノ一人ヤ二人、ドウナロウト知ッタ事デハアルマイ?」


「…何が言いたい?」


「見逃シテクレタラ、分ケ前ハハズムゾ」


 ニヤリと笑う異形共。


「好キナ娘ヲ一人選バセテヤロウ。本来ハ早イ者勝チダガ、特別ダ」


 耳障りな哄笑が広がる。

 脅える深月を見やると、頼都は頷いた。


「よーし、決めた」


「ソウカ。デハ早速…」


「お前ら全員、お仕置きから『死刑』に格上げな」


 周囲に静かな殺気が満ちる。

 異形は固い声で言った。


「…ソノ選択肢ハ賢イトハ言エナイナ。考エ直ス気ハ…」


 そこまで言った瞬間、その異形は業火に包まれた。

 一瞬で燃え尽きた異形のむくろを踏みにじり、頼都が焔魔の本性を見せて笑う。


「ハイ、次」


「殺セ!」


 殺戮の怒声が唱和する。

 雪崩うってきた異形達を、頼都は次々と炎の中に葬っていく。

 リュカは目にも止まらぬ速さで疾走し異形達を斬り捨て、フランチェスカも群がる異形に一歩も引かず、撲殺・投殺を続ける。

 善戦する三人。

 しかし、上空から多数の異形の攻撃を受け、やむなく間合いを取った。


「OH!流石にあの高さでは、反撃が出来まセーン」


 リュカが地団駄を踏む。

 頼都はフランチェスカに言った。


「おい、アルとミュカレはまだか?一体何やってんだ?」


「…お待ちを」


 フランチェスカが、耳からアンテナを伸ばし、何やら交信を始める。


「…応答ありました。今回の夜宴の基点の発見・破壊に成功したそうです。もう、着く頃かと」


「その前に、向こうから来るぞ!」


 見れば、怪鳥や怪魚の姿をした異形が、三人目掛けて迫って来ている。

 が、身構える三人の目の前で、高速で飛来した黒い疾風がそれらを真っ二つに両断した。

 残りの異形達は、怯んだ隙にビームの様な光でなぎ払われ、墜落していく。


「ジャッジャジャーン!お待たせ―!」


 そんな能天気な声が上空から降ってくる。

 見上げた三人の目に、異形を一瞬で両断したマントを羽織った人物と、箒に腰かけ杖を構えた女性の姿が映る。

 二人は、ゆっくりと降下すると、三人の元へ着地した。


「こちらは片付いたよ、頼都くん。あと、一時間もしないうちに夜宴は終わるだろう」


 白金髪プラチナブロンドの長髪を掻き上げ、そう報告したのは美青年と見まごう中性的な女性だった。

 黒いライダースーツは頼都のものと同じだが、刺繍が入っていたりとエレガントにカスタマイズされている。

 彼女の名前はアルカーナ。

 かの高名な神祖“D”の血を引く吸血鬼ヴァンパイアだ。

 先程見せた通り、高速飛翔の他に鋼をも断つマントで相手を両断したりと、多芸多才な能力の持ち主である。


「おう、お疲れ。ついでに、残りの相手も頼めるか?」


「オッケー!任せてよん♪」


 軽い口調でそう応じたのは、際どい黒のラバースーツに身を包んだ豊満な体つきの女性だった。

 名前をミュカレという。

 中世暗黒時代の魔女狩りを生き抜いた、生粋の痴女ビッチ…いや、魔女ウィッチである。

 今は失われた古代黒魔術を継承し、数々の魔術や呪法にも精通した“生ける伝説”だった。


「…隊長キャプテン、上空の敵の対処も重要ですが、彼女達の安全を確保する必要があります」


 フランチェスカの言葉に目をやると、異形の一部が深月達の元に近付いている。

 

