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伝説の勇者の剣……が刺さっている台座を造るのが、代々ウチの家系  作者: たしぎ はく
第二章:町で少年に散々に言われているのが、元は由緒ある魔王
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第五話:節穴の事件

 運ばれてきた瞬間、ふわっと香る芳醇な香り。ガロンは甘いものが親の仇の様に嫌いであったが、苦味酸味は苦手ではなかったので、日頃からセーマを好んで口にしていた。飲むと頭がすっきりするので、眠気覚ましにもなる上に仕事に集中したいときにも役に立つ。先輩たち(オーガスとミルケ)も、酒なんかよりセーマを飲めば良いのに、とガロンは思った。

 できるだけ自分の方に寄せて、セーマを机の上に置く。向かいに座っている、こちらが無理矢理相席にしてもらった一般人の男への配慮だ。机の上の八割くらいは空けてある。

 手元、少年たちの会話で埋め尽くされた紙束を新しいものに。

 聞いている限り、やはり怪しい人間ではないようだ。だが、万が一があるかもしれない。未然に防げるものならば、未然に防いでおくに越したことはないのである。ガロンの中で燃える人並み以上の正義感。

 ほとんど世間話みたいな会話が続いているが、先程から幾度も出てくる「ポッティ」という単語がどうにも引っ掛かった。ポッティという食材が使われた料理を食べているらしいが、メニューを見てもそのような品は載っていない。

 しばらくすると食べることに集中し始めたらしく、会話が途切れたので、ガロンは紙束から目を離して少年たちの方へと視線を向けた。

 直後、視界の隅で銀の光が閃いていた。



 ☆



 ティーがかすかに肩を震わせたのを、魔王は見逃さなかった。


「……どうした」

「ん、いや、ちょっと。口に入れすぎた」



 ☆



 今までこの短剣が血を吸ったことは無かった。

 男は、あくまで置き引きやスリなどで金を「稼ぐ」ことを生業としているのである。傷害は専門外だ。あえてやろうとも思わないし、思ったことも無かった。懐に忍ばせていたのはもしもの時の護身用だったのである。

 それが今、眼前の眼鏡の男の血を吸っていた。右手で引き抜き、喉を狙って突く。しかし敵も「北門門番」なだけあって、完全に死角からの攻撃であったのにもかかわらず体を捻って躱してみせた。頬を浅く裂いた短剣を手の中で逆手に持ち替え、今度は男の方、手前に引き戻す。

 はっきりとした手応えがあった。ガロンの左肩に深々と食い込む短剣。机を押しのけて立ち上がり、門番の二の腕辺りを踏みつけて短剣を抜くと、すぐに身を翻す。


 視界の隅で、「正午を十数秒だけ過ぎた」時計が時を刻んだ。


 今まで感じたことも無い興奮。他人の肉を断つことの、なんと甘美な感触か。男のモノは、かつてない程に硬く怒張していた。漏れ出した涎を短剣を持っていない方の左手で拭う。


「あー、おじさん。代金は任せ――たっ!」


 ついたてを挟んで反対側にいた少年の肩に手を回すと持ち上げ、そのまま担いで店の外へ。捕まえる一瞬手前、少年が何か言ったようであったが、男は聞いていなかった。

 右手に持った短剣を振り上げ、


「邪魔だ! どけ!」


 行きかう人ゴミを開けさせる。男の怒号に、通行人たちは呆然と道を開けた。しばらくしてから騒がしくなる通り。別にこの町が出身というわけではないが、当然「仕事」をする上で町の地形は把握している。男はある程度進んだ後で短剣を鞘に戻し、人ごみに紛れた。直後、すぐに細い裏路地に入りこむ。

 通りはハチの巣をつついだような大騒ぎになっていた。恐らくガロンと名乗った門番は追ってくるに違いない。少年の従者は鈍臭そうだから、この人群に呑み込まれて追いかけて来られないはずだ。

 男は裏路地を小走りに進む。

 通りに面した建物にはあまり背が高いものは無く、せいぜいが二階建てや三階建てといったものが多い。だが、一度裏路地の方へ入ってしまえば、周りはすべて五階建てや六階建ての煉瓦造り、道幅も細いので当然太陽の光も差し込んでこない。ここではどんな行為だって、「お天道様すら見ていない」のである。

