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伝説の勇者の剣……が刺さっている台座を造るのが、代々ウチの家系  作者: たしぎ はく
第一章:身長半分くらいの子供におっさんと呼ばれてるのが、期待の星の魔王
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第一話:最強の蘇生

「おい、魔王。気分はどうだ」


 一片の風すらなく、ゆえに無音の空間に、声が生まれた。

 若い声だ。


「……何者かは知らぬが、胸に剣を生やした状態で気分が良いように見えるか?」


 それに返る声は壮年の男のもので、下から発生していた。地面からわずか、といった距離である。

 なぜか? 男が、地面に縫い付けられているからであった。まるで昆虫標本のように、左胸を深く貫通するのは質素でほとんど装飾のない直剣である。


「まあ、そりゃ気分が良いわけはないよな。『ちゃんと』生きてるかどうか確認したかっただけだし」

「――なぜ、我は生きている?」


 地面に縫い付けられている男は疑問の声を発した。恐らく心臓と肺とを貫かれているはずなのに、その声には確かな張りがあり、このような体勢にあってもなお、威厳をすら感じさせる。

 その声に全く萎縮した様子もなく、若い声は飄々と答えていた。


「なぜって、私が蘇生魔法で助けたからだけど」


 どうしてそんな当たり前のことを聞くのだろう――言外にそう滲ませてもたらされた答えは、地面に縫い付けられている男にとってはまるで想像できないような物言いであったらしく、すぐに声が返った。


「一応聞くが、我は魔王だぞ? 貴様は人間だろう、一体何のつもりだ? 何のために、我の命を繋ぐようなことをする。我は世界を滅ぼそうとした存在なのであるぞ。……いや、そもそも、人間ごときの魔術で、どうして我を治療できるのだ……?」

「全部答えるの面倒だから、一言で集約すると、お前が必要だからだよ、『おっさん』」


 ぐ、と、胸に刺さっている剣の柄に体重をかけて地面に押し込み、引き抜く。地面に縫い付けられていた男――魔王の胸から剣が抜け、そこに本来空いているべき穴は、わずか数秒のうちに塞がってしまう。


「おい、もう起きれんだろ。私の回復魔法をその辺の雑魚魔導士(メイジ)のもんといっしょにしてくれるなよ」

「貴様、名は」


 いきなり全快しましたと言われ、ハイそうですかとすぐに立ち直れるような神経は、いかな魔王といえども持ち合わせていないようだった。地面に寝ころんだまま、魔王が口を開く。なにせ今先程まで心臓と肺腑を貫かれ、生と死の淵を彷徨っていたところなのだ。

 そして、その魔王に刺さっていた直剣を肩に担いだ黒髪は、陶磁器めいて真っ白い顔を笑みの形に歪め、言葉を発して寄越す。


「私の名前はティー・デグレチャフ・フォン・ヴァリアージュ。ティーでもヴァルでも好きに呼べ」


 これから、長い付き合いになるわけだしな――付け足された言葉に、魔王は混乱を禁じ得なかった。



 ☆



 世界を滅ぼそうと思った。

 何のために、とか、誰のために、とか、そんなことは考えたことすらなかった。

 とにかく、この世界を、滅ぼそうと思ったのだ。

 なぜなら、それが魔王だから。

 魔王は、世界を滅ぼすために生まれる存在であり――世界を滅ぼそうとしない魔王は、魔王ではないのである。

 だから魔王は、そうした。

 特に何の疑問も抱かず、そうするのが当たり前だから、大地を焼き払い、配下の魔物に命じて村々を襲い、美しい湖を毒の沼地に変え、鳥の囀る森林を腐敗させ、空を暗雲で覆った。その過程で人間が死んだ。他の動植物も死んだ。たくさんの命を奪った。別に楽しくは無かったが、自分はそうしなければならないので、そうした。楽しくは無かったが、特に嫌でもなかった。打ち明けた話、自分が世界を傷つけることに対して、これっぽっちも感情が動かなかったのだ。

