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伝説の勇者の剣……が刺さっている台座を造るのが、代々ウチの家系  作者: たしぎ はく
第二章:町で少年に散々に言われているのが、元は由緒ある魔王
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第二話:役職の遂行

 この人混みの中においても魔王がティーを見失わなかったのは、ティーが魔王に肩車を要求したからであった。

 昨夜からのティーの横暴に、魔王は憮然とした表情を隠そうともしない。


「今日が祭りだから、門番はあんなに気が立ってたのかなあ!」


 熱いくらいの人群れの中、魔王の巨躯を恐れて人々が避けたことで二人の周りにはある程度の空間はあったが、人々の喧騒に声が掻き消されてしまうので、必然的にその声は大きくなる。


「よく言うな。昨夜、貴様が使ったのは人心掌握の魔法だろうに」

「えー、まっさかあ!」


 白々しい。

 魔王は知っていた。昨夜少年が門番にかけたのが、人間どもの使う粗悪な劣化魔法、「魔導」ではなく、本来のものである「魔法」であることを。それもかなり凶悪なシロモノだ。やはりダンタリオンが喜びそうな古代魔法の一つである。


「それにしても貴様が魔眼持ちであったとはな」

「は? マガン? なにそれ、美味しそう! 食べに行ってみよう!」


 言葉と同時に右足が何度も叩き付けられた。ほとんど魔王直属の証みたいなものである魔眼持ちということをこんな町中で宣言するなど、確かに、不用心だったかもしれない。

 魔王は、少年の言に乗っかる形で話題を変えた。


「何か食べるとは言っても、一体何を食べるのだ」

「金はある」


 答えになっていない答えを少年が寄越す。

 魔王自身は裸一貫で城を出て来たようなもので、昨晩町に入る前に来ていた服も全部取り上げられた今、財産と呼べるものは今来ている半袖短パンの衣装だけだ。設定上、自分は「非常に」「不本意ながらも」この少年の従者ということになっているので、それにふさわしいと言えば相応しいかもしれないが、名前だけは解せぬ。


「それにしてもウマオという名前はなんだ。我にはもっと優美な――」

「魔王を並べ替えただけだっての!」


 今度は魔王が少年の足を叩く番となった。本人は何も言わないが、恐らく膝から下が義足の左足の腿の部分を叩く。

 自分には言うくせに本人も同じ過失を犯す少年に対する補完をどうしたものかと一瞬考えた時、横合いから、声をかけてくるものがあった。


「あの、すいません」


 (まず)い、「魔王」と言っていたのを聞かれたか――?

 内心焦りながらも振り返った魔王と、それに追従する以上必然的に振り向くことになるティーが見たのは、魔王に勝るとも劣らない厳つい顔の男であった。



 ☆



 結局昨夜は何もなかった。

 北門の一番近くにある酒場に入り、カウンターで食事を摂った後、来訪者二人は酒場の店主と何事か話し込んだ。何かあったとすれば、この町の北区では知らぬものがいないほどガメつい店主が、そんなにもらえない、と思わず言ってしまうほど大量の王国金貨を少年が懐から取り出した時に、一悶着があったくらいである。

 ガロンは少年が大量の金貨を取りだした時、思わず目を見開いていた。ざっと見た感じ、ガロンの月給の十倍以上は軽くある。昨夜ミルケとオーガスが通した二人だったが、ガロンは直後の先輩たちの言動をおかしく思い、こうしてちぐはぐな来訪者をこっそり監視に来たわけだが――

 ……いきなり、おかしすぎます。

 あんな大金、貴族でもなかなかおいそれと出せるような額ではない。それをまだ十歳くらいにしか見えない少年が取り出したわけだから、ますますおかしかった。金の使い方も知らない大貴族の息子が、従者を従えて一人お忍びの旅だろうか。

 明日は町を挙げての祭が開催されるので、もしかしたらそれに参加するためにやって来たのかもしれない。先輩たちの言動がおかしくなったのも、あるいは親に言いつけられたくない少年が、大金を掴ませて買収したのかも……

 ガロンの中で、謂われも無い疑いを掛けられたミルケとオーガスの評価がだだ下がってゆくが、もし本人たちがこの場にいてもその評価を覆すことはできそうにない。

 ……やっぱり、自分がしっかりしないといけませんね。

 オーガスとミルケが黙認するくらいの賄賂である。恐らく一生をかけても稼ぐことのできないような金額に違いない。それを、「祭に来たい」くらいの理由でポンと払えるような財力……王国内ならそれこそ王族か、大臣達の家系、それから商人から成り上がって貴族号を手にしたイチバの一族くらいなものだろう。