 それにしても軽い。持ち上げた少年は暴れもせずに大人しくしているが、そうであるがゆえに、間違えて人形を拉致してきたのではないかと心配になった。血の通っていないような真白い肌、ほとんど脱力した両手足。


「……おい小僧(ガキ)、金は持ってるな」

「あー、うん、持ってるよ」


 体温を感じさせない無機質な響き。

 言葉を発したことですくなくとも生命体であることはわかったが、今度は人間であるかどうかが分からなくなった。例えるならば、殺人コミュニティの人間とすれ違った時のような悪寒。先程から痛いくらいに怒張していた男のモノが萎え、しぼんだ。

 冷や水を浴びせられたようになって若干冷静になってきた頭が、ヤバいんじゃないかと、どうしていきなりこんなことをやってしまったんだと、そんなことを考え始めたのを頭を振って掻き消す。

 ……一人に大怪我をさせてきた。それもこの町においてもっとも敵に回してはならない北門門番をだ。その上、貴族のガキまで攫って来た。今更、何を釈明したところで引き返せない。

 だったら、もう、コミュニティを変えるしかないではないか。

 男は足を止めた。行き止まりであったが――それももちろん、予定通りである。ここの壁は特定のリズムで叩くと開くようになっていて、その奥には右手の建物の屋上へ続く螺旋階段が隠れているのだ。これも、組織が用意したもののひとつである。


「あのさあ、おじさん」

「黙ってろ」

「んー、うん」


 この町では、ほとんどの建物の屋根が平らになっていることが特徴的だ。上まで行くと、よっぽど端の方を歩いていない限り下から見つかる恐れはない。もちろん六階建ての建物ばかりを選んでいくと、それより高い建物も存在しないため、上からも見つからない。唯一建物より高い、町を囲う壁だって、ここからだとかなり遠いために見つかる恐れはない。

 ……俺は今日限りでコミュニティを変える。

 置き引きやスリは、最初は生活に困って始めたことだった。しかし、組織に属してより効率的に「稼げる」ようになった結果、目的はスリルを味わう為へと変わる。そして段々飽きていった......そんなタイミングだったのだ。もっと、もっとスリルが欲しい。男の中でのモラルは死に、理性の(タガ)は行方不明だった。


「今から俺の新しいアジトに向かう」


 今まではとてもじゃないが怖くて足を運べなかったコミュニティ、殺人を嗜好とする連中の吹き溜まる場所。そこでは、金品などを奪うために殺すような人間はまだ「常識的な方」だという。

 人肉を美食とする屍食家、死体にしか欲情できない屍体性愛者(ネクロフィリア)、純粋に断末魔の悲鳴が好きで、殺すために殺す者や、殺した人間あるいはその一部分のみを切り取って蒐集する者など、聞いた話だけでも正直同じ人間だとは思えなかった。

 だが、今ならわかる。右手にまだ、刃が肉を裂くときの感触が残っていた。想像だけで男は射精した。


「まず手始めに、食べてみるか」

「美味しくないと思うけど、別に」


 男の目にはもはや、肩の上の少年は肉屋で売っている肉と同じにしか映っていなかった。それゆえに、肉が何か言葉を発したが、それを聞き取ることはできなかった。



 ☆



 ティーはもちろん気付いていた。ついたてを挟んだ隣で、長髪の男が短剣を手にこちらに突っ込んできたときも。

 特に抵抗はしない。事件屋の男には望むような情報を提供できなくて申し訳ないが、そもそも提供できるような外の情報を何も持っていなかったので、この場から離脱できることはむしろ好都合だった。ポッティなる怪しい食材の使われた料理も食べ終わっていたし、というかむしろこの男が動くであろう瞬間に間に合うように急いで食べたし、