「よし、護衛を向かわせる。ミュカレ、頼む」


「ハイハーイ」


 そう言うと、ミュカレはその豊かなバストの谷間から、一本の巻物スクロールを取り出した。


「毎度毎度思うんだが…お前の胸はどうなってんだ?」


「うふふ、今度二人きりの時に、じっくりと見せてあ・げ・る♪」


 呆れる頼都に色気たっぷりのウィンクを送ると、ミュカレはスクロールを広げて呪文を唱えた。

 ミュカレの前面に大きな魔法陣が浮かび上がり、その中から無数の人影が湧き出てくる。


「うえ、気持ち悪」


「毎度毎度、慣れないよね、この転移魔法ってやつ」


「ハイハイ、整列整列。隊長キャプテン見てるよ。給料減らされちゃうよ」


 湧き出て来たのいずれも同じ顔と髪型の少女達だった。

 揃いの黒いライダースーツに身を包んだ彼女達は、総勢二十名ほど。

 これだけ同じ顔が揃うと、頼都自身がゲシュタルト崩壊を起こしそうになる。


「チームZ、ただいま到着しましたー」


 代表して最前列の一人の少女が敬礼する。

 頼都は返礼しながら告げた。


「おう、ご苦労。早速だが任務だ。あの女の子達を迫りくる異形へんたい共から守れ。以上」


「…毎度毎度、ざっくりだね」


 アルカーナの冷静な指摘に、頼都は溜息を吐いた。


「仕方ないだろ。あいつらおつむが腐ってるから、簡単な指令コマンドしか記憶できないし」


 言ってる端から、チームZの隊列が乱れる。

 「うぜー」だの「げっ、今日の相手キモいの多い」だの、余計な会話が乱れ飛ぶ。

 チームZ…その正体は、魔女ミュカレ謹製の量産型魔動死体リビングデッドの集団だった。


「さて…準備も整ったことだし、大掃除を始めるぞ」


 頼都の呼び掛けに、全員が応えた。


「OKネー!」


「…了解です」


「任せ給え」


「おねーさん、頑張っちゃうわよー」


「ういーす」「あいあい」「どぞー」「はいー」「だりー」


 頼都は両手に炎を灯すと、大きく息を吸った。


「行くぜ!Trickトリック orオア…」


 それに全員の声が重なる。


「「「「「Treatトリート!」」」」」


-----------------------------------------------------------------------------


「う、うう…ん」


 肌寒い夜風に、深月は落ちていた意識を覚醒させられた。

 重い頭を振り、身を起こす。

 見回すと、そこは最初に門扉を見た、あの林道の広場だった。


「私…一体…」


「おはようさん」


 不意にそう声を掛けられた深月は、傍らの木に背を預け、自分を見降ろす男の存在に気付いた。


「頼都さん…」


 おぼろげだった記憶が、徐々に蘇る。

 門をくぐった先に広がっていた異界の森。

 夜宴に集った異形の群れ。

 そして、それらを殲滅した頼都とその仲間達。

 にわかには信じ難い体験を思い返す仲、深月はハッとなった。


「そうだ、優香!優香は…!?」


「うちの連中が家に届けた筈だ。他の娘達と一緒にな」


 そう言うと、頼都は身を起こした。


「心配しなくても、連中が施した暗示は解いておいた。明日は普通に会えると思うぜ」


「…夢じゃ、ないんですね」


 安堵する一方で、深月は自分達に迫っていた異形達の姿を思い返し、身震いした。


「頼都さん、あそこは一体何なんです?それに夜宴って?あの怪物達は?」


 押さえていたものを吐き出すように質問する深月に、頼都は苦笑した。


「あそこは“幽世かくりょ”っていってな、言うなればこの世とあの世の狭間の世界さ。そして、夜宴ってのはそこに棲む住人かいぶつ達が、一年に一度だけ催す宴だよ。その趣向は…お友達と一緒に身を持って知っただろ?」


「そんな…一体何のために?」


 頼都は少し呆れた様に言った。


人間あんた達は本当に『何も知らない』んだな」


「え…?」


「連中の夜宴はな、本来ならあんた達のいう『ハロウィン』に倣って、同じ日に開かれるんだよ。『ハロウィン』の起源になる古代ケルトのドルイド信仰の祭では、獣などの生贄いけにえを捧げていたっていうから、そこも真似してるんじゃないか」


「生贄…」


 深月は息を呑んだ。

 ならば…

 夜宴が「ハロウィン」に倣って開かれたとするならば。

 夜宴の生贄とは…深月達自身だったという事だ。


「そして『ハロウィン』には、この世とあの世との間に目に見えない『門』が開き、互いの世界の間で自由に行き来が可能になる。つまり、連中の様な怪物が、こちら側にもやってくるのさ」


「それじゃあ、今回の失踪事件は…」


「連中の仕業だよ。誰にたぶらかされたんだか知らないが“掟”を破って、夜宴を早めに開こうとしてたから、俺達が軽くシメておいた。ま、今年はもう大丈夫だろ」


 笑顔でそう告げる頼都。

 しかし、深月の胸には微細な違和感のとげがあった。


「今年は…って、じゃあ、来年は?またあの怪物達が、悪さをする事もあるんですか?」


「まあ、あるかもな」


 あっさりそう答えられ、深月は愕然とした。


「けど、安心しな。その時はまた、俺達…『Halloweenハロウィン Corpsコープス』がシメ上げに来てやるよ。それも“掟”だしな」


 そう言うと、頼都は軽く手を上げた。


「じゃあな。今度こそ気を付けて帰れよ、JK」


 そう言うと、頼都は右手に小さな炎を灯した。

 いつの間にか月は隠れ、世界は漆黒の闇が支配していた。


「あの、頼都さん!」


 深月は立ち上がって、そう声を掛けた。


「また、助けてくれてありがとうございました」


「…礼はいいさ」


 頼都が振り向く。

 その姿を見て、深月は凍りついた。

 火影に照らされた頼都の顔に、悪魔の様な炎の異相…“鬼火南瓜ジャック・オー・ランタン”の顔が重なっていた。


「どうせ、俺達『Halloweenハロウィン Corpsコープス』が人間あんた達を助けるのは“掟”に定められた『ハロウィン』前夜までだ」


 ニヤリと笑うと、頼都は背を向けた。


「一つ忠告しておくぜ」


 ゆっくりと。

 声だけを残し、孤独な鬼火が遠ざかって行く。


「『ハロウィン』の夜は出歩くな。その日はうちも休業日だからな」


 その声すらも、幽かになっていく。


「…それに“掟”通り、その時夜宴に招かれても…『助けない』ぜ」


 深月は彷徨うように揺れる鬼火を、立ち尽くしたまま見送った。

 雲はまだ晴れない。

 無明の夜は、まだ果てしなく続いていく。


 「ハロウィン」…今年の夜宴が始まるまで、残りあと三週間…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 個性豊かな賑やかなメンバーが頼もしく。 また主人公がカッコいいですね。 こういう、気怠げでありながらもやる時はやるキャラというのはたいへん好みです。 あとお犬様の間違った日本語、こういうの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