 少年の正体がどれであれ、もしも、万が一、億が一にでも過失があれば、責任を問われるのは現場の人間だ。それはつまり、昨夜彼ら二人を町に入れた北門門番第三班に他ならない。

 それに、ほとんど絶滅したともいえる「悪人」である可能性がないわけでもないのだ。何か悪事を働こうとしたら、すぐにでも介入し、町民を守る役目がある。

 ガロンは寝不足の頭を振り、眠気を飛ばした。昨夜はずっと宿を見張っていたが為、一睡もしていないのだ。オーガスとミルケが役に立たない以上、来訪者二人組がこの町から無事に出ていくまで、自分は休息を取る事などできないと、気合を入れ直す。

 朝食は宿で摂ったようだった。あと一刻程で昼時という段になって、ようやく二人組が町に出てくる。

 祭りの開催に、ほとんど太陽が上ると同時に待ちきれんとばかりに溢れ出した人達ですっかり辺りはごった返し、二人を見失いそうになったガロンは慌てて人ごみに飛びこむ。

 向こうに自分は顔を見られていない。

 このままこっそり近づいて、人ごみに紛れて張り付いておけば正体がバレる恐れはないだろう。影の薄さには定評と自信がある。


「おい、おっさん。なんだこれは」

「ふむ、先程の酒場の(にん)げ――男が、ナントカ祭だと言っていたな。聞いていなかったのか?」

「話しかけられてる間、今日の晩御飯(ディナー)は肉か魚かを考えていたんだっけな、多分。おっさんには好物のトウモロコシをやろう」

「それは貴様が勝手に考えた設定だろう!」


 わずか一、二百センの距離だ、会話が漏れ聞こえてくる。巨躯の方が少年の従者だと言っていたが、それならいくらか態度が不自然だ。巨漢から少年への敬意が感じられない。少年が尋常じゃなく高潔な貴族の子供で従者は家族みたいなものだとする精神の持ち主なのか、それとも身分を偽っているか、やはりそのどちらかだろう。

 後者なら厄介だ。何気ない会話なのに、もしかしたら何らかの隠語を含んだ会話だったのかもしれない。

 ガロンは忘れないように、懐から取り出した紙束に、魔導(マジック)ペンシルで二人組の会話を書きつけていった。今の所、どう考えても主人と従者という関係を超えて、父と子のような主従関係を垣間見せる会話にしか解釈できないが、

 ……この二人が「悪人」だという可能性は排除しても良いのではとさえ思えてきました……


「それにしてもウマオという名前はなんだ。我にはもっと優美な――」

「魔王を並べ替えただけだっての!」


 一瞬気を抜いた、丁度、その瞬間。

 漏れ聞こえた単語に周囲の人間が一斉に反応する。ビクッと肩を振るわせたり、いきなり歩みを止めたり、反対に速度を上げて歩み去ってしまったり。魔王不在の世界においてなお、勇者不在の場で魔王という単語は禁句なのであった。忌の象徴である。

 やはり話を聞くべきだ。

 もし二人が魔王に関連する者達であったなら、早期に発見して犯罪の芽を摘むことが肝要。そうでないなら、町中で魔王という単語を発することの危険性を教える必要がある。魔王が倒され平和が訪れてからまだ十日程だ。平和というものが当たり前になるまで、まだ時間がかかるだろう。

 そう自分の中で理由付け、いざ二人組に声をかけようとした時――


「あの、すいません」


 来訪者二人、いつからか肩車の体勢になっていた彼らに、横合いから声をかける者があった。

 ガロンよりやや年上だろうか、二人組の巨躯の方に勝るとも劣らない厳めしい顔をしているが、両者は同年齢には見えない。従者の方は歩んできた歴史を感じさせる皺が目尻と口元、法令線に刻まれ、一歩一歩が踏みしめるように重く貫禄があるのに対し、声をかけた方の男は厳めしいながらも立ち居振る舞いに重さが無く、笑みの形に押し歪められた顔もあいまって、どこか軽さを感じさせる。

 ざっと見積もって、従者が五十代、声をかけた方が三十代、だろうか。従者の上でふんぞり返っている少年は誰がどう見ても十歳そこらくらいだ。

 二人組が魔王に関係があるのか、ないのか。ただの貴族の子供なのか、否か。しばらく観察してみようと、ガロンは思い直し、詰めた距離を再び開けた。



 ☆



 足が無かったり髪が赤色だったり肌が黄色だったり女装が常装だったり、この町では様々色々の人間が行き来する。加えて今はこの町を挙げての祭の開催中だ。

 ……ここ数年で一番人の数が多いんじゃないか?