 ……計算が狂ってなくてなによりだな。

 ともあれ、今、自分は気持ち悪い男に下向きに担がれていた。腹に男の肩が喰い込んで痛い。

 建物の上のようであった。隣の屋根に飛び移る着地時、一際腹にめり込む肩のせいで先程食べたものが逆流しそうになる。


「なあおじさん、ちょっと吐きそうなんだけど」


 言ってみる。

 いぇひひひ、と、気持ち悪い笑いと涎をまき散らしている男には届かなかったようだ。手を伸ばして男の背中を叩いてみる。無反応。ちょっとイラッとした。


「おいおじさん、今すぐ止まったら怪我しないで済むぞ」


 一応言っておく。警告はしたのだ。だから全部自己責任だろう。

 六階建ての建物から建物、その屋根の間を飛び移る瞬間に合わせて、ティーは、「いついかなる時も」「肌身離さず背負っている」聖剣の封印を解いた。


「ひ、ひひ、ひ、ひひひひ――あ?」


 伝説の勇者の剣こと聖剣は、そのあまりの重さから、とてもじゃないが勇者以外の人間が背負ったまま旅することなんてできない。そのため、台座職人は聖剣の存在そのものを封印し、「なかったこと」にする術を編み出していた。ほとんど魔導からはみ出した、魔法の領域である。

 硬い男の肩と尋常じゃなく重い聖剣に挟まれて、胃の内容物が逆流する。しかし男にとって悲惨なのは、吐瀉物を吐きかけられることではなく、建物の屋根から屋根へ飛び移るのを失敗したということであった。わずか七十センの距離であり、少年を一人担いでいるとはいえ、飛び越え損ねるなどとてもありえない幅だ。

 ぎゃ、から始まる長く野太い悲鳴は、腐った果物が壁に叩き付けられたような音を最後に、途切れた。

 ティーは再び聖剣に封印を施して立ち上がると、口元を拭う。


「助けに来るのが遅い」

「……死んだのであるか」


 地面に突き立てれば自重で地面を割るくらい、という滅茶苦茶な重量の重石を持ったまま、六階に相当する高さから落下したのだ。狭い路地では体を回すこともできず、男はほとんど直立の姿勢で石造りの地面に落下。まず、下半身の骨という骨が砕け、関節は外れられるだけ外れ、太い大腿骨が膝蓋骨を突き破って地面に衝突、そのまま股関節を貫き内臓を潰した。

 男は今、股間辺りがほとんど直接地面に接している。それも、「両足を地面につけたまま」の状態で。

 ティーを担いでいた右肩は捥げて近くに転がっていた。白目を剥いた目尻からは泡と涙、口元にもさまざまな液体が付着している。


「貴様、蘇生魔法はかけてやらんのか」



 ☆



 魔王は、こちらに背を向けたままのティーが、右手を持ち上げたのを見た。いついかなる時も決して外さなかった、分厚い手袋が外されている。


「なあ魔王。蘇生魔法なんてあると思うか? 回復魔法もだ。そんなもんが、存在していいと思うか?」

「貴様、指が……」


 持ち上げられた右手。指はすべて立てられている。しかし、本数は三本しかなかった。薬指と小指が本来あるべきはずの場所には、大きな傷跡が残っている。それは、見様によっては歯形にも見えた。


「こいつは尋常な様子じゃなかった。完全に魔に憑りつかれていた。それも、取り返しのつかなくなるレベルまで、一気に。

 だから……だから、やむを得ず、私が始末した。他に被害が出る前にな。

 ――今まで(、、、)そんなことは無かったのに、もしかしたら……」


 言いかけて、ティーは言葉尻を曖昧に濁して消した。

 そんな少年の手のひらの傷が、つい最近ついたものでないことは一目瞭然である。


「これだけじゃねーぞ。私が隠している部分にはほとんどこれと同じくらいの傷がある。私が最強の、なんでもアリの回復魔法を持ってたら、これを治さないわけがねーだろ。蘇生魔法も、要は失われたものを取り戻す魔法だから、欠損した指なんかは取り戻せる。そんなもんが、実際にあれば(、、、、、、)な」

「であるが、我は、貴様に……」


 蘇生魔法をかけてもらったはずだ。だからこうして生きて……

 言葉を続けようとした魔王を遮って、ティーは振り向き様に言った。


「思い出せ、魔王。今私の口から真実を語ることは容易だ。でも、それはあんまり良い事じゃない。全部、全部思い出すんだ。その時、一緒に死のう」


 振り向いた勢いで広がる髪の隙間からわずかに覗く右目。本来ならある白目の部分は無く、濃紫の結晶が嵌まっている。魔王はうすら寒いものを覚えた。勇者と対峙した時にも感じなかった、人間も魔物も動物も変わらず等しく持っている、生物としての本能が、目の前の「生物」に対して警鐘を鳴らす。