 そして、三十年ほどが流れ、数ある大陸の一つを完全に支配下に置き、魔王軍の拠点としたとき、「勇者」と名乗る男がやって来た。腹心であるベルゼブブも殺されたし、ダンタリオンもマモンも、グレゴリーもフェネクスも、皆、皆殺された。初めて怒りを覚えた。勇者を考えうるすべての方法で痛めつけてから殺そうと決意した。

 しかし敵わなかった。勇者は強かった。いや、正確には、勇者の携えていた剣が――圧倒的に、強かったのだ。風と光を操る魔法で右に出る者も前を行くものもいないと魔王領で謳われた自分を、ものともしない勇者。真紅の雷と黒い焔を自在に操る勇者を前に、最初こそ善戦はしたものの、結局、勝利は叶わず。

 どうせ敵わないのなら、せめて道連れにしてやる――文字通り死ぬ気でやればどうにかなるものだ。

 と、一瞬は思った。

 勇者の利き腕を潰し、両足にも深手を与えた。右の肺腑も貫いた。はずなのに、勇者は倒れなかった。

 死闘である。いつの間にか降り出していた雨、血を吐き泥を啜り、痛みすら感じなくなった冷たい両腕を振り回して、今以降の未来に精製されるはずの魔力も無理矢理捻り出して、それでも足りなければ直接拳をぶつけ、体を飛ばし、足を前に出す。

 しかし結局、力尽きたのはこちらが先。地面に仰向けに倒れた魔王に対し、勇者も、ほとんど倒れ込むような形で、とどめとなる一撃を――伝説の勇者の剣こと聖剣を、突き刺したのだ。

 心臓と肺を貫く冷たい感触に、初めて「死」という言葉が脳に浮かび、中途で投げ出すことになってしまう世界の破壊への未練に打ちひしがれる。

 もはや指先を動かすことすら、瞬きをすることすら億劫だ。できることはと言えば、隣で倒れ伏す勇者をせめて睨み付けることくらいで、しかし、それもわずか数秒のこと。

 魔王は、意識を手放した。

 死んだのだ。

 世界を破壊するという大志を抱き、そのように行動してきた男の夢は、使命は、そこで潰えたのだ。


 そのはずだった。

 なのに。


「もう一度問うぞ」


 眼前。こちらを見下ろす影は黒く、その表情までは見えないが、少年だ。クセの強い黒髪(ブルネット)が方々にはねており、その顔の右半分を隠している。いや、そもそも髪だけでなく肌の露出そのものが圧倒的に少なかった。口元はほとんど首元に巻かれた布で隠れ、実質、全体で見えているのは逆光を背負ってもなお爛々と光を放つ黒水晶のような瞳の左目と、それに対比するかのように真っ白い、陶磁器のような左頬だけ。

 少年を構成するのは、黒と白の二色のみかのようであった。チラッと覗く唇のみが例外的に、病的に、赤い。

 わずかに睨むようにしつつ、


「なぜ、我を生かす」


 問う。

 すると少年は、わずかに笑い声をあげ、


「お仕事」


 まるで嘯くかのような調子で、答えてみせたのであった。



 ☆



 魔王に見えるように、聖剣をかざす。意図的に太陽を背負うような位置取りなので、まだ体を起こすことのできない魔王は顔を顰めてみせた。

 しかし、気にせず、ティー・デグレチャフ・フォン・ヴァリアージュことティーは、言葉を続ける。

 まずは、


「聞いたことないか?」


 という、魔王への問いかけから始める。これは、いつだって同じだ。そういう風に説明をスタートすることは決まっているのだ。


「聖剣は、然るべき勇者がそれを手にする時まで、台座に突き刺さっているものだ――ってさ」

「人間の世界では……そういうものなのか?」

「……なんだ、覚えてないパターンか」


 ティーは声に落胆の色を滲ませて言う。


「覚えているいないも何も、我はずっと魔王領で暮らし、人間どもは蹂躙してきたのだぞ。攻めてくるまでは勇者という存在も知らなかった」


 それはさすがに嘘だろう――とも思うが、もしかしたらそういうものなのかも、とティーは結論付ける。そもそも勇者の存在を知らなかったから、たまたま強い敵兵士が一人いるくらいにしか認識していなかったのかもしれない。ゆえに、この魔王は、一度死んだ。