 もうすぐ昼時とはいえ、まだ朝だというのに、だ。

 ここ数年は毎年参加者数が増え続けており、祭の開催中、昼食は食べ歩くのが基本ルールであったのに、ここ最近ではあまりの人数の増加に町長が食べ歩き禁止令を出したほどである。

 正確には食べ歩き禁止令ではなくて店に入っての飲食奨励令なのだが、まあ似たようなものだ。

 祭だ。

 つまり、自分の「仕事の種」がいくらでも転がっているということ。

 目を皿にして耳を全方位に向け、鼻を全開にして事件の匂いを嗅ぎ取って肌でネタの空気を感じ取る。


「それにしてもウマオという名前はなんだ。我にはもっと優美な――」

「魔王を並べ替えただけだっての!」


 そうしていると、早速、今最も熱い事件である「魔王」という単語を聞き取る事ができた。少し周囲がざわつくが、どうせしばらくするとすぐに祭の喧騒に掻き消えてしまうだろう。

 怖じるな。目の前にあるのは仕事の種だ。


「あの、すいません」


 人種の、それこそ民族的なという狭義な意味ではなく、より広義な意味で人種の坩堝であるこの町においても異様に目立つ存在。

 二百センは優に超える筋骨隆々の偉丈夫と、その巨漢の上に座っている小さな白黒の人影。

 何処にも所属せず、自由に事件を嗅ぎまわっては新聞屋に売りつける、いわば事件屋とも言うべき男――ショウが、そんな美味しそうな獲物を見逃すはずが無かった。



 ☆



 何か喋ろうとした魔王の頭頂部を平手打ちし、代わりにティーが口を開いた。


「何か用か」


 やはりというかなんというか、見立て通り、魔王の高身長は上に乗って初めて実感する事ができた。魔王の身長と、ティーの座高。二百五十センは下らないはずである。

 その超・超高所からだと、自分より大きいのは通りを挟んで林立する建造物くらいだ。先程から見ていると、そのほとんどが飲食店のようである。どの店にも見たことのないような食べ物や飲み物が店頭で販売されていて、見ていて飽きさせない。

 魔王を探して旅に出るまで、生まれてから一度も生家屋敷の敷地内から出たことのないティーにとって、町というのはそれだけで珍しく面白いものなのだ。お金というものも使ってみたくてたまらない。

 だというのに――


「ああ、私はこういう者です」

「紙?」


 ほとんど反っくり返るようになって見上げた声の主が差し出す紙を受け取る。真白い紙に、「事件屋ショウ」とだけ書かれていた。

 裏には何も書かれていない。


「名刺ですよ」


 ああ、そう。特別ティーの気を引く物ではなかったので、自然、返事が等閑になった。


「私達は急いでいるので、これで失礼します。……おらっ、歩け、ウマオ! ウマオウマオウマオウマオウ……」


 さりげなく先程の自分の失言にもフォローを入れるティー。段々ノってきたので、魔王の頭頂部をぺちぺちと叩いてみる。どうも祭でテンションの高い人間たちが周りにいるせいで、つられてテンションが上がっているようだった。

 下から聞いただけで小動物を殺せそうな舌打ちが聞こえたので、手を止める。


「私のお勧めの店で昼を奢りますよ!」

「止まれ魔おウマオ」

「おい、我の名前が行方不明だぞ」


 魔王の言には耳を貸さない。

 ショウ、と名乗った――実際には名刺をもらっただけであり、別に名乗られてはいないが――男が今放った言葉の方が大事だ。これだけ店があるのだ、先程から目移りが止まらない。見た所この町を根城にしているらしい男のお勧めの店がはずれなわけがないだろう。

 ……無い。無いに違いねえ。多分。私の勘がそう言ってる。

 誰かに奢ってもらう、というのは別にどうでも良いが、要はタダ食いできるということだ。つまり――


「おいウマオ、喜べ。トウモロコシが食べ放題だぞ!」

「だから! それは設て……えー、あー、その、なんだ、よ、喜ばしいことであるな。まことに。うむ」


 それは設定だ、だろうか。声を荒げかけた魔王であったが、傍にショウがいることを思い出し、慌てて取り繕った。


「そちらの……えっと、ウマオさん? は、トウモロコシがお好きなんですか? 美味しいですよね、私も好きなんですよ!」

「は、はは、そうだな、それは奇遇であるなー」


 場所的にティーには見えなかったが、恐らく魔王が引き攣った笑みを浮かべていることだけは分かった。

 愛想笑いには見えない笑みを浮かべたショウが、にこやかに口を開く。


「よければその、外の話なんかを聞かせてくれれば幸いです。なにせ、私は外に出る機会が無いものですから」


 ウマオ。作中にもある通り(?)、魔王を並び替えただけ。別の候補で「ウォマ」。なんとなく間抜けっぽくてウマオの方が好き。

 ショウ。友達に考えてもらいました。

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