 義眼だと言ったはずだ。それを見て、魔王はあることを悟った。あるいは怪しく光る魔眼に「悟らされた」のかもしれなかったが、それは考えてもわからないことだった。

 いや、ただ単に。「元から知っていた」情報を、思い出しただけなのかもしれなかった。


「聖剣台座を造るもう一つの素材っていうのは――」

「うん、まあ、職人の命だな。鉄と魔力と魔王の亡骸、それから職人の命が素材になる。そこまでか? それ以外に思い出したことは?」


 (かぶり)を振る。断片的に何らかの情報は思い浮かんだが、いかんせん断片的過ぎて、情報が情報として意味を為していない。


「じゃあ、まあ、まだ二十点くらいだな。それじゃあ魔王、とりあえず、次の町に行こう。これ――は、そこの陰にいる眼鏡に任せる」


 これ、と言った時に背後の肉塊に視線を送る、台座職人の少年。再び振り返った時、ティーの目線は魔王を通り過ぎてさらに遠く、今いる路地に入る角の方を見据えていた。


「は? 眼鏡? 知り合いであるか?」

「いや、おっさんは多分知らねーと思うから、気にすんな」


 ティーがそう言うのならそういうものなのか、と、魔王は無理矢理自分を納得させた。とにかく今は、考える時間が欲しかったのだ。それくらい、混乱が激しかった。 



 ☆



「――それじゃあ魔王、とりあえず、次の町に行こう」


 ガロンは、路地の角に隠れて少年とその従者の会話を聞いていた。音のみでもたらされる情報で、かつガロンにはわからない言葉も飛び交っているが、しかし一つ、確実に分かることがある。今、少年は、ガロンが従者だと思っていた巨漢に「マオウ」と呼びかけたのだ。一回ではない。何回もだ。確かに聞いた、聞き間違いではない。

 ……想像しうるどころか、想像だにしなかった最悪な状況です……!

 魔王が、生きていたのだ。ガロンは、頬を伝って顎から跳ねる汗を感覚した。最悪だ。先程刺されて、上から布を巻いただけの傷口の痛みすら感じないほどである。

 気付かれないように、慎重に離脱して応援を――いや、それでは魔王と思しき大男と、正体のわからぬ少年を取り逃してしまうことになる。かと言ってここで出ていってもむざむざ殺されに行くようなものだ。

 自分だって高い倍率を突破した北門門番なのだ、腕に覚えはある。だが、もしも魔王を相手取った時にそれが通用するのかと問われれば、断然否であった。足止めすら出来ないに違いない。それどころか一秒と目の前に立っていられるかどうか。

 ガロンの中で、正義感と人間としての本能が相殺(そうさつ)する。


「これは、そこの陰にいる眼鏡に任せる」


 心臓を素手で鷲掴みにされたかのようだった。

 ばれていた。特に完全に正体のわからなくなった方、少年にだ。ガロンの中で、正義感が恐怖に負けた。今すぐにでも逃げないと死ぬ。自分の腹を死神の鎌が貫く姿さえ幻視して、ガロンは裏路地を引き返し始めた。膝が笑い、腰が抜ける。それでももがき、這うような動きで――文字通り()()うの体で、無我夢中にがむしゃらに、大通りへと逃げ出したのだ。

 二度と立ち上がれそうにないとさえ思った。

 門番なんてやめます、とも。とにかく今は、大通りまで来られたことにホッとしていた。少年と「魔王」だって、今まで人目を忍んでいたようであったし、まさかここで襲ってくることも無いだろう。安心したと同時に、ガロンは気を失った。

 これにて第二章は幕であります。

 第三章は時系列的に言ってちょっとだけ未来のお話になるやもしれませぬ(尺の事情)。これを書いている3/22の段階ではまだわかりませんけれども。

 多分ガロンと犯罪者の男は脱落ですね。三人称視点の被寄生主としては。ショウも多分もう出ないです。町を根城にしてる事件屋ですし。というわけで、次章は一体誰の視点から始まるんでしょうか。誰か教えてください(三章と四章はほとんどノープラン)。

 それではまた四月中、同じ時間に(くどいようですが今――3/22(日)――から書くので段階的にはまだ未定)。

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