 まあいいや、と思考を切り替え。


「で、その台座を造るのが代々私の家系なんだよ。伝説の勇者の剣が刺さっている台座を造る今世紀の職人が、この私だ」


 ティー・デグレチャフ・フォン・ヴァリアージュ。ティーは名、デグレチャフは姓であり、フォンは貴族であることを証明する飾り、ヴァリアージュは領地の名前か、あるいは官職名。公的には存在しないヴァリアージュという官職は、台座職人を人間の国の王から永久的に任命されたある家系にだけ名乗ることを許された名前である。


「で、だ。おっさん。台座の材料には、鉄と、魔力と、あと必要なものが二つある」


 ティーは片方の鍔が折れている直剣の切っ先を魔王に突きつけ、告げた。


「まあ一つはどうでも良いとして――もう一つは、魔王の亡骸だ」


 一瞬身じろぐ魔王を一瞥し、鼻を鳴らす。


「亡骸……?」

「そうだ。死体だよ、わかりやすく言うとな。私は、お前の死体が欲しい。切実にな」


 魔王は、はっ、と、吹き出したともため息が漏れたともつかない微妙な声を漏らした。

 ティーは仕方ないよな、と思うが口には出さない。誰だって自分の死体が誰かに欲されることを想定したことなんてないのだ。自分自身だってそんなこと、考えたことすらない。


「それなら、なぜ我を蘇生したのだ……? 今、はっきり言って状況が呑み込めなくて、思考がまとまらないのだが、貴様が我を生き返らせることに益がなさそうだということくらいは分かるぞ」


 いつまでも突きつけたままだった剣先を、ようやく動くようになったらしい右手で押しのけられ、その重さにつられてよろめいてしまう。何せこちらは一四歳、筋力も足りなければ、胃も小さいので身長も体重もほとんどないのである。

 対して聖剣は、地面にまっすぐ突き立てて手を離せば自然に地面に突き刺さっていくくらいには重たいのだ。魔力による加護で筋力を数倍にしてはいるのでなんとか持てはするが、それでも「なんとか」の域は出ない。

 上半身を起こせるまでに回復したらしい魔王に向かって何と言おうか逡巡し、結局、


「おい魔王、お前今、この世界好きか? 勇者愛せる?」


 自分を、生き返ったとはいえ殺した人物を愛せるか、というノー以外に選択肢のない問いを放り投げることになってしまった。人間、混乱するといけないものだ。戒めにしよう。

 それにしても、いい加減聖剣重い。持参した布で魔王の血を拭い、新たに取り出した布でぐるぐる巻きにすると、革のベルトをとりつけ、背中に担いだ。右肩から回す拘束帯と、腰辺りを一周する拘束帯で動かないようにする。


「無理だよな? 無理に決まってるよな?」

「あ、当たり前だろう。貴様、我を蘇生した恩が無ければすでに十回はご先祖様と対面することになっているぞ……!」

「ああ?」


 脅すつもりか? 魔王の分際で、伝説の勇者の剣が刺さっている台座の職人である私を? 背中の剣が想像以上に重く、やや重心が安定しないティーは、その状態でも魔王への挑発をやめない。


