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1話

この世界には嚮導駆逐艦キエフが存在せず、代わりに軽巡として存在します。

(大型駆逐艦タシュケントなども軽巡建造のために中止となり、名前を流用)

反撃命令、連合艦隊出撃す。


1945/4/16

東京湾、横須賀

連合艦隊旗艦・武蔵

「状況は最悪みたいだな」

連合艦隊司令長官の小沢治三郎中将がそう呟くと武蔵艦長の西田正雄大佐が頷いた。

「話しですと陸さんの戦車師団が潰滅したみたいですよ」

そう言ったのは小沢大将の兵学で2期下の幕僚長である西村祥治中将だ。暫くすると通信室から放送が入った。

『軍令部より入電!北海道への出撃命令が下りました!』

「出撃か…………抜錨!」

小沢がそう言うと武蔵を始めとした多数の艦艇が錨を抜き、機関に火を入れたのである。

一方、同時刻、戦艦山城

山城艦長で弟の浜村清次郎と金剛艦長で兄の宗太郎が艦長室で笑談していると突如、通信長が入室して軍令部から出撃命令が下ったことを伝えた。

「出撃命令が出たな。兄貴、お前さんの幸運を祈るぜ」と俺、浜村清次郎が言うと兄が「と言うか清次郎、お前はやく艦橋行けよw」と言い、俺は「と言うか兄貴、お前こそ自分の船に帰れよw」と言う。

そして俺が艦橋へ向かうと兄貴はこの船(山城)の舷門に向かい、横付けされている兄貴の船(金剛)に乗り込む。

金剛に乗り込もうとする兄貴へ俺が敬礼すると、兄貴も俺に敬礼する。

因みに俺の船(山城)兄貴の船(金剛)は共に戦艦長門座乗の猪口敏平中将率いる第2戦隊の所属だ。

長門が抜錨し、航行を開始すると山城、金剛も続く。

傷付いた姉妹艦である扶桑は横須賀海軍工廠で修繕中であり、翔鶴も同様だ。


さてと

ついでにこの山城だけど1939年に電波測定装置の試験艦になりレーダー試験を開始して、レーダーの運用期間は長い。

1940年、昭和15年の皇紀2600年記念大観艦式の直後、暗雲漂う欧州情勢や改善の兆しが見えつつあるも緊張が続く日米関係をかんがみて測距儀をそのままに方囲盤をレーダー連動型の射撃管制システムに換装する工事を実施。

後部艦橋にも射撃統制システムを比叡共々大和型戦艦に先んじて搭載した。

このシステムで煙突から前後の3基に分けて射撃統制が可能となった。

全体的な戦闘能力は長門に劣るが、諸外国の同世代艦と比較したら防御力に関してはやや劣っていても遥かに攻撃力は高く、再び第一線返り咲いたといえる。

因みに観艦式の翌月から2年間、砲術学校の教官だった俺は、この射撃システムを試す為に比叡の副長として勤務していた。

閑話休題。館山沖を通過すると厚木の烈風と紫電改が流星攻撃機と彗星急降下爆撃機を伴って赤城や瑞鶴といった空母へ着艦を開始するのが見えた。

18日には実際にソ連艦隊と合間見舞える。俺はそう考えつつも空を見詰めた。


4月18日暁前、襟裳岬上空

函空所属の二式大艇機内

非番の航法技術者(フライト・エンジニア)である俺、大野勇中尉は床に非番要員用に持ち込まれた毛布で寝ていた。

もう1人の航法技術者(フライト・エンジニア)の餅田諒少尉が俺に交替時間だと言う事を伝えた次の瞬間「むっ……………レーダー反応あり!敵艦隊です!」と電測員の本嶋常雄二曹が叫んだ。

すぐに機長の戸川翔市大尉は「そうか。友軍艦隊へ打電、襟裳の陸軍にも伝達しろ」と指示した直後に機体は一気に敵艦隊の方角に向けて旋回させる。

やがて窓から8つの航跡を引く船の姿が見えたのである。

大きさ的には軽巡洋艦2、駆逐艦6くらいかな?

俺がそう思った次の瞬間、敵艦隊はこちらに対空射撃を開始し、近くで炸裂した時限式の対空砲弾の衝撃が伝わってくる。この時、俺は操縦室の窓に官給品のカメラを向けて、カメラに収めるべく敵艦隊に狙いを定めるが、強烈な対空弾幕によって機は揺れるが、敵の射撃が収まると俺は即座にカメラのシャッターを押す。

敵艦隊の写真を撮った直後に俺と餅田中尉の任務がやっと交替したのである。

そしてこの情報がどう今後の作戦に影響するかが気になるな。


武蔵司令室

「長官!!大湊の大艇が敵艦隊を捕捉したようです!」

参謀長の西村祥治少将がそう報告すると小沢中将はすぐに質問する。

「西村君、敵数はどれくらいの規模なのかね?」

そう言われると西村は通信士官から渡された紙を渡す。

軽巡7と駆逐艦9だと言うので重巡妙高を旗艦に足柄、羽黒と新鋭の伊吹及び第6駆逐隊と第2駆逐隊で構成された水雷戦隊切り離すことが決定したのである。

そして30分後、妙高以下16隻は16ノットから一気に30ノットへ加速し、一路ソ連艦隊の待つ襟裳岬の沖合いへ向かったのである。

いよいよ日ソ戦争最初の海戦の幕が開けようとしていたのである。


妙高艦橋

「いよいよですね。司令……」

艦長の野上忠治大佐がそう言うと司令の栗田健夫少将が頷く。

乗員たちの士気が高まる中、その数時間後にソ連艦隊と交戦を開始するのであったが、この戦い妙高にとって最悪の戦いになるとはだれも予想していなかった。


妙高が離脱して数分後、小沢中将以下連合艦隊の司令部は艦隊陣形を輪形に改めるように命じたのである。


ソ連極東方面艦隊はセバスキー少将が乗艦する最新鋭軽巡洋艦ズべルドルフを先頭に軽巡ミンスク、キエフなどを中心に襟裳岬を回り、帝国海軍との決戦に備えていた。もっとも室蘭港にはソ連艦隊の本隊が在泊しており、その艦隊の援護もあって妙高らは大きな被害を受け、大湊から援護に駆け付けた重巡加古と数隻の神風型駆逐艦が撃沈され、妙高自身は大破したのである。


一方、久慈市では軽巡洋艦鹿島と香取、仙台では高雄と愛宕がある作戦のために停泊していた。その作戦とは北海道内に取り残された民間人を救出する来号作戦で、この作戦は岩手沖海戦の裏の話としても知られている。

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