「やれるもんならやってみろよ」


 ご丁寧にも、中指を立てることも忘れなかった。



 ☆



「……後悔、するなよ」


 一応……死骸が欲しいとかわけのわからんことを要求されたとはいえ、一応、一応命の恩人であるともいえる少年に対し、魔王の内心では怒りの炎が猛り狂っていた。ここまでコケにされたのは久方ぶりだ。具体的に言うとフェネクスを下す前、初めて彼女に会ったとき以来だ。自分以外は皆木偶だと本気で思い込んでいるわがまま姫であったからなあ……

 懐古の念に浸っている場合ではないのでまだ至る所が悲鳴を上げる体に鞭を入れ、少年から距離を取った。

 魔法頼りの魔族にしてはいささか異常とも言えるほど発達した逞しい体を持ち、純粋な殴り合いをする術も一応修めて居ながら、しかし距離を取るのは、少年が聖剣を手にしているからに他ならなかった。見たところ剣の重さに振り回されているようだが、全く使えないということもあるまい。

 しかしこちらの警戒を知ってか知らずか、いや、確実に知ったうえでだろう、少年は、先んじて言葉の弾丸を放ってきた。


「ああそうだ、聖剣の抜群の切れ味は、勇者が持っているときにしか発動しないぞ。勇者じゃない私が持ってみたところで、聖剣はただの棒だ。ちょっと重めのな」


 棍棒と思ってくれてもいい――付け足された言葉に拍子抜けを覚えるが、緩みかけた気を引き締める。自分は魔王なのだ、このようなまだ成人もしていないような餓鬼に舐められるなど、あってはならない。

 それから、目の前の少年が本当のことを言っている保証もない。もしも先の言が事実なら、その態度から聖剣を上回る抑止力を有しているということになり、事実でなくとも、聖剣が脅威となる。つまり、先程の少年の証言が事実か否かはこの際関係ないのだ。

 だから魔王は――たとえ一度死んだのだとしても――魔王であろうとした。

 逆らえば即、その場で殺す。優秀な者であれば、手心を加えたうえで屈服させ、己の部下とする。力を至上とする魔族において、「強さ」とは、どちらの立場が上かを示すのになにものを置いても分かりやすいものさしなのだ。

 この少年は、己の部下に足る存在か? そのように扱うことで、自分にとって益となる能力を有しているか? 

 ……是なり。

 蘇生の魔法など、魔王領でも使うことのできる魔物は少ないだろう。というかいない。魔法図書館とあだ名されたダンタリオンですら、そのような魔法を習得していなかった。アレは魔法狂いであったからなあ……、もし生きていれば、嬉々として目の前の少年を解剖していたに違いない。

 まあそれは些事だ。余談だ。とりあえず今は置いておき、


「命を救ってくれたことには感謝しよう。だが、我は人間の餓鬼にいいようにされるほど落ちぶれてはおらんのだ」


 腕、胸、腹、腰、足、関節、異常なく動くことを確認しつつ、目の前の少年に告げた。


「あ、なに? つまりかかってくるってことか?」


 聡いようで何よりである。ますます欲しくなった。


「貴様、まずは口の利き方というものを教えてやろう。これさえ知っていれば五体満足で我の腹心に加わっていたのかもしれんのに、恨むなら、目上への口の利き方を教えてくれなかった親を恨むのだな」


 まずは軽く遊んでやる。しかし相手は得体のしれない餓鬼だ。手は抜かないし、全力の一撃を放つことは憚らないが、一撃目はとりあえず様子見なのだ。魔法は使わないで、純粋に己の肉体のみを放つ。金剛でできた大岩を粉砕した右の拳、当たれば、人間なぞ一瞬でその原型をとどめられなくなるし、もし当たらなくとも、風圧だけで皮膚は削げ、骨は砕け、筋肉は裂けるような、そんな一撃である。

 魔王の右は、魔法など使わずとも、十分に必殺の一撃であった。



 第一話はちょっとお試し版と言うかなんというかな感じで、ええ。

 二話以降は四月一日の十八時から投稿開始いたします。

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